生殺与奪


 

 

各部屋の間取りはゆったりした大きな屋敷ではあったが、今はそうは感じられなかった。
広いと言っても一応は一般家屋なのだから、邸内を何十ものむくつけし男達が所狭しと暴れていては密度も濃い。
「あーあ」
サンジが障子を細く開けて、庭を覗く。「ツツジも、松の盆栽もメチャクチャだぜ。ありゃ後でクソジジイが怒るな」
「若、お顔を出されんでください」
側近がヒステリックな声で諌めた。
「うるせえなァ。別に見つかったって構やしねえだろ」
「向こうが知りたがってる若の居場所をわざわざ知らせることはありやせん。私がしつこく申し上げるのは貴方の御身が大切だからです。どうか大人しく…」
「してんだろ。俺を守るってんなら、ゾロは何でここにいねえんだ。連れて来い」
「若頭は敵方がここへ攻め込むのを食い止めてるんです。知っておいでなのに、我侭を仰る」
サンジは肩を竦めてぴしゃりと障子を閉めた。防音の役目は大して果たさない為、喧騒は相変わらず聞こえているが。
暫くすると慌しい足音が重なって響き、閉めた障子がメリメリ音をたて外れる。ちょうど半分のところから骨組みが折れてしまった。
「若様がこんなところにおいでとはな」
日本刀を手にした三十前後の男がずかずか入ってくる。
「組のモン以外に若様呼ばわりされたかねえな」
「ほう、さすがに度胸が据わってるな。箱入り坊ちゃんだと聞いたが…。まあ、いい。その首貰っておくか」
「待て。若に手出しはさせん」
ずいと護衛の何人かが前に出たところを、男の刀が払う。速い。次々に斬られていき、床の間に倒れこんだ者もいて壷が割れて派手な音がした。
「器用なもんだな、おっさん。狭い部屋でダンビラなんざ邪魔になるだけだろうによ」
「どうもチャカは扱い難いんでね。こっちの方が慣れてるし、殺した手応えがあっていいもんだ」
「……ナントカに刃物ってやつだな」
後退りしながらサンジは懐に手を入れる。男が刀を振り下ろす。
と、奥の襖が荒々しく開け放たれ、白いスーツがサンジの視界に飛び込んできた。ゾロだ。
廊下は人で溢れているから、奥の部屋から回り込んできたのだろう。
ほんの刹那。辺りがしんと静まった気がした。
ゾロの肩から血が噴出し、端整な横顔が僅かに歪むのがやけにゆっくりと感じられた。
がくりと膝をついたが、それでもゾロはサンジを手で後ろに追いやる。
「…ご無事ですか」
「──ああ」
「うちの若い奴らをもう片付けたか…さすがだな。だが、ここまでだ」
男が仁王立ちになり再び刀を構えると、サンジが懐に入れていた手を取り出し拳銃を向けた。
「若、ここはお任せを」
ゾロが囁き、同時に男の腹を下から抉り突き刺す。醜い苦悶の表情を浮かべて男が畳に転がった。
周囲はさざめきから怒号へと変わり、そしてやがてそれも収まる。
屋敷内は荒らされて後始末に時間がかかりそうだ。被害は少なくなかったが、向こうはこちらの比ではないだろうと思えた。

 

 

サンジが病室に入ると肩から胸にかけて包帯を巻かれたゾロが急いで起き上がる。
枕元には果物の籠、そして色鮮やかな牡丹とクレマチスが生けられた硝子の花瓶が置いてあった。
「若」
がっしりした男が厳しい表情でベッドの上に正座している姿は何処となく可笑しい。「咄嗟の事とは言え、勇み過ぎました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「ああ、まったくだな」
サンジはスーツの上着を脱ぐと、にっこりと笑顔を作りその表情のまま立て掛けてあったゾロの日本刀を抜き──彼の喉元に冷たい刃をひたりと当てる。
「てめェの命は誰のもんだった…?」
「若のものです」
「じゃあ、ここでぶっ殺しても文句はねえくれえだな」
「はい。どうぞご随意に」
「なら、覚悟決めろよ。俺がもらったもんだ。俺がいいって言う時まで断りなく捨てるような真似はするんじゃねえ」
「ですが」
珍しく、ゾロが反抗らしきものをした。「この身に代えても若をお守りするのが役目ですので」
「ふん。つまり俺を守る為にはてめェは死んだりできねえって意味になるだろうが。…分かるか?」
刀を鞘に収めてゾロの膝の上に置く。「全部を寄越すって事は、死ぬって事じゃねえんだぜ」
「──はい」
ゾロの瞳に一瞬覗いた色は飼われる犬ではなく、もっと獰猛な獣のそれ。
ぞくぞくする。
決して胸の内を曝け出さないからこそお前は、深く強く俺を想うといい。捉えるといい。どこまでも果てなく。
サンジは満足げに、今度は作り笑いではなく自然に口角を上げた。
そっと手を伸ばし、長い指でゾロの包帯に触れる。
「痛むか?」
「いいえ。明日にでも退院できます」
「医者が許さねェだろ」
「若のお許しさえあれば、それだけで」
打てば響くような返事にサンジは肩の線をなぞっていた手を止めた。ゾロから離れて、上着を羽織り直す。
「…傷が完全に塞がったら、出て来い。てめェの場所は空けといてやる」
深々とゾロが頭を下げるとサンジはふいと背中を向けた。

──柔らかそうな金髪、細い首と撫で肩、すらりとした体躯をゾロは見送る。
サンジが負っている重圧ごと支えたい。
この身も、そして秘める心も彼の為に捧ぐ。欠片ほども惜しみなどしない。
静かに密やかに改めて交わされる誓いは、言葉すらなく。

扉が閉まるとその振動で花瓶の中の牡丹がひとつ、ポトリと落ちた。

-fin-
20030823


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