love story 2

 




「うーん、いくらロビンちゃんの頼みでも難しいなあ…勘弁してほしいけど」
「チーフと呼びなさい。女性の頼みは断らないんじゃなかった?」
「そりゃあ断りませんとも。しかもチーフのご命令なら喜んで、例え火の中水の中如何に艱難辛苦の仕事でも」
「そう、嬉しいわ。宜しくね」
黒髪を揺らして淡々としつつも魅力的に微笑むロビンに、サンジはへらっと条件反射的に笑ったがすぐに表情を引き締めた。
「や、でも物事には例外ってもんがあるよ」
「どうしてそこまで、彼を嫌がるのかしら。最初会った時はそうでもなかったでしょう」
「どうしてって言われても。ロロノアとは、きっと前世からの因縁が…」
「私は真面目に話してるのよ」
「俺だって大真面目だよ!」
心外だな、とおどけて両手を大げさに掲げる。
「確かに、満更冗談でもないような気もするわね。どうも貴方達が顔を合わせると社内の何かが壊れるし」
ロビンは軽く溜息をつき、傍のパーテーションをちらりと見る。つい先日も他社との合同レセプションで何が原因かは知らないがゾロとサンジが揉めて壊し、新しいものを購入したばかりなのだ。「とにかく、今回の企画はシステム技術部との連携が大切なのよ。新人同士、息を合わせてやってちょうだいね」
柔らかいが有無を言わせぬ口調でロビンが言って出て行く。そろそろ開始時刻だから、準備があるのだろう。
サンジは敬礼してみせロビンの後姿を見送っていたが、やがて予め机に置かれている資料の束を振り分けていく作業に取り掛かる。それにしても困ったもんだなどと思いながら。
ロロノア・ゾロに関しては、何故かいちいち引っかかることが多い。
ソリもウマも合わない。所属が違うので、毎日対立したりするわけではないが機会さえあれば大抵ぶつかる。こっちは「無愛想で偏屈な融通の利かない技術屋」だと思っていたし、向こうは向こうで「お調子者で仕事より女と遊びが大事な営業マン」とでも思っているだろう。確認などしてはいないが、隠そうともしない嫌悪は口に出さなくとも分かるものだ。厳密にはサンジの仕事は営業ではなく器用さを買われて色々な仕事をやらされていて、だから日によっては営業課にいたり庶務課にいたり企画部にいたりと落ち着かず、それが余計に腰が据わらない印象を与えるのかもしれない。
ゾロは新入社員らしからぬ落ち着きぶりで仕事もよくできると、きりっとした容姿も含め女子社員からも密かに注目され始めていたから、そこも気に食わない。無口ではあるが、かえって誠実な印象を高めているらしい。
だがこれから暫くは、ロビンも言っていたようにゾロや他のエンジニアと共に仕事をすることになるだろう。
無視だ、無視に限る。仕事上の話は仕方ないが、必要以上には関わらないように心がけよう。備品を破壊するのはともかくとして(褒められたことではないが)ロビンを含む女子社員達へのイメージダウンは避けなければ。
ポツポツ…という音に振り向けば窓に雨が当たっていた。ここのところは傘が常備になっているので心配はないが、それにしてもよく降る。
「また雨か〜」
「いい加減梅雨明けてほしいよな」
同じ課の先輩にあたる社員が三人程で話しながら会議室に入ってきて、サンジに気づく。
「何だ、お前一人で準備か?」
「ええ、まあ」
「どうせまたチーフに取り入って仕事回してもらったんだろ。いいねえ、可愛がられてる奴は」
半分以上はロビンと仲が良さそうなサンジに対するやっかみだが、サンジも負けてはいない。そもそもレディには優しく野郎には厳しくがモットーだ。
「頼られて嬉しいですよ。チーフは今まで全部一人で頑張ってきたみたいだから、こっちから補助してあげたいし」
「…そりゃ当てつけか何かのつもりかよ」
「そうだよな。だいたいお前、新入りの癖に態度がでかいんじゃないのか」
険悪な様子で、揃ってサンジに詰め寄る。と、ガタッとパーテーションが揺らいで一人の背中に勢いよく当たった。
「いてっ!」
ヒョイと引っ張り起こす右手がまず見えて、それからゾロが顔を出した。
「ああ、すいません。ちょっと凭れたら倒れちまって」
「イヤ…ちょっと凭れたくらいで…」
倒れるような代物でも、普通なら片手で起こせる重さでもないのだが。毒気を抜かれた様子で、先輩たちが自分達の席に着く。サンジはしばらくゾロを眺めていたが、礼を言うのも変な気がして黙ったまま資料を突きつけた。関わらないと決意したばかりなのだ。ゾロも無言で受け取り、椅子に座る。
他の社員も何人か続けて集まってくる。ロビンも入ってきたところで企画会議が始まった。
いくらか予定よりも長引いたが会議じたいは滞りなく済み、全てが終わってからサンジは茶碗などを洗う役目を女子に代わって引き受けた。
綺麗に片付けた後、会議室に戻る。今日のレポート提出も命令されているから、持ち帰って纏めなければならないのだ。
だが机に置いてあった筈の自分の資料と会議中に纏めたメモがない。皆が出るのを確認してから出たので、誰かが間違って持っていくことはないだろう。ビルの清掃係などはまだ来ない時間だ。
首を傾げて机の下やゴミ箱などを探していると、低い声がした。
「どうかしたのか」
「別に。資料とかがなくなっただけだ」
ゾロだと視界の隅に入った服と声から認識していたので、極めてそっけなく言う。
「だけって、なくなったら困るだろうが。これからの見積りとか全部書いてあるだろ」
「うっせえな。放っとけよ、関係ねえだろ」
苛々しているので普段よりも粗暴な言い方になる。彼はむっとしたのか、すぐに出て行った。
メモに書いたことはだいたい頭に残っているから帰ってからでもパソコンに入力しておけばいい。だが資料は人数分しか用意されていないのだ。書類作成は庶務の方でやったことだから、データは残ってはいるだろうし、頼めば何とかなるだろう。ロビンは紛失を咎めはしないかもしれないが、こんなことで信頼を少しでも裏切るのは辛いなと感じる。
散々辺りを探したが、やはり見つからない。理由は分からないが、なくなったものは仕方がなかった。
移動させた机などを直して、庶務課に向かおうと廊下に出るとゾロが立っていた。スーツの肩や足元が濡れて色が濃くなって見える。
「…何だよ?」
「これ」
ゾロが差し出したものは、泥に塗れた紙の束だ。汚れて破れたりしているが、探していた資料だとクリップと文字列からすぐに分かった。「さっきの先輩たちが何かシュレッダーにかけようとしてたんだ。俺が話しかけたら慌てて帰ろうとするもんだから変だと思って後ろついてったら、これゴミ捨て場に…」
おそらくサンジを困らせようとしたのだろう。ゾロに手渡された資料をサンジはじっと見る。
「──悪い」
「けど、泥だらけだしもう駄目だな」
「いや。これ見て複製作るさ」
「これから残ってか?…俺のをコピーすりゃいいんじゃねえのか」
「システム部の奴らとは内容が違うんだ。それに、ちゃんと管理してなかった俺の責任もあるし」
言いながら、サンジはぱらぱらと資料を捲る。最初のページはひどいものだったが、後は表も文字も読めなくはない。「で、お前は何で濡れてんだよ」
「傘持ってねえんだ。朝もそんな降ってなかったし、止むかなと思って」
「今日も雨だって言ってただろ。天気予報くらい見て来いよ、アホだな」
「ああ?てめェこそ、あんな喧嘩売るみてえな態度だからこんな事されんだろうが。要領悪ィ奴」
「てめェに言われたくねえ」
サンジは苦笑した。そして、じゃあなと促進部の部屋に入って手を振る。
ありがたい事にと言うか当然と言うか、ゾロは手伝うなどとは言い出さず帰って行った。
一度電源を落としていたパソコンを立ち上げて、ふと思う。
もしかしたら、そう悪い男ではないかもしれない。さっきの会議が始まる前のあれだって、きっと彼なりの助け舟で。多分少しぶっきらぼうなのと、率直なだけで。
やや彼を理解できたような気がしたサンジは、数日後また傘を持ってきてないゾロがちょうど会社のエントランスで立ち尽くしているのを見て幾分躊躇した。男と相合傘をするなんてサンジの主義に反するし、気恥ずかしいからどう言えばいいのか良く分からない。しかし、ああいうタイプの男はこっちからコンタクトをとってやらないといつまで経っても、平行線のままだろうから。だから。声をかけてやろう、とゾロの方へと踏み出す。
「──やっぱり、あの野郎は人語を解さないから絶対駄目だって!あいつと仕事するなら牛とかカバの方がよっぽどマシだ」
サンジが再びロビンに泣きついたのは、雨の中乱闘を繰り広げた翌日のこと。



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