ZAP  #file 21 -side S-  

 


ヤバイから。何がヤバイってお前の目が一番ヤバイ。
すぐに跳ね返して諌めてやろうとしたのに、ゾロの体は重くて動けねェし唇は塞がれてて、まともに喋れねえ。
「んっ…ふ…ンンンッ…!」
普通の奴ならソッコーで撥ね除けられるんだが、この野郎は武道をやってるせいか押さえ込み方が上手い。イヤ感心してる暇はねえ。
確かに俺からキスはした。けどなあ、ありゃスキンシップつうか、ある種コミュニケーションてヤツだろ?外国では挨拶代わりにもするような。ここは外国じゃねえって、ツッコミは今は却下だ。それどころじゃねえんだ、こいつ切羽詰まりやがって洒落になんねえ。挨拶にしちゃあんまりにも濃いキス。熱い舌が俺の口の中を動き回る。これはマズイ。俺にも覚えがあるが真剣に相手へ攻め込もうとしているキスで、その証拠にゾロの右手が俺のパジャマ兼部屋着であるジャージと肌の間に滑り込んで弄り始めて左では腰を支え体を密着させてくる──って、何だこの太腿に当たる固いのは!!
「てめ、ちょっ、タンマ。止まれ」
ゾロが唇を首筋に移動させたのでやっと口が開放された俺は、ヤツの髪を引っ掴んでとにかく停止を呼びかけた。
「…止まんねェよ」
だから首に吸いつくなっ。
「待てっての!何なんだよてめェは。俺はキスならいいっつったけど、イキナリ突撃体勢ってのはどういう事だ」
「てめェが悪いんだろうが。煽りやがって」
とりあえず動きは止んだものの。不満げな、さも理不尽そうな顔だ。
……山ほど文句言いてえのは俺の方なんですけど?
「誰が煽ったって?てめェが勝手に盛り上がってんじゃねえか」
「だって、普通はそうだろ。お前と一晩一緒だって思ったら…落ち着かなくて、それでもきっとお前はそんなつもりないだろうからって我慢してんのに、仕掛けてきやがって。その気になっちまうだろうがよ」
仕掛けただァ…?
俺は深く深呼吸をする。以前なら直ちにこいつを蹴り飛ばして、外に追い出す所だ。考えてみりゃ俺も温厚になったもんだと思うぜ。暴走男の世話は忍耐ってのを育てるね。
「要するにアレか。てめェとしちゃ、襲いたいのを我慢してたのに俺が『仕掛けて』きたから男としての本能が目覚めてしまったと。責任取りやがれと。そう言いたい訳か」
「責任つうか…」
ゾロは俺に半分被さったみたいな体勢のままだ。マジ重い。「俺だって、男とやった事なんかねェけどよ。好きなヤツならできるんじゃねえかって思うし」
ボソボソと耳元で喋るゾロの言葉を俺は他人事みたいに聞いていた。
あー…こいつ…。もしかしなくても、そういう状況になった場合は俺を抱く…つもりなんだろう、か。
そりゃ「抱いて」なんて言われても、ちょっと困るがな。かと言って抱かれる方なのか。この俺が?
一般的にはセックスってのはやっぱり挿入あってこそだし…ああ、もう。生々しい。入れるとか入れないとか、そういうのナシなんてのはこいつも納得しないだろうな。けど俺は正直そこまで考えてなかったつうか考えないようにしてたっつうか。
何にしたってだ。心の準備は要るだろうが。言っちゃ何だが入れられる方にとっちゃ初体験だぞ。
「だから、やる」
討論しても埒が明かないとばかりに、ゾロが宣言してもう一度俺の首筋にしゃぶりついてきた。やるってお前そんな一方的な話があるか。従順な人形みてえに、てめェの思い通りになれってのかよ。冗談じゃねえ。
「イヤだから待てって…」
「待てねェ」
耳朶を噛まれた。汗ばんだ掌が鳩尾から胸の辺りまで上がってきた。「途中で止められっかよ。てめェだって男なら出すまで引っ込みつかねえのぐらい分かるだろうが」
もがいても、気にも留めない。下に着てたTシャツごと、たくし上げられた。ズボンに奴の横暴な手がかけられて有無を言わさず荒々しく脱された。
畜生。
畜生、畜生…っ!
こいつ最低だ。ぶっ殺す。
「…んだよ…」
少し軽くなったと思ったらゾロが上体を起こして驚いたような表情で俺を眺めていた。「何で泣くんだ」
泣く?
そう言えば、ヤツの輪郭が微かに滲んで見えて俺はゴシゴシと手の甲で瞼を擦った。
何で泣くかだって。そんなの──そんなのは…俺が説明する事じゃねえぞ、コラ。
「どっか痛かったのか?けど別に、まだ何もしてねえだろ」
「こンの…クソボケ野郎が!」
ほとほと呆れる。あまりに間抜けな問いかけで俺は漸く我に返れた気がした。押さえられてた体が自由になったので、機を逃さず足を振り上げて奴の腹に踵を叩きつけた。
ぐ、とか唸ってゾロがソファから床に転がる。
「てめェみてえな動物にゃ、物理的な痛みで泣くことぐれえしか考えられねェんだろうがな。人間様にゃ感情ってもんがあるんだ。痛くなくたって…悔しくても涙は出るんだよ。知らなかったんなら覚えとけ!」
俺は素早くクローゼットからジーンズを出して履くと上着を引っ掴んだ。
「おい、どこ行くつもりだよ」
「うっせえな。俺は適当な所に泊まる。てめェは、ちったあ頭冷やせ」
夜中だと分かっていつつも気が治まらず、バンと力任せに扉を閉めた。
ゾロが追っかけてきても鬱陶しいので、俺は早足で通りかかったタクシーを捕まえて乗り込んだ。尾行はされてないと確認してから、息をつく。
頭を冷やすのは、俺もだ。
奴とは違う意味で神経が昂ぶってるのは俺もなんだ。
十数分乗ったところで降り、俺は携帯電話を取り出す。いくら気ままな独身者でも都合ってもんもあるだろうし。あいつには彼女もいるしな。
しばらく待つと電話の向こうからウソップの声が聞こえてきた。
「おう。何だよサンジ、またゾロと喧嘩でもしたのか」
「…またって。俺が電話する理由がそればっかりみてえだろうが」
「ここんとこの五回に三回はそんな気もするぜ。まあ、お前らが意外に仲いいって知ってからは俺もそう心配はしてねえけどさ」
そう言えば家に帰るに帰れず押しかけたのもウソップのところだった。あれからゾロとウソップは数回顔を合わせている。もともと話好きで人懐っこいウソップだから、ゾロの無愛想さも腹に含むものなどないと分かってからはわりと砕けた態度で話もしてたっけ。
「まあ…な。とにかくその、今晩泊めてくんねえか?急で済まねェが」
「あー、それがなあ。俺、今仕事がずっと詰まってて三日ほど帰ってなくてよ…まだ当分戻れねえんだ。悪ィけど…」
「そうか、分かった。こっちこそ突然悪かったな」
「また暇になったら遊ぼうぜ」
「ああ」
電話を切って。さてどうしたものか、他の友人を探すか…と俺は携帯を睨んでいたが。光る画面の中のアドレス帳からふと目に入った番号にかけた。


「よーう。サンジ、何か久しぶりだなあ。本当に来てくれるとは嬉しいぜ」
うちと似たようなマンションの一室。玄関からエースが頬にそばかすの浮いた顔を覗かせる。
「嘘だとでも思ってたのかよ」
「いや?たださ、泊めて欲しいとかお前言ってたから。俺の願望のせいで夢見てんのかと」
ニッと笑って扉を大きく開けた。「どうぞ。上がれよ」
「…誰かいるのか」
薄汚れたサンダルがあった。横に並んだエースのものらしいブーツとは、サイズが明らかに違う。
「あ、言わなかったか?弟が来てんだ」
紹介しようとエースが台所に入ろうとすると飛び出してくる影。
「エース!腹減ったぞ!」
「ちょい辛抱しろ。これ弟でルフィってんだ」
「お前誰だ?」
ルフィは大きな目をぱちくりさせて近寄ってくる。
「サンジだ。俺の…友達、かな。俺よりよっぽど料理上手いぜ。──サンジ、何か適当なもん作ってくれねえか?お客さんなのに申し訳ねェが。こいつも一応メシは食ってきてる筈だから、そう大したもんじゃなくていいし」
「そりゃ、構わねェけど」
エースの家に来たはいいが何だか落ち着かないので、することがある方が助かる。だがルフィが手元を覗き込んだり後ろに回ったりそわそわしているもんだから、そうじっくりと料理にも取り組めなかった。冷蔵庫にあったあり合わせのもので酒の肴みたいなもんを作って白木のテーブル(っつうか卓袱台の方が近い)に並べる。
「一緒に暮らしてんのか?」
俺は別に腹は減っていないから、少し離れて煙草を吸う。ルフィだけじゃなくてエースも皿にかぶりついていたが、顔を上げて口元を拭いた。
「や、ご馳走様。ええと何の話だっけ。──そうそう、ルフィは自宅なんだがちょうど学校の帰り道に俺が住んでるもんだから、たまに寄っていくんだ」
「うめーな!サンジのメシ!」
俺たちの会話なんて全く聞いてないルフィが感極まったように叫んだ。「エース、ずるいぞ。こんな料理のうめえ奴、隠しとくなんて」
「隠してねェし。誤解すんなよ、ルフィ。サンジがうちに来て料理なんかしたの初めてなんだからな」
「そうなのか?残念だな」
皿さえ舐めそうな勢いで、空っぽの器を残念そうに見る。「サンジ、もっとエースんちに来いよ。俺も毎日寄るから」
「阿呆。兄ちゃんの優雅な独身生活をあんま邪魔すんな。それにサンジにも都合があんだから無理言っちゃいけねえ」
エースがクシャクシャとルフィの髪を掻き回す。「さ、お前食ったら帰れよ。電車なくなるぜ」
素っ気無い言い方でもどこか温かみがある。兄弟ってのはこんなもんだろうか。
ウンと頷いたルフィは、じゃあまたなーと手をぶんぶん振りながら帰って行く。仕草にどこか茶目っ気があるのは兄弟よく似ていると思う。
「騒がしい弟で済まねェな」
エースが軽く両手を掲げてルフィを見送り、部屋に戻ってきた。
「無邪気でいいんじゃねえ?あんな美味そうに食ってくれりゃ、作った甲斐もあるってもんさ」
年相応のものなのか性格なのか、あそこまでストレートに喜んでくれるのは悪い気はしない。
「ルフィはまだガキだから、反応も素直なんだ。でも、あいつの場合一生ああかもな」
苦笑してチューハイの入ってたグラスを空けて、テーブルに置くと俺の隣に腰を落とした。「で、こっからはオトナの時間ってことで」
一瞬のうちにエースの腕が俺の腰に回っている。思わず身を捩った拍子にセミダブルのベッドが視界に入った。

 

-fin-

 

20031110
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