愛でも食らえ



とんとん、と踊るように軽く跳ねる黒いスーツが視界の隅を過ぎっていった。
風が運ぶ砂埃と鉄臭い匂いと、それから僅かな紫煙。
ゾロはどれくらい片付けただろうと周りを見渡すが、霧のせいもあり把握しきれない。
意外に戦いは長引いた。多分敵の海賊もそう思っているのではなかろうか。すぐ隣に中型の船を着けてゴーイングメリー号の乗組員が少ない時を狙ったのは良かったが、残っていたのがゾロとサンジだったのが向こうにとっては大誤算である。
そしてゾロ達にとっては、数もだがこの港に漂う霧と何より飛び道具などの使い手が多くて白兵戦に持ち込み難い状況なのが問題だった。あまりに騒ぎが大きくなって海軍が来たりしてもうまくない。ルフィ達はまだ船に戻ってきてないのだ。
汗と血で少しずれてきた頭の黒いバンダナをぐいと押し上げる。
それを隙と見なしたせいか、二、三人が一気に攻撃をしかけてきた。
飛んでくる矢を避け、ゾロはまず手近な標的を絞り刀を一閃させる。骨と肉を斬る手応え。呻き声と倒れる音。
逃げる人影は甲板の隅へと移動する。のを追い詰めて雪走を構え直して、ゾロは眉を上げた。
「…何だ、ガキか」
嘲りの響きを感じたのだろう、少年はキッとゾロを睨む。
「ガキじゃねえ。俺は一端の海賊だ」
持っていたボウガンを投げ捨て、腰の短刀を振り翳す。
「だったらもっと強くなれ」
すっとかわして刀の柄を少年の背中に叩き込み、甲板に上がってくる新たな敵に向かって移動しようとした。少年が咳き込みつつ叫ぶ。
「殺せよ!お前だって海賊なんだろうが」
「あァ?」
「甘く見やがって。お情けなんてかけるんじゃねえ!」
「…生憎、俺は海賊よりは剣士のつもりだ」
ゾロは何となく嫌な気分だった。少年は金髪で、その言い草も気の強さも自分の知ってる男によく似ている。思っていると、当のコックがつかつかと歩いてきた。
「コラ、マリモ。この忙しいのにサボッてんじゃねェぞ」
「こいつが話しかけてくるからだ」
「へえ」
サンジは少年に向き直る。「おいクソガキ。下っ端ならそれらしく雑用でもしてた方がいいぜ。死ぬにゃまだ早いだろうしな」
「俺はガキでも下っ端でもねえ──」
少年が一席ぶとうとするのも聞かずに、サンジは彼の背中を足で引っ掛ける。そして敵方の船の真ん中辺りにある積荷目指して吹っ飛ばした。藁と麻袋の中に細い体が突っ込むのをチラと横目で確認する。
いい加減相手が悪いと判断したのか、相手は逃げ出す側と向かってくる側に分裂した。
固まってくれればしめたものだとゾロがすかさず残りの二本を抜き、和道一文字を咥え。
「龍巻き!」
ゴッ、と旋風が巻き起こる、かかってきた海賊達が四散する。
数分後漸く、船は静けさを迎えた。
「さすがご立派なもんだね〜、剣豪サマの技は」
砂塵に目を細めたサンジの皮肉っぽい言葉に、ゾロは顔を顰めた。
「そういう言い方、止めろってんだ」
「だっててめェ、海賊じゃねェんだろ。それともただの人殺しと呼んだ方がいいか?」
容赦なく言い捨てキッチンへと入っていくサンジが憎らしく、早足で彼の後を追った。
「何だよ」
サンジが振り向くのと同時に唇を奪う。
「──血の匂いで興奮してんのか。ケダモノが」
「うるせェ」
耳を噛み、腰や背中を乱暴にまさぐった。
「…お気に召さねェらしいな、"人殺し"は。まあ確かに、てめェのは駆逐するだけで何も生まない職業だからな。俺は殺して生かすコックさんだがよ」
「てめェはさぞかし誇りでもあんだろうな」
「当然。なくてコックなんてやってられっか。けど、よお…てめェだってあるだろ?プライドの形なんざ、人それぞれ違うもんさ」
「もう黙れ」
愛撫に息を弾ませている癖に、サンジのお喋りはなかなか止まずゾロを苛立たせた。
「もし、どっかの孤島とかでてめェと俺だけになったら絶対、先に死ぬのはてめェだな。そうなったら捌いて煮込んで、俺の血肉にしてやってもいいぜ?」
本気なのかそうでないのか。
見上げても、サンジの瞳はただゾロを映していた。虹彩に揺らめく己の姿。
「…せめて墓に埋めやがれってんだ」
「アホ。命を無駄すんのは勿体ねェだろうが」
「ルフィや他の奴らでもそうするのか」
「する訳ねェじゃん」
呆れたように言って、ゾロの前髪をきつく掴む。「お前だけは特別扱いだ。ありがてェだろ」
「──特別、ね」
口の端を歪めて笑い、サンジのズボンをもどかしく脱がすと下肢を曝け出した。

「ああ。愛してるぜ?ゾロ」
まこと空虚な言葉で彼はゾロを見事な程残酷に刺して抉る。

おそらくは既にもう、包丁は入っているのだと感じさせられた。
自分は料理され始めているのかもしれない。それを知りながら、寧ろ進んで我が身を彼の前へ差し出しているのだ。
退けばサンジはまず追ってこない。
だからこそ。どんなに肉を切り刻まれても、決して離れられるものかと思う。

ゾロはサンジの中に自身を埋め込みながら或いは侵食されながら、彼と苦いキスを交わした。

 

-fin-

 

[TOP] 2003.3.14

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