heat days

 




「…馬鹿だろ」
「何だと?」
「いや、別に」
独り言のつもりだったが、彼が突っかかってきたのでゾロは急いで首を振る。
「嫌ならなあ、来なくたって構わなかったんだぜ。いや、むしろ来るなって言ったのに押しかけてきやがって。てめェ、この年になって反抗期かよ」
三十八度の熱があるというのにサンジの口は普段と同じで良く回る。
「…下がってないな。おい、インフルエンザじゃねェだろうな?」
ゾロは体温計をテーブルに置き、顔を顰めた。
「だったらてめェは出入り禁止だ、ゾロ。まあ、七度から八度の間を行ったりきたりしてるから…ただの風邪だろ」
「やっぱり、この前三時間も雪ン中で突っ立ってたせいだ」
「いや、あれは関係ねェ。どっちかつーと、あの後裸で寝たのが」
「だから服かパジャマ着ろって…」
「だってお前、あん時は体火照って熱いくらいだったんだって。燃えまくったもんな?てめェが何度もしつこく──もがっ」
「…もういいから寝ろ」
ゾロはサンジの手で口を塞ぐと、溜息をついた。「だいたい、寝込んでんなら早く連絡しろよ」
「るせ。俺は俺で忙しかったんだよ」
「無理した挙句こじらせてんじゃ世話ねェだろ」
旧式な水枕に頭を乗せながらサンジが気だるげに横を向く。
「てめェは文句ばっか垂れてんじゃねえ。恋人の見舞いに来たんなら、黙って看病しやがれってんだ」
「病人の割に元気過ぎるもんでな。…何か食うか?薬飲まなきゃいけねェんだろ。レトルトのおかゆとかアイスとかなら買ってきたぞ」
「鮭雑炊とチョコレートムースがいい」
「そのご注文はメニューにございません、お客様」
ムスッとしてゾロが切り返す。「とにかく食え。何か腹に入れないと回復しねえんだから」
ゾロがキッチンに入り、鍋でおかゆを袋ごと入れて温めるのをサンジはぼんやり見ていた。時折アチッとか小さく呟いている背中しか目に入らないが、きっと不器用な仕草で容器に移しかえているのだと思い、こっそり笑う。
「できたぞ」
ゾロがトレイに丼とスプーンを乗せて持って来た。
「どうでもいいけど蓮華もあるんだぜ、うちは」
サンジがゆっくりと半身を起こすが、動作は緩慢としている。ようやっと起き上がると、あんぐり大きく口を開けた。
「…何してんだ」
「食べさせてくれんだろ?」
サンジが顎を突き出してみせた。ゾロは渋い顔をしたが、食べないよりはいいとスプーンにおかゆを掬い、サンジの口もとへと運んでやる。あまり食は進まず半分も食べなかったが。
「デザート。冷たいモンの方が食いてぇ」
「はいはい」
今日は王様だ。風邪の時くらいはいつもよりも素直に言う事を聞いてやろう。「ただし、アイスだ。チョコ何たらは諦めろよ」
「実はウチには魔法の冷蔵庫がありましてね、ダーリン」
サンジがくくくと不気味に喉を鳴らした。「一番上の棚にある箱を開けてみればあら不思議!スペシャルデリーシャスなチョコレートムースが」
「…お前、熱でおかしくなったんじゃねえか?」
「いいから開けてみろっつってんだよ!」
ふらふらと今にも立ち上がりそうな気配なので、ゾロは分かったと慌てて冷蔵庫を開ける。
確かにそこには、ゾロには名称等はよく分からないものの茶色の洋菓子が入っていた。
「作ったのか」
「おう、昨夜な。俺のハンドメイドだ、美味いぜ〜。お前も一緒に食おう」
「風邪ひいてんのに、こんなことしてっから余計…。だから馬鹿だってんだ」
ぶつぶつ呟きつつ、とりあえずその箱ごとサンジの元へと運ぶ。
「お前今日が何の日か知っててそういう事言うか」
「あァ?」
「いいか、本日はだな。バレンタイン・デーだ!」
恐れ入ったかとばかりにサンジは胸を反らした。「この俺の深〜い愛を受け取ってもらおう」
「…ありがたく」
熱によるものかサンジの瞳は潤んでいる。ゾロは手で彼の温かい頬に触れ、そのまま唇にも触れようと近寄った。
が、サンジが人差し指を立ててそれを遮る。
「駄目だ、うつる」
「──お前のことだから、うつしたくなくて風邪ひいたの言わなかったんだろうけどな」
ゾロは構わずサンジの首根っこを抱え込んだ。
「俺は頑丈にできてるから心配すんな。まあ、今日は…バレンタインとか関係なく俺からも渡すモンがあるし、来たんだが」
ごそごそと取り出した物に、電灯が反射してきらりと光る。
「…鍵?」
「合鍵だ。俺の部屋の。これで雪ン中待ったりしなくて済むだろ」
「てめェまたあんな大遅刻するつもりか」
「そういうんじゃねェって…。ったく、察しろよ」
「分かってて言ってんだ。そっちこそ察しろ。照れんだろうが」
真面目腐った表情で自分を指差して見せる。「ホラ顔赤いし」
「いや、熱あるからだろ」
「ま、お前がどうしてもってんならもらってやらなくもねえ」
「そういう愛想のない言い方されると渡す気がなくなるな」
「ああん?人が下手に出てやってりゃつけ上がりやがって。んじゃ、このチョコレートムースとプレゼント交換だ。これでお前も損はしねェだろ」ムースを差し出してくるサンジはどこまでふざけているのか本気なのか分からない。
「損とか得の問題かよ」
ゾロはふと悪戯めいて微笑んだ。「交換条件なら、俺はこっちの方がいい」
彼の両手が塞がっているのをいいことに、さっと唇を重ねる。
素早く、優しく、確実に。
「詐欺だぞてめェ」
軽く睨んでからサンジは、小さな銀色の光をゾロの掌ごと握りしめた。

-fin-
2003.2.14


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