love story 3

 



旅行というものがあんまり好きではない。
決められた交通手段で移動して決められた宿に泊まって、決められた時間に観光をして決められた時間に出発しなくてはならないのが嫌で。一人旅とかなら気楽でいいが、ホテルなどを押さえるのも面倒がる方だから自主的に行った経験がない。何年か前バイクで遠乗りしたことはあったが、それも気ままなもので宿も特に取らず、気候も良い季節だったので適当に高速のパーキングで寝たりした。大学の頃もサークル合宿や旅行などには殆ど付き合わなかったし、団体でこうして遠くまで来たのは修学旅行以来ではなかろうか。
会社の慰安旅行など、来ないで済むなら別に来たくもなかったのだが…。
ゾロは未だ騒々しく宴会が行われている広間からそっと出た。
無礼講と言いつつ本当に無礼を働く者はいないが、へべれけに酔った上司が絡んでくるとゾロはうまくかわせず無骨かつ乱暴にしかあしらえなかった。最も苦手な部類の仕事である。
時間も遅いから廊下にも人も疎らだ。欠伸が出るのは酒が原因と言うよりは単純に眠いからで、このまま部屋に戻り寝てしまいたいが、同室の連中はまだ飲んでいるしロックされてて入れないのだ。鍵をもらいにいこうかと思ったが、それで中に引っ張り込まれるのもかなわない。
もう一度欠伸をしてサロンに置いてあるソファに腰掛けた。
「何だてめェ、酔っ払ったのか?」
後ろから肩を叩かれるのにうんざりとして振り向けば、ゾロと同じように浴衣姿のサンジが立っている。トイレでも行っていたのだろうか。
「そりゃてめェだろ」
彼の目尻から頬にかけてほんのり赤くなっていた。
「俺ァなあ色白だからよ、すぐ顔に出ちまうんだよ!ぜーんぜん酔ってねえってんだコンチキショー」
その口調こそが酔ってる証だと思ったが、自覚のない酔っ払いには何を言っても虚しい。
だいたいが寄ると触ると喧嘩になるから最近では仕事上でのデータなどのやりとりはあってもそれ以外はろくに話もしないのに、こんな風に話しかけてくるのがおかしいと言うのだ。
「ま、どっちでもいいがな」
「てめェ、信じてねェな」
眉間にシワを寄せ、サンジがゾロを睨む。「よーし、いいだろう。俺が酔ってねえ証拠見せてやらあ」
「別にんな事ァ言ってねえ。証拠なんていらねェし、さっさと戻ったらどうだ。お前は宴会とか好きなんだろ?」
ゾロはおざなりに手を振った。相手をするのも面倒だ。という、雰囲気がありていに伝わったのかサンジはますます依怙地に首を振る。
「いいや、てめェは信用してねえ!ちょっと待ってろ」
ズカズカとフロントに大股で歩いていき、何かを受け取りすぐにゾロの元に取って返してきた。
「これで勝負だ。俺が酔ってねえって分からせてやる」
差し出されたのは卓球のラケットだった。「台はあっちだ。オラ、来やがれ」
サロンの奥にはアーケードゲームの筐体などがいくつか並んでいて、卓球台も申し訳程度に設置されているのだ。
「アホらし。何でこんな遠くまで来てピンポンなんてしなきゃならねェんだ」
「ああ?温泉宿と言えば卓球だろが!混浴と同じで言ってみりゃ、温泉の浪漫のひとつだ」
サンジの論理がおかしいのは酔っているせいか、通常からこうなのかはよく分からない。
「俺は眠いんだよ。酔ってねえって認めるから、あっちに行ってくれ」
「…負けるのが怖ェんだろ」
「あァ?」
挑発だと知ってはいてもつい突っかかってしまう。
「てめェ、力にゃ自信あんだろうけどいかにも鈍そうだし?こういう機敏なスポーツは苦手なんだよなァ。つまり俺の勝ちはやる前から分かってて、試合するまでもないって訳だ」
「──そうまで言うならやったろうじゃねえか、酔っ払いが。倒れんじゃねェぞ」
「へっ、上等だ」
浴衣の袖を肩までたくし上げ、サンジが構える。
すぐに決着が着くだろうと思っていたのだが、なかなかどうしてサンジはしぶとい。
酔っている癖に、反射神経だけで玉を追いかけている。終いには互いに喋る余裕もなく、カッカッ、と玉が台に跳ね返る音だけが響いた。
「クソッ!」
ハードなラリーが続いていたが、スリッパが滑った為サンジの腕が降り遅れて玉を逃す。
「勝負あったな」
にやりとしてゾロが息をつく。いや実際危なかった。ちょうど額から落ちる汗が目に入り、反撃されていたら返せないところだったのだ。
「畜生…。温泉入ったのに汗かいちまった」
悔しそうに言い、サンジは襟元を持ちバタバタと開閉させて風を送り込む。「よし、今度はコレだ」
サンジが指差したのは、硝子張りに大量のぬいぐるみが見えるクレーンゲームである。
「待てよ。勝負はついただろうが」
「イヤイヤ、よく考えてみりゃこっちの方が指先と脳の繊細な神経伝達が試されるから、証明にはもってこいだぜ。俺得意なんだ、まあ見てろって」
卓球で負けたのが悔しいのだろうか、何かで名誉挽回したいらしい。
ゾロはやってらんねえと溜息をつきこの場から逃れようとしたが浴衣の袖を引っ張られた。
「おい、さっき煙草買ったから小銭がねえ。百円玉貸してくれ」
「………」
何をか言わんやである。ゾロは渋々持っていた四枚の百円玉を渡す。「後で返せよ」
「任しとけ。絶対あの『ぷるぷるまりもちゃん』をゲットして、お前にやるからよ。緑色だし、てめェにピッタリだな」
誰がそんなもので返せと言ったか。ちゃんと現金で払えとゾロは反論しようとしたのにサンジが、
「おーし、お、お、お!もうちょい!惜しいな!」
「そこそこ、何で外れんだよ!アレおっかしいだろ、なあ?!」
「来た来た来た!そうだ、引っ掛けてそのまま…だあっ!落ちた!」
横で煩く喚きこっちの話など聞いちゃいない。仮に得意だとしても酔ってはいるのだろうし失敗続きだ。サンジの目当てとするマスコットは、こちらを嬲るように硝子ケースの中をころころと転がっていた。
「…貸してみろ」
見てると段々苛々してきて、サンジをぐいと押しのける。ゾロはこの手のものはやらないが、要するに動体視力だろう。ベクトルを上手く測れれば何とかなる筈だ。目を細め、まず縦のラインを決める。クレーンが進み、目標物とちょうど横並びのラインのところで止まった。
「あっ、あ!代われ、おい!」
サンジがコントロールボタンを押そうとしたゾロの前に体を滑り込ませる。
止めろ台無しだと言いそうになったがよく考えればあんなものは特に欲しくもないのだったと、サンジの好きにさせることにした。
ふと、シャンプーと石鹸の香りがするのに気づく。
金髪が数本張りついた項と首が目の前にきて、離れようとしたゾロは暫しの間その細さと白さを見ていた。
「やった!」
どん、とサンジの肘がゾロの鳩尾に当たって呻き我に返る。
「ほらほら、見ろ!取ったぜ」
サンジが満面の笑顔になってゾロの背中をバシバシと叩きながら、ぷるぷるまりもちゃんを右手で掲げてみせた。緑色のそれはちょうど掌サイズのボールみたいな形状に目鼻がついており、揺らすたびにラメ部分がきらきら光る。
「…ああ。おめでとさん」
ガキみてえ。
そんなもんが嬉しいのかよ?はしゃいじまって、まー…。
二十何歳かの野郎が、諸手を挙げて大喜びするような代物ではないだろうに。
ゾロにしてみれば、もともと興味のないマスコットよりは変化の激しいサンジの表情の方が面白かった。 酔ってるからいつもより警戒したりしてない分、感情表現が素直になっている。
最初会った時はその不遜な物腰から随分と大人びて見えたものだが、どうやらこの男は結構短気で年相応かそれ以下に子供っぽい部分があるのではないかとゾロは思い始めていた。深いコミュニケーションは全くと言っていいほど取れてはいないものの、彼と何かと言えばぶつかり合うのはそれも大きいのではないか。
そうだそう言えば、と思う。初めて見た時も、その笑顔は結構幼いと感じたのだ。
やや目尻が下がって、ふわりと柔らかくて。
いつもそんなツラしてりゃいいのに。だったら、俺だって普通に話せるから多分そうそう喧嘩にはなったりはしない。
「戦利品だ、ありがたく受け取れよ」
サンジがゾロの手首を握ってそれを押しつけてきた。
「イヤ、俺は別にコレ要らねェって」
それより四百円ちゃんと返せ。
言おうとしたが、その笑った顔を見てるとたかが四百円位いいかとさえ感じた。だからそんな具合の事を、うっかり口に出しかけてゾロは黙る。口下手な自分では、どう言っても誤解を招きそうだ。
「あ、いたいたサンジさん!」
女子社員が何人かで連れ立ってやってくる。「全然戻ってこないから探しに来たの。皆待ってるわよ」
「ああっ、ごめんね〜〜!」
途端にへらへらとサンジが相好を崩した。「つい男の勝負に熱くなっちまってさ。すぐ行くよう」
ゾロは押しつけられたマスコットをサンジの手に突き返す。
「…あいつらにやったら、喜ぶんじゃねェか?」
自分でも驚くほどぶっきらぼうな言い方になってしまった。サンジがいつもこうなら、こっちも普通に接する事ができると思ったばかりなのに。
「てめェに取ってやったんだぜ。この恩知らずめ」
不満げにサンジは唇を捻じ曲げる。何やってるのと女子がきゃあきゃあ騒ぎながら近づいてきた。また宴会に連れていかれるのも避けたくて、ゾロはさっさと歩き出す。勢いロビーを横切り、玄関へ。
一人になりたかった。
外なら、今は誰もいないだろう。まだ汗ばんでいるから夜の空気に触れるのもいい。
庭園に続く遊歩道で佇み暗い空をぼんやりと見上げた。
自分達はいつまで経っても、きっとこうなのだ。同じ会社に勤めて近い場所で呼吸していても、理解し合えない領域に生息している。



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