love game

 

 


今日も奴がやってくる。


「ゾロー!差し入れ〜!」
ドドド、と砂煙さえ上げかねない勢いで。
「また来たわよ。幸せねえ、剣豪さん」
ナミの皮肉っぽい冷やかしにも大概慣れても良さそうなものだったが、ゾロはあくまでも仏頂面だ。
「うるせえ」
金髪を揺らしながら太陽を背に走ってきたサンジが息を弾ませて、紙袋から綺麗にラッピングした容器を取り出す。
「今日はレモンゼリーな。それと終わったらこの保温容器に入ったライスバーガー。心して食えよ」
説明しつつ、サンジがナミにもゼリーを振舞う。「はい、ナミさんとビビちゃんにも」
「ありがと、サンジくん。いつも悪いわねえ」
いけしゃあしゃあとよく言うなとゾロはムスッとして、ナミを睨む。
友達のビビがマネージャーなのに託けてちょうどサンジが来る頃に剣道部の練習場にやってくるのは、彼手作りの差し入れのご相伴に預かろうというのがありありだ。
いやまあ、別にそれは良い。ただ、暇つぶしにからかわれるのが鬱陶しいだけだ。
「ほら、ゾロ。あーん」
星を模ったアラザンが散らしてある透明のゼリーを小さなスプーンに掬ってゾロに差し出した。ゾロは顔を顰め、それを避ける。
「止めろ。赤ん坊じゃあるまいし」
「だってお前手が汗だくで汚えし。仕方ねェなあ」
サンジがいそいそとお絞りを取り出し、拭いてやるとばかりにゾロの手をぎゅうと握った。
「アホ、一人でできる」
「照れちゃってよ」
つん、とサンジがゾロの頬を突くと、ゾロはますます苦々しい表情になった。
無言で手を拭き、それからゼリーを平らげると空の容器を置いて再び練習に戻る。差し入れなんて要らないと最初は拒んだのだが、一生懸命作ったこの気持ちと食材を無駄にするなんてと喚いて練習にならないので仕方なく受け取ったのに始まり、以来ずっと続いている。
まったくあのアホコックには困ったものだ。
いや、厳密に言うとまだコックではないが。高校に通いながら実家のレストランを手伝っているサンジは、その能力から言っても将来腕の良い料理人になるのは本人も周囲も疑うべくもないことだった。
学業と料理の両立で忙しいのだから自分になど構わなくていいのにと思うが、サンジは昼の弁当は勿論差し入れなども一度家に帰り欠かさず持ってくる。
同学年ではあるがクラスも違うし仲が良いわけでは決してなかったのに、何故か一月ほど前から熱烈アタックが始まった。もともとゾロは女に愛想を振りまくサンジみたいなタイプは苦手で、できるならば近寄りたくもないと思っていたのだが…。
ゾロは嘆息すると、素振りを開始する。
集中しなければ。現在の自分は高校最後の大きな大会を控えているのだ。
しばらくナミと話していたサンジの姿はもう見えない。きっとレストランの方に戻ったのだろう。
本人は邪魔しに来ているつもりではないのだろうし、差し入れじたいは美味いから(今日の焼肉のライスバーガーもさっぱりと甘過ぎず仄かに胡麻の風味が利いてたりしてゾロの好みだった)、ゾロとしては文句を言う立場ではないかもしれない。しかし、男に好かれて嬉しいとも思えないし、主将として他の部員への示しもつかない。
「よ、済んだのか?」
自転車置き場に行くと、サンジがゾロの自転車のサドルに跨って足をぶらつかせていた。
「…レストランに行かなくていいのか」
「今日は定休日。一緒に帰ろうぜ。どっか寄ってくか?」
「てめェなあ」
一度きっちりと問いただしてやらなくては。
ゾロがぐいとサンジの二の腕を掴んだ。何を思ったかサンジが照れたように俯く。
「ゾロ…大胆だな。ここは学校だぜ?ま、どうしてもってんならキスくらい…」
ん、と唇を窄ませ瞳を閉じると顎を上げ迫ってくる。
「だあっ!」
寒気とも何ともつかないものがゾロの背筋をゾクゾクと通り抜け、サンジを突き飛ばした。
「てめェ、いったいどういうつもりだ。ふざけんのもいい加減にしやがれ」
「ふざけるなんて、ひでえな。こんなに愛してるのに何で分かってくれねェんだ!」
めげずにサンジがガバと抱きついてきた。
「まだ言うか」
細身に合わずなかなかどうして腕力の強いサンジを引っ剥がそうと苦心惨憺する。「だいたい、何で急にそんなことになるんだ。お前あんだけ女にヘラヘラしてた癖にホモかよ」
「ふっ…。恋はいつでも突然舞い降りるもんだぜ?」
駄目だ。何を言っても無駄だ。
「勝手に舞い降りてろアホコック」
「恥ずかしがらなくていいのに。そんなシャイなところも可愛いな、マイスウィート」
サンジがつつと項を撫でてきて、いよいよ総毛立ったゾロは竹刀を互いの体の間に差込み漸くサンジを撥ね退けた。
「てめェ、もう俺に近寄んな」
ハーハーと息を切らしながら厳しく言い渡す。「うぜえんだよ。言っとくが、俺はてめェと付き合う気なんかさらさらねえからな」
サンジの事だから、これぐらい言っても大して応えないだろうと思ったが。
彼は黙り込んで、丸い目を更に丸くしていた。やがて、
「…悪い」
ポツリと一言呟いて、くるりと踵を返す。
ゾロが押した時竹刀の柄が当たったのか、唇の端から血の筋が引いていた。
「──大丈夫?」
駐輪場から裏門へ抜けたところでナミがサンジに声をかけた。ハンカチを差し出され、サンジは急いで自分の手で口元を擦る。
「いや、ナミさんのハンカチを汚すわけにはいかねえよ」
「お気遣いなく。売りつけるつもりだったから」
にっこり笑うナミに、サンジも微笑んだ。
「そりゃ残念な事したか。心配してくれてありがとう。大した怪我じゃねえし、平気さ」
「顔の傷はすぐ治るだろうけど、ここは時間かかるわよ」
ナミがサンジの胸の辺りを人差し指で示す。「サンジくんて、素直なようで素直じゃないのね。あれじゃゾロもからかわれてると思うの、無理ないわよ」
「野郎に本気ぶつけられても…困っちまうだろ?」
サンジが笑みを崩さないまま、ガードレールに凭れる。
だってさ、受け入れられるわけ、ねえじゃん?男同士ってだけでも不利なんだ。
だからついふざけて。嫌われるの当然なことして、でも。
話したい。触れたい。側にいたい。その気持ちは抑えられない。
「あいつ、特に今は大会でそれどころじゃねえし。せめて差し入れとかで役に立とうと思ったけど…それも迷惑みたいだから。何もしねェのが、結局一番いいのかも」
「ゾロみたいなのはね、構ってやらないと駄目よ。馬鹿で鈍いから変化球なんかじゃ気づかないの」
「だろうな」
サンジは遠慮なく言葉を投げつけてくるナミが好ましいと思う。同い年なのにまるで姉のようだ。「俺も不甲斐ねえなあ、ナミさんにこんな事言うなんて」
「相談料は戴くわよ。今度サンジくんのお店でご馳走してもらおうかな」
「いつでも大歓迎だよ」
サンジは恭しくお辞儀してみせた。

 

翌日からサンジはゾロの許へ来なくなった。学校には来ているのだろうがクラスが違うのでよく分からない。これまでは一方的に昼休みや部活の時にサンジが押しかけて来ていた。
まあ、これで練習にも集中できるし、他の部員に奇異の目で見られることもない。
せいせいする、そう思っていた。だが二日経ち三日経つうち、妙な空虚さがゾロを襲う。たった一ヵ月だったとはいえ、サンジの存在に慣れてしまっていたのだろうか。
(実際煩い奴だったしな)
呆れるほどによく回る口、くるくると変わる表情。こっちの都合なんかお構いなしの、好意の押し付け。大概うんざりだと感じていた。
だからサンジがいなくなれば、自然と練習に打ち込める筈なのだ。騒がしい人間がいなくなると寂寥感が漂う、それだけのことだ。別にサンジでなくとも誰だって。
結局、試合前のリズムが掴み切れないままに大会となった。前夜寝付きにくかったせいか当日の朝ゾロは寝過ごしてしてしまった。泡を食って学ランを引っつかむみたいにして着ると集合場所である学校に駆けつける。しかし既に誰もいない。
直接会場に行くしかねえかと貰った筈の栞を探すがそれも家に忘れて来てしまったらしい。
「お前、何でいるんだよ。遅刻したのか?」
しばらく聞いていなかった、久しぶりのその声にゾロはそろそろと振り向く。
「…ああ」
「この馬鹿。とにかく行こう。直で行きゃなんとか間に合うだろ」
たった二週間程会わなかっただけなのだが、サンジという男はこんな雰囲気だっただろうか。口調も態度もずいぶん落ち着いて見えた。
「けど、場所がよ」
「…俺知ってるから」
大通りに出てタクシーを拾い、サンジが運転手に指示をする。
「何でお前が知ってんだよ」
「行こうと思ってたし」
サンジは前を睨んで怒ったように。「お前が気づかれないようにしようと思ってたのに。このクソ野郎、寝坊なんかしやがって」
「俺の試合をか…?何でお前が」
「うっせえな。お前が剣道してるとこ、見んの好きなんだよ」
思いがけずゾロに会ったせいで気が昂ぶっているのか、サンジはまくし立てるみたいな口調だった。「土日とか俺チャリでレストランに通ってるんだけどさ。ちょうど土手からお前が一人で練習してるの見えて。むさくて暑苦しいのに、素振りとかしてる顔とか、竹刀の振り方とか、すげえ気迫つうの?伝わってきて目が離せなくて。俺にゃ無関係な世界だけど、眩しいつーか」
一心に振るっているので、見られていたことなど気づかなかった。
いつからそんなふうに、こいつは。
どうして最初にまずそれを言わないんだ。
いつもの浮ついた様子ではない、けれどこちらの方が多分彼の本音なのだろう。
──タクシーが止まった。
「そこの体育館だろ?行って来いよ。俺は帰るから」
料金を払い、サンジが木々の向こうに見える建物を顎で示す。
「帰る?」
「だって、俺がいちゃ邪魔だろ。もうちょっかい出したりしねえから、心配すんな」
「……見とけよ」
背を向けたサンジにゾロは声をかけた。
「てめェがいねえと調子狂うんだよ。俺に本気だってんなら、最後まできっちり付き合ってもらおうじゃねえか」
「何言ってんだお前。…期待、させんじゃねえよ」
「俺も、てめェをまともに見たくなった。正面から」
ぼそりと率直に言うゾロをサンジはしばらく眺めていた。
それから。
親指と人差し指を立てるとゾロの胸に向かって、ばんと射撃の真似事をする。泣き出しそうな笑顔とともに。
「へっ…覚悟しやがれ……。惚れさせてメロメロにしてやるからな」

ああ、来るならいつでも来い。

どこまでも不敵に口角を上げてサンジの肩を叩くと、ゾロは駆け出した。
とりあえず今勝つべき戦いに向かって。

 

-fin-
2003.7.18


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