ZAP  #file 20 -side Z-  

 

 


「大した用じゃねェが。今、家か?」
「いや、出先だ。もうちょいで帰る」
「じゃあ会わねえか。俺明日休みなんだが」
「俺ァ仕事だ」
「…そうか」
「──晩メシくらいなら作ってやるぜ?帰るの九時過ぎだろうけど、それでもよけりゃな」
「おう。じゃ、後でな」
サンジと携帯で他愛のない会話をしてるうちにマンションまで着いちまった。俺もあいつも家にいる時間が不規則だから、先に確認しようと思っただけで。ただ声が聴きたいとかそんなんじゃ…多少はあるか…。だってよ、隣に住んでるわりにはそう頻繁には会えねェし、休みも簡単には一致しねえもんな。
不在なのは分かってるが、サンジの部屋の前でちょっと佇んでから俺は自宅の鍵を取り出す。
「あ、こんばんは」
礼儀正しい挨拶に振り向けばここのマンションの住人である、ええと…名前何だっけな。仕事上の相手は覚えるようにはしてるんだが、こと私生活になると俺はどうも他人の名前と顔が一致しない。
「コニスです、ロロノアさん」
そうだ。コニスはおっとりした動作で会釈をした。三つ編みが揺れる。
少し前に引っ越してきたとかで両隣だけでなくマンションは音が響くからと真下の部屋の俺にまで挨拶に来た。サンジが一緒にいたもんだから目尻下げて愛想振りまいてお茶まで出しやがって俺は正直不愉快で、それでも昨今の若い女にしちゃ珍しい程きちんとしている方だと思う。会っても挨拶すらしないのが、都会の一人暮らしじゃ当然て感じもあるし。
「今帰りか?」
「ええ。あの…ロロノアさんて、刑事さんなんですよね」
「まあな」
明かす気はなかったのに、サンジの奴がべらべらと喋ってやがった。あいつは女に甘過ぎる。
「ご相談があるんですけど…またいつでもご都合の良い時で結構ですから」
「何だ?すぐに済まない話か」
「いえ、実は…何だか最近、後を尾けられてる気がして…変な電話とかもかかってくるから、怖くて。警察に行った方が良いでしょうか」
ストーカーか。コニスは可愛い部類に入るんだろうし、そういう類の奴に目をつけられても不思議はない。
「警察は具体的な被害がなきゃ、動き難いけどな。サンジの方がそういうのは多分対応し慣れてるから、後で会うし話しといてやる」
「ありがとうございます」
安心したみたいにコニスは微笑んでから、階段を上がっていった。
俺も自分の部屋に入って、買ってきた冷酒を飲む。サンジに酒はツマミと一緒に胃に入れろとうるさく言われるので、酒だけで飲むのも少なくなってきた。奴が置いていったチーズを齧りつつ、特に見たくもないテレビをつける。
今日は歩き通しだったから疲れて足もだるい。うとうとしてきて、これじゃサンジが来る前に寝ちまうなと俺はシャワーを浴びるため風呂場に入った。
湯に浸かった方がいいだろうとは思うが、それも面倒だ。ざっと汗を流すと、下着とジーンズだけを身に着けて…ん?
サイレンがうるせえな。消防車、か。
近くかと思って窓の方に行ったらドアを乱暴に叩く音がした。開けるとサンジが飛び込んでくる。
「ゾロ!大丈夫か?!」
「…何が」
「何がってお前、電話も出ねえし…」
「風呂入ってたんだ。どうした、血相変えて」
「火事だ。コニスちゃんの部屋が燃えてんだよ。とにかく、火が広がると床が落ちてくるかもしんねえから早く来い!」
Tシャツに袖を通して貴重品だけは持って外に出ると、煙がうっすら漂っていた。消防隊が消火作業をしている。
コニスは無事だったのかと聞こうとしたら、当人が現れて深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、ご迷惑を…」
「そんなのはいい。原因は?」
「それが、気がつくとキッチンの方で何かが燃えていて。新聞紙の束に燃え移ったんです…料理なんてしてなかったのに」
「放火の可能性もあるな」
話していると、ここの管轄である交番の警察官たちがやってきた。何回か事件もあったし、俺が刑事だと知ってるからだろう。
「ロロノア刑事、只今こちらのマンションの様子を窺っている挙動不審な男が…」
連れて来られた小太りの男は、ぶつぶつ誰に言うでもなく呟いていた。
「俺は悪くない、俺は…」
「あなたは──」
「知り合いか」
「いえ、声だけ…。何度か電話がかかってきたから」
「コニスが俺と話してくれないから悪いんだ。電話してもすぐに切るし」
そうは言っても見ず知らずの男から不気味な電話がかかってきたら普通切るって。コニスが言ってたストーカー男だろう。一方的に好きになって思い余ったってとこか。
「俺が、こんなに想ってやってるのに!」
今まで大人しかったのに急に人が変わったようにナイフを取り出して、コニスに襲いかかる。が、生憎状況が悪い。警官や俺だけじゃなく、女に関しちゃ過敏に反応するやつがいるからな。
「俺の前で天使にナイフなんざ向けやがって」
台詞と同時に、サンジの強烈な蹴りが男の腹にめり込んだ。その身体が壁に叩きつけられる。
「天誅だ」
殊更シニカルな表情で、サンジはフーと紫煙を吐いて見せた。
直後に、コニスちゃん怪我はない〜?困った時は俺がいつでも守ってあげるからね〜とへらへらしなけりゃ渋く決まってただろう。

 

「こりゃまた…」
俺は自分の部屋の惨状(ってのもオーバーか)に嘆息する。
鎮火して調べてみればコニスの所もそうは燃えてなかったらしいが、景気良く水を撒いたせいで天井から水が絶えずぼたぼたと落ちてきていた。床もビショビショだ。とりあえず用心して電化製品のコンセントは抜いておく。
サンジも覗き込んで半ば感心したように。
「あーあ。さすがにスゲエな」
「雨漏りとでも思うさ」
「イヤ、ここまで壮絶な雨漏りはねェだろ」
帰ってきてすぐに火事に出くわしたサンジは買い物袋を持ち直して、自分の部屋に戻りかける。「…泊まれば?俺の部屋までは漏れてねえし…あれじゃ寝んの無理だって、いくらてめェでも」
──え。
泊まる…。
隣同士だし、かえってお互いに寝泊りなんてしたことはない。
「おら、さっさと入れよ。メシも作るし」
俺は穴が開くほどサンジの顔を見ていたが、その言葉で我に帰った。
同じ間取りなのに小洒落て機能的な印象なのがサンジの部屋だ。布張りソファに腰掛けると、料理にとりかかっている奴の後姿をちらと眺める。
きっと純粋な好意だ。誘ってる筈なんてねえ。こいつは妙に天然なとこあるからな。天然に誘って…いやいやいや。
妙な方向に流れていく思考を止めるべく、サンジを視界の外に追い出してソファに座り直すとガサゴソと何かの袋が手に当たった。途端にサンジの注意が飛んでくる。
「あ、それ踏むなよ。DVDが入ってんだ」
「ふーん。見ていいか」
「いいけど、傷つけんなよ」
こいつは映画好きで棚にはずらりとDVDとビデオが並んでいる。俺は全く興味なんぞないが、何か気晴らしにでもなるものがないとついついサンジに目をやっちまう。
取り出したDVDはタイトルも覚えのないものだったが、フランス映画ということだけは分かった。案の定面白くもなんともない。
しばらくしてサンジが小さな盆にいくつか皿を並べて運んできた。俺が好きなのを知ってて、作ってもらうのは圧倒的に和食が多い。料理の名前は知らなくても全部が旨いので次々に箸をつける。今夜は色鮮やかな海草を煮たやつが特にいけた。
「しかしコニスちゃんは可哀想だなー。部屋も当分入れねえだろうし…近くの友達の世話になるって言ってたけど。ドクトリーヌに頼んで、早く元通りにしてもらわなきゃな」
「そうだな」
「帰ってきた時、お前の部屋まで燃えたのかと思ったぜ」
「…心配したのか」
「だって真下じゃねェかよ。電話かけても出ねェからてっきり」
ふいと横を向く耳が赤い気がした。「それより、食えよ」
「ああ…もう腹一杯だ。ごっそさん」
サンジはカチャカチャと食器を片して手早く洗ってしまうと、奥の部屋から持ってきたジャージを放り投げてくる。
「これ、パジャマにしろ。余分な布団なんてウチにゃねえからな、てめェはソファで寝ろよ」
ちょっと止めとくぞとDVDを一時停止にしてサンジは風呂場に入った。
受け取ったジャージを膝に置いたまま、俺はぼんやりしていた。
ま、当たり前だよな。
サンジにしてみれば単に寝場所を貸すくらいの気持ちだ。
だいたい、あいつと一つベッドなんかに入ることになったら…。
…なったら?どうするってんだ?
俺は──。
「何だよ、まだ着替えてねえのか。のんびりしてやがんな。そういや、お前明日は休みだっけ?」
唐突に降ってきた声に見上げれば、渡されたのと似たようなジャージの上下に着替えたサンジが立っている。両手に持っていたお気に入りの銘柄らしい発泡酒の缶を一つ差し出された。「飲むか」
ひんやりとした缶を受け取って機械的に飲み干す。いつの間にか喉がカラカラに渇いてた。
「そろそろエンディングだな」
「あん?」
「映画さ。お前、さては全然見てねェだろ」
サンジが少し笑ってTV画面に再び目線を戻す。再生してたのさえ分からなかったぐらいで、確かに俺は映画はたいてい途中で寝ちまうクチだ。アクションならまだ見れるが今ついているのはあんまり動きがないし、それより隣にどかっと腰を落としているサンジの方が気にかかって仕方ねえ。石鹸の匂いするしよ。
サンジの長い指がリモコンを取るのを見て、映画が終わったのに気づく。
「十一時半か…そろそろ寝るかな」
欠伸をしてサンジが立ち上がった。
「もう?」
「仕事のせいで今日の朝かなり早かったんだよ。──どした?」
俺がサンジの腕を掴んだのは無意識だった。「ははん、お休みのチュウか。仕方ねえなァ」
にんまりと口角を上げ、サンジが近づいてくる。
……こいつはこういう野郎だ。
大人ぶってるかと思えば、どっかガキみてえで。
やっと…やっと俺の方を向いたこの男との関係は。焦って壊したりしたくない。
俺は奴から顔を背けてソファにごろりと横になった。
「寝る」
「何だ?キスくらい構わねえっつってんだろ」
伸し掛かってきやがったと思う間もなく、こめかみを両手でがちっと捉えられた。唇が重なって、乾ききっていない前髪とシャンプーの香りが頬と鼻をくすぐる。
…くそっ。てめえ……。
自覚ねえな?ねえだろ?
誘ってるつもりなくても、こんなんじゃ結果は同じだろうが。
「人がせっかく…」
「へ?」
体勢を引っくり返されて俺に見下ろされて初めて、サンジが驚いた表情になる。遅ェよ馬鹿。
半開きの奴の唇に俺は自分のそれを押しつけて今度はきつく舌をねじ込み、項とソファの間に手を差し入れた。
──止まらなくさせたのは、お前なんだ。

 

 

-fin-

 

20030725
[TOP]

 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送