指先にキスを 3



「変だぜ、てめェ。変つーか、気味悪ィ。黙り込みやがって、何なんだよ」
サンジはぶつぶつと言いながらも、テーブルを片付けている。
「何なんだって、そりゃこっちが聞きたいぜ」
腕組みをして仏頂面をするしかない。ゾロにしてみれば、不可思議なのはサンジの行動である。「いったい何のつもりだったんだ」
「何が」
「何が、じゃねェだろ。昨日の晩の事だ」
「あー」
サンジがあの時と同じ瞳になる。オモチャを見つけた子供のような、やや意地悪そうな色が浮かぶ。「アレか」
「…ああ」
「てめェが」
サンジがゾロにすいと近寄る。
「おっ勃てちまって、俺が出させてやった事だろ?」
「の野郎!」
こいつ、わざとこんな言い方を。
ゾロがサンジの腕を乱暴に掴んで詰め寄った。だがサンジは一向に応えた様子もない。
「何だよ、文句でもつける気か?良かった癖に」
「そうじゃねェだろ。何であんな事をしたかって聞いてんだ」
「何でってそりゃあ、てめェが責任とれとかどうしてくれるとか」
「言ってねえ!」
「いやまあ、似たような恨み事は言ってたって。で、哀れに思った心やさしいコックがお手伝いして差し上げたって訳だ」
にやりとするサンジに、ムキになればなるほどコックのペースになるような気がしてゾロは深く息を吸い込んだ。
「…普通ならしねえだろ。男が好きだってんなら話は別だがよ」
「俺が!?」
サンジが目を大きく見開いた。「お前なァ、冗談もたいがいにしろよ。しかも笑えねェし」
「だから、そういう冗談みたいな事したのがてめェだろうがっ」
「何でそうカリカリしてんのかね、てめェは。俺はホモでもねェのに野郎に奉仕してやったんだから、感謝されてもいいくらいだぜ」
…駄目だこの男は。
ゾロは心の中で虚しさを噛みしめた。
さっぱりかみ合わないばかりか、どんどん話がずれていく。
「───要するに、気にいらねェんだろ」
サンジが突然、真面目な顔で言った。
あまりにも今までと調子が違うので、ゾロは目を瞬く。
「俺の手でイッちまったのが。で、それをネタにおちょくられんのもな」
「…分かってんなら、始めっからそう言え」
「だって面白いじゃねェか。てめェがアワ喰ってるザマなんか、そうそう滅多に見れねェし」
サンジは下からぐっとゾロの顔を覗き込んだ。「当分楽しめそうだと思ってよ」
「てめェ、やっぱり…!」
「まあ、まあ。てめェも溜まってたモン出せて良かったじゃん。世界を目指す剣豪だって、一人の男ってやつだ。なあ?」
これからもこんな風にジワジワと甚振られるのかと思うと、絶望的になる。
ただ一方的に擦られただけなのに、いや、最後には快楽に身を任せてしまったのは事実だが、それは誰も責められないだろう。
とにかくこのコックに一矢報いなくてはと感じた。
「礼でもしてほしいのか」
黙っていては、いいように遊ばれるだけだと。
「あん?」
「さっき感謝しろって言ったろ。礼のひとつでも言や、納得すんのかよ」
「…やな野郎だぜ、開き直りやがった」
サンジは嫌そうな表情になる。「ハイハイ、分かった。ま、結構楽しかったからいいか。忘れ…んのは無理だけど、もうからかったりしねェよ。多分な」
望むべき回答は、これで一応は得られたのかもしれない。
だが、呆気なさ過ぎて何だか信用できなかったし、ゾロの中にはまだ燻りがある。
「てめェに貸し作ってるみたいなのが、一番ムカつくんだよ」
「アァ?鬱陶しい野郎だな。じゃあ、どうすりゃ気が済むんだよ」
どうすれば…。
対等になるには。引け目を感じないようにするには。
ゾロはしばし黙って、やがて口を開いた。
その時は然程本気だった訳ではなく、これぐらい言えば逆にサンジが自分の気持ちを少しは理解できるのではないかと思ったのだ。
「俺も、てめェのを出させてやる」

 


サンジは洗濯物のタオルを干し終わって、甲板で煙草を吸っていた。
忙中閑あり。昼食とおやつのちょうど中間、休みなく働くサンジはほんの少し寛ぐ。
(大丈夫か、クソマリモは)
禁欲と筋トレの繰り返しで、脳味噌に髪と同じ色のカビでも生えたのかもしれねえ。
サンジはゾロが頭の中を覗いたら、即一刀両断されそうな事を考えていた。当の剣士は、船の後尾で鍛錬に余念がない。
(まったく…まさかあんな事言い出すとはな)
そもそも昨夜の事は、興味半分から始まったものだ。
日頃は同じ19歳とは思えないような落ち着きを感じさせ、馬鹿話にも加わらない剣士。サンジに言わせればオヤジくさいだけだが。
ふざけてその部分に触れてやったら、思ったより反応が純粋に返ってきて驚いた。
こいつだってただの若い男じゃねえかと安心した。
同じものを持つ男として嫌悪感はあまりなく、つい調子に乗ってしまったのだ。
だからゾロには幾分人の悪い言い方はしたが、楽しかったのは確かである。楽しさ故にからかいが過ぎ、追い詰めてしまったかもしれないが。
それにしても、ゾロがあんな反撃に出るとは思わなかった。
サンジなどがふざけてあの手の事を言うのと、ゾロが言うのはまた問題が違う。
しかしゾロ本人にとっては、それなりに筋が通った事らしい。
「そうすりゃ五分五分だろ」
とゾロは言った。「借りがなくなる」
サンジはゾロの申し出にまずぽかんとして、笑い飛ばすタイミングを外し、しまいには諌めるみたいな言葉を発していた。
「ちょっと落ち着け」
「俺ァ別に貸しを作ったなんて思ってねえし」
「だいたい、そんなんで対等になってもな」
実際サンジは貸しとは考えてはいなかった。むしろ格好のネタを与えてくれてありがたいとすら。
だがいくら言ってもゾロは受け入れず、頑なな態度を崩さない。
洒落の通じない男だと言うのは承知しているし、意固地になっている人間に何を言ってもかえって逆効果である。
(真面目なヤツを追い詰めると犯罪に走るってのは、正にコレじゃねえのか)
「サンジ、おやつー!」
船長が叫びながら、絡み付いてきた。
「へいへい」
サンジは船長をズルズルと引きずったまま、キッチンへと向かう。
───ゾロはゾロで、一心に鉄の塊を振り回しながらも後悔していた。
あの時。攻撃に転じたところサンジがおとなしくなったので、気分が良くなってしつこくやり過ぎた。
サンジも素直ではないので最終的に、やれるもんならやってもらおうじゃねェかと半ば自棄になって言葉を吐き出し。しばらくしてゾロは答えた。分かったじゃあ今夜な、と。 実は、ただ引くに引けなくなっただけである。
それにしても、何の因果で男のブツを擦ってやらなければならなくなったのか…。
だがこうなった以上は仕方がない、とゾロは腹をくくった。同じ事をしてやればコックもこの事に関してアレコレ言える立場ではなくなるだろう。そう考えれば悪くはない。

 

そして、問題の夜。
ちょうど見張りだったサンジは、何か理由をかこつけてウソップにでも替わってもらおうかと真剣に思った。
サンジを見るゾロの目が異様に据わっていて不気味だったのだ。単に寝不足なのと嫌なことは早く済ませたいというのが表れているせいだが。
「おい、ウソップ。今夜…」
言いかけると、ゾロがつかつか歩いてきてすれ違いざまサンジの耳に呟く。
「逃げんのか」
「アァ?誰がだ!」
サンジがむっとして怒鳴るのをウソップが不思議そうに見ていた。
───皆が寝静まった頃、ゾロはゆっくりキッチンの扉を開ける。皿を拭いていたサンジが、振り返った。
「来たぜ」
「…おう」
しばらくお互いの顔を睨む。まるで果し合いである。
サンジは棚に食器を並べて、煙草に火を点けた。間が持たない。
「じゃ、始めるか」
「ムードもクソもねェ奴だな」
サンジが呆れて言う。
「ムードなんか要らねェだろ」
「そりゃそうだけどな…てめェまさか、レディにもそんな態度なのか?脱げ、ヤるぞ、みてえな」
「うるせえ。てめェの知った事か」
ゾロがゆっくりサンジに近寄り、腰を左手で押えるとサンジのベルトへ右手をやる。
「ちょ、タンマ」
サンジが待ったをかける。ゾロは煩わしそうに、
「んだよ。いちいち」
「擦るだけだぞ?俺に突っ込もうとか考えんなよ」
「アホ!てめェだって昨日はそんな事、考えなかっただろうが」
「当たり前だ。俺はホモじゃねえ」
「俺だってそうだ」
かくして不毛だか何だか良く分からない行為が始まった。

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