サムタイム 2

 

 

「で、名前は何だって」
「ロロノア・ゾロ」
「年は」
「18」
バラティエの一室。ゼフとゾロの問答を黙って聞いていたサンジが、文句をつけた。
「嘘つけ、てめェ。そんな老けた面とナリしやがって。18なんて、俺と同じじゃねえかよ」
サンジが斜に構えて、紫煙を吐く。ゾロが肩を竦めた。
「知るか、そんなの。てめェの方こそ何だ、その黒ずくめ。年のわりにジミ過ぎんだろ」
「このオシャレさが理解できねェなんて、気の毒な話だぜ」
「くだらねェ。女じゃあるまいし、何がオシャレだ」
「腹巻男が言えたザマかよ。何、ソレってひょっとして髪の色とコーディネイトしてんのか?すげーセンスだなァ。ああそりゃ、誰にも真似できねえや」
「やんのか、てめ」
「おお、やったろーじゃねェか」
「いい加減にしろ!」
ゼフが怒髪天を憑くといったかの如く、がなった。「チビナス。てめェも邪魔するなら、向こうに行っとけ。話が進みゃしねえ」
サンジが不承不承口を噤むのを確認してから、ゼフはゾロへと視線を移した。
「さて、代金の事だがな。海賊狩りの魔獣とも言われるような男が全くの一文無しって訳か?それとも金がねえから、このへんに海賊を狩りに来たのか」
「…金は持ってた。どうも、財布をすられたらしい」
ゾロがぼそりと言うと、サンジが小声で。
「間抜け」
「何だとコラ!」
「口出すなと言ったろ、サンジ。お前はもう厨房に戻ってろ」
ゼフが苛々と言い、サンジを部屋から締め出す。「さて。代金分、2、3日皿洗いでもするか、海賊狩り」
「勘弁してくれ。俺にゃ用事もある。ちょっと待ってくれたら、今追ってる海賊を捕まえて報奨金が手に入る筈だし…」
「生憎だが、そんな宝払いみたいな話を信用してちゃ商売は成り立たねえ。まあ、お前が多少名の通った海賊狩りなのは分かるがな。それだけに、海に生きる男としてのケジメはつけてもらおうじゃねえか、なあ?」
ゼフがゾロの肩をがっしりと掴んだ。

 

「もうちょっとなんだよな…」
注文される料理の片手間に、サンジは再び鍋を煮詰める。ここ数日、ずっと一つのスープを作り続けている。
あと少し。満遍ないというか、全体的に水準はクリアしているものの何か決め手に欠けるようなそんなもどかしい、感覚。
だが、それは自分が求めすぎているせいかもしれないという気もしないでもなかった。一応完成された腕でもあり、ある程度以上に何かを求めるのは贅沢なのだろう。
そして、無意味な事なのかもしれない。
「…マジで、皿洗いなんか俺にさせる気か?」
ゼフに連れられて厨房の流し台の前まで来たゾロが言った。
他のコックたちは遠巻きにしているが、サンジは遠慮なく言葉を放つ。
「料理ができる訳でもねえ。皿洗いか雑用くれえしか、てめェの仕事はねーだろ」
「そういう意味じゃなくてだ」
ゾロはこめかみを押さえた。「俺にはやる事があるんだ。料理なんかやってられるかよ」
「ナメてんのか、コラ。職に貴賎ナシっての知ってるか?てめェがどれだけ腕の立つ剣士だろうが海賊狩りだろうが、コックより偉いとか思い上がってんじゃねえぞ」
サンジの声のトーンが変わったのに、ゾロはちょっと眉と口角を上げた。
「ああ、悪かった。ただ、専門じゃねェって言いたかっただけだ。譲れねェもんがあるのは、剣士でも料理人でも…関係ねえよな」
「へェ。意外と分かってんじゃねえか。ロロノア・ゾロっつったっけか」
サンジが態度を和らげる。
束の間、和やかな雰囲気が漂った。が。
「ああ。で、まずは何すりゃいいんだ。チビナス・サンジ」
「…何だと?」
「何って、お前のフルネームじゃねえのか。オーナーのおっさんがそう呼んでただろ」
「こンの…ボケ剣士!チビナスなんて苗字があるかァ!!」
サンジがゾロに詰め寄る。言った当人は冗談でも何でもなかったのだろうが、傍で話を聞いていたパティたちが笑い出した。
「てめェらも笑ってんじゃねえ!」
「サンジ、うるさいぞ。さっさと仕事しやがれ」
ゼフの一声で、サンジ以外のコックたちも一斉に手持ちの仕事に戻った。
やっぱクソ気に入らねェ野郎だぜ、と苦々しい様子でサンジが料理を再開する。
───客の流れが一段落すると、サンジは甲板に出て煙草をふかした。
「あ、あの、サンジさん。さっきはすみませんでした」
見れば、コック見習いが遠慮がちに頭を下げている。
「あん?」
「オーナーに言われて、サンジさんの鍋の中身を…」
「ああ、別にいい」
サンジが軽く手を振っていなすと、見習いは申し訳なさそうに身を縮こまらせる。
「でも…あのブイヨン、すげえ良い味でしたよ」
「んん?まあな。そりゃ、俺が作ったヤツだしよ」
サンジも満更でもない風情である。「まあ…でも、納得は行かなかったしな。クソジジィも多分それが分かってたんだろ」
「いや、俺は…サンジさんの腕はオーナーを既に超えてると思ってますよ。もうオーナーも年だし、そろそろ引退の時期なんじゃねえかと…」
「そりゃ嬉しいお言葉だ。お前の名前リック…だったよな?」
サンジに聞かれて、見習いは大きく目を見開いた。
「は、はい。俺、サンジさんはもうオーナーの器だと前から…」
揉み手でもしそうに、一歩踏み出す。
「リック」
極上の笑みをサンジは浮かべる。「二度とそんなふざけた事吐かしやがったら、店追い出すだけじゃねえ。三枚にオロして海に沈めてやるから、それ肝に銘じとけ」
静かな声だったが、リックの顔は蒼白になった。
───成る程。なかなかどうして、骨っぽい野郎だ。
物陰で二人の会話を聞いていたゾロは、そっとその場から離れた。
ただの甘やかされた我侭な馬鹿かと思いきや、それだけでもないらしい…。
ゾロがこの場に来たのは、全くの偶然だった。
慣れない皿洗いなどさせられて変に疲れたので、自主休憩だとばかりに外の空気を吸いに来ていたのだ。
海賊上がりの店主に倣ってか、バラティエに乗っているのは一癖も二癖もありそうな輩だらけだ。物騒な話も色々あるだろう。
しかし、まあ悪くねえかもなと考える。
真面目に皿洗い等で代金を払うつもりなど、ゾロには毛頭なかった。
だいたい、オーナーの爺さんからして如何にも食えなさそうな男である。
2、3日なんて言いつつ、いつまでただ働きさせられるか分かったものではない。
もともとゾロがこの海域に来たのは、以前一度逃した海賊を捕まえる為である。
とりあえず形だけでもここでの仕事を引き受けたのは、上手くすれば人の出入りの激しいこの海上レストランで何か手がかりでも見つかるかもしれないと思ったからだ。
「盗み聞きってのは趣味悪いぜ」
さっきの場所から離れた、と思っていたのに目の前にサンジの姿が現れてゾロは流石に少しどきりとする。やはりこの船の構造は当然ながらサンジの方が熟知しているようだ。
「別に、聞こうと思ってた訳じゃねえ。俺が休んでたらお前らが勝手に話を始めたんだろ」
「ヘッ、ふてぶてしいヤツだぜ」
サンジは鼻を鳴らしたが、然程不快そうでもない。「まあ、いいけどよ。大した話じゃねえし」
「しょっちゅうあるのか」
「アア?別に…そんな頻繁じゃねえよ。ここに来る奴らはどこに行っても通用しねえような半端者が多いのも確かだけどな。性根まで曲がったようなのは、そんなにはいねえ」
肩を竦めるサンジ。「ま、リックのヤツだって、ちょっとオイシイ汁でも吸えりゃいいと思っただけだろ」
「ふーん。てめェは結構、甘いな」
「何言ってやがるんだ」
ゾロの言葉にサンジは引っ掛かるニュアンスを感じたように、鋭く一瞥する。ゾロはそれを受け流して、
「俺だったら、あんなのはすぐに追い出すぜ。ああいうタイプはな、気が小せぇから逆に保身の為に寝首かこうとか考える」
「だったら、返り討ちにするだけだ」
「まあ、てめェの首なんか知ったことじゃねえが」
言いながら、ゾロは何気なく店内に目をやり…表情を引き締めた。
「何だよ」
「いや───待ってた顔が見えたんでな」
一人の客に、ゾロの視線は向けられていた。
いかにも海賊らしい服装の、体格のいい男。ゾロが探している海賊団の一員である。
(こうもすぐに手がかりが見つかるとはな…)
口元が緩みそうになるのを抑える。
「てめェが待ってたって事は、海賊か?」
サンジの問い掛けにも、ゾロは答えない。獲物を狙うような目をしていた。





ごろりと死体が転がった。
店が閉まって、やっと後片付けが終わり。
皆が一番寛ぐ時間のはずだったが、今夜ばかりはそれも無理だった。
倉庫に明日用の米を取りにいったコックが、その死体を見つけて厨房に飛び込んできたのである。
がっしりした体つきの胸から腹にかけてが血塗れで、濁った赤に染められたシャツは元の色も判別がつかない。
「こいつは…もう息がねえな。今日、店に来てた客じゃねえか?えらく横柄で偉そうだったし、俺もブチキレそうになったぜ」
死体を最初に見つけたパティが鼻をつまんで、言った。
サンジも、その男には覚えがあった。夕方ゾロがずっと見ていたから、自然とサンジも目に入れてしまっていたのだ。
少し間を置いて、サンジは煙草を咥えると呟く。
「───あいつだろ。ロロノア・ゾロって奴の仕業だ」

 

 

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