心恋し

 

 

細いかと思えば、結構ガッチリしてた。
さらさらかと思えば、髪の水分は少なくて指を通すとたまに引っかかって切れた。
遠目に見て綺麗だと思った手や指もゴツゴツして荒れてた。

やっぱり現実に触ってみなきゃ分からねェもんだ。けど触っても分かんねェ、あいつは。
意外な事ばっかりかと言やそうでもない。尚、厄介だ。
どんな時でも減らねえ口は予想した通りだった。
俺が一言ったら十返す野郎だ。何も言わなくても五は叩きつけてきやがる。
抱いたって、抱かなくたってあの男は俺に対しての態度は変わらねえ気がした。実際、変わらなかった。
最初は抱くだの抱かないだのは、思ってなかった。
先に粉かけてきたのはあのクソコックだ。理由はよく知らねェ。

気持ちイイから。
男同士だし気楽だろ。
長い航海なら、よくあるこった。

色々言ってた気がするが全部嘘かもしれなくて、本当かもしれない。
どっちつかずだ、全てにおいて。あの男は俺に色んなものを隠してやがる。
俺はそういうのは苦手で、どっちだっていいから正直はっきりして欲しかった。いつか、そのうちはっきりさせてやろうと思ってた。だから。
さっき、港町の酒場でクソコックが俺を見つけて呼んだ時。
俺が店を出て傍に行っても、奴は煙草を咥えたまま黙ってた。
その顔は逆光になっていてよく見えなかったが、大抵喧嘩腰ないつもと違って静かなもんだった。奴のことだから荷物持ちを見つけたとでも思ったか。だったら言やいいのに。気を使うなんて性分じゃねえだろう。
俺は妙に焦れてた。シャツの袖から覗いてる手首を掴んで路地裏に押し込んで首筋に噛みついた。それから手を服の間に潜り込ませて脇腹をなぞり乳首を探し当てたのと、腹にきつい蹴りを食らったのは同時だった。
この動物が場所と時を選びやがれ突っ込めりゃ何でもいいのか寝腐れ筋肉馬鹿とか何とか、クソコックはひとしきり罵声を投げつけていなくなった。
馬鹿はてめェだ。
俺が誰彼にでも、こんなふうにするなんて思うな。
場所も時も、じゃあてめェは選んでるってのか。俺にはとてもそうは思えねェがな。俺が眠かろうが酒飲みたかろうが構わずに、自分の都合でヤるとかやっぱヤんねえとか抜かす癖によ。
八つ当たり気味に考えて、勝手にしろと腹を擦って通りに戻った。
そしたら奴はいかにもチンピラっぽい海賊達に絡まれてて、まあクソコックもガラが良いとはお世辞にも言い難いが売り言葉に買い言葉なのか一触即発ってとこだった。
このアホはすかしてやがる割に短気だからな。どうせ下らねェ事でブチ切れたんだろ。
助太刀してやろうかって俺の台詞も鼻で笑いやがった。
邪魔すんな…か。
気持ちは分かるぜ。苛々してる時にゃ暴れてえだろうし、俺に助けられると思うと気分も悪ィんだろ。俺も逆だったら同じ事言うだろうよ。まったくこんな時だきゃ普段どうにも分からねェてめェの気持ちも行動も理解できるぜ。
でもな、俺も大概ここんとこ鬱屈してんだ。誰のせいだって、引っ掻き回すてめェのせいだ。てめェにも責任はあるんだから、ちったあ分け前よこしやがれ。
──ああ、そうだな。
この道は狭いな。
だが分かる。
俺が刀を振るう範囲に、てめェの黒い足は入って来ねえ。
たまに向こうの奴らが俺を誘うみたいに、そっち側に逃げたとしてもだ。
屈んで、柄を握り直して刃を返して、地面に近い位置で走って。
低く広い範囲に刀を走らせる瞬間も俺は勿論躊躇わなかった。
唸りが聞こえるか。気配を悟るのか。例え、俺に背中を向けてても。
…ほら、飛ぶだろ。

言葉なんか要らねェよな。

再び刀を鞘に収めるまでは、そう長い時間じゃなかった。海軍が来たりして大騒ぎになる前に俺たちは船へ走った。別に示し合わせた訳でもないのに同じ方向に。
ついて来んなとあいつは喚き、大股に早足で歩いた。意図も行動も掴み難い野郎に戻っちまった。
さっき言葉も何も必要ないと感じたのが嘘みたいに俺たちにはすぐ隙間が出来ちまう。だから俺は埋めたくなる。開いた唇も塞いでその体に突っ込んで、こいつの中に俺を流し込んでやりてえ。
言葉なんか余計だ。口じゃ説明できっこねえんだ。こんな気持ちは。

船に戻ったら縛りつけてでもヤッてやろうかと思いつつその白い項を眺めてると、奴がふっと振り向いた。
絡む視線に気づいたらしい。ヘンなとこ神経過敏なんだ、こいつは。
やらしい目で見んなって、てめェに原因があるんじゃねェか。
気まぐれに煽るだけ煽って、そそる。てめェは人の事を鈍感だ何だ言うが、自覚のねえてめえの方がよっぽどタチ悪いってんだよ。
また問答無用で蹴りが来るかと俺は身構えたがあいつは何故か笑っていた。
せっかく久々に二人だけと思ったのに暫く船から出られねェな、と笑っていた。
俺が悪いのか。だいたい珍しくてめェが町中で話しかけてきたりしたからだろうが。
何だってあんな所でわざわざ声かけやがった。

だってお前、と奴がポケットに手を突っ込み一気に距離を詰めてきた。
金色の前髪は何本か血がついている。頬にも点々とついた赤に気づいて、俺が無意識に拭おうとすると、ひょいと手は退けられた。そして近寄る顔。
「てめェが好きだから一緒にいたかったに決まってんだろ?」
言葉と重なった、奴の唇は苦いのに甘かった。
ご満足かと離れる体を俺はもう一度引き寄せた。
ガキに飴をやるように、誤魔化そうったってそうはいくか。これくらいで足りるとでも思ってんなら大間違いだ。そりゃ確かに、これまで聞いたこともないような殊勝な告白だったがよ。
皮切りだ。
こうしてお前から俺に踏み込んだ事は忘れんじゃねえぞ。今更逃げられると思うな。
てめェが得意とする上っ面の、芝居じみた台詞は聞きたくもねえ。

さあ、心の底にある声を聞かせろ。

 

-fin-


 

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