ZAP  #file 7 -side Z-  

 

 

「お前、何か言ったか」
開口一番。
昼食を終えて自分の机に向かうと、今頃出勤してきたエースが言った。壁に寄りかかりながら腕を組んで俺を…睨んでる、ように見えるのは…多分気のせいじゃねェよな。
「おはようございます」
挨拶は基本で、俺はこの辺りはちゃんとやらないと気が済まねェ性質だ。俺はなるべくエースの顔は見ずに、朝から纏めていた報告書を引出しから出す。
「おはよう」
殊更にゆっくり返してから、俺が座ろうとした椅子にエースはどかっと腰掛けた。「で、俺の質問に対する答は?」下からねめつけるみたいにして俺を見上げる。
怖ェ。口の端は上がってても目が笑ってないぞ。穏やかなだけに余計不気味だ。エースの取り調べは何度か見たが、乱暴な尋問の仕方は殆どしない。巧みな話術、それが通じなきゃ笑顔で容疑者の腕を捻り上げるようなタイプで、かえってストレートに胸倉掴まれて吐かされる方が楽だろうなと傍で思ったもんだ。
ある意味、これも取り調べに近いもんがあるよな…。
「何の話ですか?」
「お、とぼけるか」
「とぼけるも何も、質問の内容が──」
「じゃあ、ちゃんと聞こう。俺がサンジを狙ってるとか、お前があいつに教えたんじゃないかってな」
書類を落とさないように俺は細心の注意を払う。ただでさえエースは俺の様子をじっと見詰めてるし、下手な動揺は見せられない。
「…何でですか」
「そりゃあお前」
エースは大袈裟に両手を広げ、「何度電話してもえらく素っ気ないわ、しばらく仕事が立て込んで忙しいとかで約束も伸ばし伸ばしにされるわでな。この前の土曜日にお前らと別れてから、急にこうなったんだぜ?お前が原因じゃないかって考えるだろ、普通」
「別に俺は直接的には何も言ってねェし…。あいつが勝手に感づいただけじゃないすか」
つうか、もう個人的に電話したりしてたのか。一緒にメシ食った時にはえらく打解けてたし、番号とか教え合ってた気もするが。
「ふうん。つまりお前は、俺の邪魔はしてないって言うんだな?」
エースが確認するように、俺の肩を叩く。
「そりゃ…俺には関係ないし…」
「なるほど」
深く頷き、おもむろに携帯電話を取り出してどこかにかける。「──サンジか?いや、忙しいのは分かってるけどな。──ああ、昨日言ってたDVDが手に入ったから──そうそう。見たいだろ?うん、今夜。時間がない?──でもなあ、借り物だからすぐ返さなきゃならねェし──んん?じゃ、一緒に行くから。おう、いるぜ。代わるな」
俺の方にヒョイと電話を寄越した。…どうしろってんだ。
反射的に受け取ったものの戸惑っていると、課長が怒鳴った。
「ポートガス、ちょっと来い!」
俺に手で軽く合図してみせ、エースは課長の方へ向かう。携帯電話からサンジが呼びかけてるので、俺は仕方なく耳に当てた。
「…よう」
「ロロノアか?」
「ああ」
「お前、今夜エースと来いよ」
俺は廊下に出ると声を顰め、それでも精一杯強い調子で文句を言う。
「てめェ、エースを避けるんじゃなかったのかよ!」
「仕方ねェだろ。俺はあの映画を見たいんだよ」と、サンジはさっぱり聞いたこともないタイトルを挙げた。 「てめェが横にいりゃエースも何もしねェだろうし。協力するって言ったじゃねェか!」
逆ギレしやがった。協力するとは確かに言った、言ったかもしれねェけど…。
「うるせェ、喚くんじゃねえ。とにかくだな」
言いかけた時電話を背後から来たエースに取り上げられる。
「仕事だぜ。──じゃあな、サンジ。後でロロノアと一緒に行くし」
結局俺に拒否権なしかよ。まあ、仕方ねェか…。
「先輩、事件ですか?」
「ああ。ギンが逃げた」
エースは淡々と言ってから、大欠伸をした。

ギンは、この前押え込んだ麻薬売人の取り締めだ。護送途中に逃げ出したらしい。まだ遠くには行ってない筈だと現場にいた警官が話した。エースと共に、怪しい人間を見かけなかったかと近所の聞き込みに当たる。
あまり賑わいのない住宅街だし近辺は警官で固めてるから、奴はすぐに捕まるだろうという予想に反して、意外に手間取った。何しろ留守も多くて情報はなかなか得られなかったし、公園なんかは虱潰しに探したが、ギンはどう気配を消したのか手懸りも見つからない。
長期戦になりそうだなと夕焼けの空を見て思った。
このぶんだと今夜の約束はチャラになるか。そう考えると、ホッとしたりもする。
かなり日が暮れて周囲の視界が利き難くなる頃、パトカーに無線連絡が入った。留守宅のひとつで身を潜めていたギンが、帰って来た住人に発見されたらしい。
「さっさと済ませるか」
エースは拳銃を片手に駆け出す。どうせなら、もう少し長いこと隠れてりゃいいのにと俺は職業モラルに反する事を考えながらその後についていく。
坂の上にギンの姿が見えた。
俺たちを見るとぎくりとして、脱兎の如くという言葉そのままに逃げる。早い早い。逃げ足は一級品だな。
「おーい、止まらないと撃つぞ」
エースが呑気に言ったが、ギンは走り続けた。そう簡単に発砲するとは思わなかったのかもしれないし、実際狙うにも距離がかなり開いている。「よし。警告はしたからな?」
エースがニヤリとした。素早く拳銃を構える、撃つ。その動作にかける時間は驚くほど短い。
そして──ギンがゆっくりと膝をつき倒れる。
「…信じられねえ。まさか、あの距離で…」
足の腱を撃たれたギンは、署に連行されてから手当ての最中もまだブツブツと言っていた。
エースはギンなど全く無視して時計を眺める。
「さーて、後は事務処理だけだな。おいロロノア。通報してくれた住民も待たせてるからな。書類とか、そのへん宜しく頼むぜ」
「はあ」
警察ってのはとどのつまりは公僕で、所謂お役所仕事みたいなのが多い。刑事ドラマなんかじゃそんな場面はやってくれねェが、地味な聞き込みと張り込みの他はデスクワークが殆どなんだよな。
「一人でもこれくらいは出来んだろ?んじゃ、俺は先にサンジの所に行っとくし。ゆっくり片付けて来いよ」
エースは鼻歌混じりに上着を引っ掛けて、さっさと帰ってしまった。
…まさか。
俺と一緒に行くと言えばサンジは警戒しないだろうとエースは踏んでたんじゃ…。で、最初っから俺をどうにか足止めしとく気だったんじゃ…。
いやいや、考え過ぎだよな。いくら何でも。
とにかく仕事は仕事だ、とギンを振り返ったら奴は世にも恐ろしい形相で俺を睨んでいた。
「刑事さん。サンジってのはあの人か」
「あの人って…」
あ、そうか。サンジは、以前こいつに弁当をやったとか言ってたな。けど、ギンが奴の名前まで知ってるとは思わなかった。
「あの穢れない優しさと慈しみを持った天使のように美しい金の髪の、サンジさんの事だな?」
…倒れた時に頭でも打ったのか、こいつは。
金の髪以外は、とてもあのチンピラ探偵にかかる形容詞とは思えない。どっちかってェと、天使と言うよりは悪魔に近いだろ。要するに、ギンはサンジに心酔してるらしい。
「だから何だ?書類作るから、静かにしてろ」
「分かった。俺に協力できる事はなんでもするから、早くサンジさんの元に行ってくれ。大変だ」
「何が」
「俺を撃った、あの刑事さんだよ。あの人は、どうもサンジさんに何かしそうな気がする」
よく分かるな。同じ穴の狢ってヤツかね。
それでも協力的になってくれるのは助かる。俺は早々に書類を纏め、署を後にした。
すっかり暗くなった道を自分でも知らずに急ぐ。
とりあえずサンジに電話してみるかと思ったが、俺はあいつの番号なんか知らないのだと気づく。当然と言や当然で、俺と奴はただの隣人同士ってだけの間柄で。それだけなのに。
……俺は、何焦ってんだ?
歩調を緩めて、無意識に手にした携帯電話をじっと見る。と、いきなり呼び出し音が鳴った。
「…はい」
「お、ロロノアか?今どこだ」
「片づいたんで、帰ってる途中ですけど」
「そうか、えらく早いな。サンジがお前はまだかまだかって待ち兼ねてるから、ちょっと連絡してみたんだが」
誰もあんな奴待ち兼ねてなんかねェ!と後ろの方でサンジが怒鳴るのが聞こえた。
可愛げのねェ野郎だ。
お前が来いってしつこいから行ってやろうってのに。
「ま、サンジが心配なら早く来いよ」
小声でからかい気味に言い、エースは一方的に切った。
──誰が、心配なんか。
あいつがどうなろうと知ったことかよ。
マンションに着いた俺は隣の部屋のドアにちらと目をやったものの、自分ちに入った。
ああまで言われてどの面下げて、サンジの部屋に行けるってんだ。
冷蔵庫から緑茶のペットボトルを出して一気に飲む。走ったり何だりで相当喉が渇いてた。
それから、部屋の端っこに置いてあるソファベッドに胡坐をかく。

気にすんな。

殺されたりする訳じゃねえし、もし何かされそうになってもどうしても嫌なら暴れて逃げりゃいいんだ。エースだって仮にも警察官なんだからレイプに及んだりはしないだろう。
レイプ。
そこまで考えて頭がくらくらする。
男だぞ?
恋人でも何でもない友人ですらない、しかも野郎の身を何で俺が案じなきゃいけないんだ。アホらしい、まったく。
気にすんな気にすんな。
俺は自分に言いながら、テーブルに置きっぱなしになっていた酒の瓶を開けると直接口をつけて飲む。
…俺が行かなかったら…あいつは困るか?
もしかしてこれは責任放棄、か?
突然サンジの部屋の方から音楽みたいなのが聞こえてきて、俺は思わず耳を欹てた。ここの壁は結構薄いし音が伝わる。
映画がどうとか言ってたから、それかな。俺を待ってると言いながら、間がもたなくなって二人で見ることにしたのかもしれない。
って、だからいちいち反応すんなって俺。
映画見てる間はエースもちょっかいなんか出さないだろう。いや、そうとも限らねェな。画面に気を取られてるサンジの奴を後ろから、ガバッと。
だから!そんな寒気を催す想像してどうすんだ…。
こっちが静かだから、余計に神経が向こうに行くんだよ。テレビでも点けるかと思ったが腕は動かず、その代わり俺は立ち上がっていた。
気にすんな、気になんかならない、気にしてたまるか。
呪文みたいに活用形を頭で唱える。唱えつつ、俺は窓を開けた。

──気になるんだよ、畜生。

ベランダとも言えないお粗末な手すりがあって、それを掴むと首を可能な限り伸ばす。サンジの部屋は窓は空いてるがカーテンが半分以上引いてあって、よく中が見えない。
こんなにまでするんなら、素直にあいつの部屋に行ってりゃ良かったんだ。
けど今更、それも出来なかった。中の様子が大丈夫そうなら、それだけでいいんだからと俺は変な理屈を組み立てて、向こう側の手すりを持ち上半身を移動させる。
夜だし人通りもないから良かったが、壁に張り付いたようなこの状態は泥棒か何かと間違われても文句は言えない。
「……蒸し暑いな。もっと窓、開けるか?」
エースの声がしたかと思うと、どんどんこっちに近づいてくる。俺は慌てて自分の部屋に戻ろうとした。が、思考と行動が噛みあわなかった。手を滑らせて、掴むものは何もない。
カーテンの陰から顔を覗かせたエースと目が合った。

うわ、わ、わ!

叫んだかどうかも自分では分からない。
そう言えばここは三階だったと思うのと、落下したのは同時だ。
植え込みに落ちて唸っている俺の耳に、エースとサンジの会話が入ってくる。救急車を呼ぶかとかどうとか。
とりあえず今日のところはエースがサンジに手出しするのは阻止できたから責任は果たした、と妙な達成感を抱き。
俺は暗闇に意識を預けることにした──。

 

-fin-

02.7.31

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送