ZAP  #file 23 -side Z-



 

電灯が消えかかってる暗い廊下を歩く。サンジの後ろをついて歩く。同じマンションの隣同士ってのは、こういう時には良かったんだか良くなかったんだか。
ベラミーを拘束するのにもそう時間は食わなかった。ルフィを車で送るついでに、と俺とサンジをマンションまで乗せてくれたエースはさっさと行っちまった。火種だけ撒いてな。いや、そもそもの事の張本人は俺の前にいる男だから、こいつと決着つけんのがまず第一なんだが。
「──じゃ」
サンジが部屋のドアノブに手をかけてこっちを見もせずに言う。
「…また逃げんのかよ」
「あァ?!」
こいつも大概負けず嫌いだから、反射的に食いついてきた。「誰が逃げるってんだ、コラ。しかも"また"ってのは何だよ」
「俺からエースんちに逃げただろうが」
サンジの顔色が変わった。
「上等じゃねえか。そんなに話つけてえんなら俺んとこ来やがれ。その代わり俺にゃ指一本触んなよ」
いきなり押し倒すとでも思ってんのか。俺をどういう目で見てやがんだ、こいつは。「本当ならてめェなんか入れたくねえけど、そっちの部屋びしょ濡れだからな。仕方ねえ」
独り言みたいに呟き、荒々しくドアを開けて奴が中に入るのに俺も続いた。
サンジがソファにどっかりと座り、ふんぞりかえって煙草を吹かし始める。
「で?てめェは何が言いたい」
「へえ。ずいぶんと横柄なこった」
こいつが尊大なのは前々から承知しちゃいるが、立場や状況ってもんからすると些か不似合いだと思うがな。「弁明は、そっちがする方じゃねえのか?」
俺の台詞に奴は眉を上げて大袈裟に肩を竦めてみせた。
「──なるほどね」
よっ、と立ち上がりキッチンの方に歩いていく。「コーヒーでも?」
「要らねえよ。呑気にコーヒーなんか飲める心境じゃねえ」
往生際の悪い時間稼ぎに見えて、俺は素っ気無く撥ねつけた。あっそ、とサンジは頷き自分の分だけを用意した。薄い黄色のマグカップにコーヒーをなみなみと注いできて再び座る。牛乳を大分入れたのか白茶色の液体をずず、と暫くの間啜っていた。
のんびりしたコイツの様子に苛々させられる。
そんな余裕こいてて良いのか、お前は。
俺から逃げて、他の男の所に行って。事件がなかったら、エースの部屋に泊まるつもりだったんだろ。それを俺に知られたんだ。面目ないとか申し訳ないとか、そういうのは欠片でもねえのか。
「優雅なもんだぜ。飲みながら、どう言いくるめようか考えてんのか」
「言いくるめる?俺が?そんな必要どこにある」
はは、とサンジは乾いた笑い声を上げた。「てめェ見てっと、カリカリしてんのが恥ずかしくなっただけだ。お互い頭来てんのは一緒でも、短絡馬鹿と同レベルでやりあってちゃ話もできねえからな」
…何だよそれ。
好きな奴が他の野郎と一夜過ごそうとしてたってのに、落ち着いてろってのか。指咥えて見てろってのかよ。
「つまりてめェは…悪いとかはこれっぽっちも思ってねえんだな」
ああ、自分でも驚くほど暗い声だと思う。けど、こいつに関しちゃ俺は冗談事では済ませられなかった。こっちは真剣なのに適当に片付けられてたまるかよ。「エースと何しようと、自分に罪はないって」
「お前。人を非難する前に、俺が何でエースの所に行ったか考えてみたか?」
「大上段に構えてやがるが、要するにてめェは俺に抱かれんのが嫌だったんだろ。悔しくて泣くほどな」
エースの部屋に行ったのは俺のせいだってか。俺に対するあてつけか何かとしか思えねえじゃねェか。「なのにエースなら体を許せるってわけだ。ま、エースは結構男とヤんのも慣れてそうだから上手いんだろうしな。どこまでやったか知らねェけど、あいつとは良かったかよ?」
言葉は止まらなかった。サンジに頬を張り倒されるまで。
俺は、弁解して欲しかったんだ。エースとはそんなんじゃねえって言って欲しかった。結局は嫉妬だ、紛れもなく。充分知ってる。
「クッソ…手ェ出しちまったじゃねえか」
サンジは口惜しそうに自分の掌を眺めていた。「エースと、キスしたのは認める」
「──それから?」
「耳とか首とか舐められた。服の中にも手とか入れられて」
「それで」
段々自分の眉間に皺が寄るのが分かった。胸がむかむかする。さぞかしエースは手慣れてたんだろう。だけどそれにすんなり乗せられるこいつの気持ちが掴めない。場の雰囲気に流されて軽い気持ちで男と寝られるくらいユルい奴なら、俺とここまで拗れたりしねえ。
「エースはそこで止めた」
信じられねェよな、とサンジが首を振る。「正直、勝てねえよ。俺も負けだし、てめェも敵わねえだろ。ああいうのは大人の対応ってのかなァ……深く考えもせずに突っ込もうとするてめェとは、つくづく大違いだと思ったね」
「…比べんなよ」
露骨な言い方しやがって。惚れてる奴を抱きたいと思うのは当然だろ?それをしなかったエースが本気じゃなかったなら、まだいいと思う。本気で大切に思うからこそ手を出さない、なんてのは確かに俺にはできない芸当だ。それが大人だってんなら、俺は多分…一生大人にはなれねえ。
「だって違うだろ。エースとお前は。違って当たり前なんだ。エースがキスしてきた時も、体を触った時も──違う、と思った。あーゾロじゃねえやって…そればっかり考えてた」
「そりゃあ…てめェがそうなってもいいと思って、エースんとこに行ったんだろうが」
「まあな。いざとなったらどうなってたか、俺にも分かんねェよ?ぶっちゃけ、セックスだけならエースとの方が話は簡単なんだ。でも、お前のことはあれこれ考えなきゃいけねえし、ゴチャゴチャするっつうか。やるとかやんねえとか、体の関係だけだったらかえって楽だろうよ。まあ実際入れるって段階になったら…心構えは必要だろうけど」
サンジは自分の頭を掻き毟り、煙と共に大きく溜息を吐く。「うまく説明できねえし。てめェにも、そういうの理解できねえんだろうから?……なあ。俺達、ちょっと距離置かねえか」
「…お前は、そうしたいのかよ」
「当分会わずにいた方が、冷静に考えられるとは思うな」
話は済んだと言うように、サンジはソファに凭れて目を閉じた。時間帯を考えれば眠い筈だが、それだけじゃねえだろう。
無防備な体勢は、襲いかかれないことはない。初めにやろうとした時もそうだったが無理矢理に抱こうと思えば不可能でもない。こいつも強いのは強いが、足さえ押さえとけば力は俺の方が上だから。でもよ。
そうする気になれない。
体はここにあるのに、心が遠かった。力ずくに抱けば、こいつの事がきっと今以上に見えなくなっちまう。抱くだけで満足するなら、初めからそうしてる。
俺は黙って奴に背を向けると部屋を出た。
自分の部屋は水浸しだから、駐車場へ向かう。俺の車はボロ軽だが、そう寒い季節でもないしここで夜明かしといこう。いい加減明け方も近いから、ビジネスホテルを探したりするのも鬱陶しかった。
ドアを開け、後部座席のシートに横になる。つっても、膝も背中も曲げてかなり窮屈だ。公園のベンチなんかよりはクッションがいいから我慢するべきか。
まったく…厄介だよな。
あいつにあんなふうに言われちまったら、俺は動けねえ。
喧嘩腰に食って掛かられる方が逆にマシだと思う。さんざん今まで遠回りして、サンジはやっと俺の傍に来た。壊したくないのは本心なんだ。けど好きだから抱きたい。それだけで、こうもややこしい事になっちまうんだろうか。
あいつが言わんとしている事も言いたい事も、相変わらずよく分からねえ。
だいたいが恋愛どうこうで悩んだり考えたりするなんてのは、俺にゃ向いてない。
男が──いや、サンジが相手じゃなかったら、こんなにうぜえ事考えたりもしなかったのに──。
俺はふと気になって、上半身を起こす。
…あいつも、そうか?
エースとなら、まだ話は簡単ってのはそういうことなのか。
サンジの奴が素直じゃないのは知ってる。それこそ俺よりよっぽどややこしい考え方をするのも。普通でもそうなのに、あいつにとって特別な人間が男だとしたら尚更…。
──居た堪れなくなって、車から降りた。
自惚れるなと嘲笑されるか、蹴られるか。
何かに急かされるように呼ばれるように戻ったマンションの廊下に、サンジが立っているのは幻じゃない。
「アレだな。フリスビー咥えて戻ってきた犬みてえなツラだぜ、お前」
奴は手をポケットに差し込んでいた。苦笑いは浮かべているが、それはきっと拒絶じゃなかった。
分かり難いサインを、ひょっとしたらこいつはずっと出してたのかもしれない。
不遜な態度の殆どが虚勢だったとしたら、俺は何て。何て……。
「…お前に酷えこと、言った…」
「今更だっつーの。アホが」
サンジが唇の端を捻じ曲げ顎を反らした。「てめェに小器用なやり方期待するほど、俺は夢見ちゃいねえよ」
「俺はただ、お前が好きだから──」
「それも今更だな」
さして感銘もなさそうに事も無げに言い、新しい煙草に火を点す。
奴の目は俺をじっと見据えていた。
「ゾロ。俺が、よう…半端な気持ちでてめェを受け入れるなんて思ってんのか。俺をちゃんと見とけって前から言ってんだろうが?例え互いに好きでも、そこでハッピーエンドじゃねえ。始まりなんだ」
言葉にならない。言葉を知らない。でも。「それが分からずに突進しかできねえんじゃ、てめェとはやってけねえ。だから、ちょっと離れた方がいいと思ったしそう言った」
「…離れたくねえよ」
俺がお前を見て、お前も俺を見てくれるなら。
一方通行じゃなくて、絶対どこかで想いは交差するから。
「てめェはそれなりの覚悟があんのかね。ご覧の通り、俺は結構面倒くせえぞ?」
「ああ。だろうな」
「ちったあ否定しろよ。馬鹿正直な野郎だ」
サンジはフンと鼻を鳴らした。それから、来いよと両腕をほんの少し広げてみせる。
奴らしい甘受の仕方に、俺はちょっと笑って。遠慮なくその身をゆっくりと抱きしめた。

 

-fin-

 



[TOP]
20040324


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送