楽園追放 7

 





サンジの金髪はやはり柔らかくやや水分が少ない気もするがそのぶん、さらりと流れた。
意識して持っていなければ指を滑って擦り抜けてしまう。
捉えどころのないサンジを表すかのようだった。
そんなコックの寝顔を眺めるゾロの眉間には皺が刻まれている。上でナミが食事を知らせていたが、さほど腹は空いていない。だが行かなければ煩いだろうから適当に食って寝てしまおうと、ゾロは今一度サンジの存在を確認するかの如く彼の髪を撫でると男部屋を後にした。
───戻って二、三日経つと、生活もいつもの航海と変わらなくなり十数日とは言えゴーイングメリー号にいなかったのが信じられない思いさえする。嵐などもなく表面上は穏やかに船は進み続ける。サンジも順調に治癒し、徐々に料理もやり始めていた。
ルフィがやっぱりサンジのメシは美味いなと頬を膨らませながら言えば、ナミやロビンもその通りねと頷く。ナミやロビンとて料理はできるが、やはり専門職のそれとは格段に違うものなのだ。
サンジはそう言われると、とても嬉しげに笑った。
当然だ俺様は一流コックだからなと反り返りながらも、ほんの少し照れたみたいに。料理に関しては意外なほど驚くほど素直にあどけなく笑うのだと、ゾロは初めて知った気がした。遭難する前から船で長く共に過ごしてきたのに今頃になって。
何故自分は知らないのか。
恐らく仲間になって日が浅いロビンすら知っている。
目にしたとしても恐らく今までは特に気にも止めなかったのだ。加えてそういう顔は、ゾロに向けられた事が殆どと言って良いくらいにないからだ。
戦闘以外はいてもいなくてもあまり変わらないゾロと違い、彼は忙しい。まだ重い物は持ってはいけないとチョッパーから厳重注意はされていたから無理はしないが、料理だけでなくサンジはクルーから声をかけられる事が多かった。
以前と同様に振る舞うサンジを眺めているとゾロは何だか不快だった。理由を聞かれても困る。理屈ではないのだ。
昼寝する為に甲板に胡坐をかき目を瞑っていたゾロだったが、甲板にいるサンジを含むクルーたちの会話に神経が立ち、のそのそと倉庫へ移動した。暖かい陽だまりはないが、ここなら静かだろうと思ったのだ。いつもなら声どころか食糧泥棒の船長とコックが近くで捕物騒動を繰り広げていてもいぎたなく眠れるのだが。
敵襲などもないし、体力を持て余してしまっているのだろうか。倉庫はしんとしていたが、今度はかえって静寂が気になってくる。しばらく待って眠れなかったら後尾でトレーニングでもするかなと考えていると、鈍い音がして倉庫の扉が開かれた。
「…おっ、何だてめェ」
サンジだった。ゾロがいるのを知らなかったのか少し驚いた様子だ。「こんな薄暗い所で昼寝かよ。頭のカビがますます増殖すんじゃねえか?まあいいや、ちょっとどけ。その米持ってくんだから」
剣士が麻袋に座り込んでいるのを見て野良犬を追い払うような仕草をした。ゾロは立ち上がると、麻袋に手をやる。
「台所に運びゃいいのか」
「まあ…そうだけどよ、一人で持っていける」
「てめェは、重いモン持つなってチョッパーに言われてんだろうが」
「うるせェな。てめェにゃ関係ねェだろ」
ゾロはサンジがぶつぶつ言うのには耳を貸さず、袋を肩に担ぎキッチンに入ると床にドサッと投げ出す。
「乱暴に置きやがって、破けたらどうすんだ」
文句を垂れながらサンジも入ってくる。「よっ…と」横になった麻袋を起こそうとしているので、ゾロはまたこいつ、と舌打ちして彼の背後から袋の端を引っ張って起こす。
「だから言えつってんだろ。そんなに俺に頼るのが嫌かよ」
「あァ?」
サンジがゾロに視線をやり眉を顰めたのは、間近にある鋭い眼にぶつかったせいだ。ゾロは口調と同じく怒気を含んだ表情だった。
米の袋を開けてボウルに必要分移し流しで研ぐコックを、剣士はじっと凝視していた。
サンジはそれを感じ取ったのか、水を止めると煙草に火を点け一頻り吹かしてから腕組みをする。
「てめェこそ、何なんだ」
反撃体勢に入っていた。「頼れとでも言いたいのか?冗談にしちゃ詰らねェな。保護者気取りで偉そうなツラしてんじゃねえよ」
「そんなんじゃねェ。けど、お前はすぐ無理するから」
「…あのな。そりゃ、あの島じゃ胸糞悪ィ事も一杯あったがもう済んじまった事だろ?蒸し返すなってんだ。心配してもらわなくたって結構。俺は生憎丈夫に出来てるんでな」サンジはぴしゃりと撥ねつける。「言った筈だぜ。つけ込むなって」冷やかに、己の領域に入るなと宣言をした。
のだと、思う。
サンジの言い方は直接的な拒絶に見せかけつつも湾曲していて額面通りに受け取るのが難しい。下手な態度に出ると返り討ちに合うのだ。
確かに、こんな毛を逆立てる猫みたいな奴など放っておけばいいと頭のどこかでは考えている。 サンジは足が立たなかった時でさえ、ゾロの気遣いを嫌がっていた。回復も順調な今では何をか況やである。高過ぎるプライドの為か或いはそれ程までに───疎ましがられていると言うことか。
至ったその結論は、実に面白くなかった。
早くサンジが治ればいいと考えていたのは真実だ。
虚勢を張って強がる彼は痛々しく、生意気でガラの悪いいつものコックに戻ることを望んでいたのは本当になのに、どうして手放しで喜べないのだろう。
良かったとは思いながらも心中は混沌としてすっきりしない。
サンジは何ひとつ変わらないのに。不公平だ。
いや、以前よりかえって彼は余所余所しい感じさえした。他のクルーに対するのと違い、ゾロに向かう時は臨戦体勢で警戒心を剥き出しにしている。
弱っていた所を僅かでもゾロに、本人が言うように一番見せたくない男に見せたことを後悔しているのかもしれなかった。
ゾロとて、別にあの島で世話をしてやったとか恩を着せたいのでも、感謝して欲しいのでもない。だが、ほんの少しでも自分はサンジを救えなかったろうか。これまで知らなかった彼の新たな面を知り、理解はできないまでも剣士なりに懸念して支えられる部分があったら支えてやろうとしていたのは、単なる一人相撲だったのだろうか。
要するに、気に入らないのだ。
彼一人だけさっさと元の位置に収まってしまうのが。ゾロはまるきり取り残されている。
しかし、剣士のそんな気持ちなどサンジには関係ない事なのだろう。
何事もなかったように綺麗に片付けるつもりで、すました表情をしているコックが気に入らない。その感情はここ数日のゾロの苛立ちに拍車をかけ、刺のある言葉となって吐き出された。
「俺なんかいなくても平気って訳か。ご立派なもんだ、あの島じゃ泣きそうだった癖に」
サンジの額に微かな筋が浮いた。
「てめェ…!」
蹴りが飛んできてゾロはその足を掴んだ。バランスを崩したサンジの肩を反射的に押え、転びかけるのを防ぐ。サンジは煙草を噛み、キッとゾロを見返した。
「見損なったぜ。てめェがそんなネチネチした厭味抜かす野郎だったなんてな」
(言わせたのはお前だろ)
そう口に出しかけて、止めた。
対峙した金髪が揺れ柔らかい光を放っているのに反し、その瞳は酷く激しく睨みつけてくる。
倒錯的だが安堵する。
敵意の方が無視に比べればまだ良い。彼の中から追い出されるよりはましだ。
ずっと感じていたもやもやしたものが、漸く形作られてきた。
(そうか…俺は…)
サンジに触れたかったのだ。
威勢の割にはどこか危なげな、この男に惹きつけられている。
一方的なのは認めるし少なくとも好かれてはいないのだから、受け入れられないのは最初から分かりきっている。なら尚のこと、その視線を自分の方へと向けさせたかった。
「おまけに転ぶのを庇ってくれたってか。つくづく頭に来るな、てめェは」
肩を押えているゾロから身を剥がそうとサンジは腕を突っ撥ねた。ゾロはそれを許さず、逆に力を込めてぐいと引き寄せる。
「何しやがっ…」
「俺は───どうやらてめェが気になって仕方ねェらしい」
サンジの反応によってどう対処するかとか、そんな先のことまで思考は行き着いていない。
率直に思ったままを口にしただけだ。
やっと答が導かれた気がしたから。
ゾロは、両手を添えているサンジの背中が震え始めたのに気づく。
まさか泣く故はないだろうし、ふざけるなと怒り出すのかと思った。
それでもその動作は一定以上には大きくならず、ゾロは不審に感じて彼の顔を覗き込む。
俯いたサンジは笑っていた。喉をくっくっと鳴らして、ごく静かに。
これは考え及びもしなかった。
容赦ない拒否が返って来るならまだ納得できる。何かしらリアクションがあるのは当然だが、普段のサンジの態度からして好意的なものは期待していなかった。非難や蔑みさえ無意識に覚悟していたかもしれない。
だが。
受け入れるでもなく拒むでもなく、ただ彼は頬を引きつらせて笑う。
まったく楽しくなさそうに。




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