noel

 

 

どこからともなくクリスマスをテーマにした曲がエンドレスで流れ続けている。
赤、青、緑…鮮やかに輝くイルミネーションを抜けて、サンジは帰路を辿った。
駅からちょっと離れれば街はいつもと変わらない雰囲気だ。
最近は店と見紛うような派手なデコレーションでライトアップされた家もあるが、この辺りはマンションなどが多いからかそう目立ったものはない。
自分の部屋へ帰り着くと、鍵を開ける。結構買い込んだので、がさがさと手に持った袋が静かな廊下で煩く鳴った。
照明と暖房をつけコートを脱ぐ。
携帯を開いてみたら、会社にいる筈のゾロからメールが入っていた。珍しい。
おそらくどちらかが圏外だったのだろう。無精者のゾロは、正真正銘「電話」として使うことが多いのだ。元々、サンジと連絡を取りたいがために購入したようなものである。
稀に彼が寄越すメールは打ち慣れていないせいで、カタコトみたいな簡単な文章だ。
『もうすぐ帰る またあとで連絡』
今度、句読点や記号の出し方を教えてやらなきゃなとサンジは苦笑して、料理にとりかかる。
野菜を刻んで煮込み、鶏肉には庖丁を入れて醤油や味醂を合わせた調味料の中に漬け込んだ。ゾロは、フライドチキンよりも照り焼きの方が好きだろうから。
ケーキのスポンジは出かける前に焼いておいた。仄かにラム酒を含ませ、その上から塗る生クリームも甘さは控えめに。
料理の拵えを終えてしまうと、さて次は準備だ。広くはない部屋でうろうろと動いて作業をする。硝子テーブルにちんまりしたサイズのクリスマスツリーを置いた時、ソファに投げ出していた上着から着信音が聞こえてきた。
出る前から、液晶画面を見る前から、音で彼だと判断できる。
「ゾロか。おう、家にいるぜ。お前も仕事終わったんなら──え?今から?」
サンジは話しながら、部屋の内部を一瞥した。「…いや、構わねえが。ああ、そこの店は知ってる。いいって、迎えなんか。お前が迷っちゃ二度手間だよ」
頭を掻く彼の様子が容易に想像できる。サンジは電話を切ると、コンロの火を止めて並べた皿にラップをかけた。そして再びコートを身につけ、マンションを出る。

 

「……待ってる。じゃあ後でな」
電話を終えて閉じた携帯を手にしたままゾロが席へ戻れば、隣にいた女子社員が尋ねてきた。
「サンジさん、来るの?」
「ああ」
きゃあきゃあと周りにいた女達が湧く。如才ないサンジは、ゾロとは違う意味で女子社員に人気があった。
店に集まっているのは、同じ部署の人間が殆どである。今日は、揃って休日出勤だったのだ。
クリスマススイブを共に過ごす相手のいない者たちが中心となってこの居酒屋で宴会を開く事にしていたとかで、帰ろうとしたゾロもうっかり引っ張り込まれてしまった。
家庭持ちや予定のある者は先に帰ってしまったので、男が足りない!と女性の一人が言い出し男性達は来られそうな友人へ連絡を取らされるはめになった。
ゾロとしては当然ながら、さっさとサンジの家に行きたかったのだが仕事上の話がまだ残っていたのもあり彼を呼べば少しでも早く会えるからと思い電話を入れたという訳だ。
待つほどもなくサンジが現れた。
連れてこられたので場所はちゃんと把握していなかったが、意外に自宅からは近い店なのだろうか。
「お待たせ、可愛いレディ達」
芝居じみた台詞で両手を広げるサンジに女性が楽しそうに騒げば、男連中がふざけて野次を飛ばす。いい加減酒も入っているので、皆テンションが高かった。
「よ」
サンジがゾロに片手をヒョイと挙げてみせる。
隅を陣取っていたゾロはサンジの座る場所を空けようとしたが、彼は女子社員に腕を引かれて離れたところに腰を落とした。
「ねえねえ、来てくれたって事は、サンジさんも彼女がいないのよね」
「いや〜。数多の魅力的な女性がいるのに、一人に絞るなんて罪な真似はできねえし」
「残念ねー。今日限定でいいから、彼氏になってもらいたいわ」
「えええ、今日だけ?クリスマスケーキと同じ扱いだな」
「私はケーキの方がいいなあ」
「そりゃねえよ〜。俺なら、ケーキより甘い言葉をいくらでも囁いてあげるのに」
大袈裟に嘆くと笑いが起こる。違う部署でも、ゾロより余程溶け込んでいるのはいつもの事だ。
呼びつけたのは自分なのに勝手なものだが、ゾロは少々複雑な心境だった。
サンジがこっちに視線もくれないのが何となく不愉快で、ひたすら無言で酒を飲み目の前ある串揚げやら焼鳥やらキムチやらを口に放り込む。
おかげで宴会が終わる頃には、胃が飽和状態になってしまった。
「お疲れ〜」
「二次会行く人〜!」
「行く行く!次はカラオケにしようか」
「レストランでカップルに嫌がらせしよう」
「ソレ、かえって惨めだし」
「私は帰ろうかな。電車なくなっちゃう」
店を出たところで、飲み会続行組と帰宅組に別れる。
「ロロノアさんとかは、どうします?」
「俺は帰る」
ゾロが即答すると女子社員の一人が甘えた声で、しなを作った。
「ロロノアさぁん、送って下さいよう〜」
「あ、ぬけがけ!じゃ、私はサンジさんね」
はしゃいで騒ぎ出すのを、ゾロは無愛想に遮った。
「悪いが、腹下しててな。気分も良くねえからゲロ吐きそうだ」
ゾロが素っ気無いのは皆知っているが、あまりといえばあまりの断り方に女達が唖然とした。
「あ、あのさ…」
「おい、お前も実は用事があるって言ってたろ。同じ方向だからタクシーに相乗りしろ」
取り繕いかけたサンジの首根っこを掴んで否応なしに、ゾロはずんずん歩き出した。同僚の姿が見えなくなると、サンジはちょんとゾロの後頭部を突付く。
「なあ」
「何だ。まさか送りたかったとかじゃねえだろうな」
「や、タクシー乗り場って逆なんだけど」
「…早く言えよ。つうか、何がおかしいんだ」
ぶすっとしたゾロとは対照的に、サンジはにやにやしている。
「だってよ、腹下してるってお前…しかもゲロって。女の子、ドン引きじゃん。社内で結婚したい男ベスト3に入る、クールな男前ロロノアさんのイメージ総崩れじゃねえ?」
「別にどうでもいい。適当な口実並べただけだ」
元より女性に好かれようなどとは思っていない。「それより、お前の家に行こう。大分遅くなっちまったが…明日は休みだし平気だろ」
「え」
今の今まで余裕すら感じさせる態度だったサンジだが、ここへきて俄かに困った表情になった。
「俺んちは……さっき大掃除始めたから引っくり返ってるし。お前のトコにしねえ?」
「あァ?電話した時は、ウチに来いって言ってたじゃねえか」
「そうだっけ。ええとその、男心と冬の空は変わりやすいと昔から申しまして」
歯切れの悪い言い方に、ゾロは訝しげに眉を寄せる。
「来いって言ったからには、お前の事だからメシの準備してたんじゃねえのか。朝食うし、変な気は遣うなよ」
そこまで言われては、サンジも折れざるを得ない。気は進まないようだったが、もはや拒みはしなかった。
だが腹を括ったのでもないらしく、マンションに着くと廊下でゾロを押し止めた。
「ちょっと待ってろ。すぐに片すから」
「散らかってんのなんか、構わねえ。俺の部屋よりゃマシだろ」
「あ、おい──」
サンジの背中を押して、自分も玄関に入る。
彼の部屋には何度も訪れているが、中に足を踏み入れたゾロはポカンと口を開いた。
壁にはキラキラ光る色とりどりのモールが吊り下げられ、窓ガラスには白く "Merry Xmas" の文字が泡みたいなもので描かれている。
テーブルには小さなツリーと多分サンジお手製のクリスマスケーキ。
「えーと、言っとくが…クリスマスパーティしたいとかのお子様趣味じゃねえからな」
言い訳がましくボソボソと後ろで呟くサンジに向き直った。
「それじゃ、この如何にもお祝いしましょう的演出は何だ」
「いやホラ、その…去年のクリスマスは俺……お前にひでえ事したし」
そう言えばそうだったかなと思い出す。ギリシャに行くというサンジに別れ話を持ち出され、クリスマスどころではなかったけれど。「お詫びに、今年はスペシャルなクリスマスをプレゼントしようかなって」
──こいつは全く。
あの事を、サンジは心のどこかでずっと悔やんでいたのだろうか。
ゾロを傷つけたと。いつか、償いをしたいと。
「俺はもう気にしてねえぞ」
「…分かってる」
「お前も気にすんな」
偽りのない、本心から出た言葉だった。
今は手を伸ばせば届く距離にサンジがいる、この至福は全てを補っても尚溢れて心を満たしてくれるのだ。
お前さえ、ここにいれば。
できるなら彼にとっても、自分がそんな存在であって欲しいと願う。

「それに、プレゼントならもう少しアダルトな方向で頼むぜ。お前自身とか」
と茶目っ気を出してウィンクをしてやったら、へったくそ、とサンジが吹き出す。
「ロロノアさんがこんなエロオヤジだと分かったら、女の子ドン引き・パート2だな。いよいよ俺が社内モテ男のトップに躍り出る日も近い」
「お前は俺だけにモテときゃいいんだ」
「わーお、独占欲丸出し。さっきの宴会でもヤキモチ妬いてたしなァ…愛され過ぎるってのも辛いね」
「うるせえ。プレゼントは黙って愛されとけ」
「イブなんだから、メリークリスマスくらい言わせろよ。つくづくムードのねェ奴だ」
くっくっと喉で笑うサンジの体を引き寄せると、ゾロは金髪を指で掻き分けて耳に唇を寄せた。

笑うなよ。
メリークリスマスよりも、もっと伝えたい言葉があるから。

 

 

-fin-
20051223

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