ZAP  #file 25 -side Z-



 

「あんまり遊んでられねえんだがなあ。そちらさんは面白いかもしれねえが、俺たちゃ超過勤務もいいトコなんだ」
「まあ。刑事さんに協力して、付き合ってあげてるのは私の方なのに心外だわ」
「じゃあ協力してくれるついでに、事件についても詳しく教えてもらいたいね」
「教えると言っても、被害者の事は何も知らないのよ」
「ほう。だが、この家の門のところで刺されてたのは事実だぜ」
「そうね。迷惑な話だわ」
「ああ、警察に嗅ぎ回られたくねえだろうしな」
「一市民として、平穏な日常生活を乱されたくないの」
「なるほどね。しかし単なる一市民にしちゃ、ずいぶん豪華な暮らし向きじゃねえか。社長業はもう引退したって専らの噂だが」
「ええ、でも皆がなかなか手放してくれなくて。企業の相談役といったところね」
「ガイシャはその人望あるニコ・ロビン氏の元へ相談に来たんじゃねえのか」
「さあ、どうかしら。彼は、アポイントメントさえ取っていないのよ。道すがら個人的な事情で刺され、たまたまうちの前で助けを求めて門を開けた──こう考えるのが妥当じゃなくて?」
…ラチが明かねえな。
俺はエースとロビンの掛合いを、ぼんやり眺める。
エースも食えねェ野郎だが、その訊問をノラリクラリとかわすこのロビンてのも負けず劣らず一癖も二癖もありそうな女だ。簡単には尻尾を出さないだろう。出す尻尾があれば、だが。
「つまり」
エースがお手上げそのもののスタイルで両手を掲げた。「刺されたベラミーの事は何も知らない、犯人にも全く心当たりがない、と」
「分かってもらえて嬉しいわ」
優雅にロビンは微笑して、長い足を組み替える。
負けというんでもないだろうが、今はこれ以上ロビンからは聞き出せないと判断したのかエースは鑑識の連中が集まっている玄関先に移動した。
女の一人暮らしにしては立派だが、門から玄関まで散歩できるほどの大豪邸でもない。数人の男がうろうろしてれば、やはり狭い印象を受ける。
「どうだ?やっぱり道で刺されてんのか」
エースが馴染みの鑑識に声をかけた。
「ああ、だが門の傍だ。柵にも少し血がついてるから、無意識に寄りかかって倒れたんだろう」
「事情聴取するにも当人の意識がねえしなァ…。まあロビンが無関係とは思えねェが、自分の家で刺したりするような短絡的な女でもねえ。こりゃ単純な傷害事件じゃ済まねえかな。おい、ロロノア。後は鑑識に任せて、ベラミーの病院に行くか」
「はい」
返事はしたものの、上着を応接間に置いてきたので俺は中へと引き返した。応接間…廊下を右に曲がったところじゃなかったか?
旧式の暖炉がある応接間にはなかなか行き着けず、やたらめったらドアを開け閉めしていると背中をちょんと突かれた。
「刑事さんが覗き趣味とは戴けないわね」
「冗談。俺はただ上着を探して」
振り向けば、ロビンが俺の上着を持って立っている。「…それだ。ありがとう」
「いいえ。さっきから携帯電話が鳴っていたわよ」
言われて俺は、携帯を内ポケットから取り出した。
サンジの奴かな。
履歴を見たが非通知になっていて、俺はちょっと首を傾げる。何にせよ、この分じゃ今夜は帰れそうにないし連絡しとくか。
畜生め、せっかくあいつとそれっぽい雰囲気になったのにぶち壊しだぜ。
奴も気まぐれだし、お互い忙しいから今度はいつチャンスが訪れるか分からねえ。
仕事だから仕方ないとは言え、溜息ぐらいはつくってもんだ。
ちんまいボタンでプチプチとメールを打つのが面倒なので、いつもするように直接サンジにかける。だが、コールが続くばかりで出なかった。あいつは職業柄か不規則な時間にも起きてたりするんだが、夜中だから普通の人間なら寝てるだろう。
「おい、行くぞロロノア!」
痺れを切らしたエースがどかどか廊下を歩いてきたので、諦めて携帯を閉じた途端着信のメロディが鳴り出した。
「はい。──え?誰だって?」
トーンの高い女の声が耳に飛び込んでくる。相手はナミだと名乗った。ナミってあいつと仕事をしてる女か。過去に数回しか会ってねェがサンジの奴が何かっちゃ「ナミさん」を連呼をするから、人の名前に興味のねえ俺でも覚えちまった。「ああ、いや覚えてる。…で、あいつがどうしたって」
「だからサンジくんが攫われたって言ってんのよ」
攫われた。
さらわれ…た?
「それ、誘拐って意味か?まさかガキじゃあるまいし、そんじょそこらの奴らがあんな凶暴なのを連れてけねえだろ。お前、物事はちゃんと状況を冷静に把握して」
「あんたに言われるとはね。いい?誤解しないで欲しいんだけど、私はあんたに泣きついたりしてないのよ。警察に頼りたいのでもない。サンジくんを取り戻すのに、あんたが必要だと判断したから電話したの。すぐ戻ってきなさい」
ナミの命令口調にむっとしたが真剣なのも理解できたので、俺は分かったと電話を切った。
誘拐されたってのはどうもぴんと来ないが、探偵稼業であるサンジが犯罪に巻き込まれる可能性は一般人よりよほど高い。
「ロロノア。誘拐ってのは、どういう意味なんだ」
不穏な単語をエースが聞き逃す筈もねえ。問い詰められ、渋々説明する。
「サンジがねェ…。それでお前どうする気だ」
「帰ります」
聞かれることが不思議だった。即答するとエースが苦笑いを浮かべて。
「あっさりと言ってくれるぜ。職務放棄か?」
「問題あるなら始末書でも書くし、何なら処分も受けますよ」
刑事である前に、俺は一人の男だ。大切な奴が誘拐されたってのに、放ってはおけない。
「オーケー。サンジの危機とありゃ駆けつけてやりてえ所だが、俺は仕事の方を片付けといてやる」
感謝しろよ?と額を指で弾かれた。「無茶はすんな。何かあったら地元の警察にも協力を要請しろ」
「うす」
外へ出たはいいが、俺は足を踏み出す方向にはたと迷った。「駅はどっちだ…」
すると、クスッという微かな笑い声と、金属の触れ合う音が耳に入る。ロビンがキーホルダーを持って立っていた。
「送るわ。ここは駅が遠いの。それに、電車はもうないんじゃないかしら」
「え?」
成り行きでこの女が話を聞いていたのは知っていたが、そんな申し出をされるとは思わなかった。「関係ねえ人間に世話になる筋合いはねえよ。それにベラミーの事件だってまだ…」
「もうその件に関しての質問は済んだんでしょう?だいたい刑事さんたちが家にいたら、ゆっくり休めないもの。それに私、あの探偵さんとは顔見知りだから全くの無関係でもないのよ」
それにしたって…。
戸惑った俺はエースを見たが、肩をひょいと竦めただけで止めるつもりはないらしい。
「まあ、いいんじゃねえのか。俺も送ってやるほど暇はねえし、誘拐は管轄も違う」
えらくお役所的な台詞だ。俺はやれやれとロビンの後をついていった。
実はここがどこかも把握してない俺にとって、マンションまで送ってくれるのは有難くはあるんだが。
「どうぞ、乗って」
と示されたのは、 ピカピカに磨かれて薄暗がりにも輝く真っ赤なフェラーリだ。
住所を告げるとロビンは頷き、ハイヒールでぐっとアクセルを踏んだ。深夜には近所迷惑な、とんでもないエンジン音を響かせ車が走り出す。慣れているのか、運転そのものは荒っぽくなかった。
数十分でマンションに着く。来なくていいのにロビンはついて来やがった。だが帰れとかの問答をやりあう時間はない。
サンジの部屋を乱暴にノックすると、オレンジの髪が扉の隙間から覗いた。ナミだ。
「早かったわね。…その人は?」
当然だがロビンを訝しげに一瞥する。
「送ってくれたんだ。それより、事情を…犯人から何か要求はあったか?」
「さっき電話があったわ。サンジくんを返して欲しかったら十億出せって」
「じゅうおくう?えらくまた突飛な金額だな。金目当てならもう少し狙いどころを考えてもいいだろうに。払うのか」
「払う訳ないでしょ。そんなお金あったら、株に回すわよ」
ナミは一蹴した。「最後に連絡があったのは十分前。向こうも焦ってるっていうか、大して頭も良くなさそうね。仲間内でごちゃごちゃ揉めてるのも聞こえたし」
頭が良けりゃ、誘拐なんてしねえだろう。しかも攫ったのがサンジときた。
「身代金の受け渡し方法は?」
「それはまだ…」
ナミが言いかけた時、机の上にある電話が鳴る。俺は受話器を引っ掴みかけたが、ナミが押し留めて番号の横にあるスピーカーボタンを押した。確かにこれなら全員に聞こえるが…。
「どちら様?」
「…金は用意できたか」
男の声だが、ノイズが多い。携帯からだとすると、逆探は難しいな。
「十億なんて無理よ。せめて一億に負けてちょうだい」
「フェーッフェッフェッ、じゃあ大負けに負けて…ってアホか!身代金を値切るな!」
ほら頭悪いでしょ、というようにナミが目配せしてみせた。
「サンジくんは大丈夫なの?話をさせて」
「チッ、余計な事を言うなよ…おら」
「もしもし、サンジくん?」
「ああナミさん、か?心配かけて悪い──うわっ!」
声は途切れて、さっきの男に代わった。
「ここまでだ。早く金を集めろ。また連絡する…警察には知らせるなよ」
電話は切れ、ナミがこちらを向く。
「サンジくんだから滅多なことはないと思うけど…。警察に知らせるなっても、身内が警察の場合どうすればいいかしら」
「呑気な事言ってる場合かよ」
俺は苛々と溜息をつき、一旦脱いだ靴を履き直した。
「ちょっと!どこ行くのよ」
「探す」
あいつが誘拐されたという現実、そして最後の悲鳴じみた声。何かせずには──動かずには、いられなかった。
「馬鹿ねえ。手がかりもないのに探したって…」
「手がかりなら、なくもないわよ」
落ち着いた静かな言葉は、確認するまでもなくロビンだ。
「何だって」
「あの特徴だらけの笑い声、覚えがあるもの」
「本当か?教えろ…いや、教えてくれ」
「教えてもいいけれど」
壁に凭れていたロビンは、相変わらずゆったりとした物腰だった。「二つ条件があるわ」
「早く言えよ。出来ることならする。金はねえけどな」
「ふふ、私はお金に困ってはいないわよ。一つはどうして犯人を知ってるのか、詮索しないこと。もう一つは…そうね、あの探偵さんに依頼を受けてもらおうかしら」
「了解。まあ依頼どうこうは俺にゃ判断できねえが」
ナミに視線をやると、腕組みをして考えこんでいる。
「うーん…サンジくんを取り戻す為には仕方ないわね。ただしヤバ過ぎる仕事はお断りよ」
「交渉成立ね。じゃ、行きましょうか」
「あァ?」
「私には色んな知り合いがいるから、居場所の見当はすぐにつくの。でも、あなたに説明しても分からないでしょう?だから、ついていってあげるわ」
「…物好きだな」
「親切心よ」
よく言うぜ。俺はこの女のことはよく知らねェが、いかにも抜け目がないのは分かる。
とにかくこいつのフェラーリじゃ目立って仕方がないので、俺は愛車のボロ軽を出す事にした。
助手席に乗ったロビンは自分の携帯で誰かとひそひそと話しながら、「そこは左」だの「右」だのと短く指示をする。
「ああ、きっとあの倉庫ね」
ぽつんとあるのは、町外れの倉庫っつうより掘っ立て小屋に近い小さなプレハブだ。薄灯りが点いた窓に映ったシルエットに俺は目を見張った。
サンジだ。
誰かと揉み合っているように見えたので、俺は考える間もなくプレハブのシャッターに突っ込んだ。
「…無茶するわね。民間人が乗ってるのを忘れないでもらいたいわ」
止まってから淡々と文句を並べるロビンだが、怪我をするほどの衝撃じゃなかった筈だ。俺は構わず車を降りた。
「おい無事か?!」
拳銃を構え、埃がもうもうと舞い上がる倉庫に入った──が。
「よう、ゾロ。よく分かったな」
ノンビリした口調のサンジに出迎えられる。縛られもせず、どう見ても無事だ。無事でないのは、床に倒れている珍妙な尖がり頭の小男と、それから大柄な男だ。少し離れたところには何故か水着みたいなのを着た女もいるが揃って目だけの仮面をしている。…どういう事だ、こりゃ。
「お前…誘拐されたんじゃ」
「おー、参っちまうぜ。この割れ頭のせいでよ」
クイと親指で差された男は、がっくりと項垂れた。
「割れ頭って言った…」
「オヤビンを馬鹿にしないで!」
「ああっ、ごめんね〜〜ポルチェちゃん」
女にぴしりと言われて、途端にサンジの態度が脂下がる。
「……状況説明しろ、てめえ」
「こいつら俺がドクトリーヌと一緒にいたもんだから、その息子と思い込んだのさ。間抜けだろ?で人違いだと分かった途端、生かしちゃおけねえなんてぬかしやがるからお灸を据えてやったんだ」
サンジはしゃらっと言いのける。「ん?てめェ、何で被害者の俺を睨んでんだよ」
「悲鳴上げてたじゃねえか。俺はてっきりお前が危いと…」
ぴんぴんしているサンジを前にするとそんな台詞も虚しい。
「いや、ありゃあよ。このポルチェちゃんが上着を脱いで、ナイスバディを見せてくれちゃったもんだからつい」
もういい。みなまで言うな。
虚しさの余り、俺は無言で手を振るとすごすご方向転換する。
「あ、待てよゾロ。俺を奪還しに来たんじゃねえのか」
「うるせえ。ったく、人が心配して駆けつけてやったのに能天気なツラ晒しやがって…」
ぶつぶつ言い募ると、サンジがへえ、と眉を上げた。
「心配したのか」
「するに決まってんだろ。お前に何かあったらと思うと気が気じゃなかった」
「…恥ずかしいヤツだぜ」
サンジは横を向くが、満更でもなさそうに見えるのは自惚れじゃないだろう。普段は色気もクソもあったもんじゃねえが、これはいいムードかもな。
柄にもなく甘い気持ちになってサンジの肩を抱きかけたが、ふいと外された。
「おい!車のトコにいるの、ロビンちゃんじゃねえのか。状況説明すんのはてめェだぞコラ」
「や、犯人の居所を知ってるって言うからよ」
つうか、そんな話はどうでもいいってんだ。
ただ俺は、大切なお前が無事で良かったと…。
「だから一緒に来てくれたのか!ああロビンちゃん、久しぶり!俺のこと覚えてる〜?」
「こんにちは、探偵さん。無事で良かったわ」
……。
「ロビンちゃんにまで心配かけたなんて、俺も罪作りな男だぜ。お詫びに食事でもいかが?…いてっ!何すんだ、てめェ」
俺はふにゃふにゃと軟体生物化した満月頭を叩き、有無を言わさず車に押し込んだ。
「帰るぞ」
「あら、誘拐犯を逮捕しなくていいの?」
犯人の一味が覚えてろ!とか喚きながら逃げ出すのが視界の隅に入ったが、追いかける元気もない。
「危害加えたのは、どっちかってえとこの暴力探偵の方だ。仲間に女がいたし、どうせ訴える気もねえんだろ」
つうか、寧ろ俺が一番の被害者だ。バンパーとナンバーも凹んだじゃねえか。くそ。
俺の鬱々した様子なんてお構いなしに、サンジは後部座席でロビンと楽しげにお喋りだ。
ロビンちゃんから依頼なんて大歓迎とか、打ち合わせでデートしようとか、調子こいてやがる。
俺ァ何なんだよ。運転手か。
例えてみりゃあ、人質にされた恋人を助けるヒーローじゃなかったのか。囚われたかよわき恋人が犯人をやっつけて他の女と仲良くするなんて酷いシナリオは、舞台も映画もさっぱり分からねェ俺だって書かねえぞ。
腹いせに急ブレーキをかけてやると、サンジが後ろから両腕で俺の首をぎゅうっと締めあげた。
「止めろ、苦しい」
「安全運転しろよ」
誰のせいだ、誰の。跳ね除けようとしたが、奴は腕の力をますます強くしやがった。不意に耳元で低く囁く。「来てくれて、ありがとな」
…どういたしまして。
こんな些細な一言でご機嫌取れると思うなよ、といかめしく眉間に皺を寄せるものの、それでもほんのり幸せな気分は否定できない。
俺はさっきよりは穏やかにハンドルを切り、そろそろ夜も明けようとする町へと車を走らせた。


-fin-

 

20050513
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