love story 8

 





ファイリングが一段落したので、サンジは伸びをしながら椅子から立って帰り支度を始める。いそいそとコートを着ていると、今日一日出かけていたロビンが戻ってきた。
「あら、帰るところ?」
「あ、ロビンちゃん。まだ仕事あるんなら残ろうか…?」
「週明けでいいわ。何だか急いでるみたいだし約束でもあるんでしょう」
「ロビンちゃんには敵わないな」
サンジがはにかんで俯き顎を掻く。
お疲れ様、とロビンは自分の席についたが不意に思い出したように、
「ねえ、再来週の日曜日は空いてる?」
「デートのお誘いですか、レディ?」
「どちらかと言えば、仕事ね。課長の結婚式だから」
「課長の?初耳だな」
「前から内々には進めてて日取りが早まったみたいよ。そう派手なものにはしないってことだし社内でも出席するのは営業の方と──そうね、開発部の人間くらいじゃないかしら」
「開発って…」
ゾロの所属する部だ。「課長のお相手が開発の人だったりするの」
「ご明察」
ロビンが頷いて名を挙げたのは、かなり目立つ美人の女子社員だ。「また会場や時間は追って知らせるわ。礼服なんて着なくてもいいから、普通のスーツでね」
「ロビンちゃんも出席するんだろ?」
「ええ。出ない訳にはいかないでしょうね」
引っかかるロビンの言い方に、サンジは微妙に首を傾げたが。「あら、そう言えばあなたは約束があるのよね。それこそデートなんじゃないの?引き止めてごめんなさい」
「うん?ああ…別に俺の事はいいんだけどさ。何かあったらいつでも相談に乗るよ、ロビンちゃん」
「そうね。もしも頼りたくなったらお願いするわ」
もう彼女はいつもの穏やかで知的な女性に戻っている。気にはなったが、サンジは鞄を持って廊下に出た。
ゾロとの約束はあったが、彼も仕事が押していると昼休みに言っていたのでおそらく遅れてくるだろうと思った。待ち合わせしたダイニングバーに着いても、案の定萌黄の髪は見当たらない。
ジントニックを頼んでカウンターに腰掛ける。
デート、か。形としてはそうなるのだろう。
普通と違うのは相手が女性ではなく、むさ苦しい男だというだけで。
それでもサンジが一番会いたくて同じ時間を過ごしたいのはゾロなのだ。そして彼が求めてくれるのも信じられないが自分で。同性を好きになった事もなければ好きになられた事もないのに、ありえない偶然が重なった現実から一ヵ月以上過ぎていた。
暖房が効いた店内では冷たい飲み物が喉に快い。ストローを掻き回してぼんやりしていると、ドサッと隣に座る茶色いスーツ。晩秋と言うより既に冬なのに、未だこの男のコート姿を見ていない。
「待ったか」
「いや、そんなでも」
サンジは首を振り、「しっかし、てめェ寒くねェのか?そろそろ初雪かとか言われてんのによ。筋肉でコーティングされてっと暖かいのかもな」
「雪?ああ…もうすぐ十二月だもんな」
ゾロが何か注文しようとするのを、サンジは抑えた。
「店閉まるかもしんねえし、飲むのは後だ」
二人して通りに出て、近くにある煌々と明りを放つわりには狭い店に入る。店内には、新しいものから古いものまでずらりと並んだ携帯電話。
「どうせ使いこなせないだろうから新機種なんて無駄、猫に小判ってやつだからな。古くて安いのにしとけよ」
「どれがいいか分からねェ。選んでくれ。どうせ連絡すんのお前だけだ」
「…そりゃ、どうも」
彼は無意識にこういう事を言うのだから堪らない。「まあ、通話料とか安くなるから同じ会社のがいいかな」
携帯電話を持ちたいと言い出したのはゾロだ。サンジはゾロに比べれば出かけるのが好きで、前もって約束していない日は自宅にいなかったりする。携帯ならいつでも俺を捕まえられるぜとサンジが冗談ぽく言ったら、真に受けて「じゃあ買う」と腰を上げた。洒落も通じない。
一通りざっと見てから、なるべく操作が単純で余計な機能がついてないものを選び(これがかえって難しかったりしたのだが)契約を済ませる。
「さてと。これでまた一歩お前もヒトに近づいたな」
「どんな判断基準だよ」
店を後にして歩き出すと、ゾロがサンジの頭をちょんと小突いた。
「これからどうする?そう言やメシも食ってなかったな」
サンジが時計を眺め、周囲を見回す。「どっかで食うか?作ってもいいけど…」
「腹減ったし、その辺で食おう。明日休みだろ?ウチ泊まれよ」
「いやん、襲われる」
「据え膳で我慢しろってのは生殺しだぜ。できたら、加減はするが」
「ケダモノみてえなヤツに言われても信用できないね」
何しろ最初は酷い目に合った。
想いを明かした夜。帰り難くてあれからゾロの部屋に再び行き、結局終電もなくなって。まさかその夜に体を重ねることになろうとは思ってもいなかったのだが、抱き合ってキスをしているうちに二人とも収まらなくなっていた。
服を脱がされてゾロの熱い指や唇が体を這うごと全身が甘く痺れた。密かに想像していたより、ずっとゾロの体は固く逞しく、被さってきた重さには胸が詰まるように息苦しくなった。
抱いても抱かれても構わないとサンジは思っていた。もちろん男を相手にするなど初めてで抱かれる側の気持ちは想像もつかなかったが。だがゾロに体を開かせるよりは開く方がいい気がしたから、そうした。ゾロに入れたいかと聞いたらすぐに迷いなく頷いたのもあっただろう。彼がこんな自分を欲してくれるなら。
とは言え、予備知識はおろか心の準備さえサンジにもゾロにもできてはいなかったし、突貫工事な感は拭えずとてつもなく痛いわ血は出るわで大変だった。それでもお互いに最後まではいけたのだから良しとすべきか。以後週末となると行為を繰り返し、ここ最近ではゾロもサンジも随分慣れてきた。
「クリスマスもうすぐだなァ」
適当に入ったレストランの中央にはきらびやかなモール飾りに彩られたツリーが置いてあり、すっかりそんなムードなのである。カリカリに焼かれた豚肉に齧りついていたゾロが顔を上げた。
「イブとか平日だし、二十三日に会おう」
「へェ。お前でもクリスマスとか気にすんの?意外」
「お前が気にしそうだからな。ケーキでも買ってお祝いするか」
「バーカ、野郎とクリスマスパーティなんてしたくねえよ」
憎まれ口を返すが、ゾロの言葉がサンジは嬉しかった。それを素直に表現するのがどこか憚られて恥ずかしいだけだ。多分口ではあれこれ照れ隠しを言いながらも、ご馳走の準備はしてしまう。今夜彼の部屋に行くのを拒まぬのと同じように。


 

会場に作られた小さなチャペルのステンドグラスから柔らかく日差しが差し込み、パイプオルガンの伴奏が流れている。
結婚式当日は見事に晴れて、雪の心配はなさそうだった。
殆どが身内と、後は会社の限られた人間だけで式はささやかに行われた。席が決まっていなかったからゾロとサンジは並んで後ろの長椅子に座っていた。温厚そうな白髪頭の眼鏡をかけた日本人の神父の穏やかな声が静かに祭壇から響く。


健やかなるときも
病めるときも
ともに愛し敬うことを


「誓いますか?」
いきなり低く耳元で囁かれサンジは目を見開いた。顔は動かさずにゾロを一瞥する。表情ひとつ変えてない癖にヘンに真面目な色を湛えた瞳とぶつかった。
本当にこの男は、たまに素でとんでもないことをしてくれる。
何言いやがるんだとこんな場でなければ椅子から蹴り落としていただろう。
誓いますなどと言う代わりに彼の足を踏みつける。ゾロが唸った。
答えはしなくても、こっそり手でも握ってくるとでも期待してたか。生憎そんなしおらしい真似はできねェよ。残念でした。
──披露宴も立食式で堅苦しい雰囲気はあまりなく、会社のパーティみたいだなとサンジは思ったものだ。順番に新郎である課長と花嫁の所に行き、挨拶をする。
課長は忙しく飛び回っているのであまりサンジなどの新入社員には馴染みがないのだが、それでもお祝いを言われて悪い気はしないだろう。
「おめでとうございます」
「おう、ありがとう。お前の事はチーフから聞いてる。えらく頑張ってるそうだな」
「いや、俺なんてまだ本当に勉強不足で。ロビ…いえ、チーフにはお世話かけてばっかりです」
「しかしな、仕事ばっかり一生懸命になるのも駄目だぞ。男だって婚期を逃しちまう。この俺みたいにな」
ハハハと笑う課長に、サンジも社交辞令で愛想良い顔を作る。
「でもあんな綺麗な奥さんと電撃結婚なんだから、独身で通してきた甲斐もあったでしょう」
「ああ、それはな…」
ちらと遠くで話している花嫁に目をやる。「まあ、ここまで来ると身を固めるのもきっかけがいるもんだ」
花嫁が身重であるのは、女子社員が噂していたのをサンジも聞いていた。
「大事にしてあげて下さい」
開発部と仕事を一緒にしていた時期何度かは彼女とは話した事があるし、女性を大切にするのはサンジの身上だから自然にでた言葉だった。
皿が置いてあるテーブルに戻ると、次に挨拶していたゾロが本当に一言おめでとうございますと言っただけで終わらせてすぐサンジを追ってきた。
「お前は、俺を大事にしろよな」
「何だ。足踏んだの根に持ってんのか」
にやにやとサンジが返すと仏頂面は相変わらずだ。そんな様子は余計にからかいたくなる。「二次会パスして二人で飲み直そうぜ」
周囲に誰もいないのを確認してから小声で言うと、ゾロの表情が綻んだ。機嫌はころりと直ったらしい。
(誓いますか、だって?)
二人きりの時になら何度でも答えてやる。
あんなふうに公の場所で宣言できる事は、きっと一生ないけれど。
ゾロをずっと繋ぎ止めておくことはできない。してはいけない。
いつか遠くない未来に、彼が神前で愛を誓うのは無類に素敵な女性だろう。




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