ZAP  #file 6 -side S-  

 

 


さらりと肩まで落ちる、艶やかな黒い髪。印象深い大きな瞳には知性が溢れている。抜群のスタイルで、真っ白なスーツを着こなすその女性──ニコ・ロビン。できれば仕事以外で会いたかったなァ。
俺はオープンカフェの一席を陣取って、隣にある画廊の窓から見える彼女の姿を眺めた。カード型のデジカメに、彼女と話をしている奴とのショットを時折収めつつ。
画廊から出た彼女は、スーツと同じ白い帽子を被りカツカツとヒールを鳴らして颯爽と歩き出す。人込に紛れちまうと困るから、俺は手早く清算を済ませると少し距離を取って彼女の尾行を始めた。背が高くて目立つほどの美女だから、つけるのはそんなに大変でもないかな。
そう思ったのも束の間、ちょうど上映時間が終わったのか目の前の映画館から人がわらわらと溢れてくる。今日は土曜日だし人出も多い。
やべ。ちょっと距離縮めねェと。
俺は足を速めたが、さっきまで見え隠れしていた白い帽子を完全に見失ってしまった。前は変な男の騒動に巻き込まれちまって会えずじまいだったから、今日からは気合入れるぞと思ってたのにな、クソ。多分、遠くには行ってねェ筈だ…どっかの店に入ったのかな。人通りが途絶えた道まで来て、俺は足を止める。
この辺を探してみるかと煙草に火をつけた瞬間。
「誰かお探し?」
低い落ち着いた声に、俺はぎくりとした。
気配を感じさせず近づいた彼女に驚いた表情は見せないようにしたつもりだったが、誤魔化せたかどうかは怪しいもんだ。
「…いいえ、レディ」
「隠さなくていいのよ。私を尾行してたんでしょう」
「貴女ほど美しい女性なら、確かにこの世の男たちのすべてが後をついて行きたくなると思います。けど俺はストーカーにはなりたくないんで」
「犯罪じゃなくても、人をつける仕事はあるわよ。警察とか探偵さんとかね」
「勘違いですよ」
…参るな。年齢も俺より結構上だろうし、性格も、かなり強かな感じで。簡単には逃してくれそうにない。
「まあ、あなたが否定するならそれでもいいわ。でもね、私は一人で行動したいのよ」
不意に彼女は俺の顔に指を添えると、ぐっと顔を寄せてくる。
至近距離になって、強めの香りが俺の鼻をくすぐった。シャネルのエゴイストプラチナム。爽やかで神秘的な、彼女によく似合う香水だ。
と、そんなことを冷静に考えてる余裕がなくなる。
あー、瞳に吸い込まれそ。綺麗な女性ってのは、もうそれだけで反則技みたいなもんだよな。
しゅっ。
彼女が手にした小さなスプレー容器から気体が出て、しまったと思った時には吸い込んじまってた。
「じゃあね」
にこっと可愛く微笑んで、彼女は俺から離れると歩いていく。俺もすかさず追おうとしたが、眩暈がして足がふらついた。
やられた…。
そうきつい作用じゃないが、麻酔みたいなもんだろう。
俺は思わず壁に手をつく。
「──おい、しっかりしろ」
どっかで聞いたような声がした。
同時に腕をきつくつかまれ、その痛みにぼんやりした頭が多少覚醒した気がする。
「…エース…んで、こんな所に」
エースだけじゃない、ロロノアも側にいた。どうもこいつらは仕事ではセットらしい。
「俺たちは聞き込みの途中だ。それより、大丈夫か?ロロノア、ハンカチでも濡らしてきてやれ」
エースが俺の体を抱えるようにしながらベンチに座らせる。俯く俺の視界に、ロロノアの走って行く靴だけが入った。
「寝心地は良くねェだろうけど、横になった方がいいかな」
「大したことねェよ。構わないでくれ」
深呼吸を繰り返してるうち、気分も段々良くなってくる。
「遠慮すんなって。知り合いが具合悪そうにしてたら放っとけねェだろ。…お前見かけたから、こないだの礼もちゃんと言っとこうと思ったんだが」
エースが俺の横に座る。「さっき一緒にいた女、仕事関係か?」
「…いや」
「ああ。情報は簡単に漏らせないんだな、探偵さんは」
軽くいなし、ポンポンと俺の背中を叩く。「ただな。あいつは、あんまり関わらない方がいい」
「彼女について何か知ってるんなら、教えてくれ」
「教えてもいいけど」
エースは上目遣いに。「タダじゃなあ…?」
「あんた、刑事の癖に金でも出せってのかよ」
俺が呆れて目を丸くすると、エースは喉の奥でくっくっと笑った。
「そうじゃねえよ。金なんかより、もっと価値のあるもんだ」
な、んだよ。そう真剣な顔で耳に口近づけなくたって聞こえるっつーの。いつの間にかエースは俺の肩を抱き寄せていた。「メシ頼むよ」
「──え?」
「お前のメシ。美味かったし、忘れらんねェんだ」
身をすり寄せてくる。腹減ったでけェ動物だぜ、まるで。ムサイ野郎に懐かれても嬉しかねェんだけどなあ…。
それでも料理をここまで誉められると、嬉しいもんだ。探偵やってなかったら、俺は間違いなくコックになってたくらいの料理好きだからな。
「だから食わせてくれよ。ロロノア込みでも良いし」
「ロロノア?別にあんな奴関係ねェだろ」
どうもあいつは訳分からねェんだよな…。こないだも珍しく素直にご馳走さんとか可愛いこと言いやがったかと思ったら、急に愛想なくなるし。愛想が良いロロノアってのも気持ち悪いが。
「メシくらい別にいつでも…。暇な時なら」
「本当か?やっぱお前、いい奴だなァ」
ギュウッと手を握ってくる。いや、だから男に…。
「で、彼女の事──うわ!」
いきなり首筋に冷たさを感じて、俺は飛び上がった。
「冷やした方がいいんだろ」
いつ背後に立ったのか、ロロノアがムスッとして俺の首にタオルを当てている。
「唐突なんだよ、てめェは!」
「えらく元気じゃねェか」
「こらこら、じゃれんなって」
エースはタオルを俺の額に当てなおす。「もう平気か?立てるなら、家まで送ってやるよ」
「いや、いいって」
「気にすんな。どうせ俺たちは今日はもう上がりだ。ロロノアもついでだし乗ってけ」
「ついで、すか」
「嫌なら電車で帰れ」
「そういうんじゃなくて…」
何だかロロノアの奴は不満げに口の中でモゴモゴ呟いてやがる。
どっちにせよ、今日はもう彼女を追うのは無理だ。俺はエースの好意に甘えることにした。
ロロノアのボロ軽と違って、エースの車は実に乗り心地が良かった。鼻歌混じりにハンドルを握っていたエースが、信号待ちの時に振り向く。
「──ニコ・ロビンは、表向きはある企業の社長だが、この界隈の女王的存在でな。後ろ暗い奴らは名前聞いただけで震え上がるくらいだったんだ。自分じゃ、なかなか手を汚さないから逮捕もできなかったが、つい一年ほど前に仕事は辞めたとかで今は悠悠自適らしい。担当だった奴は、まだ裏で何かやってるんじゃねェかと怪しんでるけどな」
「あんな綺麗なおねーさまがねえ…分かんねェもんだな」
けど、肝は据わった雰囲気だった。
「どんな仕事か知らねェが、あの女にはあまり近寄らない方が身の為だと思うぜ」
マンションに着くとエースは運転席から顔を覗かせて、にいっと歯を見せた。
「じゃ、今度な。サンジ」
「ああ」
エースが行ってしまうと、ロロノアは聞きとがめたように眉を寄せている。
「おい、今度って何だ」
「ん?またメシ作ってくれつってたし、その事だろ」
「またって…マジか?」
「何だよ、お前も食いたいのか。だったらエースにそう言って──」
「アホ、そうじゃねえ」
ロロノアはますます険悪な顔になって見られたもんじゃない。元が悪人面だからな、こいつは。「…止めといた方がいいんじゃねェのか」
「何で」
「何でってこともねェけど」
ロロノアはガシガシと頭を掻く。煮え切らねェなあ。こいつ、こんな性格じゃねェと思ってたんだけどな。色々考えて喋るタチじゃねェだろ。「──気づかねェか?エースが…やたら、てめェに触ったりするの」
…はァ?
ええと…まさか、それはそういう意味なのか?
そりゃまあ、何かくっついてくんなとは感じたけどよ。
「──おい…メシ食わせるって、約束しちまったぞ」
俺まで食うつもりだったらどうしよう。
「知るかよ」
「てめェの先輩だろうが!何とかしろよ!」
「関係ねェだろ!だいたい、てめェに隙があるから狙われたりすんじゃねェのか」
何言ってやがんだ、こいつは!俺が悪いような言い方しやがって。
エースは確かに良い奴だとは思う。話も面白いし、こないだだってキチンと片付けて帰ったし、友人にするには好ましい男だろう。けどなァ…。
「まさか、ホモだったなんて思わなかったぜ」
「あんまりそういうの関係ないんだってよ。人を好きになんのに、男も女もないそうだ」
一理あるなと言いたげなロロノアの向う脛を、俺は軽く蹴飛ばしてやった。
「痛ェな!」
「他人事だと思って呑気にしてんじゃねェ。俺の身にもなりやがれ」
俺はどうしたもんかと煙草をふかしながら、足踏みする。「おい、俺はしばらく忙しいって言っとけ。とにかく二人っきりにならねェようにしねェと…しかし、あいつは結構押しが強いしな…。いよいよとなったら、てめェ助けろよ」
「何で俺が…」
「うるせェ。こうなったら、一蓮托生、死なば諸共だ。隣人がホモに狙われてんだぞ、ちったァ協力しろ。いいな?」
俺はガシッと奴の両肩を掴んで、睨みつける。
「…分かったから…離せ!」
ロロノアは焦ったように俺の手を払い除けた。
こんな奴でも、いないよりゃマシだろ。
ああ、それにしてもなあ。人生色々あるもんだ。女の子大好きなこの俺が男に好かれるなんて、悲劇以外の何物でもない。
俺が溜息をつくと、ロロノアは横でもっと大きな溜息をついていた。




-fin-

 

02.7.16

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