love story 6

 


「ほんならな。元気でやりや〜」
「またうちらが東京行った時はよろしゅう頼むで」
この二ヵ月近くで随分と耳に馴染んだ関西弁に送られて、ゾロは最後に一礼すると先輩の後をついていく。土地柄と言う訳でもないだろうが大阪支社の人間はさっぱりと気さくな連中が多く、人付き合いが得意とは決して言えないゾロも居心地の悪い思いはしなかった。故に長い期間の出張もあまり苦ではなかったけれど。
「ほら、切符」
新大阪駅に着くと、先輩に切符を渡されて新幹線のホームへと向かう。
「あ〜、長かったなあ…。やっと帰れるぜ」
座席に座ると、先輩は伸びをしていた。
赴任中は社で借りているマンションにて先輩と二人で共同生活をしたのだが、仕事がかなり忙しかったので殆ど寝るだけの為の場所だった。
先輩は家庭持ちで小さな子供もいるという話だし、自宅に戻れるのが嬉しいんだろうと実感なく思う。
ゾロには待つ家族も恋人もおらず、一人暮らしの多分かなり埃っぽくなってるであろう部屋を思うと(下手すると何かに黴なども生えているかもしれない。秋という季節柄大丈夫だろうという可能性にかけていたが)心弾むものも特にない。
家に電話してくる、と先輩はどこか落ち着かない様子でデッキへ行った。朝食を摂り損ねてたのでゾロはコーヒーと弁当を買って、流れていく窓の外の景色を見ながら食べる。
「──もうすぐ着くから起きろ。今、社にも連絡してきた」
二時間ほど経ったところで肩を揺すられ、寝かかっていたゾロは目を開けた。
「報告書も作成しなきゃならんし俺は戻るが、今日までは出張扱いだしな。お前、先に家に帰ってもいいぞ。明日は土曜だし、ゆっくり休んでまた月曜から頑張れ」
と言われたものの、ゾロは首を振った。
「いや、俺も会社出ます」
「仕事熱心だな。部長は定例会議に出てるから、点数稼ぎにはならないぞ」
にやりとされたが、そういうのでもない。やりかけの仕事のデータを大阪からも送ったし自分のキリの良いところまでやりたいのだ。それに急いで自宅に帰っても用事がない。
先輩と連れ立って本社のビルへ入る。ちょうど昼休みが終わる頃で、見知った顔も行き来していた。大阪に比べるとどうしても気温が低いので、殆どがシャツ一枚だった二ヵ月前に比べると上着やベストを着ている者が多い。
「あ…ゾロ」
それはざわめきに掻き消されそうな呟きだったが、耳聡く聞きつけてゾロは振り向いた。自然に顔の筋肉が緩んで、笑みを形取っていた。
「よう」
「帰って来たのか」
鞄を手にしたサンジは深いボルドー系のスーツを身に着けていて、金髪は尚更明るく輝いて見えた。
先に行くぞ、と先輩がエレベータに乗るのも気にならない。
「久しぶりだな。そろそろ帰ってくるってのはロビンちゃんに聞いてたんだけどよ」
どちらかと言えばサンジの方がついてかなくていいのかと、ちらちらとエレベータを気にしている。
「髪、伸びたなァ。あっちにだって床屋くらいあんだろうに。元がむさくるしいんだから、マメに切った方がいいと思うぜ。なんなら俺がよく行く店教えてやってもいいけどさ、てめェみたいな頭じゃきっと金の無駄使いだしな。もう芝生つうよりは雑草だぜ、そりゃ。ひょっとしてクシも通してねえんじゃねえ?つか通らなかったりしてな。剛毛過ぎて」
「痩せたんじゃねえか」
元々骨ばって痩せた男だが顎のラインなどが幾分鋭くなったように感じた。マシンガンの如く喋り続けていたサンジはゾロの一言に黙り込む。「ちゃんと食ってんのか?」
「気のせいだろ。体重は変わってねえ」
サンジが目を逸らすと、就業五分前のチャイムが鳴った。「じゃ、またな。俺これから外回りだ」
「なあ」
立ち去ろうとするサンジをゾロは呼び止める。「メシ。食わねェか」
「…何言ってんだ?」
サンジはキョトンとしている。
会社の飲み会などはともかくとして、プライベートな関りなど持ったことがないのだ。彼が戸惑うのも無理はあるまい。
「いや、俺どうせ一人だし家帰ってもロクな食料ないからよ」
「ふーん…俺、今日は定時だし別にいいけど。そんじゃ後でな」
サンジが今度こそビルを出て行くのを見送り、ゾロも開発部へと向かった。
 

退社時刻になってエレベータから降りてくるとサンジは既にエントランスで待っていた。
誘いはしたが具体的には全く考えていなかったので、どこがいいか尋ねるとサンジが苦笑する。
「てめェは…まあいいや。美味い店知ってるから、任せろ」
「上品ぶったとこは勘弁してくれ。金もねえし、堅苦しいのも…」
「レディ相手じゃあるまいし、何でてめェをそんな店に連れてかなきゃならねえんだよ」
会話しながら私鉄を乗り継ぎ着いたのは、繁華街からは離れた駅だ。五分ほど歩いただろうか、落ち着いた佇まいの建物が見えてきた。古びた行灯があり、建物も木造で派手な造りではないが存在感がある。
「高そうだな」
「いやそれがそうでもねえんだって。──あれ?」
辺りは大分暗くなってきているが、店の前まで来てサンジが困ったように足を止めた。「休みか…」
「臨時休業だってよ」
ゾロは吊り下げられている札を読む。サンジはちょっと済まなそうに、
「悪ィな…帰るか?この時間じゃまた店探すのもアレだし」
他の店と行っても住宅街なので、どちらにせよ一度駅に戻るしかなかった。「これじゃ会社の近くの駅で探した方が良かったかな。けど、わざわざまた出るのも面倒だろ」
「俺の家、この二つ先の駅降りたとこなんだ。ラーメン屋ぐらいならあるぞ」
このままなし崩しに別れるよりは、とゾロは妥協案を出した。
サンジも不承不承みたいだったが、ついてくる。ラーメンが嫌と言うより、自分の勧める店の休業が残念なのだろう。
勝手知ったる駅を出て、行きつけのラーメン屋を目指そうとするゾロの腕をサンジが引いた。
「おい!あっちにまだ開いてるスーパーあんじゃねェか。あそこ行こう」
「は?」
「俺料理、得意なんだ。長らくの出張帰りなのにラーメンてのもちと侘しいだろ?あの店に連れてけなかったし、メシ作ってやるよ」
店が休みだったのはサンジのせいでは無論ないのだが、やはり連れて行くと言った手前責任を感じているみたいだった。
料理が得意だというのも嘘ではないらしく、さっさとスーパーに入り食材を選んでいく様は手際すらいい。ついでに、と酒も籠に放り込んでいく。
ゾロは半分呆気に取られていたが、楽しくもあった。メシ食ってすぐサヨナラではなく、少し長く一緒にいられるのかと。大阪では先輩と同室だったから人寂しい、と言うのとはまた違うと思う。ただ純粋にサンジと共に過ごしたいのだ。
久方ぶりに自宅であるマンションの一室に入る。気密性が高いからかどうしても湿気た空気が篭もっていた。
窓開けろよ、と命じながらサンジは換気扇を回して料理に取り掛かる。一人暮らし用のマンションだから台所と言えるような立派なものはないが。いかにも手慣れた雰囲気で野菜を洗い、魚を捌き、鍋に火をかけて…。
炊飯器がなかったので、小さな鍋で米まで炊いてしまったのには驚かされた。
「よし、出来た。まあ、急だし店並みのご馳走とまではいかねえけどな」
少し経って皿をいくつか並べていく。小奇麗な店で何が材料だか見当もつかないものを食べるより、ゾロはこんな家庭料理のほうがよほど好みである。いただきますと箸を持ち、しばらく無言でとにかく食べた。旨い。揚げ物や煮物といった種類だけでなく、味付けにしても濃いものと薄めのものの差もはっきりしていて、食が進んだ。
食べ過ぎた夕食が終わっても、ツマミにいいだろと出された貝柱の和え物にも箸をつけてしまう。
サンジも話しながら酒を飲んでいた。テレビはついていたがゾロの視線は、仕事の事から料理の事まで取りとめもない話をするサンジに注がれていた。
前から感じていたが、面白い。
話の内容よりは、表情豊かな瞳に惹きつけられる。憎まれ口ばかりかと思えば、時折ひどく無邪気で。頷く度に揺れる金髪。白くて長い指。骨っぽい手。
……触りてえな。
彼を眺めつつ適度に相槌を打ち、ぼんやり思う。
サンジが熱を出したあの日、髪には触れたことがある。乾燥してはいるが指通りが良くて、彼が寝ていたのでついつい何度も梳いてみた。
またあんなふうに。
出来れば、もっと近くで見たい。もっと傍で。
思うままに何となく手を伸ばそうとすると、コレも食えるんだからちゃんと食えとサンジが皿を指差して身を乗り出してきた。
(な…に?)
いきなり近づいてきた彼に視覚がハレーションを起こす。開いた胸元の鎖骨が覗き、ドクンと心臓が高鳴った。
サンジは指先で飾りかと思っていた海草を摘んでふざけるかの如くゾロに押しつける。止せと避けると思っていたのだろうがゾロは動かず、勢い彼の指が口中に入ってしまった。僅かに塩っ辛い。
あ、と引っ込めようとしたその手首を掴むとサンジは目を丸くした。
(何しようとしてるんだ)
触りたい、それから?それから、どうする。
だいたい触りたいというのからして、これは明らかに同僚の域は超えた感情だ。
なのに、分かってるのに、衝動が止まらない。
「…帰る」
ゾロの手を振り払いサンジが慌しく立ち上がると玄関へ向かう。
靴紐を結ぶのももどかしく靴を履いて去ろうとする彼へ大股で一気に距離を詰め、背後から抱きしめた。

──抵抗しろ。

馬鹿げた真似だと知ってるから、殴ってでも蹴ってでも逃げろ。頼む。


ゾロはそう思っていた。だから身を震わせたサンジに望みどおり強烈な蹴りを入れられ、彼が外へ飛び出してくれた時には痛む鳩尾を押さえながらどこか安堵して。
投げやりに暗く低く、笑う。



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