Lovers

 

暑い。


サンジはつ、とこめかみに流れる汗を拭って書類から目を離した。
いつも賑やかなのに、今日は閑散としている企画室だ。普段は密度のせいか出入りが激しいせいかエアコンも大して効いてない気がするが今日は日曜日である。会社に来ている人間も少ないから寒くてもいいくらいの筈なのに、この暑さはどうか。
「っちーなー」
フウ、と息をつきサンジはネクタイを緩めて手で襟元にバタバタと風を送った。ゾロと違って、そう汗かきの方ではないのだが…。
「あ、やっぱ暑いっすよね?」
キーボードを叩きパソコンの画面と睨めっこしていた後輩が手を止めた。「俺だけかと思ってたんですけど」
「暖房になってるんじゃないかしら」
ファイルを纏めていた女子社員も首を傾げる。サンジは席を立つと、壁に取り付けてあるリモコンを覗きに行った。
「設定は二十二度。てことは、酷使し過ぎてついに壊れたかね。ここんとこ平日だけじゃねえし。このエアコン、結構年代モンだしなあ」
「修理会社に電話します?」
「んー」
サンジは数秒考えてから机の上に置いてあった携帯電話を取った。「待っててくれ」
廊下に出ると、更に蒸し暑かった。なまじエアコンの為にと窓を閉め切っているので、外の空気も入ってこない。サンジは窓を細く開け、壁に凭れると携帯を開いた。名前を選べばすぐに相手にかかる。待つほどもなく、耳に馴染んだ低い声が応じた。
「お、寝てなくてラッキーだ」
「…もう昼過ぎてんだろうが」
「いや、お前の場合下手すっと一日寝てるからよ」
「寝るくらいしかねえだろ。無趣味なもんでね」
「あれ?もしかして機嫌悪い?」
「出張からやっと帰ってきたと思ってもろくに会えねェんだから、良いとは言い難いな」
「まあまあ、そんな君に愛しのハニーに会える良い口実を与えてあげよう」
「だってお前、会社じゃねえのか」
「おう、ばっちり休日出勤中だけどよ…ちょっとした危機が訪れてな。無理にとは言わないが、出て来てくれねえか。このままじゃ仕事も進まなくて徹夜だ。そうなったら夜もお前と会えねえぞ。哀しいよなァ」
「すぐ行く」
即答の後、電話が切れてサンジは苦笑した。
言葉通りすぐに家を出たのだろう。Tシャツにジーンズという服装で現れたロロノア・ゾロに、企画室にいた何人かが目を丸くする。
「ロロノアさん、どうしたんですか」
「忘れ物でも?」
「いや…」
「早かったな〜上出来上出来」
くっくっとサンジが笑いながら、ゾロの背中を叩いた。「じゃあ一仕事してもらおうか」
「何の事だ?」
「エアコンがどうもぶっ壊れたみたいでさ。お前、学生ん時そっち方面のバイトしてたって前言ってたじゃん。だから、もしかしたら修理会社に頼まなくても済むかと思ってよ」
「エアコン…?そう言えば暑いな。外と変わらねえ」
「だろ。お前が全力疾走してきたせいじゃねえんだ、これがまた」
サンジは鷹揚に手を掲げてみせた。「皆は遅いランチでも行ってきてくれ。どうにか直させとくから」
部屋にいた者たちを促すように、ドアを開ける。
女子社員の一人が通りがけにサンジに話しかけた。
「ロロノアさんたら、サンジさんに呼ばれると飛んでくるんですね。休みなのに」
「いや、実は俺あいつの弱味を握ってるんだ」
サンジが真顔になる。
「そうなんですか?でもあんな格好、初めて見たからビックリしちゃった」
「何なら、俺の私服姿もお目にかけるよ?今度デートしようね」
ニコニコとサンジが皆を送り出した。部屋の中央に突っ立っていたゾロは、誰もいなくなってから仏頂面で両腕を組む。
「俺の前でいい気なもんだな」
「ジェラシーはみっともないぜ?ただの社交辞令じゃん、気にすんなよ」
サンジとのつきあいはそこそこ長いが、彼の社交辞令はデートからキスから含まれるので油断できない。
「それより、早く直してくれ。暑くてたまんねえよ」
「無茶言うな。だいたい専用の工具もねえんだぞ」
ゾロはぼやきながらも、とりあえずエアコンを調べにかかった。
「フィルターは問題ねえ。中の線が焼けちまってるんじゃねえのか。何にしても、部品が必要だろうから俺じゃ無理だ」
踏み台にしていた椅子から降りる。「呼んでもらって、役に立てずで悪いがな」
「そうでもないと思うぜ」
「あん?」
「暑さも深刻だけどよ。ゾロ禁断症状は、修理屋でも医者でも治せねえからなァ」
へっへ、と笑うサンジをゾロはぽかんとして眺めた。「言ったろ。良い口実だって」
「……お前はまったく…」
この確信犯めと、肩を抱こうとしたら突っぱねられた。
「会社でオイタはいけません」
サンジは人差し指をたて、めっ、と言うように窘める。「皆いつ戻ってくるか分からねえんだからな」
「…生殺しだぜ」
会えたのは嬉しいが、触れられないのは虚しい。
サンジの言うとおり、間もなく企画室のメンバーが戻ってきた。所属は全く違うのだが、手伝えるところはゾロも手伝う事にする。今更家に帰る気もしなかったからだ。修理会社にも連絡を取り、エアコンが復活してからは仕事も捗った。
お疲れーと口々に言い、其々が帰途につく。特にどちらから言い出した訳でもないが、ゾロが電車を降りるとサンジもついてきた。夜の空気は昼の熱気が嘘のようにひんやりとして快い。
「暑かったし、メシはスタミナ中華でも作るか。食うだろ?」
「お前をな」
「やだ、セクハラよこの人」
非難がましく目を見開いてサンジがしなを作った。
「セクハラもするってんだ。どれだけちゃんと会えなかったと思ってる」
「えーと一週間くらい…?けど、出張から帰って来た夜は一緒にいたじゃねェか」
「足りるか。それから二週間会社でしか会ってねえ」
「おうおう、まるで欲求不満の腹ペコオオカミの巣窟に連れて行かれる可哀想な赤頭巾ちゃん状態だぜ。やっぱ自分ちに帰ろうかな」
「だったら、赤頭巾の家に行くまでだ」
「やれやれ」
夜遅くまで開いているスーパーで適当に買い物をして、ゾロのマンションへと向かう。狭い台所に立ったサンジは、鼻唄交りに野菜や肉を取り出した。鍋に火を点け、春雨を袋から出したところで後ろから不意に抱きすくめられる。
「堪え性がねえ奴だなァ。しかも汗臭え。メシ作っとくから、先にシャワー浴びて来やがれ」
軽く向う脛を蹴られてゾロは顔を顰めた。
「てめェ、後で覚悟しとけよ」
捨て台詞紛いのものを投げて、バスルームへとゾロが入っていく。
サンジは手早く下拵えをしてしまうと、買ってきた缶ビールを持ってベランダに出た。最低限洗濯物が干せる程度の狭い空間だが、こうして彼の部屋から景色を眺めるのは久しぶりだ。見渡せる場所にもやはりマンションがいくつか建ち絶景とは言えないが、点々と灯った暖かい色の電気は蛍みたいだなと思った。
「ここか」
ゾロが上半身裸で肩にタオルをかけて部屋から出てきた。「いねえから、どうしたかと思った」
「逃げたかもって?」
「いいや。メシの用意途中で帰ったりしねえだろ」
「まあな。つうか、服着ろ服。ヤル気満々オーラが出てて怖ェよ」
「どうせ脱ぐじゃねえか」
「いつもながら色気のねえこって…蚊に刺されても知らねえからな」
「だったら部屋に入りゃいいだろうが」
腰を抱かれて、サンジは冷えたビールの缶をゾロの胸に押しつけた。
「冷てっ」
「風呂上りの一杯をどうぞ」
もうちょい、ノンビリしようぜ。夜はまだ始まったばかりなんだ。
サンジが微笑むと、ゾロはビールを受け取りつつも拗ねた子供さながらの表情だ。
焦らしているわけではない。ただ、二人の時間をもう少しゆったり味わって過ごしたかった。
「──飲んだぞ」
「んじゃ、メシにすっか?」
「後回しだ。お前が先だ」
「分かった分かった。ビールプレイでも何でも、どうぞお望み通りに」
「どんなプレイだよ」
サンジの台詞に彼もつい笑みを漏らした。
シャツを優しく滑るゾロの掌の感触に、情欲でなく今はまだ安らぎを覚える。

熱く重なり合って溶けてしまう、その前にもう一度。
肌より心がもっと近い、恋人と触れるだけのキスをした。
 

 

-fin-
20040704


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