milkyway

 

 



「サンジさんですか?明日までは出張の予定ですけど」
「今日じゃなかったか?」
「先方の都合でずれ込んだんですって」
「そうか、ならいい」
ゾロは人がひっきりなしに出入りする企画開発部の部屋を後にする。
そのまま会社を出て、携帯でサンジにかけてみるが相変わらず『電波が届かない』そうだ。電源を切ってる可能性はまずないという確信がある。よほど辺鄙なところにでも行ってるのか。
電車に乗ったゾロは自宅近辺の駅ではなく、三駅過ぎた所で降りた。十数分歩くとサンジのマンションが見えてくる。一階に入っているコンビニで酒と適当にスルメやナッツ類を買い、合鍵でサンジの部屋に入った。
もちろん不在だというのは分かってはいた。
だが本来なら今日帰ってくる筈だったから会う約束もしていたし、自宅に戻っても暇で──もしかしたら、早く済んで帰ってくるかもと僅かな望みもかけてみた。ちょっと前部署を移動したサンジはかなり忙しいらしいから、万が一にも満たないような可能性だが。
冷酒を飲み、スルメを齧って部屋を動物園の熊よろしくウロウロとする。
出張前に片付けて行ったのかサンジの部屋は整然としていた。雑誌や新聞は纏めてソファの横のラックに収まり、硝子のテーブルの上の灰皿も洗って置いてあるし、流し台も生ゴミなどはなく綺麗なものだ。
主がいないのに、煙草とコロンの匂いは部屋に残っていた。嗅覚というのは下手すれば視覚よりも記憶を鮮明に甦らせる。出張の前に、ずっと使っていたコロンが販売中止になったとかで新しいブランドのものをつけていた。以前のものに比べてやや甘い香りで、何だか変な感じだなと言いながらキスをしていつも通りの煙草の苦味に何となく安堵する気分で肌にも触れて。
ゾロは頭を掻き空になった瓶をテーブルに置き、コンビニの袋を持って部屋を出た。
ここにいるとサンジのことばかり反芻してしまう。やはり、諦めて帰った方がいいかもしれない。
携帯を取り出して再びかけようとしたが、こっちの電池がなくなっていた。普段は滅多に打たないメールをやたら送信したせいだ。
道を外し近所の土手に寄って座り込む。川向こうには公園が見える。春には桜が見事な場所だ。
(たった四、五日なのにな)
知ってるか?
こんなにも、お前に会いたくて仕方ないのを。
いつの間にかサンジはここまで自分の中に入り込んでしまった。必要になってしまった。
一つの業務に最初から最後まで全部関わらなければならない仕事上の都合もあり、どちらかと言えばいつもゾロが待たせる方だった。だがそれだけではなくたまに共に過ごす日もサンジの方が早く起きたし遅く寝た。
知らなかった。待つ方の気持ちなど。
なあ。お前はどんな気持ちだった?
あいつの性格からして、それを苦とは思ってはいないだろうか。

二本目の冷酒を開け口をつける。アルコール分はきついのにどこか円やかな味を喉を過ぎる。
昼の暑さとは正反対に風は冷やりと気持ち良かった。見上げれば通常はあまり見えない星も、今夜は随分と光を放っている。
ぼんやりとしていてふと時計を見ると、一時間ほど経っていた。草の上にずっと座り込んでいて尻が痛くなったので立ち上がる。
「アホマリモ!そこ動くなよ」
──は?
向こう岸に立つひょろりとしたスーツ姿。暗くて判別はつき難いが、声はサンジだった。金髪が夜目に鈍く光る。
サンジは小走りでボロい橋を渡り、ゾロの傍までやってきた。
「まったくてめェは。頑張って早く戻って来たのに連絡つかねェし、驚かせてやろうとお前の家に行っても誰もいねェしよ」
「うちに?そうか…すれ違いだな」
会いたくて仕方ないのは、お互い様だったのだろうか。
「んで帰ってみれば、部屋に酒の瓶だろ。ひょっとしてこの辺うろついてんじゃねェかなあと思ったらアタリだったな。どうかね、サンジ様の明察ぶりは」
芝居がかって得意げに胸を反らすサンジにゾロは逆らいもせず頷いた。
「ああ、おかげで会えたしな」
「ストレートに認められるとかえって嫌な感じだけどよ」
サンジは真面目くさった表情で、「ま、でも運命ってやつか?七夕はとっくに終わっちまったが、織姫と彦星みたいな感じだったろ。天の川を隔てて再会を喜ぶ恋人たち、なんてな」
彼の口数が普段よりも更に多いのは、テンションが高くなっているのも照れ隠しもあるとゾロは思う。
サンジと過ごせるのなら、何でもいいが、しかし。
「一年に一度しか会えないなんてのは冗談じゃねえぞ」
「いや、結構ロマンティックだと思わねえ?久しぶりに会うからこそ燃え上がるもんもあるってことで」
「そりゃ俺たちのこと言ってんのか」
「ふふん。だとしたら?今夜はさぞかし燃えんだろうな?」
挑発じみた仕草でゾロの顎をサンジが人差し指でつ、と撫でた。
「明日休む覚悟しろよ、てめェ…」
「わーこわい。お手柔らかに〜」
怯えても、手加減も望んでもいないくせに、ふざけた素振りでジャンプすると距離を取ってお辞儀してみせる。「どうぞ節度はお守りくださいますように。オトナなんだから」
知るか馬鹿。
こんなに好きな気持ちに大人も子供もあるもんか。
ゾロの内心の呟きを表情から察したのか、サンジはにやにやと笑っている。
「へっへ〜参ったね。お前そんなに俺のこと愛しちゃってさあ、どうすんだか」
「……てめェはどうなんだよ」
「ん?」
追いかけて捉えたいのは俺だけじゃないだろう。それとも、そう思いたいだけか?
サンジはゾロを眺めていたが、しばらくしてやんわりと頬に手を伸ばしてきた。
「OK、ダーリン。言葉が聞きたいか?行動で示す方がお好みか?」
「両方」
欲しいさ。
お前がくれるなら何でも──どんなものでも。

だからまず、好きだって言ってキスしろよ。


了解、と頷く彼から齎される囁きも唇もゾロは受け止める。余すところなく心地良く、その存在と共に。



-fin-
2003.8.1


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