ZAP  #file 8 -side S-  

 

 


一段目はオニギリと漬物。二段目は肉じゃがと青菜のお浸しと和え物。三段目は海老の煮物にオムレツに…。
「──やり過ぎかな」
鶏の骨付き唐揚にリボンを結びかけたところで、俺は手を止めた。
ピクニックに行くのかというような弁当が出来つつあるのを見て、一人気恥ずかしくなる。
多分あいつはそれなりに食うとは思うが…。
このへんにしとくか、と俺は梅干を最後に入れて蓋をした。
ロロノアがマンションのベランダから落ちて右腕を骨折し、入院したのは三日前のことだ。
エースが俺に邪まな気持ちを抱いてるらしいと分かってから、警戒態勢に入ってたものの。見たかった映画のDVDをチラつかされて、ついついエースを部屋に迎え入れちまった。
ロロノアも一緒に来させるつもりだったから大丈夫だろう、との算段を済ませたからこそだ。
だがドアの前に立っていたのはエースだけで、ロロノアは仕事を片付けたら来ると聞いた時にゃ正直目の前が暗くなった。
エースがDVDをセッティングしたりしている間にコーヒーを作りつつ、俺は戦々恐々だった。そりゃもし襲われそうになったら蹴りつけて逃げるつもりだったが、エースも刑事だから武道の心得はあるだろうし簡単に勝てる相手じゃねえ。
ロロノアを待ちながら、あのクソ野郎何て使えないんだアホったれ、と内心ひたすら毒づいてた。
エースは以前食事をした時と同様、友好的に色々話し掛けてきた。
必要以上には俺に触ったりすることなく、ひょっとしたら全部俺とロロノアの勘違いなんじゃないかとすら感じたな。
俺だってそうだが普通に考えれば、野郎なんかより可愛くて綺麗な女の子の方がいいに決まってる。ただの取り越し苦労だったとしたら、それに越したことはない。
それでも万一の可能性も捨て切れず、俺はエースが映画の途中で立ち上がった時ギクリとした。だがエースは相変わらず緊張感のない様子で窓を開けに行っただけ。
ホッと胸を撫で下ろしたが、その窓の方で人の声みたいなのが聞こえた。エースがこっちを振り向き複雑な顔で、何故か壁にへばりついていたロロノアが落ちたと知らせる。
落ちたァ?何してんだ、あの男は。
つーか、帰ってたのか?なら俺の部屋に直行する筈じゃなかったのかよ。
混乱しつつも、とにかく救急車を呼んで病院に連れて行く。落下した場所が植え込みだったのもあり、三階から落ちても腕の骨折のみで済んだのは幸いだったんだろう。あとは腰も打ったらしいが骨は大丈夫だっんだし、頑丈に出来てやがる。
田舎から出てきて一人暮らしの奴を、世話する人間なんかいない。仕方なく、俺やエースが手続きやらに走り回ることになった。
聞いたところによると、どうも俺とエースのことが心配になって部屋を覗こうとしたらしい。だったら素直に来てりゃいいのに、よく分からねェ野郎だ。
昨日見舞い方々行って、何か欲しいもんがあるかと聞いたらメシだと抜かしやがった。病気じゃないのに入院させられてるロロノアは、病院の食事は量的に物足りないと言う。
俺が弁当作りに励んじまったのは、こういう理由だ。
別にロロノアの為だけじゃねえ。自分でも弁当は要るし、ついででもある。
そう思いつつ、自分だけの時よりも明らかに手をかけて作ったのは否定できないので苦笑いが浮かぶ。
やっぱ食わせるヤツがいるってのは作り甲斐もあるし。
それに俺を助けようと思っての負傷なら、ちっとはご褒美でもやるかという気も起こるよな。
あいつの行動じたいはホントにアホだけどな。
俺はナースステーションの看護婦さんたちに愛想を振り撒いてから、ロロノアがいる二〇六号室に向かった。四人部屋だが、今は二人しか入っていない。
病室に入りかけると、ちょうど出てきた女性とかち合った。
「やあ、ビビちゃん」
「サンジさん。こんにちは」
ビビちゃんは、花が咲いたように可憐に微笑んだ。
「出かけるの?」
「ええ。コーザが珍しく外に出たいって言うから。ね?」
と隣にいる頭と両腕に包帯を巻いた男にも笑いかけるが、ロロノアと相部屋のコーザはこっちを見もしないで相変わらず愛想がない。このへんロロノアと似てるよな、こいつ。
こんな美人の奥さんに面倒見てもらえるんだから、もっと嬉しそうな顔したらどうなんだ。二人とも俺より若いし、当然コイビト同士かと思ってたら籍を入れたばかりの夫婦だと聞かされて、少なからずショックだった。
廊下を仲良さげに歩いていく二人の後姿を暫し眺める。
あっちはラブラブな新婚さんで、こっちは何の因果かダチでも何でもない隣人(しかもむさ苦しい男)に弁当持ってきてる身で。
……ちょっぴり虚しくなってきた。
俺は、ブラインドの間から柔らかい光が差す、病室に足を踏み入れる。変な音が聞こえてくるなと思ったら、ロロノアは高鼾をかいてやがった。
虚しさに拍車かけてくれんじゃねェかコラ。
わざとドカドカ足音を立て、枕もとのワゴン式テーブルに重箱を置く。
ったく、大口開けて呑気なもんだぜ。それでも腕の白いギブスはやや、痛々しかった。
弁当置いて帰ってもいいが、この季節は傷みが早いからな。とっとと食わせて、俺も仕事に行こう。
しっかし、ガキくせえツラで寝てやがるな…。
顔を覗き込んだ瞬間、ロロノアがパッチリ瞼を開いた。
数秒間があって奴が、ずざざっと後退りした。
イヤ無理があんだろそりゃ。
お前が寝てるのはヨーロッパの貴族が使ってるような、広々としたベッドじゃねェんだからよ。だいたい病院のベッドってのは、普通のシングルよりも小さいんじゃねェかと思う。ガタイのいい男には狭いだろう。
忠告するまでもなく、すぐに奴はベッドの鉄枠に頭をぶつけて唸っている。しかも反射的に後頭部に手をやりかけてギプスを無理に動かし、更に余計な痛みが加わったみたいだった。
「一人で楽しそうだな」
俺がからかうと、ロロノアは恨みがましく睨みつけてきた。
「てめェがビックリさせるからだろ。何しに来やがった」
「あァ?ご挨拶だな、おい。折角人が豪華な弁当作ってきてやったのに、感謝の一言くらいねェのかよ」
「…弁当…?」
まだ完全に起きてないのか、俺と重箱を交互に眺める。「…ああ。そうか。助かった。昼メシも全然足んなくてよ」
「分かりゃいい。さっさと食え」
つっても、片手だと不自由だな。俺は重箱を開けてやると、ロロノアに箸を渡そうとして…骨折しているのは右腕だったと気づく。
「あんまり聞きたくはねェけど、お前──右利きか?」
「…ああ」
やれやれ。もうちょっと考えりゃ良かったぜ…。
オニギリはともかく、手掴みで食えるようなもんは唐揚くらいしかない。
ロロノアは何とか箸を使おうとするが、片っ端から落として見てられるもんじゃなかった。
「だあっ、苛々させんな!箸寄越せ」
「うるせえ、食える!」
「溢す方が多いだろうが。俺の作ったモンちゃんと食えねェなら、怪我人だろうがぶっ飛ばすからな」
啖呵を切ってやると、ロロノアは渋々箸を返してくる。
俺だって野郎にこんなサービスしたくねェんだ、我慢しろアホ。そして頑張れ俺。
そっから先は「ホラあーんして」の世界だ。
くそう。それこそ何だってこんな新婚さんみたいな…。いや、どっちかってェと産まれたての動物に餌やるような感じってのが正しいな、うん。
奴も不承不承という感じだったが、食うのはよく食った。ちゃんと味わってんのかと不安になるが、美味そうに食うから悪い気はしない。
「…エースは?」
全部平らげてからロロノアが茶を飲みつつ俺を見る。
「エース?ああ、仕事の事は気にすんなってよ。骨の方も、それほどタチ悪い折れ方もしてねえって言うし、すぐ退院できるだろ」
「そうじゃねェ。エースは、あれから何もして来ねえかって聞いてんだ」
あ。それか。
「今ん所は大丈夫だ」
「そうか」
ロロノアは、あからさまに安堵の息を漏らす。そんなに心配したのか。意外に良い奴かもな、こいつって。
重箱に蓋をしながら俺は口角を上げる。と。
不意に、頬が暖かくなった。
何だ何だ何だ。
添えられてるのは、ロロノアの左手。そりゃまあ右手はギプスだもんな、ってそういう問題じゃねェか。
あまりに突飛で、予想外の行動に俺は固まっちまった。
けど、奴も動かなかった。掌で俺の頬を包んだまま、じっと俺を見ている。視線を逃すことを許さないような強い目で。
段々その瞳が近づいてくる。

──やべえ。

本能的にそう感じた俺は、漸く声が出すことができた。
「…何のつもりだ?」
その言葉でロロノアは我に返ったみたいだ。手を離し、やり場に困ったのか首筋を掻く。
「エースが、お前に手ェ出そうとしてんのが何でなのかと思ってな」
「で、俺を観察したってのか」
「…まあな。けど、理由なんて分からねェや」
当たり前だ。
真剣な顔して何考えてんのかと思ったら、そんな事かよ。脅かすなってんだ。
「ホモの気持ちなんか理解しようってのが、土台無理だろ」
俺は重箱を片して立ち上がる。「じゃあ、俺は帰るからな」
「ああ。悪かったな、わざわざ……。美味かった」
出際にボソリとロロノアが言った。
コイツってたまに、こうだよな。妙に律儀っつーか。ついつい、次は何を作るかなんて思っちまう俺も人が好いぜ。
一階の受付で、またビビちゃんに会った。長い綺麗な髪が目立つから、すぐに分かるんだ。
俺を見ると、ぺこっと会釈する。
「やあ、ダンナさんは?」
「喉渇いたから何か買って来てくれって」
「甘えてんだなあ」
「そんな…普段はそんなことないのよ」
言いながら嬉しげで、照れてほんのり上気した顔は本当に可愛い。あのコーザって奴は幸せな野郎だよ。
駐車場に向かう道で、ちょうどその幸せな男の姿が見えた。太い木に凭れて空を見上げている。
冷やかしてやろうかと思ったが、さほど親しくもないし無愛想な男だからな。放っとくか…。
自分の車の方へ向き直ると、ちょうど業者のトラックが駐車場に入ってきた。
コーザが歩き出すのが視界の端に映る。少し坂になった道を、どんどんどんどん足を速めて。
…おい、まさか。
俺の嫌な予感は当たったようで、奴は殆ど走るみたいにトラックに突っ込んでいった。
「馬鹿野郎!」
叫んで走り出す。コーザがハッとして俺の方を振り返った。
俺は跳躍すると、体全体で奴にぶつかる。
衝撃と同時にトラックの急ブレーキの音。
俺たちはもつれ合ってゴロゴロ地面に転がった。
腹這いになりながら、コーザは苦しそうに呻く。
「何で…止めんだよ?」
「あァ?」
「もう手が使えないかもしれない俺が生きてちゃ、ビビのお荷物になるだけだ…事情も知りやしねえのに助けたりしやがって!」
「ふざけんじゃねえ、クソガキが」
俺はブチキレて蹴りつけたいのを何とか抑える。「どんな勝手な理屈があんのか、知りたくもねェけどな。てめェがお荷物どうかはビビちゃんが決めることだ。それに俺はビビちゃんの為にてめェを助けたんだから、お前に文句言われる筋合いはねェんだよ」
ビビちゃんが持ってた缶を取り落として走って来た。
「──コーザ!!」
ほら見ろ。真っ先にお前に飛びついてくんだろうがよ。
こんな健気な子置いて一人で逝っちまうなんてのが、どんなに罪深いか分かりやがれ。そんな悪行は、全女性の味方である俺がまず許さねェぞ。
二人は病院へと戻りかけたがビビちゃんがコーザから離れて俺の方へと来ると、お辞儀をした。
「ありがとう、サンジさん。腕の手術が近いから…きっと彼も神経が参ってたと思うの」
「頑張れよ。大変だろうけどさ」
「ええ。私は何もできないけど…」
しっかりした笑顔だ。手術が成功しても失敗しても、彼女はきっと奴の傍にいるんだろう。
「──おい、大丈夫なのか」
さて帰るかと車のキーを取り出したら、いつの間にか背後にロロノアが立っていた。
「窓から見てたんだ」
「あの二人なら大丈夫だろ、愛があるからな」
「何言ってんだか…」
ロロノアは肩を竦めて、呆れた様子だ。「ったく、てめェは相変わらず無茶な行動しやがる」
ケッ。なーにが無茶だ。自分の事は棚上げかよ。
「うるせー。壁に張りついて、落っこちるような馬鹿に言われたくねェな」
ギプスをわざとつついてやると奴は痛みを堪えて唸り、かなり面白いツラになった。






-fin-

02.8.17

 

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