楽園追放 2

 

 

助けようとかはあまり考えてなかった気がする。
そんな時間的余裕はなかったし、サンジは自力で上がってくるだろうとは思った。
クルーたちの中で、サンジは決して海には弱くない。
だが船長を甲板に引き上げつつふと振り返ると、サンジが沈んでいくのが目に入った。
馬鹿が、と舌打ちして考えるより先に飛び込んだ。
荒れた波に攫われていくサンジを捕えようとしながら、またかとも思っていた。
コックを信用していない訳ではないが、サンジは己の保身にはどこか頼りない。特に仲が良いとは言えなくとも、結構長い付き合いである。ゾロもそれくらいは感じ取っていた。
嵐のせいでなかなかサンジに近づけず、まずいなと考えながらもゴーイングメリー号からかなり離れていた。サンジの姿が全く見えなくなってしまい、どうしたものかと躊躇はしたがゾロ自身も戻るに戻れない。
もがきながら泳ぐのも疲れてきた頃、波間にサンジの黄色い頭がちらと見えた───気がした。
しかし、腕を伸ばした瞬間高波がゾロを飲み込んだ。
気がつくと見知らぬ砂浜に打ち上げられ、全身傷だらけだった。暗礁が多く波に揉まれる度に体に衝撃が来ていたから、それ故の擦傷と打撲だろう。
「ひどい有様ね」
声の方を向くと、ゾロとあまり年は変わらないであろう女が立っている。
言われて自分の姿を見下ろせば確かに見栄えは良くない。
服は擦り切れあちこちに血が滲み出ており、腹巻のおかげか腰辺りは怪我の程度も軽かったが当の腹巻はボロボロになっていた。ゾロはかろうじて腰に引っかかっている緑の毛糸の塊としか言いようのないそれを外した。
刀が無事で良かった、ととりあえずは安堵する。
「でも五体満足みたいだね。生きて流れ着くのも珍しいんだけど」
「俺の他に、ここに流れてきた奴はいないか?金髪で…黒い服の男だ」
「最近じゃ、ここに来たのはあんただけだよ。それは、あんたのお仲間なのかい?」
「…同じ船には乗ってた」
「ふうん。まあ、この辺は潮の流れが特殊だから同じ船から落ちても日にちがズレて着く事もあるよ」
その女は微笑みを浮かべてゾロに近寄った。
「ねえ、行く所ないんだろ。良かったら家に来る?」
馴れ馴れしい素振りですっと彼の頬に手をやった刹那。ゾロは刀の峰で女を地面に叩きつける。
「…何するの!」
「生憎色仕掛けは通用しねえし、懐探っても金目のモンはねェよ」
「───あら、そうかい」
女はじりじりとゾロから離れる。「でもその刀は割と値打ちものじゃないかと思うね」
軽く合図のような仕草をすると、物陰からずらりと数人の男達が現れた。中でも一際体の大きな男が進み出る。
「俺の女に手荒い真似しやがって。余所者が」
言うなり斧を振り上げ襲い掛かってきた。「せっかく命辛辛助かった所悪いが、ここで死んでもらおう」
間違いなく殺意を含んだ攻撃が鼻先を掠め、ゾロは刀を抜いた。
怪我はしていても、この程度なら問題ない。
刃が交差して光を放ったかと思うと、相手は地面に突っ伏していた。
「…頭が…やられた…」
唖然として男たちが呟く。その中心にいた女も驚いたようだったが、冷静になるのも一番早かった。
「まさか、勝つとは思わなかったけどね…。いいわ、もう抵抗しないから好きにしてちょうだいな。今日からはあんたがここの頭だよ」
「はァ?」
親しげに腕を絡めてくる女を、ゾロはぽかんとして眺めた。

 

「……そんな訳でな」
麻の茣蓙に胡坐をかいたゾロが掻い摘んで事情を話すのを、サンジは眉を顰めながら聞いていた。
「で、頭に祭り上げられて左団扇かよ?呑気なご身分だぜ」
皮肉な語調にゾロは肩を竦めた。
「別に呑気にしてた訳じゃねえ。けど、とりあえず様子を見るしかねェだろ。俺だってここに来てまだ、一週間くらいだ」
「ちょっと待て。てめェの話だとレディがいるんだな?どこだ、その美女は」
「美女なんて言ってねェし。お前は結局それかよ、エロコック」
ゾロが呆れて首を振る。結構酷い怪我をしてるみたいだから、少しは大人しくなるかと思ったら普段と変わりゃしねえと。
「ゾロ。お仲間が着いたんだって?」
噂をすればで、当の女が部屋に入って来た。美女だ、とは一言もサンジに言ってないが、彼女の容貌はなかなか整っている。燃えるような緋色の巻き髪、瞳は大きな黒曜石の如く印象深い。ゾロやサンジほどではないにせよ背はかなり高く、肉感的な体つきだ。
「何て美しい!流れ着いた島で女神に会えるなんて、運命の悪戯か…。ああ、体の自由さえ利けばこんな野獣の群れなす島から今すぐ美しい君を救い出してみせるのに」
サンジがうっとり両手を組むと彼女は彼を一瞥して、
「ゾロ、これがあんたのお仲間か。コッチの方は大丈夫かい?」と頭を指差しながら聞いた。
「ま…いつもこんなもんだ」
「ふうん。歩けもしないって聞いたのに、えらく元気じゃないの」
女はゆっくりカウチに座っているサンジに近寄って、その腰と太腿の辺りに触れる。強い香りがサンジの鼻腔を刺激した。部屋に匂う麝香は、彼女の衣服に焚き染められていたものなのだと分かる。「ろくに医者もいない島だから、手当てもちゃんとはできそうにないけど。骨が折れてるとしたら固定しとかないとまずいね」
「医者がいないのか」
「飲んだくれの医者もどきならいるよ。とりあえず、そいつを呼びに行こう。添え木も運ばなきゃならないし、ゾロも一緒に来てくれるかい」
女に促されてゾロは頷き、二人は外へ出て行った。
───広い部屋なので、一人になると余計にひっそりした雰囲気になる。
しまった煙草を貰っとけば良かったな、とサンジは後悔した。この様では自分で思うように物色したりもできず歯痒い。カウチの肘掛に腕を置き、半ば横になる。
ゆったりした姿勢を取っても焦燥感が消える訳では決してなかったが、仕方がない。
まったくの一人ではないのだ。
ゾロがここにいたのは幸運…だったのだろう、恐らくは。
彼がいなければ、自分は無事で済んだ保証はない。それでもやはり、不本意だ。よりにもよって以前から何かと張り合ってばかりいた剣士のおかげで助かったなどと言うのは。
ゾロが恩着せがましい事を言わないだけに、余計と忌々しい。
部屋はずいぶん薄暗くなってきていた。ランプの芯が短くなっているのかもしれない、と壁際に置いてある鉄で出来たランプ台を首を伸ばして覗く。
その時、ガタ、と建て付けの悪い扉が音を立て、視線を移すと黒いシルエットが四つ浮かんでいるのが分かる。不穏な気配にサンジは表情を険しくした。
「…何の用だ」
サンジの訊問に答は返されなかった。
「さて、やるか」
「本当にいいのか?頭が知ったら…」
「頭なんて呼ぶんじゃねえよ。いつまであんな流れ者にでかい面させとく気だ」
「そうだ。だいたいあの男は、姐御を独り占めしやがって面白くねェ」
「こいつは奴のお仲間らしいしな。俺たちの相手してもらおうじゃねえか」
下卑た風情で言ってサンジの方へ向かってくるのは、先刻彼を発見した男達の一人だと気づいた。
「何しやがっ…」
叫びかけた瞬間口を塞がれた。
腕を振り回すと捻り上げられ、抗って身を捩れば寄ってたかって上から押さえつけられた。
一人がサンジのシャツを引き千切るようにしてはだける。
男達の意図を悟ったサンジが目を見開いた。
「いてっ!」
サンジに思い切り指を噛まれた男が手を引く。血が滴った。「こいつ…」
「クソふざけやがって、薄汚ェ野郎が俺の体に触るんじゃねえ。てめェら、纏めてオロしてやる!」
不利な体勢にも関わらず怒鳴るサンジを、逆上した男たちは代わる代わる殴りつけた。
「とにかく黙らせろ」
中心にいた男が腰に巻いている布を取り、サンジに猿轡を噛ませる。
「ウゥッ」
くぐもった声を上げ野獣のような輩を見返すが、その眼光はいくら鋭くとも実際の反撃にはならない。汗ばんだ汚い手が何本も伸びてきて、白い滑らかな胸や引き締まった腹を弄った。
「ガリガリかと思ったら、意外にいい体してるぜ」
「ああ…これなら男でも充分…」
連中の欲情も顕な声に悪寒が走る。
シャツが、そして続いてズボンも下着も荒々しく剥ぎ取られた。
太腿を誰かが舐めた。
誰かに性器を嬲られた。
鈍く痛む足を無理矢理に開かされた。
いくら蜿いても傷を負い疲弊した体からは望むような力は出ず、抵抗にならない。
(足さえ)
耐え難い屈辱に、混沌へと意識は移行したがっていた。
(足さえ、動けば…)
だが、怒りと自意識だけが彼を支え、現実から逃がしてくれなかった。




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