楽園追放 11

 

 

「そこそこ発展はしてるわね」
梯子づたいに港に降り立ったナミは、離れて見える町並みを眺める。「大してゆっくりは出来そうにないけど」
航海を重ね様々な場所を見てきたので、そこに立ち上る風の匂いとでも言おうか雰囲気は察知できる。島の住民が訪れた新しい客をじろじろ無遠慮に眺めていたが、あまり好意的な視線とは受け取れなかった。
「一応、見張りを残しておいた方が良さそうだわ」
「あ、じゃあ俺が残ろうか。必要な薬品さえ買って来てくれたら、別に用事ないし」
チョッパーが進み出る。「本当はサンジもウロウロしない方がいいんだけど、買出しも沢山あるだろうから…」
「うーん。ま、こいつがいれば大丈夫でしょ」
ナミがゾロの背中を押した。「よろしくね。荷物は全部持ってあげてちょうだい」
「俺がか」
「いや、ナミさん。荷物持ちならウソップでいいよ」
口裏を合わせたかの如く、時を同じくしてゾロとサンジが言葉を発する。
「駄目よ。お酒の樽ももう底をついてきてるし。ルフィじゃそこらじゅう走り回ってサンジくんに余計な負担がかかるわ」
「失礼だな、お前!」
すでに町に入りかけていたルフィが振り返って頬を膨らませた。
「とりあえず町の状態を見て、大丈夫そうだったら宿を取りましょう」
ナミが先頭をきって歩いていく。
住民は褐色の肌の人間が多く、クルーたちが町に入ると奇異の視線が注がれる。意外に大きな市場があるのが判明したので、皆はそれぞれの買い物に別れた。

 


いざ二人になると、どことなく不自然な沈黙が下りた。すぐさま通常に戻れる訳もないから当然だ。それでも、まだ買い物に集中できるから良かった。サンジはゾロには目もくれず、リストと睨めっこしつつ事務的に買い物をしていく。清算が済むと、ゾロが黙ってやってきて荷物を抱えた。ゾロもあえて話しかけるふうでもない。元来多弁ではないのだ。
サンジは少しでも早めに済ませたかった。スパイスの瓶と干し物などを買って紙袋を受け取ると、後ろからゾロが手を伸ばす。
「それも寄越せ」
「いいって、こんな軽いもん」
「ナミの奴は全部持たせろって言ってたろうが」
馬鹿正直な奴だと思うが、ナミの名前を出されてはサンジも弱い。不承不承渡す際、偶然互いの指先が触れた。
次に、目線が絡んだ。
「───今度は、酒だ」
サンジは手をすっと引く。こんなことは、おそらくこれからも船に乗っていれば何度となくあることだ。干渉するなとゾロは言ったが、仲間として乗船している限りは完全に接触を避けるのは不可能である。「喜べ、それでお役御免だぜ」
どこかホッとするような心持ちなのは自分の方かもしれない。それに、いくら鈍いゾロでもこんな重い空気はさすがに居心地が悪いのではないか。酒場に入って何種類かの酒を選び、店主に値引きを頼む。サンジは酒樽を受け取りに行くようゾロに指示した。確か合計四個程になったが、剣士ならば持てるだろう。ゾロが店の裏口の方に行くと、サンジはやれやれと息をつく。これで全部済んだ。船に買った物を運ばせれば、やっと一人になれる。
「よう、兄ちゃん。暇そうだな」
見るからに柄の悪い男たち声をかけてきた。
「客引きなら、ここよりいい場所紹介してやろうか」
「客引きだと…?」
赤いシャツの男が下品に笑った。
「兄ちゃん位の面と体つきなら、そこらの女よりも高値がつくぜ」
サンジは、咥えた煙草に火を点す。
「お生憎だが、俺の仕事は別にちゃんとあるんでな」
相手をする気はさらさらないと歩き出すサンジの行く手を男たちは阻んだ。「…邪魔だ。どいてもらおうか」
「そんなに急いで帰らなくてもいいんじゃねェか〜?」
「そうそう、船旅は疲れただろ。歓迎するしゆっくりしていけよ」
明らかに嘲弄している男たちに、サンジは目を細めてポケットに両手を突っ込んだ。
「───そりゃ、喧嘩でも売ってんのか」
紫煙を吐き、静かな口調で聞く。「だとしたら商談成立は諦めな。てめェらなんざ、俺の脚の指一本の価値もねえ」同時に踵を傍にあった石段に叩き込むと、その部分にピシピシ亀裂が走った。連中はぎょっとして顔を見合わると、そそくさと去っていく。
ゾロが物陰から様子を窺っているのに気づき、サンジは軽く手を振った。
「てめェはさっと酒を受け取って来い」
眉を顰めながら、男たちの後姿を見送る。今のはただの無意味な言掛りに過ぎないのだろうかと。
ゾロが樽を担いで戻ってくるとサンジは確認するように、
「おい、港までの道分かるな?」
「…殆ど一本道だったじゃねェか」
「だからって安心できねェのが、お前なんだよ」
肩をヒョイと竦める。「俺は先に帰る。どうも船が心配だ…取り越し苦労ならいいが」
「取り越し苦労って───」
呆気に取られているゾロなどお構いなしに、サンジはちゃんと運べよ!と言い捨て身を翻した。
「…んだ、あいつ」
追おうとするが、さすがにこの大荷物では走るわけにもいかない。なるべく早足で港へと向かう。が、何故かゾロは町の広場に舞い戻ってしまった。既に日は暮れかけている。
「何してんだ、ゾロ」
布の袋を抱えたウソップが声をかけてきた。
「港に戻れなかった?しかし何でこの道で…いやまあ、いいや。一緒に帰ってやるからそう睨むなよ」
ゾロの表情が厳しいのは別に方向音痴を指摘されたからではない。
一足先に戻ったサンジが気になっていた。
本当によく分からない奴だ。だいたいが余計なお喋りはする癖に肝心な事を語らなさ過ぎる、あの男は。
おそらくサンジはもう割り切ってしまったのだろうが、あんなにいつも通りの顔で話しかけてくるなとゾロは思う。無視しろとまでは言わないが。先刻だってそうだ。手が触れた時、視線が合った時、少なからず動揺した。サンジから目が逸らせなかった。
片づけた筈の感情が、凝りもせずにまた湧き上がってきてしまう。
……未練など。
捨てたつもりなのに。
「───あ、ゾロ!ウソップも。良かった!サンジが…」
薄暗い中だが船が荒らされているのが分かる。うろたえているチョッパーの様子にゾロは何かがあったのだと悟った。甲板に荷物を乱暴にほぼ落とすように置く。
「クソコックがどうした」
「さっき、船を襲おうとした連中がいて…」
「サンジが負けるような奴らだったのか?」
ウソップが聞くとチョッパーは違うと頭を振る。
「人数はすごくいたけど、普通の状態のサンジなら問題ない筈だよ。でも船じたいを壊されそうになったから、それを防ごうとしたんだ。暫くあいつらと喋ってて…交渉できたからって一緒に」
「あいつが?黙ってついてったのか」
「うん…どうしよう、サンジ…心配すんなって笑ってたけど」
「ああ。サンジは簡単にやられたりはしねェだろ。とりあえずそいつらを、この船から離そうとしたんじゃねェかな」ウソップが腕組みをすると、チョッパーは俯いた。
「ごめん」
「お前が謝る事じゃねえ」
あの、馬鹿が悪い。
舌打ちしたゾロは、トナカイの頭をポンと叩くと船から飛び降りた。「まだそう遠くには行ってねェだろ。どっちに向かった?」
「ええと、確か海岸沿いに歩いていったぞ。早く見つけないと──無理して戦ったら体に負担が…」
「よし、行けゾロ!後の事は頼む!」
ウソップの突撃命令も耳に入らない勢いで、ゾロは砂を蹴散らして駆け出す。
…どうしてこうも、我が身を粗末にするんだあの野郎は。
厄介を背負込むのは自分の勝手とでも思っているのか。或いは過信か。放っとけないのはそのせいだと思いたかった。仲間の一人を探しにいくのだという大儀名分を形ばかり思い浮かべる。
だが襲った輩がサンジに何をするかという方面に思考が向くと、ゾロは胸が騒いで仕方なかった。交渉という言い方、そして黙ってサンジの方からついていったという事実。うまくおびき寄せて一人で全員片付けるか又は逃げる計画かもしれないが、果たしてそんなに上手くいくものだろうか。
あの島でサンジに起こった事件と重なる。
痛々しい姿が脳裏を過ぎる。
ただ殴られたり蹴られたりするだけならまだしも、またあんな風にどこの誰とも知らないような男たちにサンジがいいようにされるのかと思うと走っている為ではなく、鼓動が大きく耳を打った。
───俺は、許さねェからな。
自分が彼の近くにいる限り、そんな事は二度とさせない。させてたまるか。奴に、誰かが卑しく触れたりするのは。
例え他ならぬサンジ本人が受容しようと、絶対に…許さない。
海岸を進んでいくと、やがて岩場に突き当たった。ぼんやりと薄闇にうごめく人の姿と喚き声。
「何してやがる!」
ゾロが抜刀しながら近づくと、人影はバラバラと散っていった。
蹲っている黒いスーツがサンジだと認識するのにゾロは暫くの時間を要した。
彼は動かない。金髪は乱れ白いシャツは赤く染まっている。
「おい…!」
完治したわけでもないのに、また無茶をしたに違いないとゾロは思った。
まさか───。
「何だ、てめェか」
もぞもぞと蠢いたサンジは興味なさそうに剣士を一瞥し、口の中に溜まった血を吐いた。
傷だらけでも、意識があるのが幸いだ。
「無事、だった…のか」
全速力で走ってきたので、まだ脈が落ち着かない。ゾロは息も切れ切れである。
「へっ…何だそりゃ。お姫様でも助けに来たつもりかよ」
無意識に手を伸ばしかけたゾロをサンジはすいと避けた。「構うなって言ったのはてめェだろうが。ハンパはしねェんだろ?だったら俺には触るんじゃねえ」
サンジは鋭い瞳でゾロを見据える。
「……」

そうだ。
もう自分は何も期待してはいけなかった。何も。

サンジの負担になることはしないと、己で決めたのだ。選択肢はゾロには残されていなかった。
彼を苦しめたくないなら、枷になりたくないなら、大切に思うならそうすべきだと。足掻くことはゾロではなくサンジの方を抉ってしまうとゾロは身を以って知った。
それは忘れてはいけないこと。今後もずっと忘れてはいけないこと。
ゾロは汗がひくのと共に、二人を包む空気同様体の芯から冷えて凍りつくのを感じていた。




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