step

 

 

「メリークリスマースダーリン!」
はしゃいだ声と同時にすぱぱーん、と破裂音が耳元で連続して鳴らされゾロは飛び起きた。簾よろしく赤や黄色の紙のリボンが顔に垂れ下がるので頭をブルブル振れば、胸元や腹にぱらぱらと紙片が落ちる。
「てめェら…」
じろりと睨みつけるが、奇襲してきた目の前の面々は全く応えた様子がない。
中央にいたサンジが新たなクラッカーを構えたので、その腕を掴んだ。
「いい加減にしやがれ。起き抜けなのに心臓に悪い」
「よく言うわね、心臓に毛が生えてそうな男が」
ナミが紙皿などをそのへんに並べながら、斜にゾロを眺めた。
「なんだかんだ言ってサンジくんに触りたいだけじゃないの。ま、邪魔者で悪いけどパーティは大勢の方が楽しいもんね。サンジくん、ケーキと料理は?」
「あ、これだよナミさん」
サンジがいそいそと紙袋を開けた。
「おい待て、ナミ。パーティってのは何だ。だいたいお前らどうやって入って来たんだよ」
「馬鹿ねえ、今日はクリスマスイブじゃないの。せっかくサンジくんがケーキとか作ってくれるって言うし、パーティしない手はないでしょ。鍵は、管理人のおじさんに愛想良くしたらすぐ開けてくれたわよ。ま、本当ならビビの家の方がたくさん呼べたんだけど、あのコ旅行中だし。一人暮らしのアンタの部屋を会場にしたって訳。場所提供人だし、会費は取らないから大丈夫よ」
「……」
安心しなさいとでも言いたげなナミの口調にゾロは溜息をついた。つまり、他の人間からは金を取っているという意味か。さして広くないアパートの一室だから十人も入らないのだが…。七、八人いる顔を見れば同級生が殆ど、だと思う。よく覚えてない者もいた。
「ゾロ、腹減ってんだろ?ケーキは後にして、このへんメシ変わりに食えよ」
怒鳴って追い出してやろうと息を吸い込んだところに、サンジが甲斐甲斐しく紙皿にバケットサンドや唐揚などを乗せて差し出してきたのでゾロは無言で受け取った。返事代わりに腹の虫が鳴る。
「食べるのはいいけど、先にどいてよ。この布団邪魔。それから早くストーブ点けてよね。寒いったらないわ」
ナミにぐいと押されて、ゾロはブスッとしたままジャージ姿で動き出す。実家の物置から持ってきた年代物の石油ストーブに火を点すと燃焼時に独特の燻った臭いが漂った。
それでもサンジが持ってきた料理の数々に手を伸ばすスピードは皆変わらない。
「おい、顔くらい洗って来いよ。スープも温めといてやるからさ」
サンジが、紫蘇とチーズ巻のフライを取ろうとしたゾロの額をちょいとつつく。いちいち反応しても、その都度外野から冷やかされるのでゾロは洗面所に向かった。
「手懐けてるのね。新婚さんぽいわよ、サンジくん」
「えへへ、そうかなあ」
ナミに対しては一層脂下がってへらへらしているのが聞こえてくる声だけで想像できた。冷たい水で顔を洗うと、やっと目が覚めてくる感じがする。座に戻ると後はもうひたすら飲んで騒いでだ。ゾロは飲んで食べて、だったが。騒がしいのはともかく、サンジの料理は旨い。
夕方に差しかかる頃、ナミが終りの時間だとさっさと切り上げた。勢いナミが幹事になっていたから、全員が帰り支度を始める。
「ナミさん、もう帰るの?まさか夜はカレシとデートだとか…」
「そんな時間の無駄使いするもんですか。バイトが入ってるのよ。イブは稼ぎ時だもん」
しゃらっとナミは言ってのけて、白いコートを羽織った。「あんたたちは二人きりにしてあげるから、どうぞじっくりと甘〜いクリスマスイブを過ごしてちょうだい。記念の夜になるよう祈っててあげる」
「じゃあな、頑張れよ〜サンジ!」
「何ならロロノアを押し倒せ」
などと無責任にわいわい囃し立てられ、サンジはおう任せとけと胸を叩いてみせた。
ゾロは何を言う気にもなれず(言っても無駄だからだ)仏頂面でそこらに転がっていたシャンパンをガブ飲みした。
人がいなくなり空の食器等を片付けると元々家具も少ない部屋なのでわりとスッキリと見える。散らばっていた衣類などもサンジがいつの間にか袋に入れて隅に寄せていた。
「余っちまったな」
残っていた皿から彼が取った骨付きの唐揚にゾロはぱくりと噛みついた。もごもごと咀嚼して、近くにあったグラスを傾ける。
「コラ、いい加減にしとかねえと悪酔いするぜ。それビールやらカクテルやら混ざってたヤツじゃねえ?つーか、あんだけ飲んでまだ足りねェのか」
「てめェだって飲んでたろ」
「お前ほどじゃねえよ」
手元を覗き込んできた拍子に形の良い小さな頭が近くに来て、ふわっと金髪に鼻先をくすぐられたゾロはその顎を捉えた。
キスをする。
このところ、こんなふうに何となく何気なくキスをする回数が増えた。
「…唐揚と酒が混じった味がする」
サンジが呟き、二人してちょっと笑う。
彼の猛烈で果敢な求愛から逃げていた時が嘘のように、最近はごく普通にサンジが隣にいた。しかし考えてみればこうして彼と自分の部屋にいるのは剣道の決勝戦が済んだあの日以来だ。秋は行事も多く一応受験生であるし、それなりに忙しかったから。
「急に押しかけて悪かったな。でもクリスマスだし、同じガッコのヤツラとパーティとかすんのも最後だと思ってさ。ナミさんが誘ってくれたから乗っかっちまった」
「…確かに高校最後だもんな」
「うん。だからいいクリスマスイブになったなって」
「まだ夜にもなってねえし。だいたい実際にクリスマス祝うのは明日だろ」
「そうだけどよ。俺、夜はジジイの店手伝わねえと」
サンジが妙に畏まった姿勢でひょこっとお辞儀した。「今日は付き合ってくれてサンキュ。学生時代の良い思い出になりました」
「何だそりゃ。まだ学生は続けんだろうが」
残っていたシャンパンの瓶に直接ゾロは口をつける。 「…そういや、お前どこの大学だったっけ」
ほぼ毎日顔を合わせてはいても、改めて進路について話したことがなかったのに気づいた。
サンジはこともなげに、
「え?俺行かねェよ。まず調理師免許取って、店でもちゃんと仕事して…そのうちフランスとかに勉強に行くかもしれねえから」
何。
何、言ってるんだこいつ?今何て言った?
手から瓶が落ちたのも頓着せず、ゾロは呆気に取られていた。
「…聞いてねえ、そんなの」
「言わなかったっけ。けど、どっちにしても卒業したら皆バラバラじゃん」
自然に離れ離れになるのだから、しょっちゅう会えなくなるのも仕方ない。それはそうだろう。驚く事でもない。ただゾロの考えがそこへ及んでいなかったのだ。
「お前は剣道の強いトコ行くんだろ?試合も行けたら覗きに行くからな、頑張れよ。もし俺が行けなくても、負けたりすんな」
サンジはおそらく、既に心の準備をしていた。各々の道が別たれる将来に目をやっていた。ゾロは高校を卒業してもまだ学生で、彼は社会へとその足を踏み出すのだ。
──自分を、置いて。
「ゾロ?」
己でも整理のつかない焦燥感に駆られ、ゾロはサンジの肩を抱き再び唇を重ねた。先刻より格段に激しさを増したキスにサンジが身を強張らせ捩り、それが逃げを打つ姿勢に見えて行き掛り上押さえつける。畳に倒れこんだ。
「…んっ…」
サンジの瞳が翳んで視界に移った。
彼の乱れた息も飲み込んで、背中や腰の辺りを荒々しくまさぐった。仰け反った白い首筋に唇を移して半ば歯を立てる。
逃がさない。捉えていたい。
こいつだって俺を追いかけて──ひたすら追いかけてきた癖に。今更、引こうなんて。
「止めろ……嫌だっ…!」
サンジは今度こそ本気で抵抗していた。ゾロの肩を押し、組み敷かれている体勢から抜けようとしてもがく。
「んでだよ。俺に惚れてんだろ」
何故嫌がるのかと苛立つ。
サンジはゾロに好意を持っているし、ゾロも憎からず思っている。
男とか女とかは無関係に、サンジに傍にいて欲しいと思っているのに。
「こんなのは…嫌だ。違う。お前は俺が好きなんじゃなくて、ずっと構ってきた俺が勝手に離れるのが気に食わねェってだけだろうが」
「…じゃあてめェはどうなんだ」
ゾロが舌打ちして体を起こし、胡坐をかいた。解放されたサンジも、少し距離を取って座る。
「俺は──ゾロが好きだよ?」
「どんな違いがあるんだか説明しやがれ。好きだって、惚れてるって、俺が口で言えばいいのか。そうすりゃ納得すんのかよ」
「…そうじゃねえよ…そんなんじゃねえんだ、ゾロ」
サンジはゆっくり、首を振る。「言葉とか保証が欲しいんじゃねえ…。悪ィ……多分俺の我侭だと思う」
何で謝るんだ。
結局俺にどうしろって言うんだよ。
ゾロは苦い表情でじっとサンジを見据えるが、彼は俯いて視線を合わせない。
「そろそろ店、行かねえと」
暫しの沈黙の後、言い訳の如くに呟きサンジは上着を掴んで部屋を出ていった。ゾロは反射的に立ったものの置かれたゴミ袋に躓いて転びそうになり、八つ当たり気味に袋を蹴飛ばした。
「分かんねェよ、クソ」
サンジの気持ちも。彼を放っておけない自分の感情も、全部。


外へ出たサンジは機械的な動作でジャケットを着た。
逆らわず身を任せても良かったのに。
ゾロが男である自分をもし抱きたいと言うなら、拒む理由なんかない。
キスされた時、体を引き寄せられた時、溢れてしまいそうな想い。サンジ自身だって、彼に触れたいし触れられたい。ゾロに好きだとか惚れたとか言われれば、きっと嬉しいだろう。しかし、満足はできないであろうことも予測できた。
「ったく、贅沢になっちまったよなあ…」
近寄ろうとして避けられていた頃を考えれば如何に状態は進んだか。愛情かどうか知らないがゾロなりに、サンジを特別視してくれてまっすぐ向き合ってくれているのだ。それだけでも充分な至福だろう。
自分はそれ以上、いったい何を望んで求めているのか。
──いや。求めているのではなく、求めるのを恐れている。
与えられた後にそれが間違いだったと取り去られるのは……初めからないのより、とても辛い。

サンジは歩調を早めた。
急ごう。
店はイブを過ごす恋人や家族連れで大忙しだろうから。顔を上げれば、華やかなクリスマスのイルミネーションが美しく輝いていた。
その温かみのある色彩が、ぼんやりと滲む。

どうしてこうなんだろう。好きなのに。好きなんだ。


でも、なあ…ゾロ。

好きだから何もできないなんて、前までは思ってもみなかったよ。

 

 

-fin-
20040421

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