heart-to-heart

 

 

「ロロノア君が、好きなんだけど」

ふうん、と思った。
驚いたり浮かれたりする性格でもないし、自慢ではないがよくある事だった。二年くらいまでは告白を受けるのもしょっちゅうだったのだが、ゾロの反応があまりにもぶっきらぼうなので誰が言ってもきっと駄目なのだというのが広まってくると徐々にそれも減ってくる。ここのところさっぱり止んでいたのは、ゾロが高校最後の大会に向けて忙しかったのと──おそらく、サンジの存在にも因るだろう。ゾロに注意を払っていれば、何かと構うサンジの存在にすぐ気づく。最初のうちは嫌そうな顔を隠しもしないゾロだったが、近頃それが少し和らいだ。あれだけ女子にもてても誰とも付き合わなかったのは、実は男が好きだったからだという噂がひっそりと囁かれている。先日そうナミに聞かされたが、あえてリアクションは起こさなかった。真性ホモ説には異議を唱えたい心境ではあるが、こういうのは否定して回ってもムキになるのが怪しいなどとかえって真実味を深めてしまうのがオチだ。それに告白されるのも断るのも煩わしい。不本意な噂であるにせよ、それによって避けられるのなら悪くない。言いたい奴には言わせとけ、だ。
だから、こうして正面切って告白されたのは考えてみれば久しぶりだった。
が。
…誰だっけ、コイツ。
当人が知れば「信じらんなーい!」と立腹するか「ひどーい!」と嘆きそうな疑問をゾロは抱きながら、目の前の女子生徒を眺める。勿論同じ高校で、しかも同じクラスで、あまつさえ今回の学園祭では出し物であるお化け屋敷の担当も同じグループの一人なのだが…。
授業中も休み時間も寝てたりするのが多く放課後はひたすら部活というゾロにとっては、例え同級生と言えど記憶に引っかかってるとは限らない。いっそ三年間お世話になった購買のおばちゃんの方が顔と名前は合致している。
一般的には、可愛い部類に入るのだろうしその自覚もあるのだろう。
衣装合わせで偶然二人きりになったとはいえ、手紙や電話でなくいきなりこんなふうに面と向かって言うにはそれなりの度胸も自信も必要だ。
「良かったら付き合ってほしいなって…あ、でも返事はすぐじゃなくていいの。じっくり考えてくれれば」
「あー、考える気ねえし。悪ィけど諦めてくれ」
「何で?」
あっさりゾロに断られたものの、彼女は食い下がった。覚悟を決めて打ち明けているのに、はいそうですかとすんなり引き下がる訳にもいかないだろうが。
「何でって言われてもなァ…」
面倒だし。
一言で済ませて非難ゴウゴウだった過去の経験が俄に甦り、ゾロは言葉を濁した。
「やっぱりサンジ君と付き合ってるって噂、本当なの?」
ナミに予め聞いておいて良かった。反射的に否定して、余計に時間が長引くところだ。
「そういうのは、お前には関係ねェだろ」
「…分かったわ」
彼女は俯いていたがやがてずいとゾロの懐に踏み込んだ。「じゃあ、キスして。そうしたら諦める」
女ってのは、何でこういうメチャクチャな論理が展開できるんだ。
サンジの行動も大概一方的で無茶にも受けとれるが、こんな脅迫めいた真似はしない。
「ねえ、一度だけならいいでしょ。キスぐらい…サンジ君だって許してくれるわ。女の子には優しいもん」
胸をおしつけられ、リップのテカテカと光る唇がゾロに迫ってきた。
すっかりサンジとゾロがデキてると思い込んでいるらしい。
サンジにキスをしたことは、ある。ゾロもよく分からないままにくちづけた。試合に負けて、精神的にぐらついていたというのは否めない。
そう、キスぐらい。
好きじゃなくたって出来る。軽い接触だ。それで片がつくってんなら…。
そうは思うが、思うだけでやはりゾロは顔を背けて彼女の肩を押しやった。
「止めろ」
不快だ、というのが語調にも腕の力にもありていに表れたのだろう。彼女は顔を強張らせて離れた。「気が済まねェんなら、殴れ。そっちのがマシだ」
その言葉に容赦ない平手打ちで応じられ、ゾロはバタバタと走り去る足音を聞きながら頬を擦った。


 


「いらっしゃいませ〜!なあんだ、ゾロじゃないの」
学園祭当日。モンスターコスプレのマントを纏ったゾロが校庭を歩いてると、出店でヤキソバを焼いているナミに呼び止められた。「そんな格好だし誰か分かんなかったわ。ちょっと手伝ってよ。可愛い売り子二人がいるもんだから、もう忙しくって」
ナミの隣ではビビが真っ赤な顔で奮闘しつつタコヤキを引っくり返している。
「知るか。俺だってお化け役の奴が休みで、昼飯も食わずなんだよ」
「ヤキソバ少しならあげてもいいわよ。この私がタダでいいって言う事なんか、滅多にないんだからね。有難く食べなさいよ。アンタに売り子なんて不向きだし、かといってタコヤキとか焼けるほど器用でもないから使いたくはないんだけどさ、なにしろ手が足りないの」
「そこまで言われて誰が手伝うかよ。俺なんかより、よっぽど適役がいんだろ」
紙パックに入ったタコヤキを取ろうとすると、ナミにぴしゃりと手の甲を叩かれた。
「働かざる者食うべからず!──サンジくんなら、うちにも負けず劣らず忙しいわよ」
「忙しい?何やってんだ、あいつのクラス」
「アンタ恋人が何やるかも知らないの?つくづく最低な男ね」
だから恋人とか言うなと目を剥くゾロなど意にも介さず、ナミは校門近くを指差した。「形はごく普通のオープンカフェだけど…ま、行ってみりゃ分かるわ」
大会後にキスはしたが、サンジとの関係はさほど変わらない。サンジは学園祭の実行委員でもあり、この数週間というもの多忙を極めていてゾロとも殆ど会っていないので変わるにも時間がなさ過ぎたのかもしれないが。基本的にサンジから押しかけてくるのだから、サンジからゾロにコンタクトを取らなければ話す機会もないのだ。
女性が沢山集まって賑やかなその一角が、ナミの言うオープンカフェだとすぐに分かった。
サンジはプロを目指す程料理も得意だし、きっと店にも出しても恥ずかしくないレベルの品を並べているのだろう。安定した人気はありそうだが、きゃあきゃあ騒ぐものでもあるまいに。
人込をかき分けてみて、ゾロはあんぐり口を開いた。
白いレースのエプロンにひらひらしたマイクロミニのスカートからすらり長い足を惜し気もなく晒して大股で歩く、背の高い金髪のウェイトレスはサンジだ。化粧までしている。
客の歓声はその為に沸き起こるのだとゾロも理解した。
サンジだけでも人目は十分に引く。加えて男連中は全員同じウェイトレス服の女装でサンジはタイツを履いているが他はスネ毛の生えた筋肉質な太腿を見せつつ、しなを作って野太い声で接客したりするのでそれも面白キモいという感じで盛り上がっているのだ。
「サンジ君、かわいーいー」
「一緒に写真取って〜!」
女子生徒が囃す度に、サンジはにっこり微笑みを振り撒く。女だけでなく勿論男の客もいるのだが、中にはサンジを男だと気づかず声をかけた者もいた。
「なあなあ、俺たちさっき来たとこなんだけど。このガッコ案内してくれよ」
「…仕事がありますので。ご注文は?」
「注文は君一人ってことで。なあ?」
仲間に向けてゲラゲラ下品に笑い、茶髪の男がサンジの腰に腕を回す。「いいじゃん、行こうぜ」
「メニューにないご注文は受付けられません」
サンジの右足が高く上がり、次の瞬間には男の腹へと踵が叩きつけられた。「どうぞお引取りを。クソ野郎」
地声に戻ったサンジに、尻餅をついた茶髪男はギョッとした。
「お、男だったのかよ…詐欺じゃねえか…」
すごすご去っていく連中にサンジはペッと唾を吐く。
「ケッ。一昨日来やがれってんだ。胸クソ悪ィ。塩でもまいとくか」
「サンジ君、素になってるわよ」
いつの間にやら、ニヤニヤしているナミがゾロの横に立っていた。
「あ、ナミさん!ごめんね〜皆も怖がらせちゃって。お詫びにクッキーおまけするから」
サンジが一際愛想良く言うと客も再び沸いた。「ゾロもナミさんも、休憩時間?ナミさん、コーヒーでも奢ろうか」
「うん。ありがと」
ナミも遠慮はしない。サンジがいそいそとコーヒーカップとホットサンドの乗ったトレイを持ってきた。
「てめェはコーヒーよりこっちのがいいだろ?」
「ああ…。大繁盛だな」
「そりゃな。一流レストラン並みのメニューとこの選び抜かれたウェイトレス達。人が来ない方がおかしいって」
「似合ってるわよ、サンジくん」
「お褒めに与り光栄です」
サンジはぺこりと頭を下げると、ゾロにも優雅に気取って会釈してみせた。「へっへ〜、ナミさんのお墨付きだ。てめェも惚れ直すだろ」
「アホか。元々惚れてなんかねえ」
女と見間違える連中がいたのでも分かる通り、サンジはやや骨張っているが線が細く色も白いので似合わなくもなかった。
だが如才なく振る舞うカフェのアイドルさながらの様子は、自分の知ってるサンジではないみたいで。
サンジくーんと呼ばれて、じゃあまたと彼は忙しなく背中を向ける。
ゾロは無表情にローストチキンのホットサンドに噛みついた。


夕方になると後夜祭の準備が始まった。片付けに追われている者以外は校庭へ集まりだす。
クラスの皆も御多分に洩れず外へ出てしまい、窓にかけてあった暗幕や看板を適当に隅っこに寄せてゾロは欠伸をした。
さっさと帰りたかったのだが、校庭を通らなければ門には行けない。絶対誰かに見つかって後夜祭に引きずり込まれるだろうから、しばらく教室にいた方がいいと判断したのである。
外は賑やかな音楽が流れていたが、人の少ない校内は静かだ。聞こえていた慌しい足音も段々聞こえなくなり……近づいてくる?廊下に顔を向けた時、扉がガラッと開く。
「校内に残ってる生徒は速やかに校庭へ移動して下さい」
サンジがわざと厳しく言い、教室に入ってくる。「放送聞こえなかったか?探しても見当たらねえから教室だろうと思ってさ」
「俺一人くらい出なくてもいいじゃねェか。実行委員は忙しいんだろうし、早く行けよ」
「何だよ、つれねえなあ。愛しのダーリンと一緒にフォークダンス踊りたかったのにY」
「冗談。野郎二人でどんなツラして踊るんだ」
「じゃあさ、俺がさっきのウェイトレスのカッコだったらどうだ?」
予想もしなかった言葉に、ゾロはポカンとして彼を眺めた。
「何言ってやがる」
「いや、見た目だけでも女の子ならてめェも踊り易いだろ。俺そこそこ似合ってたと思わねえか?」
「…今の方がいい」
袖を捲りあげた白いシャツに紺のズボン。
制服姿は、やっと通常の彼に戻った気がしてどこかホッとする。
ゾロの言葉にサンジはちょっとビックリしたみたいに目を見開く。風が吹き込み靡いた金髪に何となく手を伸ばせば、ゾロから触れた事など殆どないからサンジが思わず身を引いた。
「な、何だ?」
何だろう。
いつものサンジに戻ったと確認したかったのか。触りたかった。触れてもいいだろう。彼は前々から自分を好きだと言ってるんだから。キスだって、したくらいなんだから。
「後夜祭始まるし…俺行かねェと」
サンジが教室を出ようとする、その腕を掴んだ。
「行くなよ。俺の事、好きなんだろ?」
以前にもしたし、彼も拒みはしない筈だと思った。荒っぽい動作で彼の唇に自分のそれを近づけると、サンジがふいと顔を反らした。
「──てめェは、そうやって誰にでもキスとかすんだろ。好きとか、そんなの関係なしに」
「…?こないだの、見てたのか」
「……俺はいいけどよ。女の子に期待させて、傷つけんな」
伏せた睫に隠れた瞳の色は分からなかったが、声は暗かった。
好きな相手が別の人間と触れ合っていたらもっと違う方向で怒りそうなものだが、何の心配をしてるのだろうか、この男は。
「あのな。期待させるも何も、俺はあの女にキスなんかしてねえぞ」
見るんなら、最後まで見とけ馬鹿。「ヘンな誤解すんな」
サンジが半分笑ったような不安そうな、複雑な表情になって目線を上げた。
「…そうか。俺、てっきり」
「てめェは俺をどういう目で見てんだ」
「だってよ。こないだはまあ、仕方なかったのかもしんねえけど…俺にだってわりと軽くしたし…」
そりゃ、あの時はゾロもあまり深く考えずにキスをした。サンジにしてみればそんなふうに思うのは当然なのかもしれないが、しかし…。

もう少し、自信持てよな。

あの時も、サンジの存在が傍にあってゾロは癒されたのだ。厚かましく好意を押し付けてくるばかりのようでその実、肝心な時はちょうどいい距離で見ていてくれる。サンジが自分を見てないと寂しい。
これが恋愛感情なのかどうか、ゾロにはまだよく分からなかった。それでも、彼が気になるのは事実だ。
「他のヤツにはしたいと思わねえ」
俺が今キスできるのは、多分──お前だけなんだ。
嘘は吐かない。嘘だってんなら、確かめてみろよ。実際に。


腰を抱き寄せて丸い頭を支えた。サンジは微妙に体を震わせたが今度は逃げなかった。
ゆっくり唇を重ねても。

-fin-
20040225

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