ZAP ex. -good night-

 




油断してた。
ここのところ睡眠不足も寒い中でのハードワークも続いてたし。俺は大概体の丈夫な方だと自覚はあるが、さすがに集中力が切れていた。それに、今日ばっかりは部屋に帰りたいと思ってちょうど気が緩んだところだったんだ。追っていた容疑者がいきなり目の前に現れて。で…。
そう、本当に油断してた。そいつが拳銃を持ってるのは知ってたのに。
銃口とありがたくない対面をした一瞬後、俺は腹に熱く抉られるような衝撃を覚える。
立っていられず地面に膝をつき、その部分に手をやる。ぬるっとした感触に撃たれたという確信が広がった。
容疑者が再び俺に狙いを定めた時、奴の手首から銃が弾かれる。バタバタと何人かの足音が俺の横を走り過ぎていく。
段々息も苦しくなって突っ伏しかけると、体を支えられた。
「おい、ロロノア。しっかりしろ」
エースだ。容疑者の銃を撃ち落したのも、こいつだろう。飄々としていても、腕は立つんだよな。
「…思い残すことはないか」
静かにエースが聞いた。
頼れる先輩なのは認めるが、何て事聞きやがるんだ。縁起でもねえ。
「俺は…死にませんよ」
「できれば俺もそう言ってやりてェが。もうあんまり痛覚もねェだろ?何か言いたい事があれば聞いといてやる」
──冗談…。
そりゃ腹は撃たれた。脈がドクドク言ってて血は止まってないんだろうし、段々痛みも鈍くなってはきた。けど、こんな呆気ないもんなのか。
「せんぱ…」


うそ、だろ。視界まで霞んできやがった。自分の声が妙に響いている。
このまま殉職なんて、そんなことあってたまるかよ。
エースの口が何か言ってるが、俺にはもう聞こえなかった。耳鳴りがひどい。
言いたいこともしなきゃならないことも山ほどあって、ありすぎて。どれを選べばいいのかなんて、さっぱり分からない。
ただ。
ただ──せめて最後に会いたい奴が、いる…。
 
**** 

あのクソ刑事にゃもう、愛想が尽きた。
てめェ何つったよ。今日は絶対に帰れるからって。何度も何度も念押しして、しつこいぞいい加減って喧嘩になりかけた。毎度のことだけどな。互いに温厚とは言えねえ性分で。別に奴が忙しいのは勝手だ。俺だって、暇なんかじゃ勿論なくて最近は特に仕事が立て込んでた。
けどなあ。あいつは学習しねえっつうのか…毎回毎回約束反故にしやがってよ。何回めだ?もう十回はくだらねェんじゃねェか。無理なら最初から止めときゃいいのに、ちょっとでも会いたいからって言われるとつい絆されちまう俺も俺だがな。だがもう今夜ばっかりは勘弁ならねェ。言い訳なんざ聞く耳持たねェぞ。土下座して泣いて謝って三回廻ってワンと鳴きゃ、まあ許してやらなくもねェが…。
って、決意を固めた端から、気を挫きやがる。
俺には携帯から聞こえてくるエースの言葉はとても信じられなかった。
撃たれたって、何だよそれ。
そりゃまあ、現場を守る刑事なんだから死とは隣り合わせな職業かもしれないさ。けど、あのガタイのごつい殺してもくたばりそうにねェ男が、一発や二発撃たれたくらいで簡単にくたばっちまったりする訳ねえ。
…絶対に。
──俺が病室に入ると、エースが神妙な顔で出迎えた。
「サンジ。まずは落ち着け」俺がベッドに近寄ろうとするとそれを止める。「ロロノアは立派に任務を果たしたんだ」
「何、言って…」笑い飛ばそうとしたのに、上手くできなかった。
「俺で力になれるなら、何でもしてやるからな。気を落とすなよ」
ぐっと大きな手で肩を抱かれる。
馬鹿言ってんじゃねェよとエースを押しやり、あいつの傍に行きたかった。
なのに俺の足は動いてくれない。
ふざけんなってシーツを剥がして、もしあいつが何も反応しなかったら。
俺は、その現実を受け入れられるだろうか。
「……タチ悪いですよ、先輩…」
聞き慣れた、幾分苦しそうに搾り出しているような低いトーンの声がした。
俺は呪縛が解けたようにエースの手を振り解く。
「そうか?ちょっとチャンスだと思ったんだがなあ…」
「エース、てめェ!」
俺が食ってかかると、エースはぺろりと舌を出す。
「まあまあ、ロロノアもサンジもお互いの有難味が分かっただろ?俺に感謝してもらいたいくらいだが」ぬけぬけとこの男は…。「それに、こんな事はまた起きないとは限らねェんだぜ。その覚悟はしときな」
ウインクひとつして、邪魔者は消えるかと帽子を目深に被ってエースが出て行った。
「クソ。してやられたぜ」
俺はため息をつき、奴の枕元に椅子を持ってきて座った。
「…大丈夫なのかよ?」
「ああ…弾が貫通したのがかえって良かったみたいでな。また入院はしなきゃならねェが…命に別状はねえ」
それでも長く話すのは辛そうだった。
「ったく、心配させやがって。油断してたから撃たれたんじゃねェのかよ」
「……」
「へっ、当たりか。図体ばっかりで鈍いからなあ、てめェは」
せせら笑ってやると、奴はベッドに肘をついている俺の腕に手を伸ばしてきた。
「今日は帰るつもりだったからな。久しぶりに会えるって考えてた所だった」
…ふーん、そうかよ。そりゃ、よござんした。ご馳走さんです。
「職務怠慢だな」
口元が緩んでしまうのを誤魔化す為に、俺は奴の唇に自分のそれを落とす。「痛み止めの薬とか打ってもらったんだろ?もう寝とけ。腹に穴空いてる奴を興奮させんのも良くねェからな」
「──まだ帰らないでくれ」
「甘えんな、バーカ。俺は忙しいんだ。また明日からてめェの世話とかしなきゃなんねェし」
「お前に会うまでは……死んでも死にきれねえって思ってた」
「阿呆。会って安心したとか言って死なれちゃ堪ったもんじゃねェぞ」
座ったまま喋りながら、俺は奴の萌黄の髪を撫でる。芝生みたいで結構手触りがいいんだ。「寝るまでは大サービスでここにいてやるからよ…ちっと休め」
命令口調にいつもなら噛みついてくるんだろうが、さすがにそこまでの元気はないらしい。
奴は何も言わずに、穏やかに微笑んで瞼を閉じた。
少し経つと呼吸が深く一定になってくる。ったく、可愛いレディならともかくこんなムサイ男の寝顔を見てホっとするなんて、俺も終わってんな…。

再び顔を寄せ額にそっとくちづけると、シーツを被せてやった。普段よりは、いくらか優しい仕草で。


おやすみ、ゾロ。

 

 

-fin-


2002.12.04 [TOP]

 

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