時を穿て

 

 

───残り5分。

「てめェらのボスは、絶対イカレてるぜ」
サンジが毒づいた。
だが、相手はサンジの声などまるで聞こえないように黙々と、命令された作業をする。
ネジを締め、外れない事を確認すると、サンジから離れた。
「まあ、用心深いのは確かだな。ああ。臆病なだけか」
サンジが吐き捨てるように言うと、その男は初めて口を開いた。
「負け犬の遠吠えだな」
「アア?てめ、今何つった」
サンジが唇を捻じ曲げて睨む。
「いくら貴様が足掻いた所で、体が自由になる訳じゃない」
その男は下卑た笑いをした。「せいぜい吠えてろ」
サンジの額に青筋が浮かぶ。
「こんな下衆に負け犬呼ばわりされるなんてな…!」
「恨むなら、貴様らの船長を恨めよ。まあ、後5分程の命だ。諦めた方が楽でいいぞ」
射るようなサンジの眼差しに、男はやや怯んで後退る。そして、そそくさと建物から出て行った。

───4分。

「クソ野郎が…!」
喚いてみても。
自分が少々情けない格好であることは、サンジ本人も認めざるを得ない。両手を後ろに回す形で部屋の支柱へ括られ、ご丁寧な石の足枷。
仕上げとばかりに、先刻の男はサンジの腹部に鉄のベルトのようなものを着けさせた。それには時限式の爆薬がセットされており、大変有難くない装飾品となっている。
「最低だな」
独り言を呟き、微かに首を巡らせて窓から見える三日月を眺めた。
寒くて空気が冴えているせいか、まるで闇を切り取ったかのような月は鮮やかな黄色だ。
麦わら海賊団を潰そうとした一味に、まず狙われたナミやウソップをサンジは庇った。頭を何かで強打され、気がつくとこの倉庫のような建物内で柱に縛りつけられていた。襲われた原因が何だろうと、あまりサンジたちには関係ない。結果は一緒だ。
恨むんなら船長を恨めとか言っていたから、故のない怨恨をルフィに抱いていたのかもしれない。最低だとは言いつつ、ルフィを疎ましく思う気持ちは当然の事ながら、なかった。ゴーイングメリー号に乗っているのは、誰に強制された訳でもないサンジの意思。それによって何が起こっても、勿論自身で責を負い始末をつけるつもりである。

───3分。

人質としてサンジを捕らえ、ルフィたちにどんな条件を要求したのかは分からない。何にせよ、もともとサンジを生かすつもりはなかったのだろう。サンジは手首の縄を外そうと試みたが、硬く締められていて一向に緩みそうにない。
縄で手首が擦り切れた感覚はあったが。
「クソ剣士みてェに、ちっとは腕も鍛錬するべきだったかな」
そう呟いてから、あんな筋肉マリモを羨むなんてと我ながら嫌になって嘆息した。
手が無理なら、やはり足しかない。重い石の枷をサンジは見下ろした。腰と膝の辺りもしっかりと太い縄で縛られている。
サンジは歯を食いしばり、ジリジリと太腿のあたりを蠢かせた。
渾身の力を込めると、少しずつ縄が緩んでくるのに勢いを得て、足枷ごとずるずると上へと踵を移動させる。

───2分。

「抜けた!」
サンジは腰から下が自由に動かせるその感覚に、息をつく。
上半身はまだ柱に拘束されたままだが、足さえ動けばひとまず良かった。
反動をつけて足枷ごと、思い切り後ろ蹴りにする。何度か繰り返すと、鈍い音がして柱は折れた。上手い具合に足枷もその衝撃で砕けている。
サンジは折れた柱から、体を引き抜いた。
窓を蹴り、飛び散った窓ガラスの破片で手首の縄を切る。
「問題はコイツか」
サンジは自分の腹にある、爆薬に手をやった。
取れない。
「冗談じゃねえな…」
とりあえず外に出ようと扉を開けた時、さっきサンジに爆薬付きのベルトを装着した男とかち合う。男はぎょっとしたようにサンジを見た。
「貴様、どうやって!」
「俺は奇跡の男なんでな」
サンジはそう言って口角を上げた。「ちょうどいいや。さっきのお礼させてもらうぜ?」
男が慌てて拳銃を構えたが、素早く弧を描く足にその体は蹴り上げられ、落下したかと思うと今度は地面に叩きつけられる。
動かなくなった男を一瞥してから、サンジは首を傾げた。
爆薬を仕込んだのだからさっさと逃げるべきで、こんな所にいつまでも留まっているのはおかしな話だ。だがすぐ木の陰から現れた、萌黄色の髪を見て納得する。
成る程、こいつから逃げて来たのかと。

───1分。

「遅ェんだよ、てめェ」
サンジが鼻を鳴らした。ゾロは肩を竦めて、サンジの腹を指差した。
「何か面白そうなモンつけてんな」
「ああ。てめェの腹巻ほどは、笑えねェけどよ」
「無駄口叩いてるヒマもなさそうだぜ。発火するまで、あと1分もねえみたいだし」
「おー、時計読めたか。スゲエスゲエ。お利口ちゃん」
「殺すぞ」
「どうせこのままだったら、てめェと心中だ」
サンジはポケットを探ったが、煙草もマッチも取り上げられている。
「…それだけは、ごめんだな」
ゾロが刀を抜くとサンジに向き直った。
そして一歩踏み込み、下から上へと刃を走らせる。
僅かでも逸れていたら、サンジの身を削いでいただろう。
だが、剣士の刀さばきは的確で、サンジの腹と爆薬の正に中間を断ち切った。宙に浮いた爆薬を、サンジが受け止め。眼前に広がる荒野へ高々と放り投げる。
「他のヤツらはどうした?」
「ナミが捕まったからルフィが助けに行ってる」
ゾロは刀を鞘に収めて言った。
「ナミさんが?んじゃ急がねェと。あ、煙草買うから寄り道させろよ」
「急ぐんじゃなかったのか」
「口寂しいんだよ、吸ってねェと」
サンジがゾロの顔を覗き込んだ。「キスでもしてくれたら、ちょっとは紛れるかもしれねェけど?」
「何言って…」
ゾロが反射的に身を引くと、サンジがニヤニヤ笑った。
「冗談だ、アホ」
そして、軽やかに走り出す。

───ゼロ。

fin


01.11.27

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