ZAP  #file 26 -side S-



やっぱネクタイはこっちだな。
シャツがストライプだし、柄物を合わせるのはなかなかにセンスが必要なんだ。まあ俺の場合素材がいいからよ、何着ても決まるんだけどな。参っちまうぜ。フフフーンフン♪
「おい」
ベルトは、スタッズのついたヤツは駄目だ。本皮のシックな…お、あったあった。ちょっと渋いかな。でも今日エスコートするのは大人の女性だし。釣り合うダンディさがねえと。フンフンフフーン♪
「おい!」
頭部を鷲掴みされたかと思うと、ぐりっと回された。
「痛ェな!人形の首みてえな扱いすんじゃねえよ」
ゾロを睨みつけてやったが、負けず劣らず険悪なツラで睨み返される。元々人相が悪いのに輪をかけて、厳つくなっていた。
「無視しやがるからだ」
「仕事に行く準備で忙しいんだよ、俺ァ」
「何が仕事だ。鼻歌なんざ歌いやがって、どうせあの女と会うから浮かれてんだろ」
む。バレたか。
「や、仕事なのはホントだぜ?こないだお前も聞いてたろ、ロビンちゃんが俺に依頼したいって言ってたの」
「ああ、それで急に呼び出されて、てめェはうきうきとデート気分で出かけるんだよな。非番の俺を放っといて」
「何だよ、ジェラシー?」
冗談混じりで冷やかしてやったが、ヤツは下唇を突き出してますますむくれた表情になった。
うーん、マジかよ。
あのなあ、キャラを考えろって。お前みてえなゴツい岩石面が拗ねてても可愛くも何ともねえどころかキモいんだからさ。──普通は。どうも最近俺の視覚や感覚がおかしくなってんのか、変にいとおしくなっちまうのは暑さのせいかね。
「…なるべく早く帰ってくっからよ」
恋人というよりは子供に対するように言って、ゾロに軽くキスをした。
野郎相手にしちゃずいぶん優しくなったと思うね、我ながら。
こんなのはゾロ限定だけどな。
……もしかして俺、今もンのすげー恥ずかしい事を考えた気がするんだが…気がするだけだよな、うん。

 

 


「ごめんなさいね、突然で」
約束したレストランに行くと奥まった席に案内された。淡いブルーのスーツを着たロビンちゃんは相変わらず知的で美しい。
「いえいえ〜ロビンちゃんのお呼びなら、いつだって駆けつけるよ」
俺は満面笑顔でウェイターが引いた椅子に座る。「会えるだけで、充分幸せだし」
「本当?嬉しいわ」
ロビンちゃんも微笑んで、水の入ったグラスを持ち上げてみせる。「ミネラルウォーターで乾杯しましょうか。ワインでも頼もうかと思ったのだけれど、探偵さんにはお仕事してもらわなきゃいけないから。お料理は適当なコースで良かった?」
「そりゃもう。仕事ってどんな内容かな〜ワクワクするね」
「不安はないの?得体の知れない女からの頼みなんて」
「全然」
即答すると、ロビンちゃんは綺麗な形の眉を僅かに上げた。
「…そうでなければ探偵なんてやってられないのかしら」
「探偵じゃなくたって、ロビンちゃんの助けになれるならなりたいと思うよ」
「どうして?」
「寂しそうな瞳をしたレディは放っとけねェからさ。男は女性を守るもんだ」
「まあ。ずいぶんフェミニストなのね」
茶化すように肩を揺らす。「守ってもらうのは確かだわ。私ではなく、ある荷物をね」
「なるほど。わざわざ探偵に頼むんなら、普通の荷物じゃねえよな」
「麻薬とかそんなものではないから安心してちょうだい。ただ、私とはなるべく無関係な人が望ましいの。これから指定する場所で受け取って…」
オードブルが来たのでロビンちゃんは口を噤んだ。
現代の探偵ってのは実質、万屋だ。何でもするし、何でもできなきゃ務まらねえ。昔の推理小説のように、事件を捜査して解決するなんてのは殆どないと言っていい。そんなのは警察の仕事だからな。奴らが動かない素行調査や盗聴やストーカー対策、細かい業務は挙げればキリがない。だからロビンちゃんみたいな依頼も珍しくはなかった。
「簡単に言ってしまえば運び屋ね。どうかしら、引き受けてもらえる?」
ディナーが一通り済んで、コーヒーカップを手にしたロビンちゃんが小首を傾げる。
「喜んで。この前の事件でも世話になったしね」
「大した事はしていないわよ。──そろそろ、出ましょう」
時計を見てロビンちゃんが席を立つのに俺も倣う。「ここはご馳走させてね」
「いや、女性に奢らせるのはポリシーに反するな」
「人に借りは作りたくないの、私」
きっぱり言って、ロビンちゃんはさっさとカードで支払いを済ませてしまった。
「じゃあ今度の機会は俺に…」
「それもお断りするわ」
「え〜残念だなァ。せっかくロビンちゃんとご縁ができたのに」
がっかりした俺を、ロビンちゃんは不思議そうに眺めた。
「私とはなるべく関わりを持たない方があなたの身の為でもあるのよ。いくら探偵さんでも、トラブルを好んではいないでしょう」
「いや〜それが俺って事件の方に好かれてるみてえでさ。どうも天職かなあと」
繁華街から離れている通りは人も少ない。店を出て歩きながら俺は声を潜めた。「──尾けられてるな」
明らかな足音は、尾行に不慣れな素人なせいか隠す気もないせいか。
「え?」
さすがに後ろを振り返ったりはしないが、ロビンちゃんの整った顔立ちが更に引き締まる。
「覚えはあるかい?」
「…ないこともないけれど。どちらを尾けるか、判断しなけれぱね。ここで別れましょう」
ロビンちゃんは素早く決断を下すと小声で囁いた。「じゃあ、頼んだ件は宜しくね」
「分かった」
かつん、とハイヒールを鳴らして大通りに向かう。俺は反対の細い路地へ。
数歩歩いたが、後ろに気配は感じない。くそ、ハズレだ。ターゲットはロビンちゃんだったか。
俺は、早足で来た道を戻る。
ロビンちゃんは背が高く帽子を被っているので、再度見つけるのには苦労しなかったが人が多く、なかなか距離が縮まらねえ。加えて、彼女を尾行していた人間を定めるのも難しい。
すると、待たせていたらしい車に乗り込もうとしたロビンちゃんに不自然な速さで近づく男がいた。
光ったのがナイフの刃だと分かった瞬間、俺は駆け出した。駄目だ、間に合わねえ!
コンビニの前においてあったゴミ箱に飛び乗ると、勢い良くジャンプして男を蹴りつけた。そいつがもんどりうって道に倒れる。
「ロビンちゃん、無事か!?」
彼女を庇うようにして前に出ると、長髪のその男はナイフを持ったままヨロヨロと立ち上がった。
「くっ…よくも邪魔しやがったな」
「おうよ、したともさ。レディに刃物向ける不埒な野郎を俺が見逃してたまるか」
「引っ込んでろ!」
男は喚いて、ナイフを振り翳した。正面から向かってくるので靴の底でお迎えしてやる。鼻血を吹いて仰け反った。
「懲りねえな」
「うるせえ!その女を殺さねえと、俺もベラミーも殺され──」
唐突に言葉を切った男は俺ではなく、愕然としてその後ろを見ている。「あ…あんたは…」
「余計なおしゃべりは命取りだぜ?サーキース。兵隊は黙って任務に従ってりゃいいものを」
いつの間にか、ロビンちゃんの横に男が立っていた。がっしりした肉体を包む季節外れな毛皮は否が応でも目立つ。黒いサングラスで目の表情は見えないが、纏う空気が鋭かった。俺はそいつに向き直る。ナイフを持った男は脱兎の如く逃げていったが構ってる暇はねえ。あんな雑魚より、注意すべきなのはこっちだと俺の勘が告げていた。
「ドフラミンゴ…何の用?」
ロビンちゃんが静かに尋ねる。ドフラミンゴと呼ばれた男は口元を捻じ曲げた。
「ご挨拶だなァ、ニコ・ロビン。俺がわざわざ会いに来てやったのに」
「ご苦労様なことね。うちの近くでベラミーを刺したのもあなたの部下の仕業でしょう?私に濡れ衣を着せてお目当てのデータを探そうとしてたのなら、もう遅いわよ」
「ほう、手離したってのか?そこのヒーロー気取りの男にでも頼んだか」
「どうかしらね」
いきなりドフラミンゴがロビンちゃんの腕をぐいと捻り上げた。
「てめェ、レディに乱暴すんじゃねえ!」
俺は勇んで奴の鳩尾に踵をめり込ませる──予定が足首を掴まれてしまった。
奴の意識が俺に向いてロビンちゃんを解放したのは良かったが、とんでもねえ力でギリギリと締めつけられて動けねェ。膝を徐々にあらぬ方向に曲げられて、やべえ折れる、と思った瞬間低い静かな声がした。
「止めろ。警察だ」
…どうして、お前がこんな所にいるんだよ。
ゾロは黒い手帳を示し、拳銃を構えつつゆっくり近寄ってきた。
「おいおい、丸腰の相手を撃つ気か」
ドフラミンゴは大して驚いたふうでもなかったが、手の力は抜いた。ので、俺は落下に近い形で地面に転がる。
「何もしなきゃ撃ったりはしねえよ」
「誤解しちゃ困るぜ、刑事さん。警察の世話になるような事は何もねえよ、なあ?ロビン」
ドフラミンゴはニヤリとしてロビンちゃんの方に視線をやった。
「…ええ」
「じゃあな」
運のいい女だぜ、と捨て台詞を吐き、派手な毛皮は雑踏に埋もれて消えた。
「ロビンちゃん、怪我はない?」
「平気よ。ごめんなさい、巻き込んでしまって」
ロビンちゃんはスーツの埃を払う。「詳しくは話せないけれど、大切なデータをあの男に狙われていたの。だからダミーの荷物をあなたに運んでもらって、時間稼ぎをするつもりだった。その刑事さんを呼んでおいたのも私よ。もしドフラミンゴがあなたに手を出そうとしても大丈夫なようにと思って…でもあの男が直接私の所に来たのは、計算違いだったわね。さっきの依頼は取り消しにしてちょうだい」
ごめんなさいね、とロビンちゃんは繰り返して、道路に横付けされている車に乗り込んだ。
「謝る事なんてねェさ。俺に出来る事なら、いつだって力になるよ。それは忘れないでくれ」
俺の言葉にロビンちゃんは微かに笑みを浮かべ、ドアを閉める。
本心なのは通じただろうか。彼女みたいな強くて寂しい女性は一人で何もかも背負ってしまいがちだ。
ロビンちゃんの車を見送っていると不意に脹脛を撫でられ、俺はぎょっとして足元を見る。
「触んな、このスケベ」
「アホか。折れたりヒビいったりしてねェか見てるんだ」
しゃがんだゾロが眉間に皺を寄せて、膝や向う脛を検査よろしく擦っていた。
「大丈夫だっつの。折れてたら立ってねェし…。離れろよ、みっともねえ」
蹴ってやろうと足を振り上げる。
あ、避けんじゃねえよ、こんにゃろ。
ゾロは立ち上がって俺の頭に手を置くとクシャっと髪を掻き乱した。
さっきからの騒ぎに通行人が注目してんのに、ホモくせえ真似すんなってんだ。
「ったく、てめェはハラハラさせやがって。俺が来なけりゃ、骨折られてたぞ」
「へえへえ、すいませんね。つか、ロビンちゃんが連絡してくれたから来たんだろ」
「ああ。お前が出かけた後、電話がかかってきてな」
「安心したぜ」
「え?」
「俺の後ついてきたとかじゃなくて、さ。それじゃ過保護っつーか、ある意味ストーカーだもんな」
「…そうしても良かったな。お前は無茶ばっかするからよ」
いやいや、そこは真顔になるとこじゃねえってば。
「てめェにゃ、冗談も通じねェな。帰るぜ」
「おう」
見当違いの方向に歩き出すゾロの首根っこを、俺は引っ張った。よくこれで、この場所に辿り着けたよな。感心するぜ。
「ところで俺はロビンちゃんとディナーだったけどよ、お前晩飯食ったのか?」
「いいや」
こいつの事だから連絡受けてすぐに家を出たんだろうが、きっとこの辺りへ辿り着くまでにも迷いまくったんじゃねえかな……。
「んじゃ、作ってやるからウチ寄れよ」
「いいのか。結構遅いぜ」
「構わねえよ。俺は明日休みだし、お前も今日非番なら暇だろ。何なら泊まっていっても」
さりげなく言いかけたが、ゾロが細い目を見開いたので口籠る。
べ、別に誘ってるとかじゃねェからな。誤解つうか期待はすんなよ。
それも言いかけたものの、はっきりした言葉にはならない。
俺だって一応腹は据えたんだから、こいつとそうなるのが嫌な訳でもねえし…イヤ、進んでなりたいって訳でもねえが。
「何ブツブツぬかしてんだ。行くぞ」
半ば肩を抱くようにして押されたので、勢い歩き始める。

…今夜こそ貞操の危機ってヤツかな。
そんな発想をした自分にかなりゲンナリして、俺は天を仰いだ。

 

-fin-

 

20050708
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