ZAP  #file 19 -side S-  

 



空は実に快晴。いったいどういう事だ。俺の常識が間違ってなけりゃ、確かそろそろ梅雨っつって一年中で一番雨が降る時期なんだよな。そうだよな?
「四月や九月の方が意外に雨は多かったりするらしいけどな」
ああそうですかい。
だがそんなだらしねえ事じゃ、四季とは別個にきっちりハバ利かせてる梅雨っていう季節の存在意義はどうなる。今こそ、その能力を遺憾無く発揮すべき時だってのに。
「昨日まではずっと雨だったし、空梅雨ってこともねェだろうが」
今日だって天気予報じゃ雨だった筈なんだ。どこをどうひっくり返してもこんな青空は見えていい訳がねえ。不条理だ。
「だから今年は水不足より、やっぱり電力の方が心配だな。まあ今日みたいな日もないと洗濯モンとかも乾かねェだろうから、たまには」
「てめェは喧嘩売ってんのか?」
俺が自動販売機を蹴飛ばすとゾロは軽く眉をひそめた。
「器物損壊だぞ」
「水不足がどうとか洗濯ものとか、俺がそんな世間話したくてわざわざこんな所まで来るかよ!」
「じゃあ当たらない天気予報に文句でも言ってんのか」
「あの可愛いお天気お姉さんが嘘を言ったなんて信じたくねえよ俺ァ。お前、大量の照る照る坊主でも吊るしたんじゃねェだろうな」
「アホくせえ。遠足前のガキじゃあるまいし」
だってよ。この晴れ晴れとした空は統計学ってもんをまるっきり無視してるじゃねェか。今日この日に雨が降らないようにと、暗黒の巨大組織による陰謀が図られたという可能性も…。
あー。
もう分かってんだよ、馬鹿馬鹿し過ぎる考えだってのは。本気なんかじゃ勿論ねえ。
けどなあ、まともに向かい合うと眩暈しそうだからよ。
梅雨にあるまじき青空で太陽が燦々と照りつけるのは、ピンクやらブルーやらのパステルカラーに彩られたメルヘンチックな建物、岩盤を模ったセメントの塊は中心に洞窟めいた入り口がぽっかり開いている。地面には色鮮やかなタイルが敷き詰められて、目の前には二段三段になった噴水と花時計。人込を縫って聴こえるのは調子っ外れな浮かれたメロディと絶叫マシーンから放たれる楽しそうな悲鳴。
──ここは間違いなく遊園地だ。
悪夢とか白昼夢であってほしいが、いくら祈っても目は覚めてくれそうにない。
こいつと遊園地に来てる夢なんて見た日にゃそれはそれで俺もいよいよ末期だとは思うが、現実だから尚更困ったもんだ。
「気分でも良くないのか」
ゾロがベンチに腰を落してしまった俺の顔を覗き込む。「だったら、ジェットコースターは無理だな。観覧車くらいなら…」
「お前なあ…ちょっと冷静に考えてみろ。大の男二人が観覧車に乗ってる図なんて、も、どうしようもなく寒いぞ。極寒だ」
「ならメリーゴーランドとかお化け屋敷とかにすっか」
っちゃー、真顔だよこいつ。誰か助けてくれ。
「そのガタイでメリーゴーランドの馬の耐久テストでもするつもりかよ。てめェみたいなのがカボチャの馬車に乗ってたら子供が怖がるし営業妨害もいいとこだ。言うに事欠いてお化け屋敷だと?まさか俺が怖がって抱きつくとでも思ってんじゃねェだろうな。ヤクザでさえ逃げ出しそうなツラした奴が暗闇の中でうろついてちゃお化けの着グルミん中入ったバイトの学生なんてびびって寄りつきやしねえさ」
「……じゃあどうすんだ。遊園地にするって言ったのはてめェだぞ」
だって、この時期じゃ雨降って中止になると踏んだからな。ヨミは外れたが。
「あのさ。てめェ少しは照れくさいとかそういうの、ねェのか?」
俺は普段よりも減りの早い煙草を取り出して咥える。
「ねえ」
容れろよ間髪。
頼むから。
あっさり返すゾロに俺はがくりと頭を垂れた。げに恐ろしき、ロロノア・ゾロの開き直り。
ま、分かってたけどな。羞恥心をこれっぽっちでも感じたら最初からデートの誘いなんかしねェだろう。俺だって嫌な訳じゃない、とこの問答は何度か俺達の間で繰返されたような気がするので割愛する。
嫌な訳じゃないが、レディとでさえ何年も訪れてない遊園地でムサイ野郎と二人してデートするなんてのは、別問題で。
「とにかく気分が悪いとかじゃねェんだな?行くぞ」
「待てってばお前」
背中を押されてうっかり立ち上がってしまい、歩調を合わせようとした途端奴が停止した。おかげで固い肩にぶち当たる。
「危ねェだろうが」
「いや、アレがよ」
奴の視線を追うと観覧車だ。ああ、やっぱりあんなものに乗せられちまうのかと俺は嘆きたくなったが…。
観覧車ってのは大概ゆっくり動くもんだが、今はゆっくりどころか完全に停止している。
「…故障か?」
近づいていくとここのスタッフの制服を着た若い男が慌てて走ってくるので、呼び止める。
「制御装置が動かなくなって…メンテは定期的に行ってるんですが」
とにかく修理会社に電話を、と事務室の方に向かっていく。しばらくして戻ってきたが焦っている様子なのは変わらなかった。
「どうなった」
「連絡はつきましたが、どうもかなり道が渋滞してるようで…到着するまで待つしかありません」
男が個室に入りスピーカーのスイッチを入れてアナウンスをした。「お客様には大変ご迷惑をおかけしております──」
それから数十分が過ぎたが、どちらから言う出すでもなく俺達二人はずっとそこに佇んでいた。やつは職業柄だろうが、俺も非常事態に出くわすと放り出しておけないタチなんだ。お互い性格はまるきり似てないが、そのへんは共通している。
ふと泣き声みたいなのが上から落ちてきて俺は顔を上げた。
「おい。俺の視力が正しけりゃ、外に出てる奴がいるんだが」
俺の言葉にゾロも訝しげに視線を移した。目を細める。
「…いるな」
「だろ」
観覧車は取り立てて特徴もなく、よくある真ん丸い形状のゴンドラが連なっていた。その中の一つの非常用ハッチが開いて風に揺れてる。ゴンドラを吊るした鉄の棒はいくつか組み合いながら中心に向かってるんだが、その棒に捕まってるのは中学生ぐらいの男じゃねェだろうか。
「何してんだ、あのガキは」
「パニくったか、待ちきれなくなったんじゃねェか?つたっていきゃ降りられると思ったんだろ」
何にせよ、原因究明よりは対策だ。結構な高さで風は上部だと余計に強いだろうし、いつ落ちるか分からない。それにあの状態じゃ、例え観覧車が直っても動かしたりはできねえ。
「…持っとけ」
俺が上着を脱ぎゾロに預けると、奴は引き止めた。
「おい、俺が行く」
「俺の方が身が軽い。もしあいつが落ちてきたらてめェが受け止めろ」
「簡単に言いやがって…」
ぶつぶつ言うのを尻目に猿の如くによじ登り始める。従業員の男が止めに来たが、ゾロが警察手帳を見せると黙った。俺のことも警察の人間だと思ったみたいだ。それもあんまいい気分じゃねェが。
やれやれ。アクロバットなんてしに来たんでもねえのになあ。
俺は革靴だったのを後悔しつつも、少しずつ上へと移動していく。
中学生はすっかり足が竦んで動けなくなったらしく、情けない声を上げていた。
「おら、クソガキ。動くなよ。助けてやっから」
俺が話しかけると、そいつがこくこくと頷いた。
建物にしたら、おそらく四階くらいの高さか。落ちれば余程運が良くなきゃ命はない。そいつに近寄り、「掴まれ」となるべく落ち着いたトーンで言った。
涙と鼻水だらけのガキの抱擁なんていう嬉しくもねえものを受けながら、中学生が乗ってたゴンドラに戻りかけると。
「ぼ、僕、トイレに行きたいんだ。だから…先に降りようと思って」
「…我慢しろよ…そのうち修理されてすぐ動くから」
「も、もう我慢できないよ。せっかく彼女が初めてデートしてくれたのに…チビッちゃったら僕…」
ガキの癖に、と思うがその気持ちはまあ理解はできる。
俺は息をつくと諦めてそいつと共に下へ降りることにした。しかし自分一人と違い、ガタガタ震えてる奴に指示しながら支えながらで、かなり骨が折れる作業だ。
それでも漸く地面が近くなってきた。──と安心したのが災いして、そいつが足をズルリと踏み外す。
「あ…!」
がくりとそいつの体重が一気にかかり、鉄の棒を握っていた掌が汗で滑った。
落ちる。
思った瞬間には俺と中学生は、真下にいたゾロめがけて落下していた。

 

「大丈夫かよ。本当にちょうど下にいるんだからな、てめェは」
「受け止めろって言ったのはお前だろうが」
医務室を出るとすっかり日が暮れていた。閉園なのか蛍の光が流れてて、あまり人気もない。
例の中学生は彼女への面目は最低限立ったみたいだった。漏らしたりするよりは半泣きの姿を晒した方がまだマシだった筈だ。
頑丈に出来てるのか俺たちの下敷きになったゾロは特に怪我もしなかった。が、横顔はいつもよりも厳しい。…ひょっとして怒ってんのか?
「言ったけどよ。二人も落ちてきたらさすがに無理があるっての。それを馬鹿正直に」
「どうせ馬鹿正直で、色々察したり細々と気ィ回したりはできねえんだよ俺は。悪かったな」
「そこまで卑屈になんなくても…」
「俺は言ってもらわなきゃ分からねえつったろ、前にも」
奴は俺をきつい瞳で見据えた。「一緒に出かけんのが嫌なら、最初からそう答えろ。無理矢理誘ったりしねェよ」言い放つと、歩き出す。
──な…。
ちょっと、待てよ。
違う…ぞ。違うんだ。
「おい!」
頑なな後姿。
「止まれって。話聞け」
振り返ろうともしない。
「聞けっつってんだろ!」
ンのやろう。
俺は手加減なしに奴の脇腹に蹴りを入れた。
「…痛ェな。何しやがる」
「うっせえ!またてめェは一人で勝手に暴走しやがって」
顔を顰めたゾロの腕を引っ掴む。「言葉でいちいち言わなきゃ安心できねえのか。この俺が!てめェに神経使って断れなかったとでも?!笑わせんな」
デートだとかわざわざそんな改まって場所や時間作っていかなきゃ、俺たちゃ駄目になんのか。
形がなきゃすぐに壊れるようなもんじゃねえだろう…?違うのか?なあ…そう思ってんは俺だけかよ……。
恋人ごっこなんてしなくても。
一緒にいたいって互いに思ってりゃ自然に向き合って──なるようになんだろうによ。
これが女の子ならもっと話は楽なのに。ゾロにとってもそうだろうか。
「そりゃ恥ずかしいってのもあるさ、悪いかよ?俺は野郎とデートなんてした事ねェんだからな」
「…俺だってそうだ。だから、付き合い方なんてよく分からねェし…」
ああもうだからってマニュアルかよ、妙に律儀っつうか応用がきかねえっつうか、こいつは──こいつは…まったく…。
「ゾロ。カタチなんて、自分たちで作り上げりゃいいんだ。…じっくり、腰据えていこうぜ」
周りに誰もいないのを確認して、素早く奴の唇を掠めるとゾロが驚いて眉を上げた。俺からするなんて殆どねェからだ。
「……帰るか」
薄闇の中、ゾロは頭を掻いてぼそりと言った。
数歩進んだところで奴の左手がこっちに差し出されてきたのはやっぱり唐突だったが、俺は苦笑いしてごつい手を握ってやる。


キスより恥ずかしいかもしれない。

 

 

-fin-

 

20030709
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