羽根のない鳥 7

 

 

翌朝になってもルフィが帰って来なかったので、チョッパーとウソップが買い物と情報収集方々探しに行くことになった。
だが出かけて一時間もしないうちにバタバタと戻ってくる。
「落ち着けよ。どうした」
ナミとロビンに朝食後のコーヒーを出していたサンジがトレイを置いて聞く。
「ルフィ、が…」
二人とも走ってきた為肩で荒く呼吸をしている。「やっぱりこの島の奴らに捕まってたみたいなんだ。色々調べてたら、性質の悪そうな男が近寄ってきてさ」
「船長を捕まえたから…助けたきゃ来いって。地図もくれた」
「どういうこと?賞金首として狙っていたならルフィだけでも…」
ナミがブラックのままで一口飲んでから眉を寄せる。「罠かしら。前ここを襲った連中だとしたら怪我しているゾロも狙ってるのかもしれない。となると、船を手薄にする訳にも行かないわね」
「俺が行くよ」
サンジが事も無げに言って煙草を咥える。
「一人は駄目よ、チョッパーかウソップか──」
「チョッパーはゾロの手当てをしなきゃなんねえ。雑魚共にロビンちゃんの手を煩わせることもねェし、万が一この船が襲われた場合守ってもらわないとな。ウソップもその手伝いだ。一人の方が動きやすいよ」
そう言われてはナミも反論し難かった。
「でもサンジくんだって頭の傷…」
「もう殆ど治ってるから大丈夫」
にっこりとして見せて、「この事はゾロには知らせない方がいいな。動けない事を気にするだろうから。下手したら自分が行くとか言い出しかねないぜ」
「…そうね」
じゃあちょっと片付けてくるよと気負わず出かけたサンジの後姿を、ナミが珍しくやや不安そうな表情で眺めていた。
サンジは道すがら地図を取り出して場所を確認する。中心にある繁華街からはそう離れてもいない大きな灰色の建物だった。ルフィが捕えられているという前提もあり、正面からいきなり突っ込むのは避けて様子を伺う。この辺りはおそらく夜の方が賑やかになるのだろう、周囲には人の気配はなかった。
かえってゾロが怪我をしていたのは幸いだったかと思う。
一人で行かせるのも一緒にルフィを助けるのも、今は辛い。
それに戦闘の局面では自分を偽る余裕がなくなるかもしれない。
昨日触れられた時の動揺はどうにかゾロには勘付かれず済んだのでサンジも安堵した。記憶を失っていない事をゾロがもしも知ったら再び体を求められるのではないかと、それをサンジは恐れていた。
処理だったと彼は言った。そうだ、それで良かった。少なくとも、ゾロにとってはそうあるべきだとサンジは願った筈だ。
だがサンジの中ではそれでは済まない。また彼が欲しくなってしまってはどうしようもない。もう二度と交じり合ってはいけないのだ。
だから、あくまでも彼を忘れたふりを通さなくてはならない。当分。…それは、いつまでだろう?
出会った頃から抱いていた想いを消し去るには、一体どれくらいの期間が必要なのだろう?
サンジは詰めていた息を大きく吐き出してから、建物の内部に入った。
廊下を進んで行くと話し声が聞こえてきて、サンジは柱の陰に身を隠した。三人の男が歩いてくる。その中の一人にサンジは見覚えがあった。
「それでどうなんだ、あっちの船は」
「すぐに来ないところを見ると警戒してやがんのかな。けど、ロロノア・ゾロの怪我も治りきってねえだろうし、別に心配する事はねえ。後は、弱そうな野郎だけなんだろ?」
「それと動物とか女とかだってよ…。まったくあれが麦わら海賊団ってのは本当なのかねえ」
ひゃっひゃっと下卑た嘲笑が湧き起こる。
「──ああ、生憎本当だ」
サンジの台詞に、男たちがハッと殺気立って振り向いた。瞬時にサンジは足を振り上げ右端の男から順番に踵を叩きつける。
鼻血を吹き倒れたのは二人だけだ。一番端にいた男が携えていた銃を抜いた。
「お前…!」
「よう。この前は世話になったな」
サンジは紫煙を吐く。目の前にいるのは、先日サンジを抱こうとしてゾロに追い払われたあの男だった。「お前がここの連中と繋がってたのか?」
「…ああ、そうとも。三本刀の男がロロノア・ゾロだったとあの後知ってな。こりゃいい金儲けになると思ったからさ」
「ルフィをどうしやがった」
「お前らの船長は新薬がきいてオネンネ中だ。…いや、もう二度と目覚めないかもしれないな」
「てめえ!」
詰め寄るが、切り札を持った男は強気な態度だ。
「おっと。俺を殺しちゃ船長の身も危険だぜ。大人しくしてりゃ対面ぐらいはさせてやってもいいがな…」
サンジは歯噛みして男を睨むしかなかった。とりあえず今は言うことを聞いて船長の居場所だけでも確かめなくてはならない。

 

「クソコックはどこに行ったんだ?」
夕方チョッパーが包帯を換えに来た際に、ゾロは聞く。昼食はウソップが運んで来たし、サンジは朝見たきりだった。このところ、小まめに自分の手当てをしに来ていたのはサンジだったので半日も見ないと何かあったのではないかと気になる。
「えっ!?」
チョッパーがあからさまにギクリとしてうろたえた。嘘のつけない性分なのだ。「ええと、あの、街…街に行ってるんだ!ちょっとその、用事ができて」
「けど、もう夜になるだろ。メシの支度もしねえなんて、あいつらしくもねえ。用事ってのは何だ」
ゾロに問われ、チョッパーは泣きそうな顔になる。
「それは、ルフィを探しに…」
「ルフィ?探しに行くだけならウソップとかでもいいだろうが。あいつが行かなきゃならねえ理由でもない限りはな」
トナカイの様子が明らかに不審なので、ゾロは食い下がった。そしてチョッパーが観念したように溜息をつく。
「ルフィ、この島の誰かに捕まったらしいんだ。それでサンジが助けに…」
「たった一人でか?無茶しやがって」
「だって、ゾロが狙われるかもしれないし船を空けるわけには──」
そこまで喋ってから、しまったと慌てて口を閉じるが遅かった。
ゾロはじっとトナカイを見ていたが、やがて枕元においてあったシャツを掴んだ。
「ゾ、ゾロ!駄目だぞ!」
チョッパーの制止は無視して、服を装着する。
「駄目だって!まだ治ってないのに──サンジがきっとルフィのことは連れ戻してくれるよ」
「どうせ俺に教えるなって言ったのはあいつだろ」
あのコックを理解はできないが行動の予測はついた。
「……」
ウッとチョッパーが詰まるが、それは肯定と同義だ。「ああ、そうだよ。だから…ゾロが行っちゃ何のためにサンジが一人で…」
「それは奴の勝手な都合だ。俺は俺のやりたいようにやる」
(まったく、あの野郎は勝手ばっかりしやがって)
己の身を省みないのはサンジもゾロといい勝負だ。ゾロについての記憶があろうがなかろうが、自分より人の事を考える基本は変わっていない。

……そうだ、あいつはそんな男だ。
ずっと以前から、そんな馬鹿な男なのだ。

ゾロは三本の刀を取り、甲板へ出かけたがチョッパーを振り返る。
「おい、その場所に連れて行ってくれ」
「冗談じゃないよ!俺がそんな事できるわけないだろ」
「なら、一人で行く。迷って倒れるかもしれねえがな」
ひどい脅迫にチョッパーが恨みがましく、じっとりと剣士を見た。
──道じたいは単純なものだったが、やはり傷が完治していないせいか目指す建物に着くとゾロは多少息を整えなければならなかった。
「おっとと、兄さん達。ここは会員制のクラブだよ。それからペットは入ってもらっちゃ困るねえ」
建物の前にいた長髪を束ねた若い男がやんわりとした動作でゾロ達の前を遮る。ゾロがキン、と柄を鳴らした。「会員証がないなら、入る手続きをしてもらわねえと。それと入会費五万ベリー…」
男の言葉は自分の束ねた髪が地面に落ちた事により止まる。
「なっ」
続けて、前髪がはらはらと地面に落ちた。「何なんだ、お前らは…!」
「首まで落とされたくなきゃそこをどけ」
ゾロが刃を少し返すと、月の光にきらりと反射する。ぎょっとした男は徐々に後ろへと下がり、しまいには脱兎の如く駆け出していってしまった。
薄暗く照明が点いている廊下を進む。一番最初に会った男が刀を構えたゾロを見るや逃げ出そうとするのを捉え、
「ルフィはどこにいる?それから、もう一人男が来た筈だ」
襟首をきつく締め上げられ、男は苦しげにもがいた。
「一番奥の…広間に…」
それを聞けば用はない。ゾロがその男を放り出し、言われた通り奥へと歩けばチョッパーも急ぎ足でついて来る。行き止まりのそこには重厚そうな木の扉。開けようとするが鍵がかかっていた。
ゾロが軽く舌打ちして、刀を一閃させると鈍い音がして扉が分断された。
派手な登場だったが、中にいた人間はあまり驚かなかったようだ。
「やあ、お出ましか。この前は手荒い歓迎をしてくれたな」
「…誰だ、てめェ」
「何度か顔は合わせてるんだがね。船を襲った時、それから…この兄さんとの時間を邪魔してくれたこともあったな」
長椅子に座った男が隣でぐったりとしているサンジにちらと目をやる。彼は服が切り裂かれて傷だらけだった。
「てめェが誰だろうと、全然興味ねえ。そいつに何しやがった?」
ゾロはじり、と男に近寄る。
「少々痛めつけただけさ、まだ。いつ貴様が来るか分からないのに、こいつを味わうのは危険ってもんだしな。この兄さんは船長大事さに大人しくしてくれたぜ?貴様はどうする」
ルフィは意識がないらしい。数人の男に囲まれ縛られてはいるが、呑気に寝ているようにも見えた。
「お前らの目的は船長と、俺か」
「そうだ。こんなでかい賞金首を黙って見逃す手はないからな」
「ゾロ…?なんで、来たんだ…」
ゾロの存在を認め、サンジが薄目を開けて呻くように言った。
「こいつらは俺に用があんだろ。てめェが来る方が間違いってもんだ、クソコック」
「お喋りはその辺にしてもらおうか。ロロノア・ゾロかわざわざ来てくれたんだ…迎えにいく手間も省けた」男がそろそろと立ち上がる。「動くなよ。こっちには二人も人質がいるんだぜ」
銃を抜いた男に向かって、ゾロは挑戦的に微笑してみせた。
「"人質"ってのは、もっとかよわいもんだぜ」
言いざま、和道一文字を抜き咥え、残りの二本を素早く交差させる。「龍巻!!」
部屋にいたすべての者が旋風に巻き込まれ衝撃波の餌食になる。床も天井もあったものではない。壁もがらがらと崩れ出す。
「──無茶しやがる」
土埃に咳き込んで言ったサンジにゾロは手を伸ばした。
「てめェに言われる筋はねえ。…立てるか」
サンジは少し躊躇ったが、跳ねつけるのも不自然な気がしてその手を取った。
「チョッパーとルフィは…」
「あーびっくりした。目が覚めちまった」
応じるようにルフィがのほほんとした声を上げる。
「イヤ寝てたのかよ、お前」
「捕まった事、覚えてるか?」
「何かやたらメシおごってくれる奴がいてさあ、したらだんだん眠くなっちまって…」
「とにかく帰ろう。ルフィも、薬の副作用とかないか調べないと」
壊れた壁の間から顔を出したチョッパーが言った。揃って歩きながら、警戒とかしなきゃ駄目だとトナカイが船長に虚しい忠告をする。
瓦礫となってしまった建物から出ると、ゾロの体がふと傾いだ。包帯が真っ赤に染まっているのを見てチョッパーが叫ぶ。
「ゾロ!?やっぱり無理したから──」
「ちょっと躓いただけだ。騒ぐな…」
剣士が刀を支えに立ち上がりかけた刹那、背後から苦しげな声が投げられた。
「お前ら…無事に帰れると思うなよ!」
血まみれになった先刻の男が震える手で銃を構えており、ちょうど跪く格好になっているゾロに狙いを定めていた。「死ね!」
ガン、という小さな音、そしてゾロの背中が急に重く暖かくなる。
「…へへ…借りは返したぜ…」
サンジが呟き、その身がゆるりと崩れ落ちた。
まるで彼だけ時間の流れが突如変わったように、とても静かに。


 

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