La.La.La.Lovesong

 

 

彼の背中は、混雑した店内でもすぐに見つけられる。
がっしりとした体を、社会人になって結構経つと言うのにいつまでもしっくりとこないスーツで包んで。胸幅があり過ぎるからなのだろうか、既成の上着はどうしても窮屈そうに見える。それはサイズだけの問題ではないのかもしれないが。
そうっとゾロの肩を叩こうとした時、振り向かれてサンジは詰まらなそうに。
「何だ、驚かす予定だったのに」
「いくつだお前は」
ちぇ、と舌を出すサンジにゾロが苦笑いする。
気づかないフリをしていれば、ワッとでもやるつもりだったのか。
サンジならやり兼ねない。この恋人は、妙に落ち着いた素振りでいるかと思えば一瞬後にはびっくりするくらい幼い行動をやらかしてくれるから。
「悪いな、出るのが遅くなっちまって」
「そんなに待っちゃいねェよ」
ゾロがグラスを空けてテーブルに置いた。「じゃ、行くか」
「おう。そりゃいいが、どこにだ?」
「どこでも。好きな所に連れてってやる」
「えらくサービスいいことで。疚しい事でもあんのかよ」
つんつんと突付かれ、ゾロは顎を掻く。
「こないだのお前の誕生日、出張で会えなかったからな」
「…気ィ使っちゃってよ」
サンジがやや顔を俯かせてくっくっと喉を鳴らした。「まあ、でもこの時間じゃなあ…行ける場所なんて限られてるぜ」
「とりあえずメシ食うか。さっき銀行寄って金多めに降ろして来たし、どっかいい店とか知ってんだろ?お前なら」
「レディ用のデートにいい店なら知ってるけど。極上の料理、静かな音楽、ムード満点でもキャンドルの光にその悪人面が照らされるのはいっそホラーであんまり嬉しくねェ。つうかいい加減カード使えよな、てめェ」
「信用できねえんだ、ああいうのは」
「現代人失格だね」
ゾロが夜の大通りに出るのを、サンジが肩をひょいと竦めて後からついていく。
結局、フルコース料理なんかは要らないとサンジは言い張った。テーブルマナーも知らねェ癖にと冷やかされ、指摘が当たっていたゾロは内心少しホッとしたのだが。ゾロが上品で堅苦しい店などは好まないのを、サンジも十分に知っている。
もともと味に煩いのはサンジの方で、自分は美味い店を自ら探したりする性質では決してない。
ただいくらサンジが料理が得意でも、会えなかった誕生日の埋め合わせなのに作らせるのはゾロが納得できず、妥協案として二人でよく行くラーメン屋で食事は済ませてしまった。コクがあるのに後に残らないのでサンジが気に入っているのだ。炒飯を奢ったのが、いつもよりは豪華だったとも言える。
「な、ここの近くにカラオケあるし。そこ行こう」
外に出るとサンジがゾロの腕を引っ張った。
「そりゃ、今日はどこでも付き合うけどよ…。俺ァ苦手だぞ。知ってんだろ」
「確かにアナタの歌が上手いとは、お世辞にも申しませんが」
戯けた様子なのは、何か画策があるせいか。「今夜は何でも希望を聞いてくれんだろ?俺の誕生日祝いだってんなら、ハッピーバースディの歌を歌ってもらおうじゃねェの。アカペラじゃ聞くに堪えねェしせめて伴奏をつけて」
ささやかと言えばささやかな、子供みたいな望みだ。どの辺りまで真剣なのかサンジはゾロを引き連れ、カラオケボックスの一部屋を取ってしまう。
狭く少し煙草くさい部屋の中に入ると適当に飲み物を頼み、ソファに陣取り横に座れと安物の背凭れをバンバン叩いた。
そして、ハイどうぞとマイクをゾロに差し出す。
「おい…マジで歌うのか?」
さあ歌えと言われて、すぐ歌えるもんでもない。
「歌を捧げろよ。愛しい俺様の為に」
大上段に構えられて、ゾロはどうもサンジが本気らしいと悟った。渋々仕方なく、と言った風情にマイクへ手を伸ばすのを気づいたサンジが睨みつけてくる。
「あァ?何だその不満げなツラは。俺が無理矢理やらせてるみてェだなあ、おい」
そうだろうと感じたが口には出さなかった。ゾロとて当然サンジを祝いたくない訳ではない。しかし、しつこいようだが歌うのは不得手なのだ。
「何なら、俺が先に美声を聴かせてやろうか」
サンジが言うものの、しばらく経ってもイントロは流れない。彼は歌を検索しながらボタンを弄んでいるだけだった。やがて飽きたかの如くリモコンをポイと投げ出す。「──今日はさ。珍しく絶対来いなんて言いやがるから…ちょっと覚悟してたんたぜ」
「覚悟?何の」
「促進部の部長に、ロロノア君はえらく気に入られてんだってな」
「知らねェよ、そんなの」
「てめェらしい」
サンジはフッと息をつく。「娘とぜひとも結婚させたいってさ。結構社内で噂になってるぜ?それも知らねェか」
「…知らねェ」
「じゃあ知っとけ。いいよなあ、美人らしいぜ〜。娘さんの方も社のパーティでお前を見初めたんだってよ。出世コースにも乗っかる訳だ。同性として羨ましいね。よっ、ニクイぜこの女殺し!」
サンジの口調は、さらさらと澱みなく流れ出る。まるで舞台に上がる役者のように、あらかじめ台本に用意されていたもののように。真実味なく。「…そんないい立場なのにてめェは、呑気に誕生日の話だ。嫌がらせのひとつもしたくなるっての」
ゾロはじっとサンジを眺めていた。
「……貸せ、マイク」
「んだよ。もういいって別に。言ったろうが、嫌がらせだって」
「うるせェ。──これ、どうやって選ぶんだ」
分厚いカタログは見たものの、実際の入力の仕方がさっぱり分からない。
「ハッピーバースデイ、か?だったらさっき入れようとして」
「違う」
ゾロは紙面に記されているタイトルを片っ端から読み上げた。
「ええと…『愛されるより愛したい』」
「はぁ?」
「『愛は勝つ』」
「何言ってんだか」
「『ラ・ラ・ラ・ラブソング』」
「あのなァ…かなり似合わねェし」
「『I LOVE YOU』」
「……」
「どれも殆ど知らねェがな、意地でも全部歌ってやる。足りなきゃ、もっと愛だか恋だかの歌探せ。ただし、別れの歌だけは却下だ」
音などろくに拾えないだろうが。
一晩中歌っても喉が枯れても構わない。サンジの不安を少しでも取り除ければいいのにと思う。

きつく結ばれていたサンジの口角がギュッと歪んだ。
「──言っとくが。縋るつもりなんか、ねェぞ」
「俺はある」
こともなげに言うゾロに、サンジは力一杯抱きついた。萌黄の髪に鼻先を埋めた。
そんな彼をやんわりと抱き返して。
「さて…どれから歌うかな」
「イヤ、やっぱコレだけでいい。愛の言葉は、歌じゃなくてキチンと言ってもらわねェとな?」
てめェのヘタクソな歌なんて一曲聴くのがやっとだし、と痞えが取れたみたいに笑ってタイトルを指差すサンジにゾロはキスを落とす。

Happy birthday to you  
  Happy birthday to you
Happy birthday dear Sanji
    Happy birthday to you──

 

叶うなら、毎年こうして傍で歌ってやりたいと小窓から覗く月に願った。


-fin-
2003.3.4


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