love story 11

 

 




「ここは他のお客様のご迷惑になりますから、とりあえず向こうへ…」
それまで暴れていたのが収まったので、警備員も穏やかにゾロを促した。
どうにでもなれとゾロはのそのそ歩き出すが犯罪者か捕獲された動物扱いで両腕を捕まれているのは気に入らない。
「待ってくれ」
背後からかかった言葉を発した主を、ゾロは呆気に取られて見た。
「すいません、友人なんです…ご迷惑かけました」
サンジは懐から社員証や免許証を出した。「必要ならこれを。こいつ、恋人が外国に行っちまうってんでショックだったんです。俺がちゃんと連れて帰りますから。ゾロ、お前も謝っとけよ」
いけしゃあしゃあと言ってのけるサンジに、ゾロは口をあんぐりと開けるしかない。
警備員たちはゾロの体をチェックしたが凶器などは勿論見つからず、引取る人間も現れたならと解放してくれた。
サンジはついて来いとも言わず空港から出る。
ここで騒いでまた警備員が飛んできても厄介なので、ゾロは仕方なく黙って後を歩いた。
外は雪が降り始めている。空港バスやタクシーの乗り場は、人気がなかった。たまに人がタクシーから降りたり、駐車場から歩いてきては空港の中に吸い込まれていく。帰省や旅行に行く客は多くても、今から都心の方に向かう者はあまりいないのだろう。二人は停留所の一つで立ち止まった。
「…ずっといたのか」
ゾロが聞くともなく呟けば、サンジはゆるゆると振り向く。
「うん。ずっといたし、ずっと見てた」
「どのへんから」
「ロビンちゃんと涙涙のお別れをしてから喫茶店でコーヒー飲んで飛行機見送ろうと思ったら、ものすごい勢いでゲートまで走ってきて転んで、開けろって騒いで…あいつに会わなきゃならないんだって恥も外聞もなく叫んでいる大馬鹿野郎がいた。そのへん」
「声かけろよ。タチ悪ィ」
こっちが必死だったのを遠巻きにしていたのかとゾロは仏頂面で腕を組む。
「…かけらんねえよ」
「みっともなくて、か?傍目にゃ笑えただろうしな」
滑稽ですらあったろう。別れを告げた男が未練がましく形振り構わずに騒いで。しかし、サンジに会えなくなると思ったら悠長になどしていられなかった。「どうせなら最後まで見物してりゃ良かったんだ。一応知り合いとして放っとけなかったか。だいたい、てめェがあそこにいんの、おかしいだろ。行くの止めたのか。向こうであの女と仕事とかするんじゃなかったのかよ」
サンジは煙草を咥えると火を点け、ゾロが喋るのをじっと聞いていた。紫煙を燻らせ、やがてしみじみと言った。
「ああ。俺、好きだなあ…お前の声」
何を言い出すのかとゾロはサンジを怪訝そうに見やる。自分の質問には一つとして答えになっていないではないか。「もっと話せよ。ちょい久しぶりだから聞きてえ」
はぐらかされている気がして、ゾロは顔を顰めた。
「……ふざけんな」
サンジは煙草を消して設置してある灰皿に吸殻を捨てた。
「ふざけてねェよ。真面目に言ってんだ。二度と会うつもりもなかったし、会えるとも思ってなかったからな」
「そうなるように仕向けたのはお前だろ」
「まあな。別れなきゃならないって…決めたんだ」
サンジは泣きそうな笑い出しそうな、感情が飽和した表情をしていた。「今日だってお前は飛行機の時間とか聞いてたけど、俺は早めに乗り込んで顔合わせないでおこうと思ってた」
「そこまで避けるのかよ。嫌われたもんだ」
「だって決心が鈍ったら、ヤバイだろ?冷静に、客観的に見たらお前にとって俺との事なんて将来マイナスにしかならないんだから」
「てめェは…そんな心配ばっかりしてんのか?マイナスになるかどうかなんて、俺が判断する事だろうが。人に決められる筋はねえ」
ゾロが自身ですら考えもつかなかった事を先回りして懸念しているのだ、この男は。
「だからさ、聞けよ。人の話は最後まで」
サンジは非難とも聞こえるゾロの言葉をやんわりと制する。
「俺がさっき声かけられなかったのはな。嬉しくてたまんなかったからだ」
「何…?」
「ロビンちゃんとは、仕事する前に解雇さ。今日待ち合わせの時間に来たら、『あなたのチケットはキャンセルしたわ』ってあっさり言われちまった。離れたくない人がいるなら離れちゃ駄目だって。犠牲を払ってまでついてきて欲しくないって。退職願も出したけど、課長に頭下げて俺だけ戻れるようにしてくれてたらしい……参るよな」
「そうか…」
「素敵なレディだろ」
「…そうだな」
闇雲に動いて狭い世界しか、サンジしか見えなかった自分は何て愚かだろう。なあ…お前がそこまで俺の事を考えてくれたのに。報いてやれるものが俺に少しでもあったか?「てめェが好きになっても当たり前かもしんねえ」
「好き、か。そうだな、ロビンちゃんは大好きだ。俺には勿体無すぎて釣合わねェけど」
サンジがハハ、と笑うと息が白く吐き出される。「不思議だろ、好きったら女の子は皆好きなのに。俺が愛してるのはどうしてお前なんだろうな…」
あまりにもさらりとごく自然に言われて、ゾロは聞き流しそうになった。
「何、だって?」
「愛してる」
「もう…一回言えよ」
「何回でも。愛してる。愛してる。愛してる。……愛してるんだ、ゾロ」
甘く溶け込むように、柔らかく染み入るようにサンジの言葉は呪文さながらゾロを包んだ。「これで満足か?」
その笑顔も体もサンジの存在の何もかもが、ゾロを堪らなくさせる。
「上等だ…覚悟しやがれ」
これが都合の良い夢ではないことを願って、サンジの方へと踏み出して抱きしめた。彼の肩に少し積もった雪が頬に冷たさを伝え、現実であると感じられる。
「こら、こんなトコで抱きつくなよ。人が見たら──」
「遅ェよ。それに誰もいねェじゃねえか」
「あーあ、もう。これだからよ、野獣は」
サンジはやれやれとゾロの背中に掌を添える。と、がやがやと数人の足音がして、サンジは少しゾロと距離を取った。「せっかくちゃんとキリつけて、別れようと思ったのに台無しだな」
「別れる為にギリシャに行くって決めたのか」
「そうだ。遠からずそうなるんなら…終わらせた方がいいと思った。でもロビンちゃんに言われたし、何が正しいのかとか考えてるとこにお前が来てその余裕のねえ面見ちまっただろ。やっぱ無理かなと思った」
「何が無理なんだ」
「こいつがいねえと生きていけねえかなあって」
……お前。
お互い様だろと、ガードレールに凭れたサンジを見て思う。
俺をここまで捉えといて、一人でどこかに行こうなんて誰が。誰が、させるかよ。
「いいじゃねェか。俺も…お前がいねえと駄目だ」
「ったく情けねェよな、大の男二人して」
「情けなくてもいい。俺は、今日てめェに会えなかったら多分すぐに飛行機の切符買って追いかけてた」
「お前だと辿り着けなくて向こうで迷子になりそうなんだが。迷子札でも着けとくか」
「茶化すなよ。本気だ」
ゾロが軽く睨むと、だろうなとサンジが真顔になって見返してくる。視線が絡んだ。「…俺の傍にいろ」
愛していると。
言葉で何度聞いても足りないかもしれない。何度言っても足りないかもしれない。だが彼がいればそれで、それだけでも自分は満たされるのだ。とても。
「いてやるよ」
そしてたった一言で本当にどれほど深いものを与えられるか。見合う程に大したものを返せるかどうか分からないが、サンジを求める気持ちは他の誰にも引けは取らないと断言できるから。
「…いてくれ」
可能な限りは、こうして一緒にいよう。

「どうする?バス当分来ねェしタクシーで近くの駅まで行くか」
サンジが手を翳して、雪で白く染まり始めた道路に目を移す。
「そうすっか」
「こないだやり損ねたパーティ、やり直そうぜ。年末もどうするか計画してさ」
タクシー乗り場までゾロとサンジは並んで歩き始めた。シャンパンじゃなくて日本酒の熱燗で乾杯するか、とかそれなら料理もやっぱり和食だなとサンジが献立を挙げる。
「おい。パーティもいいが、買い物付き合えよ」
「ん?」
「指輪買わねェか」
眉を上げたサンジに、ゾロはまくし立てるみたいに続けた。「あ、これからずっと先まで縛ろうとか…そういうんじゃねえんだが…。身につけるもんでお前に何かやりたくてな」
「今更遠慮すんな、アホ」
サンジはポケットに入れてた指先をゾロの手に絡めてきた。「一緒にいるって決めたばかりだろうが。しっかり捕まえとかなきゃ、逃げられても文句言えねえぞ」
「そりゃ困る」
渋くなったゾロの顔をサンジが茶目っけたっぷりに覗きこむ。
「だったら、約束だ。俺を離すなよ?」
──離すもんかよ。
別段大勢の前で畏まって交さなくても良い、彼が聞いてくれれば充分な心からの誓いだった。
二人を祝福するように降るのは花弁ではなく、はらはらと舞い落ちる白い雪だ。
冬の冷たい風は身を切るかの如くだったが、だからこそ彼の手の微かな温もりが極めて大切で逃せない。
逃さないでおこうと、思う。


ささやかでありふれた。けれど彼らにとっては何よりも特別な。
そんなラブストーリーがここに、ひとつ。

 

-fin-



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