high-school (前)

 

 

 

店がいつにも増して賑やかな雰囲気なのは、正月三日めを迎えても晴れ着姿もあり見目に華やいでいるおかげだろうか。
「おーい、サンジ。さっさと運べよ〜!客の着物に見惚れてんじゃねえぞ」
パティに言われ、サンジはへっと肩を竦めた。
「そんなんじゃねえよ」
綺麗に着飾った女性客の姿は可愛らしくて潤いになるものだが、サンジの手が時折止まるのはそればかりでもなかった。
年末年始と、駅前にあるゼフのレストランは書き入れ時、稼ぎ時だ。いつも手伝ってはいるが、やはり通常より慌しい。団体の予約なども多く入っていて、三月期が始まるまでは当面忙しく通うことになりそうだった。
家族連れのテーブルにスープを持っていき、厨房に戻ろうと振り返った時また新たな客が入って来た。
「いらっしゃ…ナミさん?ビビちゃんも」
一際若々しく艶やかな女性達の登場にサンジは目を丸くした。
「サンジくん、ハッピーニューイヤー♪」
「明けましておめでとうございます、サンジさん」
ナミは山吹色に大判の牡丹が鮮やかに浮かぶ振袖で、ビビは淡いピンク地へ流れるように小花を散らした清楚な柄のものだった。
「見違えた。二人とも麗しいなァ」
「うっふっふ、似合う?」
「そりゃもう〜!眩しいくらいに」
サンジは大袈裟に両腕を広げた。「来てくれるなんて思わなかったから、嬉しいよ」
「あら、メール見てないの?初詣行こうって、入れてたんだけど」
「え、そうだったのか。ごめん…朝から忙しくて」
「私たち二人だけで行ってもいいんだけどさ」
ナンパされて煩いからとナミが舌を出した。サンジなどがいればボディガード代わりになるのだ。「何なら仕事終わるまで待とうか?」
「ああ、でも多分遅くなるから悪いよ。…ゾロ、とかなら暇なんじゃねえかな?」
「そうそう聞いてよ、ゾロったらね!暇に決まってるじゃないねえ、実家に帰るでもなく寝正月の癖に。さっき電話してやったらさ、無愛想この上ないのよ。初詣なんか、行きたくもねえとか言って」
その時の会話を思い出したのだろう、ナミが憤慨して腕を組む。長い袖が邪魔そうだ。
「おい、チビナス。遊ぶんなら、さっさとどっかに行け」
のそっと奥から出てきたゼフが睨んでいる。
「ナミさん、迷惑になるといけないから出ましょう」
ビビが控えめにナミをつついた。サンジはゼフを睨み返して、
「遊んでねえよ。学校の友達が来たから…」
「うるせえ、だいたいてめェは最近ボヤッとして使いもんにならねェんだ。今日はもういいから、上がれ。てめェ一人いなくなっても、この店には何の支障もねえ」
とりつくしまもなく背を向けたゼフに、サンジは下唇を噛んだ。
「オーナーさんもああ言ってることだし、今日は私たちに付き合ってくれない?サンジくん」
ナミもこのレストランが、サンジの義父であるゼフの持ち物だというのは知っているのだ。
じゃあちょっと待っててくれ、とサンジは更衣室へ行くとウエイターの服を脱いだ。ゼフがああいう言い方をした以上、今日はもう店に出るわけにもいかない。近頃沈んでいる息子への、義父なりの気遣いだと分かってはいるが、素直にありがたいと思えるほどサンジも成熟していなかった。
シャツの上にざっくり粗く編んだセーターとグレイのコートを来て外へ出る。
「ごめんなさいね、無理言って」
恐縮するビビに、サンジはぶんぶんと大仰に頭を振った。
「無理なんかじゃねェよ。お姫様二人の護衛ができるなんて、光栄の極みです。両手に花って、正にこの事だな」
「学校休みの方がサンジくん、忙しそうだもんね。たまには息抜かなきゃ!」
ナミのさばさばした口調は爽快で、サンジは我知らず微笑していた。
手近な神社へ歩いて行ったが、日頃は閑散としている場所なのに人でごった返している。賽銭箱の前には行列が出来ていて、並ぶ破目になった。もったいない、と渋るナミをビビが宥めると賽銭用の小銭を渡し三人揃って形ばかり拝む。
「ねえねえ、ナミさん。おみくじ引かない?」
「ビビったら、心配しなくても恋愛運はバッチリ、コーザとは大丈夫よ」
「嫌だ、そんなんじゃないのよ」
女の子同士のやりとりを一歩下がってニコニコしながら見ていたサンジだったが…。
人込みに紛れるうちに離れてしまったので、ナミたちが鳥居の前に立っているのを見つけて走って行く。
「ナミさん、ごめん」
「サンジくん!迷子になってたかと思った。…ってゾロじゃないんだから、ありえないか」
携帯を片手にしていたナミはパチン、と閉じる。「で、これからそのゾロの所に行くけどサンジくんも来るわよね?」
「え…。でもさっき、ナミさん怒ってたじゃん」
「それがねえ、今向こうから珍しくかかってきたのよ。ルフィが来てて煩いから何とかしろって。あいつ、私をルフィの飼育係とでも思ってんのかしら」
サンジ達からすれば後輩にあたるルフィは、ナミと恋人というわけではないが幼馴染故か姉と弟みたいな関係なのだ。
ゾロとは体育祭の時にぶつかり合っていたのに、いつしか学年の差など物ともせずにルフィが馴染んでしまった。
そして自宅のアパートを知られてからは、しょっちゅうではないにせよ気侭に押しかけてくるらしい。
「サンジくんが行ったら、ルフィも喜ぶと思うんだけど」
サンジが料理好きなのは、それこそルフィは野性的なカンで嗅ぎつけていた。
上目遣いに見上げてくるナミには、とても申し訳ないけれど。
「悪い──ナミさん」
今日何度目かになる謝罪をサンジは口にすることになる。


「なーゾロー。腹減った」
「知るか。もうすぐナミが迎えに来るから、何か食わせてもらえ」
ルフィに袖を引かれるのも構わず、ゾロは炬燵に入ったまま畳にごろり寝転がった。
「サンジは来ねェのか?」
「…知らねえよ」
サンジとは冬休みに入ってから、正確にはクリスマスイブから会っていなかった。
「知らねェって何だ!無責任だぞ、ゾロ。俺のメシはどうなるんだよ」
「何で俺がてめェのメシに責任持たなきゃなんねえんだ」
あんまり引っ張られては、安物のトレーナーだからすぐに伸びてしまう。乱暴に腕を払うとルフィが勢い余って引っくり返るが、多少手荒にしないと彼は応えない。
別段面倒見がいいわけでもない自分を慕ってくる、不思議な後輩だった。ルフィは素っ頓狂なキャラクターで二年生の間でもかなり目立っている。常識外れな少年ではあったが、どこか憎めないのも事実だった。
腹減った!とついに手足をジタバタさせ始めたルフィを止めようとゾロは起き上がる。
安普請なのでアパート中に響きそうだ。
大人しくしろと押さえれば、おっプロレスか?とじゃれるように反撃してくる。
「ずいぶん楽しそうじゃない」
取っ組み合っていると、ナミとビビが部屋に入ってきた。
「お、ナミもビビも着物だな!」
「そうよ、お正月だもん。どーお?」
「いい匂いがする…」
ルフィがふらふらナミに近寄って、持っていた袋に飛びつく。ナミは嘆息した。
「サンジくんとは、えらい違いだわ」
「何だよ、サンジといたのか?なら、連れてくりゃいいのに」
ルフィがぼやく。ナミに渡されたフライドチキンをもごもご食べ始めたのですぐに黙ったが。
「私も連れてきたかったけど。文句ならそこの寝腐れ剣士に言ってよ」
ハタ、とナミはゾロを見据えた。「アンタ、サンジくんと喧嘩でもしたのね?」
「──関係ねェだろ」
「あるわよ。残念ながら」
そっぽを向くゾロの頬を、ナミは抓った。「だいたい、ビビがいなかったらこのフライドチキンだって私がお金出さなきゃいけなかったのよ。サンジくんが来れば、ちゃんと色々作ってくれるのに」
「あいつが来たくなかったんなら、仕方ねえじゃねェか」
「馬鹿ねえ、アンタは」
ほとほと呆れたふうにナミは首を振る。「サンジくんが来たくても来れないことをしたのは誰なのか、考えてみなさいよ」
「あいつ…何か言ったのか」
「やっぱりね。サンジくんの様子が変だったから、どうせあんたが原因だろうと思って話振っただけよ」
ふふん、と鼻を鳴らしたナミにゾロは舌打ちをした。
「カマかけてんじゃねえよ、魔女め」
「素直に答えないからでしょ。サンジくんに何したの?どうせゾロが悪いに決まってんだから、さっさと謝っちゃいなさい」
一方的に判決だ。ナミが手厳しいのは分かっているが、自分がいったいどんな悪い事をしたと言うのか。最低限の異議申し立てはしておきたい。
「決めつけんな。ここに来なかったのは、あいつだけの都合だろうが」
「あんた、本気でそう思ってんの。ここまで鈍感だと、サンジくんが可哀想過ぎて同情したくなるわ」
ナミは鞄から小さな袋を取り出しゾロにつきつけた。「頼まれたから、渡しとく。本当はサンジくん本人から渡したいんだろうけどね」
「何がだよ」
「一人でゆっくり考えてみれば?お望み通りルフィは連れて帰ってあげるし。──ルフィ、ビビ。行こう」
ルフィの首根っこを掴み、裾を鬱陶しそうに捌いてナミは大股で玄関まで歩いていく。ぞうりを履くと振り向き、最後に捨て台詞を吐いた。「これだけは覚えといて。サンジくんはね、いつだってあんたの事を一番に考えてるわ」
扉が荒々しく閉まる音にゾロは顔を顰めた。
押しつけられた紙の袋を開けてみれば、入っていたのは紺地に金の糸で刺繍が施された合格祈願の御守である。
合格祈願イコール大学受験という連想は、サンジに他意はないにせよあのクリスマスイブを甦らせることになってゾロは苦い思いを噛み締めた。
あの日から気まずくて、お互い──と言うか、いつもサンジからしてきた連絡も途絶えてしまっている。
この御守も直接は渡せないから、ナミに預けたのだろうが…。
ゾロはじっとそれを眺めていた。
サンジが分からない。
自分の事を一番に考えてると言うのなら、何故あの時拒んだのか。
勢いに任せて押し倒しただけでゾロ当人もどうするとかはよく考えてなかったけれど、彼を手放したくなかったのは真実なのに。
それを否定された気がして、腹立たしかった。
あの日サンジはレストランを手伝わなくてはいけないからと半ば逃げるようにして帰ってしまったし、休み中なので偶然顔を合わせる事もない。
次に会ったら、はっきりさせてやろうと思う。
中途半端な状態は嫌いだ。
──学校が始まればいつでも機会はあると高を括っていたが、そうはいかなかった。
始業式の日からあまりにも彼を見かけないので訝しく思っていると、ナミがお節介にやってきたのだ。どうも正月明けにひいた風邪が長引いているらしい。見舞いに行けとせっつかれたが、ゾロは相手にしなかった。
二月に入ってからは出てきているようだったが、だいたいサンジとはクラスが違うので全く顔を見ないことも珍しくないし、三年の三学期だから登校しない日も増えてくる。
これでは下手すると卒業式まで会えないのではないかと、ゾロは俄かに焦り始めた。
大学の合格発表の日も受かっていた嬉しさより、もしかしたらこっそり彼が覗きに来ているのではないかという方が気になって探してみたがサンジの姿は見当たらない。
さすがに、それは自意識過剰だっただろうか。
だがサンジなら、いつも誰よりも自分を見ていたサンジなら。
うざいぐらいに飛びついて、抱きついてきて、俺の御守のご利益だろ?と得意がってみせ、そしてちゃんと真面目な顔で一言『おめでとう』と祝ってくれる筈だった。そこまでシュミレーションしてみて、苦笑すると同時にほぼ初めて自覚する。
サンジに、会いたいのだと。


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