夢の中へ


 

「さっさと出かけちまえば良かったぜ」
「うるせェぞ、クソ剣士」
通りに店が犇めき合い、忙しげに人が行き交う小さな町。活気はあるが、治安はあまり良く無さそうだった。買出しに付き合わされているゾロは、サンジに渡されるままに大きな紙袋やら樽やらを抱えていた。ふと、鍛冶屋の看板のある店先で立ち止まる。
「おい、刀研ぐつもりだったんだ。ちょっと寄らせろ」
手早くしろよとサンジが釘をさした。
中に足を踏み入れると、口髭のある店主が二人を出迎えた。
「研ぎを頼む」
「今混み合ってるんだ。夕方まではかかるぞ」
主人がくいと指差す方向には、剣が所狭しと並べられていた。
「ああ。仕方ねえな」
ゾロが頷くと、サンジが異議を唱えた。
「おい、食料は早く冷蔵庫に入れなきゃ腐っちまうじゃねぇか」
「しょうがねェだろ。荷物持って先に船に帰れよ」
「アホ。荷物持ちが何言いやがる。ここに刀預けて、一旦船に帰ろうぜ。で、後で刀を取りにくる。それで問題ナッシングだ」
「俺は刀から離れるつもりはねえ」
「このクソ刀馬鹿が」
サンジは呆れたように鼻を鳴らした。「じゃあ、俺がここにいてやるからよ。お前が船に荷物を冷蔵庫に入れてから、また戻ってくりゃいいだろ。それとも船までの道が分かんねェか?」
「んな訳あるか。ほぼ真っ直ぐだったじゃねぇかよ」
ゾロはついやり返して、軽く息をつく。「しっかり番してろよ。すぐ戻るからな」
「ケッ、偉そうに…。迷うなよ」
「誰が!」
荷物を持ち直すと、ゾロは早足で店を出る。 急いだせいか船まではすぐだった。
冷蔵庫を開け、一番空いてるスペースに適当に食料を放り込む。ちゃんと分別して入れるとはサンジも期待していないだろうから、とりあえず全て詰め込んだ。
身軽になったゾロは、船から飛び出すようにして町へと入る。
確か一度だけ曲がったな、と思い足を進めるが見覚えのある通りには出られなかった。
───結局あの店に辿り付いたのは、空が赤く染まり始める頃だった。店の前に煙草を燻らしているサンジの黒いスーツ姿が見える。
「この方向音痴」
息を切らしている剣士に気付き、サンジは意地の悪い笑みを浮かべた。
「うるせんだよ。…刀、研ぎ終わったのか。早かったな」
「ああ」
サンジは言いながら、ゾロに三本の刀を渡す。「オイ、研ぎ賃立て替えてやったんだから返せよ」
だがゾロは答えなかった。
「返事しろ、返事。踏み倒す気じゃねえだろうな」
「…違う」
ゾロは真中の一本を鞘から抜いた。白塗の太刀拵。「俺の刀じゃねえ。気づかなかったのかよ?」
「知るか、そんなの。俺はてめェみたいなマニアじゃねぇからな」
ゾロは嫌な予感を打ち消すように首を振り、店の扉を荒々しく開き中に入った。サンジもそれに続く。
「───刀が違う?」
店主はゾロの見幕に顔をしかめた。「わしは知らん。仕上がったのから、順に置いていったからな。取りに来た客が間違えたんじゃないのか」
「冗談じゃねぇぞ、おい。来た客の身元とか分かるか?」
「さあなあ。今日は特に出入りが激しかったから、客の顔もいちいち覚えちゃいねえよ…」
頼りないその言葉に、ゾロは舌打ちした。店主はゾロの手にある刀を見て、
「お前さんが持ってたのは、和道一文字の贋作だろ。同じ白塗とは言え、間違いようがねぇと思うんだがなあ」
「あれは本物だ」
「何だって?お前さんみたいな若造があんな大業物を持ってるのか。確かに良く出来た贋作だとは思ったが」
店主が目を見開く。ゾロはこれ以上は店主からは何も有益な情報は聞けないと判断した。
間違えたのでないとすれば、意図的に持っていかれたのだという事実を受け入れざるを得ない。
「つまり盗まれちまったのか?物好きな奴がいるもんだな」
サンジの呑気な言い方にカッとなったゾロはその襟首を締め上げた。
「てめェがちゃんと見てねぇからだろうが!」
「何だァ?八つ当たりすんじゃねえよ」
「どうせその辺の女に愛想でも振りまいてヘラヘラしてたんだろ。お前なんかに任せたのが間違いだったぜ」
「あーん?てめェがすぐに戻って来りゃ、こんな事にはならなかったんじゃねえのか。自分の迷子棚に上げて好き勝手抜かしてんじゃねェぞ、コラ!」
サンジがゾロの向う脛を蹴れば、ゾロが応戦するように鳩尾に拳を食らわす。鷹揚な態度だった店主がさすがに腰を浮かせた。
「おい、喧嘩なら外でやってくれ」
追い出されるようにして二人は外へ出る。
そのまましばらく睨み合っていたが、やがてゾロはふいとサンジに背を向けた。
「おい、どこ行く気だ。そっちは港じゃねえぞ」
サンジが声をかけると、ゾロは振り向きもせずに言った。
「刀探しに行くんだよ。この町のどっかにあるのは確かだ」
「つくづくアホだな、てめェは。その辺うろついてたら出てくるとでも思ってんのか?名前呼んだら、自分から出てくるように躾でもしてんのかよ、アア?」
「やかましい。てめェの相手してる暇なんかねえ。さっさと船に戻れよ」
ゾロは苛々と吐き捨てるように言うと、町の中心部へと歩き出す。
サンジは追ってこなかった。
「───畜生」
ゾロが船へと帰り着いたのは、もう真夜中を過ぎていた。店は殆ど閉まっていて人の姿も見えず、捜索にも限界がある。闇雲に探したので、疲労感が全身を包んでいた。
とにかく少し寝てからまた探しに行こうと思った。
盗まれたのが他の二本のどちらかなら、ゾロもここまで必死には探さなかったかもしれない。彼にとってはそれだけ、和道一文字は特別な刀だった。
暗がりの中、男部屋に入るとルフィとウソップ、チョッパーの鼾や歯軋りが聞こえる。明日出発すると言っていたから、ナミが船に戻るように指示していたのだろう。
サンジがいなかったのに気づいたが、どうせキッチンにいるか何かだと思いゾロはハンモックに潜り込んだ。
だがなかなか寝付けず、やっとうとうとしたと思ったら船長が騒いでいて、ゾロは目をこすりながら起き上った。
甲板に出て行ったゾロは、コックが昨夜から帰ってきていないと聞かされる。予定が狂っちゃうわとナミはブツブツ言っていた。
サンジが戻って来たのは結局昼も近い頃である。スーツは縒れっていて所々土埃のようなものがついていた。目の下の隈などで窺える明らかに寝ていないその様子に、文句を言いかけたナミも黙ってしまった。
「あ、すぐ昼のメシ作るし。悪ィ、朝食作れなくて」
「いいわよ…疲れてるんでしょ。寝たら?」
「作ったら寝る」
料理に関してはサンジは譲らない点があるのは承知しているため、ナミもしつこく繰り返しはしなかった。
サンジはゾロとすれ違い様に手にぶら下げていた和道一文字を放り投げるようにして寄越す。もちろんサンジの姿が見えた時から、その手に持っているのが自分の刀だとゾロは分ってはいた。
ただ信じられなかっただけ。
信じたくなかっただけだ。
ゾロが無言のまま受け取ると、サンジは気怠るそうにキッチンへと消える。それを追うルフィとチョッパー。
「じゃ、もう少ししたら出航準備をしましょうか」
ナミは何か聞きたそうな顔だったが、ゾロが男部屋へと入ってしまったので諦めたように言った。
部屋のソファに腰掛けて、ゾロは手に馴染む和道一文字の柄を持ち眺める。
あいつは今まで、探していたのだろうか。
夜を徹して、こんな時間まで。
どこで何をしたのか薄汚れた格好になって。
軽く木が軋む音がして、サンジが男部屋に入ってきた。食事の用意は済んだらしい。上着を脱ぎ、ネクタイを外すと、ゾロなど目にも入っていないかのようにソファへどっかりと身を沈める。
お互い何も喋らない。
あまりに沈黙が続くので、ゾロはサンジが眠ってしまったのかと思った。が、その刹那サンジは口を開く。
「色町に行ったら、怪しげな奴もウロウロしてるからそっちでちょっと調べた。その刀、結構値打ちモンらしいな。売り飛ばされる所だったみたいだぜ」
「…そうか」
「倉庫みたいな所で取引しててよ。俺を見て泥棒とか抜かしやがったぜ」
「ふうん」
「当然、オロしてやったけどな。人数がいすぎて、服が汚れちまった。ったく、おかげでレディと一晩過ごす予定がパァだ」
「…何で」
「俺のせいで盗まれたとか言われちゃ気分悪いしな」
「…それだけか」
「ま、頭に血が上ったてめェじゃ到底見つけられなかったぜ。俺がやらなきゃ仕方ねえだろ?」
「……」
「それ…から…」
サンジの声が途切れたので、顔を向けるとコックは目を閉じて眠りこんでいる。 と、だんだんその体の角度がずれてきて、ゾロの肩のところでサンジの頭が止まった。相当疲れてるのだろうし、ゾロが立ち上がってもサンジは寝続けたかもしれない。
だが、ゾロはサンジの頭をそのまま預けさせていた。
殆ど寝ていないから体もだるかったし、何となく立つのも面倒で。
柔らかい髪が頬をくすぐるのも悪くないような気がして。
眠っているサンジの規則的な呼吸を聞くうちに、妙な安らぎを覚える。
こりゃ俺もかなり疲れてるな。
そう思いながらゾロは自然と目を閉じていた。いつしか夢の中へ。
「──ありがとよ」
普段なら決して言えないような呟きは、実際口に出したかどうかでさえも不確かだった。




-fin-

01.11.7

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