Xmas 19's

 

 


「虚しいよなァ」
冴え冴えと冷たい空気のせいか月は青白く光を放っている。
サンジが大きな溜息と共に言葉を吐き出した。
ゾロの反応はない。
サンジは、胡坐をかきツマミを口に放り込みながら酒を飲んでいる剣士の前にドカッと足を投げ出して座った。
「まーったく、てめェは面白みのねえ野郎だな。ただ黙々と飲んで食いやがって。それ、滅多に出さねェ秘蔵の酒なのによ。ツマミだって手間かけてる事、知ってんのか」
「晩メシの残りじゃねえかよ」
「アホ、ちゃんとツマミ用にアレンジしてやったんだ、クソありがたく思いやがれ。だいたい今夜は特別ディナーだったんだから、残り物ったって普段よりよっぽど豪華だっての」
そうだ。夜の食卓は御馳走だった。明日港に着くという事もあって、サンジは残っていた食材をフルに活用したのだ。
リボンのついた骨付き肉、生クリームやアンチョビソースを乗せたクラッカーなどなど。そして止めには、大きなケーキ。
食に疎いゾロではあるが、ズラリと並んだ皿の中身がいつもより格段に華やかなのは分かった。
「誰かの誕生日か」
と聞いて、ナミが吹き出したものである。
「ま、てめェならそれぐらいしか頭にねえだろ」
料理の仕上げをしているのか、鍋を揺らしながらサンジがせせら笑った。
ゾロはカチンときたが、つい先日自分の誕生日の時にもパーティ料理が並んだという記憶から辿ったのは事実なので、口ごもる。
サンジは鍋の中身を皿に移しテーブルに置くとゾロの方を向いた。
「今日はな、クリスマス・イブだ。知ってるか?てめェみたいな無粋な筋肉バカ一代男にはこれっぽっちも縁のない日だろうけどな」
「何だと、コラ」
さすがにゾロが甘受しかねて、サンジの服を掴む。すると、コックは手に持った瓶をちらつかせた。
「お?そんな態度でいいのかな〜。コレ、飲みたくねえか?酒飲み剣豪さんよ」
ラベルを見てゾロの眉が上がる。以前、酒の種類が豊富な島に行った時に買い溜めした中でも極上の酒。サンジが隠し持っているのは知っていたが、ストッカーや倉庫を探しても見当たらないので、半ば諦めていたのだ。
「寄越せ」
ゾロが手を伸ばすと、サンジが人差し指を立て勝ち誇ったように。
「待て待て、ナミさんについでからだ。焦らなくても酒は逃げやしねえから、大人しく待ちやがれ。おすわり!」
「この野郎───」
「サンジ〜何でもいいから、早く食おうぜ〜」
船長が痺れを切らしたようにテーブルを叩きだしたせいもあり、サンジはゾロの抗議など気にも止めず料理の分配にかかる。
酒も多めに振舞われ料理も豪華なせいか、なしくずしに宴会のようになった。踊るようにはしゃぐ船長、酔いがすっかり回って夢を語り出す狙撃手、響く笑い声。
そして、明日はちゃんと起きてよと言い残しナミは部屋に戻り、ウソップは酔いで、ルフィは満腹で先に眠ってしまった。
テーブルが片付かないという理由でキッチンを追い出されたゾロは、甲板でコック秘蔵の酒を飲んでいた。まさに芳醇そのもので、ゾロにとってはクリスマスなどどうでもいいが上手い酒が飲めるのは悪くないという気がする。
そこにサンジがツマミと新たな瓶を持って現れたのだ。飲んでる時はちゃんと腹に物入れろ、とツマミの皿を置く。キッチンを片付けたので、サンジもようやくゆっくりと酒を味わえる時間になったらしい。
「…で、何が虚しいって」
サンジがあまりにブツブツ言うので、ゾロは仕方なく再び口を開く。サンジは何を今更という顔で、
「だって、虚しいだろ。寂しいっつーかよ」
「だから、何が」
「今夜はクリスマス・イブだぜ?」
「それはさっき聞いた」
「クリスマス・イブだぜ、クリスマス・イブ。聖誕前夜祭。宵祭」
「……だから…」
それがどうした、と言いかけてゾロは諦める。人の話聞いちゃいねえ、このコックは。
「てめェは知らねえだろうけどな」
サンジが両手を広げて憐れむが如くの仕草で言う。「世が世ならクリスマスイブってのはなあ、すげー幸せなもんだろ。いわば恋人たちのフェスティバルじゃねェか。今日ばっかりは一人寝はツライぜ。本当なら美しいレディとワインでも傾けてスペシャルなメモリーナイトになだれ込む筈がよ。何でこの聖なる夜に、俺の隣にいるのはマリモ頭のクソむさい腹巻野郎なんだ…。これが嘆かずにいられるかっ!?」
「黙って聞いてりゃ、このエロコック。てめェがわざわざ横に来て飲み始めたんだろうが!」
「仕方ねえだろ!てめェくらいしか起きてねえんだからよ」
サンジは肩を竦めて、「それに一応はてめェだって若い男なんだし、ちったァ俺の気持ちも理解できんだろ。まさか女に興味がないとかじゃねェよな」
ゾロとて、健全な十九歳の男子なのだ。性的欲求だって人並み程度には持ち合わせている。
「…まあ、な」
だがてめェほど浅ましくオンナオンナと目を血走らせる程じゃねえと続けようとすると、サンジが大きく頷いて手を打った。
「だろー?いや、安心したぜ。てめェは、港に着いてもあんまり色町に行ってるふうでもねえし、こりゃひょっとしてソッチの気があんのかと…」
何が嬉しいのか、ニヤニヤと言う。「で、どんなのが好きなんだよ」
「アア?」
「好みだよ、こ・の・み!細いのが良いとかぽっちゃり型が良いとか、背は低いのが可愛いとか目がデカイのが好きとかよ…あんだろ?」
なきゃ男じゃねえ、とまで言外に匂わしているようなサンジに気圧されて、ゾロはボソボソと喋る。
「別に俺は、そんなにこだわらねェよ」
「つまんねー答だな。てめェに美的センスがないのは分かってっけどよ…。穴開いてりゃ何でもイイって訳じゃねえだろ、いくらなんでも。髪が長いのが好きとかよ、何かねえのか」
「髪は…あんまり長いのは鬱陶しいだろ。あと、化粧が濃いのとか臭い女は嫌だ」
「臭いって、香水だろそれ。まあ、そうやって嫌な部分挙げる方がてめェの場合は早ェんじゃねえか」
「お前はさぞかし好みがうるさいんだろうな。おい、もうちょっとその酒くれ」
「ったく、ザル野郎め。よく味わって飲めよ」
サンジが栓を開けてゾロのグラスに、とぷとぷと瓶の中身を注ぐ。
「で、俺か?俺はな、守備範囲広いぜ。大抵はOKだ」
「さっきの俺の答とあんま変わらねェじゃねえかよ」
「バッカ、違ェよ!俺の場合は、ありとあらゆるタイプの女性との深い経験からだな、レディにはそれぞれ魅力的な点があるっていう結論に達したんだっつーの。ま、それでも俺と付き合いのあったレディは水準が高いからなァ。一般的に言うと点は辛いかもしんねえけど」
「アホらし。どうせ商売女ばっかりだろ」
「何言いやがる!俺のレディファイルを知らねェ癖に。何なら、いつかてめェに紹介してやってもいいぜ。俺のリストは上玉揃いだし、文句は言わさねェ。そうだな、ナチュラルメイクでショートカットで、と。…ああ、やっぱ胸はデカイ方がいいよな?」
「デカイったって化けモンみてえなのはごめんだぜ。手に収まるサイズがいちばん、いや、そうじゃなくてだな!別に紹介してくれなんて頼んじゃいねえ」
「けっ、無理しやがって」
サンジは立ち上がると、手すりに凭れかかって暗い水平線を眺めた。
「俺とイブを過ごしたいと思ってる彼女に申し訳ないよなァ。一緒に居られない罪な俺を許してくれよ…スザンヌ…ナターシャ…シンディ…リネア…ケリー…」
節操のない名前の羅列に、呆れたゾロはただ酒を呷る。
「あーあ、虚しいもんだぜ。クリスマスなんてよ」
結局その結論になるらしい。ゾロは残りの酒を全部飲み干してしまってから、
「そうでもねえだろ」
「あん?」
「俺はそういうの気にするタチじゃねえから、よく知らねえが…クリスマスってのは何かお祝いして皆で楽しむもんなんだろ。てめェが豪華な料理作りゃ喜んで食う奴がいる。馬鹿騒ぎできる仲間がいる。それって、結構幸せなんじゃねえのか。虚しいって事ァねえと俺は思うけどな」
その言葉に、しばらくサンジはじっと剣士の顔を見ていた。
「たまには良いこと言うじゃねェかよ。酒ばっか飲んでるかと思ったら」
「うるせェ」
「確かにな…この船に乗ってんのは、退屈もしねえし悪くねェよ」
呟き、サンジは転がっている瓶を集めた。「さ、明日は陸だ。そろそろ寝ないとな」


島には思ったより、早く着いた。 風と潮の流れが良かったのだろう。
ゾロはクルーたちが町へ行ってしまってから、甲板でうつらうつらしていた。遅くまで飲んでいたせいもあって、かなり眠い。見張りだったのは、かえって幸いだった。金もそんなにないし、町へ行ってもする事がない。だったら慣れた場所で昼寝でもしていた方がいいというものだ。
コックも殆ど寝てないだろうに、買い出しには張り切って出かけて行った。
停泊予定は短い。夕方には出港するとナミの指示が出ていたから、皆それまでには戻ってくるだろう。日差しは暖かく、まどろむにはぴったりだった。どれくらい時間が経ったのか、ナミたちの気配でゾロは目を開ける。
「あら、起きたの。そろそろ出発するわよ。サンジくんがまだ戻ってきてないんだけど…」
ナミがそう言った時、手に荷物を一杯抱えたサンジが歩いてくる。
「どうしたの、ずいぶん大荷物ね。そんなに要るなら、誰か荷物持ちについて行かせたのに」
「イヤ、思ったより色々品物があったしさ。つい欲張っちまって」
ニコニコとサンジが、袋を一旦甲板に置いて中からラッピングされた小箱を取り出す。
「はい、ナミさん。クリスマスプレゼント」
「え、私に?」
「そりゃもちろん。日頃の感謝と愛を込めて」
「うわー、ありがと、サンジくん」
ナミが微笑むと、サンジの顔は更に脂下がる。
「何だ何だっ。食いモンか?」
ルフィが飛んでくるのをサンジが足で押さえつける。
「触んな、クソゴム!それはナミさんのだ。しかも食いモンじゃねーし」
サンジは左手に持っていた茶色の紙袋を、欠伸をしているゾロに押し付けた。
「コレはてめェにだ」
「あ?」
「うおっ、いいなーゾロ!今度こそ食いモンか?」
「違うって」
「なあなあ、サンジ。俺にはー?」
とルフィが口を尖らせると、ウソップも便乗する。
「そうだ、俺にはねえのか」
「この俺が、好んで野郎なんかにプレゼント買ってきたりするか。今から、メシ作ってやるから、それで我慢しろ」
メシの一言でルフィは黙ったが、ウソップは納得がいかない様子である。
「じゃあ何でゾロに…」
それはゾロ自身、サンジに聞きたかった。
「ま、昨夜ちょっと話もしたしよ…。感謝の印って所だ。お前が欲しがってそうなものをと思って、色々吟味したんだからな。ありがたく受け取れよ」
サンジは髭を弄りながらちょっと照れたように背を向けると、食料を持ってキッチンへと入っていく。
「話、ねえ。何か相談事でもされたのか?ゾロ」
ウソップが聞くと、ゾロは何とも言えない表情をした。
「まあ…話はしたけどな」
「わ、綺麗」
ナミが箱を開けて、細いチェーンのネックレスを取り出している。「ねえねえ、ゾロへのプレゼントって何なの?」
「腹巻じゃねえのか」
ウソップの言葉にナミは首を振った。
「でもゾロが欲しがってる物だって言ってたし…刀のお手入れセットとか」
ゾロは二人の好奇の目線を感じながら、がさがさと包みを開く。
あのサンジが自分の為に物を買ってきたというのが、驚きもあり少しは嬉しくもある。
何かゴツゴツしているなと思ったら出てきたのは、数冊の本だった。

『グランドライン美女コレクション』
『激写!グラビアクィーンの痴態』
『高級娼婦館ベスト10』
『月刊エロボーイ』
『アダルトメイト・ローグタウン編』

「クソコックー─────────っっっっ!!」

ゾロが、今日こそはぶっ殺してやると憤怒の形相でキッチンに飛び込んだ。

 

 

-fin-

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