love story 5

 


「そう、このデータは全部できてるから」
サンジが示す画面をロビンは一通りチェックした。
「問題ないわね。ご苦労様、大変だったでしょう?」
「とんでもない!このくらい全然大した事ないよ。ロビンちゃんへの愛を以てすれば、マッハのスピードでどんな仕事でも片付けてみせます」
サンジが胸を張ってから、部屋の隅でファイルを棚に収めているゾロをくいと親指で差す。「ま、そこそこロロノアも協力してくれたおかげもあるけど。何とかとハサミは使いようってやつかな」
それにはゾロもだがロビンも目を見開いた。素直でない物言いだがゾロを褒めているのだ。
「まあ。ずいぶん仲が良くなったのね。最初は一触即発だったからどうなるかと思ったけど、打ち解けてくれて私も嬉しいわ」
「ロビンちゃんに喜んでもらえるなら俺も幸せだな〜」
でれでれと鼻の下を伸ばすが、サンジはすぐに真顔になる。「あ、それから顧客リストはね…」
逐一報告したりするのは得意ではないので、サンジがその辺は全部やってくれるのは実際ゾロにとっては楽だ。この数ヶ月サンジと共に仕事をしているが、小さな小競り合いはあるものの互いの役割分担もあまり意識せず振り分けるようになってきている。
説明を終えてロビンが他の主任と話し始めると、サンジが報告書を纏めに戻ってきた。
「今夜のプレゼンには間に合いそうだな。……何だよ?」
とは、ゾロがサンジを見ていることに反応して出た台詞だ。
「いや、相変わらずヘラヘラしてるつーか」
サンジが女に甘ったるい態度を取るのもロビンに対してきちんと敬意を持っているのも知っているが、言葉遣いなどは上司に向けるものではない気が以前からしていた。
「へっ。俺とロビンちゃんが仲良しだからって、やっかみか?」
「…何言いやがる。年も上だろうし一応上役なのに、馴れ馴れしいなと思っただけだ」
それだけだ。目上の人間には礼を重んじることが大切だという考えから発生する感情にすぎない筈だ。いささか嗜みが足りないのではと。
「ああ。だって俺、ロビンちゃんに昔家庭教師してもらってたんだぜ。だからさ、つい」
寝耳に水である。思ってもみない事を言われて、ゾロはぽかんとした。
「家庭教師?」
「おう。中三の時に一年くらいだったけどよ。大学生の頃からあの通り美人でな〜。学祭に連れてってもらったりして、可愛がられてたんだ俺。それからは会ってなかったんだけど、入社試験受けてビックリ愛の再会って訳さ」
自分で言うのもどうかという感じで愛の再会云々はともかく、確かにロビンはクールなふうでいて結構面倒見なども良いのだろう。そうでなければチーフにはなれまい。そんな関係があったのは意外ではあったが納得もできた。二人の間に、妙にくだけた雰囲気があるのはそのせいか。
だとしたら、ゾロが口を出す余地はない。しかし…とまだ微妙に燻るものを抱えながらも、ファイルの整頓をする。
「おい、どうなってるんだよ」
非難がましい声は、入社して間もない頃サンジに嫌がらせをしようとしていた先輩の一人だった。
「何がですか?」
サンジが一枚の紙をひらひらさせている先輩のもとに行く。
つい先日の慰安旅行でも少しは親睦も深められそうなものだったが、大いに宴会を盛り上げたサンジたちを今年の新人ははしゃぎ過ぎだと快くは思っていないらしくかえって彼らとの溝は深まったようだった。
「最初とはデザイン変更したんだよな?先方に資料のファックスも送られてないどころか連絡も全く来てないってお冠さ。この列の会社全部、お前らの担当だろ」
「それは…前、先輩達が引き受けるって」
「知らないね、そんなのは。けど頑張りゃいけるんじゃないか?何しろお前らは期待の大型新人だもんなあ」
嫌味たらしい言い方にゾロは眉をひそめたが、サンジは相手をしている時間も惜しいと判断したのか「分かりました」と頷き、席に座った。すぐに何社にも電話をかけて受話器を肩と顎で挟みながら、資料を確かめている。
「…間に合うのか」
電話が終わるのを待ってゾロが話しかけると、サンジはモニタから目を逸らさずキーボードを打つ。
「間に合わせるさ。まだプレゼンまで二時間はある」
この場合は二時間しかないと普通ならば、言うだろうに。
ゾロは微かに唇の端を上げる。
「よし」
補助してやる、とサンジの後頭部をぽんと叩いた。


「──乾杯、だな」
場の中心にいたサンジがグラスを持ってゾロの横にドカッと座った。
仕事が済んで、打ち上げと称し皆で飲みに来た店は洋風の居酒屋だ。週末ではなかったのもあってそう混んではいない。会社から金が出ている、つまり仕事の延長みたいなものだったし合同で仕事をするのも終了というわけでゾロも皆からはやや離れた席で飲んでいた。
「おう…何とか上手く行ったじゃねえか」
「そりゃもう、この俺の有能さを甘くみんなってんだ。終わった時のあの先輩のツラってばよ」
「傑作だったな」
ふっと笑みを浮かべたのは同時である。
「まあこれで片付いたし……明日からはまた違う部署になっちまうけどよ。一緒にやったの三ヶ月、だっけ?あっと言う間だなァ」
サンジがしみじみ言い、手の中のグラスを揺らした。すっかり氷が溶けて元は水割りだったのかカクテルだったのかも既によく分からない色だ。「わりと面白かったし、退屈しなかった。感謝もしてる。お前は性格はともかく仕事はできるしさ」
「珍しくまともな事言うじゃねえか。今日は酔ってねえみたいだ」
「てめェは!人がせっかく真面目に…」
サンジが大仰な素振りで掴みかかるとゾロが悪い悪いと笑って防御する。手首を掴むが体重もかかってしまい椅子から二人して落っこちた。体勢的にサンジがゾロを下敷きにしたが、如何にも頑丈そうな体躯を裏切らず怪我をした様子はない。グラスも落ちたので派手な音がして皆の目を引いた。
「大丈夫か」
「…イヤ、そっちこそだろ」
腰の辺りを支えていたゾロの腕を素早く外してサンジが起き上がる。
それからまた皆の輪に戻ったが時間も大分遅くなっていたので、間もなく店を出ることになった。
二次会やろうと言い出す元気な人間と、帰宅すると言い出す人間とに別れる。「じゃあ」とか「また明日な」とかそれぞれが適当に挨拶を交わした。
「お前、二次会には行かねえんだろ」
「ああ」
サンジに問われ、必要最低限の義理は果たしたつもりのゾロが応じる。「──そうだ。礼は俺も一応言っとかねえとな。ありがとよ」
「…別に」
いつもなら当然とばかりに踏ん反り返るのだが。彼の方も素直になっているのがサンジは嬉しく、うっかり手を差し伸べてから自分の動作に驚き急いで引っ込めかける。と、ゾロがその手を逃さず握ってきた。
「しばらく会えねェだろうが、元気でな。あんまり無理はすんな」
ゾロの台詞にサンジは首を傾げる。
「何言ってやがる?」
「だから無理すんなって。お前、どっか危なっかしいし…」
「そうじゃねえ、その前。会えないってのはどういう意味だ」
「このプランが終わったら、俺当分出張なんだ」
「ハア?聞いてねェぞ、そんなの。いつだよ。どれくらい。どこに行くんだ」
サンジに矢継早に質問されてゾロが戸惑ったみたいにイヤ言ってねえしと、もそもそ呟く。
「行き先は大阪で…期間はどうだろうな、多分ひと月かふた月は帰れねえと思う。向こうの支社が人が足りねェから状況によっちゃ長引くかもな。一人って訳じゃなくてうちの部の先輩も行くんだが」
俺はいいけど先輩は結婚してるから大変そうだとゾロが続けるのは、あまりちゃんと聞いていなかった。
「……大阪だったら左遷とは言えないな。残念ながら」
「ああ。生憎またそのうち帰ってくるぜ」
口ではそんなやりとりをしつつも、手は忘れられたように握手したままだった。お前ら何で止まってるんだと同僚たちが振り返るその時まで。

翌日、残務処理があったので技術部に行ったがゾロはいなかった。予定通り出張に行ったと確認をしてから下のフロアに降りてきて軽く息をつく。変にがっかりしたのもあるし安堵したのもある。
ここのところ毎日会っていたので、あの芝生頭を見ないと何だか落ち着かない。
どうしてくれると言えはしないのを承知で言いたかった。
存外、いい男だとは思う。仕事仲間としても。
ぶつかるのはよくぶつかるが、遠慮なく本気でやりあえる人間は結構いないものだ。仕事も気は利かないが誠実なやり方をするのだと共に過ごしてみて分かった。
サンジの机には、慰安旅行で取得したぷるぷるまりもちゃんなるマスコットが結局誰の手にも渡らず愛嬌のないこともない姿で乗っかっているのを指で突いてみる。
旅行で熱を出した時は、サンジが吐くのも嫌そうな顔をせずに彼なりに看てくれた事が思い浮かぶ。背中を擦って、首を冷やして。そのうちサンジが黙ってしまうと寝たと思ったのだろう、ぎこちなく髪を撫でられた。幾度も。行き来していたその感触をありありと覚えている。鼓動がひどく早く打つのは熱のせいだと心中で繰返していたのを覚えている。動いたら、目を開いたらきっとその手は止まると思うと残念な気がして息さえ詰めていた。
不器用な奴だ。俺なんか構うことねえのに…その場の流れとは言え馬鹿正直に面倒なんか見てさ。
あれ以来、ゾロが自然に触れてくることが増えた気がした。或いはサンジが意識するから、いちいちそれをカウントしてしまうだけなのだろうか。
右手を眺めると、昨夜の大きく暖かい肉厚な掌の感触も甦ってくる。

なあ…。どうしてくれんだよ?
まずいだろ、お前に会えないのがこんなふうに。

寂しいなんてのは。




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