羽根のない鳥 3

 

 

連れて来られたのは小奇麗なホテルだった。
高級な作りではないが洒落た硝子のテーブルとソファもあり、ベッドのシーツもきっちり整えてある。所謂連れ込みが目的だとしても、怪しげで汚かったら客にも利用されないのだろう。
部屋に入るとすぐに皿に盛った料理と酒がワゴンで運ばれて来た。
「この島の銘酒なんだぜ。飲んでみな」
男に勧められるまま、サンジはグラスに注がれた赤い液体に口をつけた。まろやかな喉越しの酒だ。
「どうだ?なかなかいけるだろ」
「ああ…」
特に酒好きでもないし味などは問題ではないが、飲みやすいのは助かる。酔えさえすれば、胸に渦巻く靄は少しは晴れるだろうか。
部屋の外が俄かに騒がしくなり、ふとそちらに顔をやる。
「今日は港にいくつか船が着いたし、どこの宿もにぎやかなんだ。ああ…あんたもその一人だったな。何でも麦わらのルフィとかの海賊も来たらしいぜ」
「ふうん。…有名なのか」
「そりゃ風の噂には聞いてるさ」
男はサンジの横に座る。「あんたみたいなのが船旅をしてたら、さぞ海賊からもお声がかかるだろ」
「どうかな。男にゃ興味ないんでね」
鷹揚な仕草でソファに足を投げ出し酒を飲むサンジを、情欲に焦れた男は引き寄せた。
「そうか、初めてだったな。…大事に扱わせてもらおうか」
男の荒い息がかかるぐらいに近づいたので、サンジは思わず顔を背けた。
「キスは嫌か?それも初々しくていいが」
好色な表情で、サンジの耳から項にかけて舐め上げる。服の中に汗ばんだ手が入ってきた。腹や胸をまさぐられて背筋を悪寒が走る。蛇や虫が這い回ったら、きっとこんな感触だろう。心の暗雲は嫌悪にその形を変えるのみで快感など僅かにも湧いてこない。

…自分は何をしているのだろう。

男が上着を脱ぐ。適度に発達したその胸筋には傷ひとつなく。
ゾロではないのだ。そんなことは分かりきっていた。
下らない……何もかもが。
「…めろ」
「うん?」
「止めろってんだ」
低い声に、男は楽しそうに笑った。
「おいおい、今更中止はないぜ。…痛くはしねえから、心配するなよ」
がっしりした体が重くのしかかってくる。
「下衆が…俺に触るんじゃねえ…!」
蹴り飛ばしてやろうと、膝に力を入れ踵を叩き込む──が。足はあまり勢いを持たず、男はさほど応えた様子はない。
「な…」
殆ど同時に、体の芯から燃えてくるような感覚。これは通常の酒の巡り方ではない。
「てめェ、何か酒に仕込みやがったな」
「人聞きの悪い。リラックスしてもらおうと思っただけさ。痛覚もましになるだろうし、フワフワして気持ち良い筈だぜ?」
「ぶっ殺すぞ…この野郎」
威嚇すれども、男は構わずにサンジの体を再び弄り始めた。必死でもがいても、いつもの力は出ず反撃の決め手にはならない。慣れた仕草で男がサンジの服を剥ぎ取る。そしてサンジの体を抱え上げてベッドにどさりと落とし、彼に覆い被さった。
下肢に手を伸ばされて、サンジが身を竦める。
「クソッ……止めやがれ!」
喚いて抵抗していると、唐突に部屋のドアが開いた。男がぽかんとして上半身を起こせば、突きつけられる銀色の刃。
「──死にたくなきゃ、とっとと失せろ」
刀を持ってそこにいるのが萌黄の髪を持つ三刀流の剣士あることを、視界にはしっかりと入っているのにサンジは現実と認められないでいた。認めたくなかった。
「何だ、お前は!いきなり入ってきて、失礼な奴だな」
男は不躾な侵入者を咎めるが、首の皮膚を薄く斬られるに至ってゾロの台詞が虚仮威しでも何でもないのが分かったらしい。多少腕に覚えがあったとしても、自分も殆ど裸であまりに無防備な状態だ。男は自分の衣服を掴んで、慌てて出て行った。
ゾロは落ち着き手馴れた動作で刃を鞘に収める。
「何やってんだ、クソコック」
「…放っとけ」
サンジは、頬を紅潮させ顔を背けた。こんな場面を見られてしまった、そしてゾロに助けられた悔しさ。
「あんな腰抜けに梃子摺ってたのか。てめェは全く口ばっかりだな」
軽蔑でもしているのか、突き放した言い方がサンジのカンに障る。
「うるせェ。それより…てめェさっきのレディはどうした」
「レディ?ああ、あの女か」
ゾロは肩を聳やかす。「良い刀鍛冶を知ってるとか話しかけてきたから、ついて来ただけだ。そしたらちょうどてめェらが部屋に入るのが見えたんでな。──どうもこの島はタチ悪い連中が多そうだぜ…さっきの女も隙を狙って俺の身包み剥ごうとしやがった」
「まさか斬ったんじゃねェだろうな」
「何の心配してるんだ、お前」
ゾロは呆れ口調である。「心配には及ばねェよ。刀チラつかせたら、斬る前に逃げちまった」
女を買ったのではなかったのだと知り、サンジはどこかホッとしていた。
ゾロは放り出されたシャツとズボンを拾うと、ベッドにいるサンジに無造作にぱさりと投げた。
「さっさと着ろ」
「うるせェってんだ。…今着る」
サンジは苦しげに息をつきながら、服を鷲掴む。緩慢に動くサンジを見てゾロは眉を顰めた。
「薬でも盛られたのか。油断してんじゃねェよ、阿呆が。俺が偶然来なかったらどうする気だったんだ」
「余計なお世話だ。来てくれなんて、誰が頼んだよ」
「へえ。ひょっとして、邪魔しちまったか?」
ゾロが意地悪く唇の左端を上げた。「女好きの癖に男とヤんのが趣味だったとは、知らなかったな」
「……マリモ野郎にゴチャゴチャ言われる筋合いはねえ。だいたいてめェは何なんだ、あァ?」
サンジはシャツだけを羽織り、ふらりとゾロに詰め寄る。「あーあー、そりゃあお前は立派かもな。女買ったりもしねェで、清らかに剣の道に生きるってか。その後生大事な刀といっそ心中しちまえ。戦って人殺すしか能がねえ、ただの動物として死ねよ。どうせ人間様の気持ちなんて永遠に理解できないだろうからな?」
「何だと」
「それにな、俺が何しようと誰とヤろうと関係ねェだろうが。勝手に助けて偉そうに物抜かすんじゃねえ、偽善者が」
「…てめェ!」
発した言葉のどれかが逆鱗に触れたのかゾロがサンジの腕を荒々しく取ると、サンジは刹那体を戦慄かせた。肩をぶるりと震わせ、ゾロの腕を振り払う。薬の作用のせいか、神経が敏感になっていた。
しばらくの間、二人は黙って対峙する。漂う冷ややかな空気は、互いの身を削ぐかと思う程に鋭い。
それが破れる皮切りは、ゾロが発した一言。
「なら──お望み通りにしてやるか」
「あ?」
「俺は別に聖人ぶるつもりはねえ。獣とでも動物とでも好きに呼べ。…体持て余してんだろ?さっきから聞いてりゃ、どうもお楽しみを邪魔したらしいし」
「だったら、どうした」
「責任取って、抱いてやるって言ってんだ」
ぐいとサンジの金髪を引っ張り、目線を合わせる。「ただし、俺ァ野郎とのやり方なんてよく知らねェからな。勃たせてみろよ」
「……」
数秒か、数分か。サンジはゾロを鈍く光る瞳で睨んでいた。
やがてゾロの腰を掌で辿り、黒いズボンまで行き着くとそっとファスナーを下ろして今は萎えているゾロ自身を下着越しに触れた。
やんわりと刺激を与えていけば角度と硬度が変わってくる。主張を始めた器官を下着の中から取り出す。
サンジは僅かに躊躇したものの、跪いてそれをゆっくりと口に含んだ。
扱きつつ吸い上げ、唾液塗れの括れた部分を歯で挟み、舌と手で丹念に愛撫を続ける。
「…っ」
ゾロの呼吸がやや乱れて早くなるのが自分が齎した快楽故だと思うと、ささやかな勝利を感じた。
「──もういい」
それが脈打ち大きさと固さに顎がだるくなる頃、彼が唸るように言いサンジの体を裏返して床に荒々しく圧しつけた。サンジはシャツ一枚で半裸だ。腰を高く突き上げさせられて、そのシャツが肩甲骨までするすると滑り白い肌が露わになる。
獣みたいな体位がお誂え向きだろうと、サンジに行動で示すかの如く。
四つん這いの格好になったサンジの双丘に、ゾロは節くれだった指を這わせた。
慣らしもしていない入り口を一気に押し広げられて、キリキリと裂けそうな痛みがサンジを支配する。
意図せず背中が弓なりに撓った。
「く、あ…ッ!」
漏れる声を殺し、唇をギュッと噛み締めた。血の味がした。
苦痛を我慢して辛そうな己を彼に見せたくない。だから、後ろから差し込まれるのも悪くはなかった。
(もっと)
無遠慮に侵入してくる熱い質量を感じ揺さぶられながら、もっと乱暴に突けばいいと思う。
陵辱して貶めて雄の生理的欲求を吐き出し、猶予なく打ち捨ててしまえばいいのだ。
救いなんて欠片も見出せないくらい。粉々に。
優しさも労わりも、欲していない。すべてを砕いてくれれば逆にありがたい。
どんな経緯であろうと今は、彼を自分が銜えている。繋がる事ができたなら、もう後は何も要らなかった。与えられもしないものを待ちはしない。
鏡の向こうの世界のように、違う次元だけれど同じ高さに彼がいる。それだけでいい。
──床に、透明な雫が落ちた。
きつく腰を掴んでいるゾロの動きに合わせて、ぽたりぽたりとサンジの瞳から流れ頬を伝って顎から次々に落ちた。
泣いているのは、冷たい床に擦られる肘や膝の痛みでも貫かれる痛みでも、況してや想いが通じない辛さのせいでもなかった。


ゾロが。
ゾロが、漸く自分のところへ堕ちてきた。
その果てしなく暗い悦びのための涙だと、サンジは知っていた。


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