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ミシッと甲板を踏む足音は熱したフライパンに野菜を放り込んだ音にかき消された。
強火でざっと炒めて味をつけ、大皿に移すとサンジはそれをテーブルに置く。さて次は肉だと冷蔵庫へ向かった。予想よりも早く島に着いたので、保存していた食料がまだ残っているのだ。
静かにキッチンの扉が開く。
突如現れた男によって素早く振り下ろされた剣を、冷凍の大きな肉でサンジは咄嗟に受け止めた。
「…ほう、気づかれないように来たつもりだったが。ただのコックじゃねえらしい」
「日常がいささか物騒なもんでね」
何しろ襲撃されなくとも、船長を筆頭とする食糧荒らしや剣士との喧嘩のせいで無意識に反射神経などが磨かれている。
「何の用だ…と聞くのも無粋か。悠長に話する気なら、いきなり斬りつけてきたりはしねえよな?」
「よくお分かりだ。どうせお前はすぐに死ぬんだから、話なんて無駄だしな」
男が合図の如く剣を掲げると、開いた扉から続々と男たちが入ってくる。
「死ぬ?へえ、俺がねえ。そりゃ知らなかった」
サンジはフー、と退屈そうに紫煙を吐き出して。
「ま、何にせよ神聖なキッチンで下衆を捌くのはそれこそ無粋ってもんだな。外でオロしてやるよ」
皮切りに、扉の前に立ち塞がっていた男を蹴り飛ばした。

 


 

「何モンだ、てめェら」
砂煙を派手に立てながら周りを取り囲む男達をゾロは一瞥した。
その連中が放つ殺気に、既にゾロの右手は鯉口を切っている。
「名乗る必要はねえな。ただ、麦わら海賊団を壊滅させにきたとだけ言っておこう」
一本でも重そうなサーベルを右手と左手に構えた大柄な男が、ニヤリと不遜に笑った。
「その六千万の首、戴くぞ。ロロノア・ゾロ」
「賞金稼ぎか?」
「そうともよ。お前らガキどもをまとめて海軍に突き出せば、億を越える金が手に入るって噂だ。やらなきゃ損ってもんだろう!」
台詞と共に男が勢い良く剣を振り回した。ゾロは素早く和道一文字を抜くと、攻撃を受け流す。引き込む体勢になった男の背中をざっくりと斜めに払った。
「ぐあっ…!」
「損か得かを決めるのは、まだ早いんじゃねえか」
挑戦的に口角を上げたゾロに、この人数を相手に生意気なと全員総じて襲い掛かった。

 

銃弾を受け、サンジの体が跳ね上がった。比喩ではなく身を抉られる感覚は痛みよりもただ熱さを訴える。男達の一人が蹲ったサンジの肩を踏みつけた。
「たかが料理人ふぜいが調子に乗るから、痛い目に合うんだ」
サンジは呻いて傷を押さえる。甲板に飛び出した途端、四方から銃撃されたのだ。殆どの弾はかわしたが、避けきれず一発が鳩尾を掠めてしまった。
「観念しろ。なあに、お仲間も先に冥土で待ってるさ」
「仲、間…?」
「麦わらのルフィ、海賊狩りのロロノア・ゾロ、それにニコ・ロビンだったか…。今頃はこの島のどっかで殺されてるだろう。上陸したのが不運だったと諦めな」
くく、という笑い声は男ではなくサンジが発したものである。
男は恐怖と絶望のあまりに狂ったかと足元のコックを見下ろした。
「何がおかしい」
「だって笑わずにいられるかよ。船の担当がてめェらみたいな雑魚揃いってことは、他も大したこたねえんだろ。そんな程度で俺たちを殺そうなんて、ちゃんちゃらおかしいね」
「ふん。撃たれて這いつくばってる癖に、よく大きな口が叩けるな」
「ああ、確かにこれじゃ戻ってきた奴らに俺が笑われちまう。ゴミ掃除しとくか」
サンジは両手を甲板につくと、反動を利用して男の鼻っ柱に目にも止まらぬ速さで踵を叩きつける。

 


 

ゾロが視線を向けると最後の一人は、ひい、と後退りした。
十数人をものの二、三分で倒してしまったこの剣士に敵わないのは、さすがに理解できたようだ。
黒いブーツまでが己の方を向くと、男は哀れなほどに取り乱した。
「お、俺のことなんかより早く船に戻った方がいいんじゃないのか?仲間がいるんだろう」
「いたらどうした」
「麦わらの連中は金になる。狙われてるのは、お前だけじゃないんだぞ」
ゾロは終わりまで聞かず、港へと歩き出す。戦意喪失した相手を嬲る暇も趣味も持ち合わせていなかった。
船といえば、今日の見張りはあのコックだ。とすれば、そう焦る必要もあるまい。焦る必要はないが、どんな敵がいるかは不明瞭なのでゾロはほんの少しだけ、早足になった。
港までの道は真っ直ぐだから、迷うこともなく行き着く。甲板には見知らぬ男たちが溢れていた。銃を持った連中が多いが、数人が固まっているので撃つのも躊躇しているのだろう、銃声は聞こえない。ちょうど中心に見えるサンジは羽交い絞めにされていた。
「よう、クソコック。助太刀してやろうか?」
ゾロの出現にどよめく連中を、片端から薙ぎ倒して中央に進む。
「へっ。頼みもしねえのに、しゃしゃりでてくんじゃねえよ」
サンジは自分の体を押さえていた男の腹を蹴りつけた。男が吹っ飛ぶ。
「おい、クソマリモ。皆が狙われてるらしいぜ。ナミさんとかロビンちゃんとかその他は無事なのか」
「分かんねェ。俺を襲ってきた奴ら片付けて、すぐ船に戻ってきたし」
「どうせてめェじゃ、街探しても迷って誰にも会えねェのがオチだもんな。それとも俺が心配になって守りにきたってか?」
「単に港が一番近かったからだ。てめェがくたばってたら、骨くらいは拾ってやろうと思ってよ」
「お優しいこって。残念ながら、俺ァてめェを殺さねえうちは死なねえって決めてんだ」
「同感だ。こればっかりはな」
二人の会話は、奇声めいたものを上げてかかってくる男たちをそれぞれ相手にしながらだ。
サンジを横から狙った敵をゾロが斬り払えば、その背後に回る新たな敵はサンジが蹴る。
そして目を合わせぬまま、自然とサンジはゾロの後ろに立った。
ゾロもサンジに視線さえくれてやらないが、柄を握り直してふと思う。
戻ってきたのは他にも理由があるかもしれない。
近かったから、というのが九十九パーセントを占めるならば残り一パーセントくらいは。

まあ多分、背中を預かってやる為に。

 

-fin-


2005.6.19 [TOP]

 

 

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