ZAP  #file 5 -side Z-  

 

 

エースは、マンションの前で既に待ち構えていた。
まだ予定の時間にはなってない筈だが、エースはそういう点結構几帳面なんだろう。
荷物を抱え現れた俺たちを見て、ちょっと意外そうに眉を上げる。
「よう。何だよ、二人して買い出しか」
「荷物持ちに連れてっただけだ」
サンジが鍵を取り出し、自分の部屋の扉を開ける。「とにかく作り始めるから、入ってくれ」
奴に続いて、俺も袋を持って部屋へ足を踏み入れる。エースの視線が痛い気がした。
「ん?ロロノアも一緒に食うのか」
「構わねェだろ?沢山作るつもりだし…」
「ふーん。まあ別にいいけどな。こいつ一人だと、どうせカップラーメンかコンビニ弁当だろうし。それも哀れだ」
サンジとエースは好き勝手に会話してやがる。
ここに俺の意思はないのかよ。
荷物だけ置いて帰ったっていいんだが、サンジが変に縋るような目付きで見てるから、俺は指示された通りに食品を袋から出していく。まあ、こいつが人見知りするほど繊細とも思えねェが、ほぼ初対面の奴と二人で食事ってのはあまり気は進まないんだろう。つっても俺とサンジだって仲良い訳じゃねェけどな。
「ゆっくり作ってくれよ?できる事あったら手伝おうか」
エースは台所に立つサンジの手元を肩越しに覗き込んでいる。
「いや、いいって。一応お客さんだし、座っててくれよ」
料理に集中しだしたのか、奴はえらく素っ気なかった。エースがリビング(と言うほど立派でもない)に来て座り込むと持っていた紙袋から瓶を何本か取り出した。
そして、来い来いと俺を手招きする。
「土産に、いい酒買って来たんだ。どうだ?」
台所から持って来たのかグラスを並べて、その二つに白く濁った酒を注いだ。俺はそれをありがたく戴く。喉が渇いていたせいもあって一気に飲んだが、美味い酒だった。
「お、イケル口だな。けどもうちっと楽しんで飲めよ」
エースは苦笑して、部屋を見回した。「しかし、男の部屋にしちゃあキチンとしてるよな」
サンジの部屋に入るのは初めてだが、既に物が散乱し始めている俺の部屋と違い整頓されていた。小さなガラステーブルが真中に置いてある他にも、パソコン机と書類用のキャビネットもあって住居と仕事場が一緒になった感じだった。女のパートナーもいるみたいだから、ちゃんと片付けてるのかもしれない。
「──ホラよ、お待ちどおさん」
皿を何枚か器用に持ったサンジが次々にそれをテーブルに置いていく。
「こりゃ本格的だな!美味そうだ」
エースが感嘆するのも無理はない。
俺は料理なんかさっぱりで名前も分からないのが殆どだが、揚げ物から煮物から綺麗に盛り付けられた皿や鉢にはやっぱり感心してしまう。
「アレもコレもやってたら、つい多く作りすぎちまったかな」
サンジが頭を掻きながら言う。エースがどれだけ食うかを身をもって知ってる俺は、それが杞憂に終わるに違いないと知っていた。
予想通り、エースはいざ食事が始まると実によく食い、飲んだ。
「頼み込んで作ってもらった甲斐があったな」
と味を絶賛し、香辛料の話を聞いたりしてサンジの気を逸らさない。もともと話題が豊富なんだろう。俺とは正反対だ。
と、急にエースがガクッと頭を垂れた。
「何だ?どうした」
「…寝てるぜ」
俺がエースの髪を引っ張ろうとしたら、パッと顔を上げる。
「いや悪ィ。美味いモン食えたし腹一杯になって、つい寛いじまった」
「あんた、ヘンな奴だなァ」
「退屈しない人間だとは言われるぜ」
ニコニコと愛嬌たっぷりでサンジへ親しげに酒を勧める。会話も弾んで、すっかり打解けちまったみたいだ。俺も久々にちゃんとメシらしいものを食えたし、まあ良かったのかなとまで感じたりする。
料理でも面目を施し、サンジは珍しく上機嫌だった。…ちと、上機嫌過ぎるな。
「カーッ!マジ美味いな、この酒。お前も飲めエース」
エースにしなだれかかるようにして酒瓶を傾ける。目指しただろうグラスには入らず、テーブルにぶちまけた。
「あーあ。しっかりしろよ」
エースが苦笑して、えーとタオルか何かないかと呟きつつ立ち上がった。サンジの奴はこぼれた酒には目もくれず、瓶から直接飲み出す。俺はそれを取り上げた。
「おい、もう止めとけよ。飲みすぎだ、てめェ」
「あァ?俺ァ喉が渇いてんだよ!」
目が据わってやがる。
「これでも飲んどけ」
ミネラルウォーターのペットボトルを渡すと、サンジは洗礼の如く俺の頭に水をかけた。
「てめェ、何しやがる!」
「うるせえ、こんな水みたいなモン出しやがって。騙されるかよ!」
「誰も騙してねえ。それは水みたいじゃなくて水だ」
「んー?」
まじまじとラベルを眺める。「水だ。こりゃいいや」
何が可笑しいのかゲラゲラ笑い出した。
…酔っ払いの相手はまともにしてらんねえ。
「何でお前、ビショビショなんだよ」
洗面所に行くとタオルを探していたエースが、一枚投げて寄越す。俺は顔と頭を拭いた。
「ぶっかけられたんですよ…。ったく、タチ悪い酔い方しやがる。変な酒だったんじゃないでしょうね」
「度数は高いが、そんだけ純な酒だぜ。けどアイツ、ビールとかも一緒に飲んでたしな。そのせいじゃねェか?」
ちらりと向こうを見ると、当のサンジはいつの間にか眠っていた。「隣の部屋にベッドがあったな。運んでやるか」
エースがさっさとリビングに引き返し溢れた酒を手早く拭くと、サンジの体を抱え上げた。俺は濡れてしまった襟首の辺りもガシガシと拭いていたが、エースがなかなか戻ってこないので少し気になった。タオルを放り出し、隣の部屋へ行く。
エースはベッドに横になったサンジに上半身を覆い被さるようにしていた。
「…何やってんすか!?」
我ながらビックリするほど鋭い声だった。
「ん?」
反してエースは緊張感のない様子だ。「いや、何かボソボソ口の中で言うから耳寄せてたんだ。寝言かね」
肩を竦めて部屋の出口、つまり俺の方へ向かってくる。
「いくら狙ってても寝込みを襲ったりしねェよ。こいつの料理に劣らず美味そうだけどな」
……。
………今、何か、聞き捨てならない事を言わなかったか。
聞き間違いか、それとも冗談だ。多分。確認を取るのも空恐ろしい気分だったが、俺は言葉を発していた。
「──先輩。何かの冗談…?」
「何がだ?」
年上とは思えない、キョトンとしてあどけない表情でエースは俺を見返す。
「いや…狙うとか…美味そう、とか」
「冗談なもんか。俺は本気だ」
うわ。
ホモだ。ホモがいる。初めて見た。
俺が余程驚いた顔をしてたのか、エースは至極真面目に。
「そんな固まんなくても、特に男が好きとか誰でもいいとかじゃねェから安心しろよ」
…それは安心していいもんなのか?
「お前なあ、人を好きになんのに性別なんか関係ねェんだぜ?」
キッパリ言われて、俺の方が間違ってるような気がしてきた。
「そりゃ…個人の自由かもしんねェけど」
「だろ?」
エースは言いながら、食器やらを片し始めた。
「あー、触んなくていいぜ。お前、間違いなく割りそうだ」
俺が口も手も挟む間もなく、ぽかんとしている間にエースは流しで食器を洗う。慣れた手つきだった。全部洗い終えると酒の入っていた袋に空の瓶を入れる。
「ま、とりあえず俺ァまだ仕事が残ってるから帰るわ。今日は顔つなぎだけのつもりだったし」
「え」
「課長に明日までに揃えとけって言われてた書類が、まだ出来てねェんだ。挨拶も出来なくて悪いが、サンジに宜しく言っといてくれ」
黒い帽子を被ると、エースはニヤリと口の端を上げた。「襲うなよ?」
「馬鹿言わないでください」
顔を顰める俺の肩をエースはポンと叩いた。
「お前ら仲悪そうで意外と良いしな。念のためだ」
鼻歌を歌いながら、エースはマンションに横付けしてあった自分の車で行ってしまった。
とにかく目の前で見たくもないホモの口説きは見ずに済んだと、ホッとする。
自分の部屋に帰ろうと思ったものの、鍵が開けっ放しになるかと再びサンジの部屋に入った。万が一泥棒でも入って俺に八つ当たりされちゃかなわない。
自分を狙ってる輩がいるとは露知らず、奴は呑気に寝息を立てていた。
「おいこら、起きろ。すぐ寝てもいいから鍵かけとけ」
揺さぶっても、サンジの奴はムニャムニャ言うだけで目を開かない。さっきのお礼も兼ねて水でもひっかけてやろうと立ち上がった時服の袖を掴まれた。
「ん…ごめん…」
殊勝な言葉に起きたのかと思ったが、寝言みたいだ。唇を半開きにしたまま寝てやがる。
にしてもなあ…まさか、エースがこんなチンピラ野郎をね…。
痩せ型だが、どう見てもきっちり男だぜ。骨張った手も。髭だって。
不細工だとは思わねェが、綺麗とか可愛いとかそんなんじゃねェだろう。
さっき買い物に行った時、ちらっと可愛いと言えなくもないツラしてたが、あれはどっちかってえと動物とか子供が可愛いってのと似てるんじゃねェか。
さらりと金髪が流れた。
電灯に照らされて白い肌が余計に白く見える。ああ、このへんなら。色っぽいとか、そういう要素が探そうと思えば、あるかもな。
髪も柔らかそうだと思って触ってみたが、意外にパサついていた。それでも指どおりは結構いい。…本当に微かに、香りがした。
シャンプーなのか柑橘系の爽快な。
──近づくと、強くなる匂い。
唇は乾燥していてちょっと痛々しく、潤してやりたくなる。
口の端に少しさっきの白っぽい濁り酒がついてて…まるで…。
「……」
待て。おかしいだろ、今の発想は。
第一、 俺は何してるんだ。
無意識にサンジの髪に鼻先を埋めていた。その姿勢のままピタリと動きを止める。エースだって寝込みを襲ったりはしなかっただろ。
このままじゃホモにも劣る。いや、差別をするつもりはないが、俺は真っ当で正常な男だ。
けど──こいつとキスしたことはあった。
初めて会った日こいつの仕事に付き合わされて、カップルに見せかけやり過ごす為にキスを。あの時は勿論それだけの意味で、でも感触は良かったのは覚えて…ってそうじゃねえ!
俺堪ってんのかな…。それにしたってこんな男に。
こんな……。
突然、電子音が鳴り響いて仰天した俺は飛び退いた。
心臓が飛び出るかと思った。
能天気な音楽は、サンジの服のポケットに入ってた携帯電話からだ。前後不覚に眠り込んでいたはずのサンジが、ガバッと起きると電話に出る。
「はいっ。…あ、ナミさん?いや、寝てないよ」
髪を掻き乱しながら、電話の相手には見えやしないのに大袈裟な身振りだ。俺は大きく息をつくとリビングに戻る。このまま帰っちまうかと玄関で靴を履いてると、背中をギュッと踏みつけられた。
「てめェ、散々食い散らかして帰ろうってのかよ。それにエースはどうした?」
電話のせいか完全に覚醒したらしい。俺が奴の足を掬ってやるとバランスを崩し尻餅をつく。
「てめェ!」
「人を足蹴にしやがるからだ。エースは仕事が残ってるからってもう帰った。ちゃんと台所も片付けてな」
台所へと首を伸ばし、サンジはへえと意外そうだ。
「お前の先輩ってえらくキッチリしてんなあ。友達になりたいタイプだ」
……向こうは友達以上になりたいみたいだけどな。
言いかけて、止めた。アホらしい。仲を取り持つ気もないし、馬に蹴られるのもごめんだ。
「とにかく文句ないなら、俺は帰るからな」
「おお、帰れ帰れ。俺だって仕事が入ったんだ。てめェの相手なんかしてられっか」
いつものサンジに戻っている。さっきみたいな事よりゃマシだけど、これはこれでむかつくな。いや、だが。一応これだけは言っとかねェと自分が気持ち悪い。
「美味かった。ご馳走さん」
…何でそんな真ん丸い目をするんだよ。俺が礼言うのがそんなに驚く事かよ。が、次の瞬間。
「──今度はお前の好きな料理、作ってやってもいいぜ」
いきなり、はにかむように笑う。こいつ、またこんな顔しやがって…。
マズイ。
俺は咄嗟に踵を返してドアを閉めた。愛想のねェ野郎だなと奴が向こうから乱暴に蹴る音が聞こえる。
マズイ、マズイって。
よく分かんねェけど、非常にマズイ気がする。
当分あいつとは関わらない方がいい気がする。

それは確信に近かった……。





−fin-


02.7.5

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