ZAP  #file 2 -side Z-   前編

 


瞼を閉じていても押し寄せてくる朝日の眩しさ。
何か良い匂いがする。出し汁か何かの…。
やっぱ日本人の朝食は味噌汁に飯だよな。俺はどうもパンって駄目なんだ。食うのは食うけど、メシとしてはいまいち物足りねェっつーか。
結婚するなら、朝は味噌汁を作ってくれる女がいいな。 ちゃんと亭主より早く起きて朝食作って、優しく起こしに来る。古臭いと言われようが、それは外したくねェ。つうか、これ夢か。夢だな。昨日から一人暮らしの俺の部屋に味噌汁の匂いが漂うなんてのは、夢でなきゃ怪奇現象だ。
「起きろ、メシできたぜ」
…どうせ夢なら、もうちょっと女らしい言葉遣いの嫁がいい。
まだ眠りの中に身を預けていた俺は唸るような声を上げ、体を捩った。
「なあ…」
掛け布団を剥がされそうになるが、俺はその温もりを手放したくなくて。布団にかけられたその腕ごと半ば無意識に抱きかかえる──。
途端、背中にかなりの衝撃を受けた。
「何しやがんだ、この変態野郎!」
「ってェ…」
瞼を擦りながら俺は、眼前にある物の正体を確認する。
──誰だ、こいつ。
年はあんまり俺と変わらないか。薄い無精髭が顎に残ってて、俺に比べると細っこいその体を包む黒いスーツ。金髪で目付きの悪い男。俺のことを睨みつけてるから余計に目付きが悪いんだが。こんなチンピラくさいヤツ、俺の知り合いにはいない。だいたい昨日田舎から出てきたばかりで…いや、待てよ…昨日?そう言えば、昨夜こいつと初めて会って──こいつ、名前何だっけな。
「てめェ、このサンジ様を襲おうたァいい度胸じゃねェか。やっぱりそのケがあったんだな!」
「違う!俺は、ただ寝ぼけて…」
「あーっ、もう。半裸の野郎に抱きつかれるなんて、朝っぱらからクソ気色悪ィ。見ろ、鳥肌立っちまったじゃねェか」
サンジ(そういやそんな名前だった)は自分の腕を摩っている。
そう、昨夜だ。探偵だか何だかをしているこいつの仕事に巻き込まれて、殆ど寝ないまま朝方俺の部屋に帰り着いたんだ。自分の部屋から締め出されたこいつも何だか面倒になって泊めてやって…つっても、ほんの二、三時間ほどか。パジャマ代わりのジャージを貸してやったら俺は着るものがなく、Tシャツなんかを探すのも面倒で服を脱いでそのまま…布団に潜り込んだのかどうかさえ覚えていない。俺は時計を見て、起き上がった。
「そろそろ出ねェと…」
昨夜の事情は署に連絡はしておいたが、なるべく早く来いと言われたしな。
ゴソゴソと服を探して身につけ洗面所に行こうとすると、折たたみ式のテーブルを広げて茶碗や皿を並べている奴の姿が目に入った。
「朝メシ食ってけよ。一日の基本だぞ」
「これ…お前が作ったのか?」
「ああ。冷蔵庫何もなかったから、コンビニまで走ってな。さすがに食材は揃わなかったけどよ。野菜とかもなあ、高い癖に質悪くて参るよな。乾燥モンとか油揚げも売ってたから、まだ良かったけど」
それにしても、料理などまったく作れない俺からしてみりゃ奇跡みたいなもんだ。時間はあまりないものの、目の前で湯気を立てている朝食の誘惑には勝てず俺は座り込んだ。
「美味いな」
食べ始めてから、俺は思わず言う。するとサンジは当然という顔をしながらも嬉しげな様子で、
「飯の味、さっぱりしてんだろ?梅干ちょっと混ぜて炊くんだ」
飯もだし、豆腐の味噌汁だってインスタントじゃなく、ちゃんと作ってある。ベーコンエッグくらいしか名前はよく分からないが、他にも煮物なんかまであって…正直、驚いた。
「料理得意なのか」
「ナメんな。俺は調理師免許も持ってんだぜ」
「探偵じゃなかったのかよ」
「俺は万能なの。今度、ちゃんと材料揃えて豪華な飯作ってやるよ」
一人暮らしになったら、当分家庭料理なんてものには縁がないだろうと考えてたけどな…。俺はつい時間も忘れて三杯ほど食ってしまった。
箸を置いた俺は、オホンとわざとらしく咳払いをする。泊めてやったとは言えこれだけ手間かけてくれたんだし、礼のひとつくらいは言っとかねェと。それに俺ばっかりだ、食ったの。
「いや、ごっそさん。何か悪かったな…」
「気にすんなって。世話にもなったしよ。料理作ってやんのは、かえって俺は楽しいぐらいだから」
「けど、色々買わせて…あ、その味噌とか米とか、俺多分腐らせちまうし…お前持って帰れよ」
「おいおい、米くらい炊けよ。ちゃんと食わねェと駄目だぜ」
「イヤ、作れねェんだって」
「それに、俺の金で買ったんじゃねェし」
「──何だって?」
俺は自分の耳を疑った。サンジは悪びれもしない風情で言う。
「お前の財布から必要な分だけ出してな。しっかし、コンビニで米やら買うもんじゃねェな。すんげー割高」
慌てて財布を見ると札が明らかに減っている。一緒に買い物のレシートも入ってた。
「てめェ…泥棒みたいに勝手に人の金使いやがったのか」
「泥棒だと?てめェが食う分作ってやろうとしたんだから、てめェの金で買うのは当たり前だろうが!ま、煙草も一緒に買ったけどよ。それはその、駄賃みたいなもんだ」
「駄賃てワンカートンも買ってんじゃねェかよっ」
「一流レストランのシェフに勝るとも劣らない、この俺様の手料理が食えたんだぞ。ありがたく思いやがれ!」
逆ギレして噛み付いてくるサンジ。
こいつは…こいつは、何て言ったらいいんだ。思考が俺の常識の範囲を遥かに超えている。
「生憎だが、さっきてめェにちょっとでも感謝したのを心の底から後悔してんだよ…」
俺は深く深く息を吸い込んだ。「出てけ、このチンピラ探偵っ!!」

 

まったく冗談じゃねえ。
署に到着しても、俺の腹立ちはなかなか収まらなかった。
悪気はなかったのかもしれない、確かに飯は美味かった、けどなあ。ああ畜生。もう、止めだ。あんな奴の事を考えても仕方ない。
「やっと来たか、ロロノア」
部屋に入ると、早速スモーカー課長の厳しい声が飛んできた。すいません、と言おうとすると課長は鷹揚に手を振る。
「重役出勤の男がいるからちょうど良かったかもしれんがな」
「は」
「あー、そいつっすか?新入りって」
何とも緊張感のない声がした。椅子と机を掻き分けてやってきたその男は俺の体をボディチェックさながら素早くポンポンと叩く。
「そこそこ鍛えてあんな。んん、OK」
フムフムと頷くと、右手を差し出した。「ま、ヨロシク頼むわ」
「…俺の財布返してください」
握手には応えず仏頂面で言ってやると。
男はニマッと口元を緩ませて、ポケットから黒い財布を出す。課長が相変わらず苦虫を噛み潰したかのような表情で男を睨みつけた。
「ポートガス。新人をからかうな。あと、部屋の中ではその暑苦しい帽子を脱げと何度言ったら分かる」
「何、軽いテストさ」
ポートガスと呼ばれた男は肩を竦め、「それに俺の帽子よりあんたの首元の毛皮のがよっぽど暑そうだと思うけどなァ…」
「上司をあんた呼ばわりするんじゃねえ。もういいから、さっさと外に出て担当する仕事について教えてやれ。てめェのツラ見てると血圧が上がる」
課長は苛々と葉巻をふかしながら、椅子に踏ん反り返った。
「おー怖。んじゃ、行くか」
俺の背中を軽く押してポートガスは歩き出した。俺も昨日みたいにたしぎに荷物の整理をさせられるよりは仕事の方がまだいい。ポートガスはさっさと手近にあったビルの中のレストランに入っていくので、俺もついて行く。
「ひとまずここで昼飯でも食ってから──あ、名前まだ聞いてなかったな。何つうんだ?」
「ロロノア・ゾロです、ポートガスさん」
「言い難いだろ?エースでいい」
俺より年齢は確実に上だろうに。そばかすの浮かぶ顔は妙に幼い、それでいて鋭い瞳の不思議な雰囲気の男だ。まったく世の中には色んな奴がいるよ…。
「そんじゃ、ロロノア。出会ったよしみだ、何でも好きなもん食え。お前の奢りだからな」
「俺の!?」
普通、こういうのって先輩が奢らねェか。俺の驚きなど意にも介さずエースはぬけぬけと続ける。
「俺、今苦しくてなァ。後で適当に領収書切ってもらやいいだろ」
悪徳警官め。善良な市民を敵に回すような事を平気で言いやがって。
俺はどんどん心細くなる財布の中身を思うと、溜息を抑えられなかった。
今日はよっぽど、たかられる日らしい……。




 


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