羽根のない鳥 4

 


目が覚めるとすっかり朝になっていた。
天気も然程良くないし窓もあまり広くない部屋だったので、そう明るくはないが。ランプの芯が燻って消えかかっている。焦げた臭いが微かにした。
サンジが全身に鈍い痛みを感じながら身を起こすと、肩にひっかかっていたシャツが落ちた。
ベッドの上だ。
昨夜ゾロに穿たれたのは床だった筈だが、途中で移動したのか。最後の方は半ば意識を飛ばしていたのであまり細かな事は覚えていなかった。
ゾロの姿は既にない。当然と言えば当然だ。彼にはサンジが目覚めるのを待つ必要などなかった。
成り行きか挑発に乗ったか衝動かで同じ船に乗る男を抱いただけなのだから。
サンジは全裸で浴室に入ると、シャワーを出す。そして擦り剥けそうな程に体全体をごしごしと洗った。
──料金は、昨夜の男が払っていたからホテルを出る時も特に何も言われなかった。街を歩くと視線を感じる気がするが、余所者が珍しいのだろう。
サンジはいくつか缶詰などを買い、船に戻った。三日か、四日か…停泊する期間を正確にナミに聞いておかなかったので新鮮な物は買えない。
「おお、サンジ!」
街にいるとばかり思っていたウソップがひょっこり見張り台から顔を覗かせた。
「どうした?もう戻ってたのか」
「いや、いざ買い物するとなって必要な部品のリストを忘れちまっててさ。で、帰って来たんだけよ…このまま船を空けといていいもんかなあ。何だか妙な奴らがこのメリー号をジロジロ眺めてやがったぞ」
「ここの島の連中あんまり抜け目ないみたいだからな。…ま、しばらくは俺がいてやるから、お前は出かけていいぜ」
「そうか?お前、いつもならナンパに忙しいのに珍しいじゃねェか」
「うるせェよ。おら、さっさと行って来い」
サンジは軽くウソップの背中を叩く。
「おう、悪いな」
弾む足取りの狙撃手の後姿は見送らず、サンジはキッチンに入る。買ってきたものを袋から出し整理して棚に収めた。
上陸すれば食事の支度もせずとも良く、そしてそれがなければコックとしての自分はいかに時間を持て余すのか思い知らされる。
サンジは大きく嘆息すると、日頃使っている鍋やフライパンなどを全部甲板に移動させた。それから、ひとつひとつを丹念に磨き始める。
鍋が済み包丁を砥いでも夕方にもならないのを知るとサンジは、キッチンの大掃除かいっそのこと模様替えでもしてしまうかと入り口で袖を捲った。と、何か冷たいものが顔に当たる。
雨かと思ったが雪だった。ちらちらと舞う粉雪だ。
「冷えると思ったぜ」
空を見上げていたサンジは、自分が発したのではない言葉に鋭く振り返った。
ゾロがサンジの横を通り過ぎ、キッチンに入っていく。
「…何で帰ってきた?」
雪が入ってしまう為、扉を閉めて。サンジは探るように訊ねた。
ゾロは肩を竦め、
「俺の用は刀鍛冶に行くだけだったからな。そんなに金もねえし…。これ、食ってもいいのか」
テーブルに乗っているのはサンジが昼に食べかけて止めたサンドイッチだ。と言っても自分用だったからハムとチーズを挟んだだけの簡単なものだったが。
「待て、もうそりゃ時間経ってるからパサパサで──食うなら、ちゃんとしたもん作ってやる」
「腹に入りゃ一緒だろ。構やしねえ」
ゾロが言うなりサンドイッチに手を伸ばして齧り付く。サンジは待てつってんだろてめェ、と彼が持った皿を取り上げた。
「俺が構うんだよ。埃も被ってるし…っても、てめェの腹には支障ねェだろうが」
「だったら別に俺が何食おうがいいだろ」ゾロは鬱陶しそうな素振りを隠しもせずに言う。「まったく、面倒くせえ野郎だ。文句あんなら、缶詰でも食うから放っといてくれ」
「あ?俺みたいな名コックの前で失礼な奴だな。わざわざ帰ってきといて、あてつけかよ」
「アホらしい。俺はてめェが戻ってるなんて知らなかったんだぜ」
「どうだかな」
サンジがフンと嘲って、とにかくサンドイッチを流しの方へと移動する。半分以上は食べられてしまったが。
「何が、どうだか、だ?」
ゾロは苛ついた動作でストッカーから適当に酒瓶を抜くと直接口をつけて飲んだ。「俺がてめェに会いに戻ってきたとでも言うのか。自惚れもいいところだな」ドン、と荒々しく瓶をテーブルに置く。
「…そんな風に考えるのが、そっちこそ自意識過剰じゃねェのか。こっちはウンザリしたんだ。せっかく一人でノビノビ過ごそうと思ってたのに迷子の貧乏剣士が帰ってくんだもんな。見たくもねェムサイツラ下げてよ」
「そいつは、悪かった」
壁に凭れて、ゾロはサンジと視線を合わせながら殊更にゆっくりと言った。「その見たくもねえ男に突っ込まれて、ケツ振って喜んでたのはどこのどいつだったかな」
「の野郎!」
サンジが足を振り上げる、その脹脛を掴んでゾロがコックの体ごと持ち上げる。
ガタッとテーブルが倒れそうなくらいの勢いで叩きつけられた。
「得意の口で反論したらどうだ、コックさん」
「…誰がケツ振ってたって?てめェが揺すってたのを見間違えたんじゃねえのかよ。俺はだいたい昨夜は変な薬飲まされて──」
「薬のせいだったってのか?そりゃあ残念だな」
右手でサンジの肩を押さえつけ、左手はいつのまにか後ろへと回っていた。ズボン越しに撫で、低い低い声でゾロがサンジの耳に囁きを落とす。「…意外に、良かったぜ。ココは」
サンジが目を見開いた。
ゾロの顔は至近距離にあるが、近すぎてかえって表情はよく見えない。
「──へえ」
薄くサンジは笑う。「ついこないだは、男とはヤらねェとか偉そうに言ってた癖によ。やみつきにでも、なっちまったのか」
「…かもな。てめェのせいだ」
そのままの体勢で耳を噛まれる。
「まあ、確かに最初に誘ったのも俺だからな…好きにすれば?」
そう呟くとゾロがサンジのシャツに手をかけた。ごつごつしたそれは存外器用にボタンを素早く外し、白い肌を緩やかに辿る。
体を弄り胸の尖りに舌を這わせるとサンジの身がひくりと跳ねた。
ゾロが指で奥の入り口を解し始める。
昨夜とは明らかに違う、愛撫を伴う性交にサンジが眉根を寄せた。
「まどろっこしい真似しねェで…とっとと突っ込め…」
「キツイと俺も良くねえ」
ぼそりと告げられた台詞に笑いだしたくなる。一瞬でも何を期待したのかと。
つまり自分の為だ。もちろんそこに愛情などありはしなくても、合意の上の行為だと納得できるからだ。昨夜みたいな動物じみたやり方は無理矢理強姦しているような気がするらしい。
サンジは押し入ってくる彼の熱さに歯を食い縛った。


それから二日間。一回チョッパーが帰って再び出ていってからは他のクルーたちはそれぞれに過ごしているのか戻ってこない。適当に時間を置いて、ゾロはサンジを抱いた。
特に言葉もなく体のみの交わり。目線さえ絡むことなく不意に腰を引き寄せられたりもする。そしてサンジも拒まない。自分は彼にとっては欲望の吐きだし口のような、金の要らない娼婦ようなものなのだ。ゾロもそう思っているのかほぼ無言だ。それでいい。
すべて要らないと決めた。本当ならば、愛撫さえ欲しくなかった。邪魔だった。
彼と体を繋げただけで十分で、満足すべき結果ではないか。ありえないと思ってたのにあのゾロとセックスをした。それも一度だけではなく幾度もだ。
──これから先もこうして、彼を繋ぎ止める。
「集中しろよ」
頬をぐいと片手で挟まれた。体を合わせても仕草は剣士に相応しくやはり荒々しい。
「…集中させてみろ、下手くそ」
そしてサンジも憎々しい物言いしかできないのは変わらなかった。
ゾロがひとつ舌打ちをして、腰の角度を変えて突いてきた。
貫かれ中途半端に内部を刺激されて、意思に関係なくサンジのものも勃つ。
「あ、あっ」
掠れた声を上げサンジが顎を反らして果てれば、ゾロも呻き精を放った。
格納庫の空気そのものはかなりひんやりとしているのだが二人の体は汗ばんでいる。体に散った精液も汗と混じって快いとは言い難い。
「腹減ったな」
「シャワー浴びたら、何か作ってやる」
だから勝手にそのへんのもん食うなよと釘を刺して服を着たサンジが扉を開けると、甲板で爆音がした。
もうもうと白煙が漂い、サンジが口と鼻を手で押さえる。
「──どうした」
「吸うな!妙な臭いが…」
攻撃をしかけてきた相手を見定めようとサンジはふらつきつつも煙の中を進んでいく。
黒い影を認めた刹那、頭に強い衝撃があった。
「おい!」
ゾロの叫びは遠く、かろうじてサンジには届いたがそれきりすべてが闇に沈んだ。



 

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