ZAP  #file 4 -side Z-  

 

 

何でだ。
何でこうなった。
いくら自問しても分からなかった。
目の前の男にそれを聞いても、明確な回答は得られないだろうな。熱心に品定めをしてるこいつは返事さえしないかもしれない。
「…ナツメグはあったよな。久々にブーゲガルニから作って…そう言やアンチョビも…」
俺には全く意味のなさない単語をブツクサ並べては棚から瓶や袋を出したり戻したりしている。突然、丸い頭がこっちを向いた。
「なあ、エースって洋食の方が好きなのか?」
「知るか」
俺は無愛想に肩をそびやかす。「何でもいいから、早くしろ」
「うるせェな。折角人が食材選びしてんのに」
「何だって食うだろ、あいつなら。にしても男にメシ作ってやんのがそんなに楽しいかね」
「別に楽しいってワケじゃ…」
サンジは照れたように顎を掻く。「ただ人にご馳走すんのなんか久しぶりだしなァ。つい腕を揮いたくなっちまって」
だからって、俺がこんな買い物に長々と付き合わなきゃならねェ道理は何処にあるんだ。
そもそも…いや、大した発端があった訳じゃない。エースがサンジの食事が食べたいと言い出し、実際に約束まで取り付けたせいで。その仲立ちをしたのは確かに俺だから、文句を言うのは筋違いかもしれないが…。
構う必要なんかなかったのに。サンジとエースが仲良くしようが知ったこっちゃない。勝手に連絡でも取らせりゃいいものを、つい口を出しちまった。トラブルメーカーなこいつと食えねェエースを放っとくと、何か厄介事が起きそうな気がしたんだ。それに約束を取り付けるったって、そう簡単に話もつかねえだろうしとタカくくってたらすんなり纏まっちまったんだよな。
俺が昼頃エースの事を伝えに行ったら、こいつも驚いてたけど。
「マジだったのか、あいつ。けど何だって俺が殆ど会った事もないようなヤツに、メシ作ってやらなきゃならねェんだ」
寝起きらしかったサンジは最初不平たらたらだった。
場の流れでメシを食わせてやるとか言ったものの、現実になるとはあまり考えてなかったんだろう。俺だってそうだが。
「とにかくエースはその気になっちまってんだよ。そうだ、これ」
と材料費にと預かっていた札を数枚見せると、サンジの態度はそれこそ現金に変わった。
まあバイトだと思えばいいか…とか呟いて、しっかり金は受け取りやがった。あげく、
「材料買いに行かねェとな。てめェの先輩の為に食事を作るんだから、荷物持ちしろよ」
──で。今、むさ苦しい男二人してスーパーに来てるって訳だ。
「エース、俺らとそんなに年変わらねェよな。だったらやっぱり洋風か…うーん」
「何をそう悩んでんだ」
業を煮やして俺が聞くと、サンジは大きい目を更に見開いた。
「だってお前、和食好きだろ?」
は。何で俺だ。
ってのが、顔に出たんだろう。サンジは、急いで続ける。
「当然お前も一緒に来ると思ってたけどな。エースと俺って初対面みたいなもんだぞ?レディならともかく、そんな野郎と二人っきりで何話せってんだよ。少しでも知った顔がいる方が気も楽だし」
それにてめェだって晩飯浮くし一石二鳥だろと付け足す。
しかしな。エースがそれで納得するかどうかは問題が違うんじゃねェか…。
「こないだの朝飯なんかとは比べモンになんないくらい美味いの作ってやるから、期待してろよ」
そう言うとサンジは、にかっと笑ってみせた。
料理が趣味なんだろうし、それを披露できるせいか浮かれているような感じだ。多分誰が相手でもこんな風になるんだろうな。女だったら、尚喜んだかもしれない。
何かっちゃぶつかるし張り合って口喧嘩ばっかしてたから、まともな笑顔なんて見たのは初めてだった。
無邪気っつーか…いや、そんなんじゃねェか、けど。
へぇ…そんな顔も…すんのか。ふーん…。
「おい、ちゃんと持てよ」
話し掛けられてハッとする。俺は持っていたカゴを取り落としていた。
サンジは不思議そうに俺を見たが、すぐに買い物を再開した。
それでも結構時間はかかって、店を出たのは夕方近い。とても一食分とは思えないほどの荷物を持たされる。調味料の瓶や酒やら詰め込んであるので、意外と重くて袋が破れそうだった。
「あんまりノンビリ作ってる時間ねェな」
サンジが時計を眺め呟いた。「てめェに手伝わせるか…イヤかえって邪魔になりそうだ」
悪かったな。ウチは旧家ってヤツだったし、男が台所なんかに立つもんじゃねェって育てられたんだよ。
反論しかけた時、一人の女が通りにあった家から飛び出してきた。
「──け、警察を呼んで!」
おろおろしながら、俺の上着に縋りつく。年は…三十前後か。
「落ち着け。どうした」
俺は曲りなりにも刑事だから、何か事件だとしたら所轄外とは言え放っておくわけにはいかないしな。
「大変なの、娘が…」
半泣きの女(というか母親か)の話はなかなか要領を得なかったが、どうやら空き巣とかち合って娘が人質になってしまったらしい。
近くの交番に連絡を取り警官を要請しておいてから、俺は中の様子を窺うために庭に足を踏み入れる。
「近寄るな!」
痩せた男が窓から姿を覗かせて喚いた。五歳くらいの女の子を抱き体にナイフを当てている。女の子は泣き出した。「静かにしろ、このガキ!」
男の腕は震えて、興奮状態だ。下手に刺激すんのは不味い。
「分かった」
俺は軽く両手を上げてジリジリ後退していく。
応援はまだかとチラリと背後に目をやり、サンジの姿がないのに気づいた。
先に帰ったのか?けど、荷物は置きっ放しだ。
…嫌な予感がする。
それを裏付けるように、ガシャンとガラスが割れる音。振り返ると男が落ち着かない風情で窓から首を出した。
「何のつもりだ!こいつを殺してもいいのか!?」
女の子の腕をぐいと引っ張った瞬間、声が上から降って来る。
「レディは大切に扱うもんだぜ」
何をカッコつけてんだ、あの馬鹿は。
俺は溜息をつく。それに、いつの間に木に登ったんだ?
ギョッとして上を見上げた男の顔に、サンジが勢いをつけて飛び降りた。男が呻き、地面に叩きつけられる。
駆けつけてきた警官たちに事情を話し、気絶してしまった男を引き渡す。サンジは、しゃくりあげる女の子の頭を撫ぜていた。
「お嬢ちゃん、もう泣かなくていいよ。大丈夫だから。な?」
浮かべてる微笑みと同じ、優しくて柔らかい口調だった。いつものガラ悪いチンピラ喋りが嘘みたいに。
そして軽く女の子の背中を叩くと、腰が抜けたように座り込んでる母親の所へ促す。
「──んじゃ、帰るか。肉や魚が悪くなっちまう」
サンジが、オラ持てよとスーパーの袋を寄越した。早足で歩き出す背中に、一言くらいは言ってやらねェと気が済まない。
「素人が調子に乗んじゃねえ。人の命がかかってんだからな。冗談事じゃねェんだぞ」
「俺ァ、正義の探偵さんだからな」
「何言いやがる。無事だったから良いようなものの、もし人質に何かあったら…失敗するとか思わなかったのかよ」
「物事にリスクは付き物だぜ」
奴はふふんと顎を反らす。駄目だ、こいつと俺じゃ所詮物事の捉え方が違う。「さっさと片付けねェとせっかくの材料が腐っちまう所だったし。それこそ冗談じゃねえ、勿体無い」
「それかよ」
俺は呆れて首を振る。「その割にあの女の子は大事そうに…」
「幾つでもレディはレディだぜ。怖い思いを長引かせるなんて可哀想だろ?」
勝手な理屈だとは思う。あんな無茶なやり方して…たまたま運が良かっただけだ。
「やべー、マジ時間押してるな。急げ、ロロノア」
脹脛を革靴で蹴りやがった。
「痛ェな!」
睨んでも、奴は普段通りヒネた面構えをして憎ったらしく口角を上げている。さっきの笑ったとこなんかは、ちったァ可愛げもあったのに──いや、可愛いったって元が元だから、マシに見えるってだけの話で。
何で俺はこんな弁解してんだ…。
「エースがもう来てるかもしんねェぞ」
そうか。今日はこれからまだ鬱陶しいメインイベントが待ち構えてるんだった。
頼むからどうか何も起こりませんように。
俺は虚しくも願わずには、いられなかった。

 

 

-fin-

02.6.27

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