ZAP  #file 18 -side Z-  

 

 

戦闘開始。

まさにそんな気分だった。
隣に住んでるんだが、奴の部屋を訪れるのは数日振りだ。
ドアチャイムを鳴らしても反応がないのでノックしてみる。五回叩いたところで扉が開いた。
「朝っぱらから、るっせえな!誰だ──…って何だてめェか」
サンジは寝起きまんまのツラだった。くあ、とだらしなく大欠伸をして頭を掻くと金髪が縺れてくしゃくしゃになる。「帰ってたのかよ。事件の処理、ちゃんとしてきたか?」
奴は徐に煙草を咥え、ごそごそとジャージのポケットに手を突っ込むと、ん?と言うように小首を傾げた。
「ちょっと待ってろ。ライター探してくる」
しまったあの店に忘れてきたかとか、いやナミさんから戴いた物をそんな簡単に忘れる訳がねえとかブツクサ言いながら服やら鞄やらをひっくり返していたサンジは漸く見つけたらしく、愛しのジッポちゃん会いたかったぜとミュージカルよろしく小躍りしてやがる。朝から元気な男だ。
気合が削がれる事この上ないが、こんな障害には俺は負けねえ。
「で?お前いつ帰って来たんだよ」
白い煙を美味そうに吐き、サンジが腕組みをして再び玄関までやって来る。
「ついさっきだ。始発でな」
「何だよ、部屋に帰る前に顔見たかったとか言うんじゃねえだろうな?止めとけよ、朝っぱらからクソ寒い。ただでさえ朝は最近妙に冷えるってのに」
そう言われて素直にそうですとも答え難いが。
「顔が見たかったんだよ、悪いか」
俺の言葉に奴が天を仰いだ。
「…悪いっつうんでもねェけどよ…恥ずかしい野郎だな、全く」
「別にそれだけじゃねえが。その…お前の今度の休みっていつか聞こうと思ってよ」
俺が躊躇いがちに奴の顔を見ると、サンジは今度は欠伸ではなくあんぐりと口を開いた。
「──てめェ、徹夜明けとかでちょっとオカシクなってんじゃねえ?」
たっぷり間を取ってから奴が眉間に皺を寄せて俺をまじまじと眺める。
「昨夜はちゃんと寝た。終電なくなっちまったから朝帰って来ただけだ」
「…休みを聞いてどうすんだ」
「俺の休みと合ったら、一緒にどっか行かねェか」
「どっかって?」
「決めてねえ。お前が行きたい場所がありゃ、そこでいい」
「えーと」
サンジは額にまで皺を寄せると指を当て、「それは世間一般的に判断すると、所謂デートというシチュエーションになるのはご自覚の上で?ロロノア・ゾロ君」
「そうなるな」
俺が頷くと、サンジはいよいよ渋い表情になった。「…駄目か?」
奴が舌で唇を湿し何か言おうとした途端、甲高いクラクションが鳴った。
「ロロノア!支度出来たか?」
マンション脇の狭い道に車を止めて、エースが窓から顔を覗かせている。
「…おはようございます。支度って…?」
邪魔をしに来たとは思わないがどうにもタイミングを狙ってるとしか思えない絶妙な登場に、俺は小さく溜息をつく。
「何だ、留守電聞いてねェのか。例の張り込みしてたアパートな、動きがあったからすぐに出動だってよ」
エースは乗れ、と顎で助手席を示す。「よう、サンジ。ロロノアが何か困った事言い出したんなら、いつでも相談に乗るぜ?」とちゃっかり笑顔を見せるのは忘れなかった。
「──別に困らせてなんかいませんから。変にチョッカイ出さないで欲しいんすけど」
走り出す車の中で俺が釘を刺すつもりで言っても、エースはいつもの如くの態度でサラッと受け流す。
「へえ?随分と強気じゃねェか。ちょっと前とはえらい変わり様だな。サンジは俺のもんだから手ェ出すなってか」
流石察しがいい。だが、すんなり引っ込む程エースが殊勝じゃないのも俺は知っている。
「いやあ、そりゃ確かに番狂わせだったけどな。まだ勝負は完全についた訳じゃねえぜ?胡坐かくのは早いと思うね」
「負け惜しみですか」
「んん、とんでもねェさ。まあでも、とりあえず想い通じてオメデトウとでも言っとくか。良かったな」
ニコニコするエースの真意は読み取れねえが。それでも。
「ありがとうございます」
「かーっ、抜け抜けと!堪んねえな〜、この惚気男はもう!」
あっぶねえ。エースが両手離して頭に手をやるもんだから、俺は慌てて横からハンドルを掴んだ。
危うく事故寸前で、しばらく張り込みを続けてきたアパートの前に何とか到着する。パトカーが既に二台止まっていた。
「どうした?逃がしたのか」
エースが現場の警官に事情を問い質す。
「いえ、殆ど捕らえましたが。たった今、主犯のバギーが警官一名を撃って逃走しました」
バギーはもとは怪しげな訪問販売会社の社長で悪質な詐欺紛いの商法をやってたらしく、きっかけさえあれば一網打尽にしてやると二課の刑事たちが息巻いていた。
ちょっと前にグループ内のいざこざから傷害事件に発展して、ずっとその動向を探っていたんだが。
「撃たれた警官の容態は」
「右の脹脛ですが軽症です。かなり錯乱している状態で撃ったようなので狙ったかどうかは…ちなみに五発撃ってきてます」
「今も銃は持ってるんだな?」
「おそらく」
ちょうど鑑識の連中と共に警察犬もやってきたので部屋の遺留品を犬の鼻に嗅がせる。
「よし、嗅ぎつけた」
ぐいぐいと縄を引っ張る警察犬について俺達は小走りに進んだ。
このあたりはアパートやゴチャゴチャと店舗が詰め込まれた雑多な建物が多いので身を隠すのはうってつけだろうが、まだ朝の九時頃で店は開いていないから人通りも少ない。さっさと捕まえないと面倒だな。
「…ここか」
小さなビルに着く。駅周辺は固められているから、とにかく人気のない所に逃げたんだろう。警戒を緩めずに階段を昇りかけた時、狭い廊下の奥から飛び出す影。
エースが拳銃を構え直す。が、それよりも向こうの発砲が一瞬早く、その弾は偶然かもしれないがエースの手から拳銃を弾き落とした。
「先輩?!」
「俺は大丈夫だから心配すんな。追え」
エースが促す。俺は走り出す。背の低いずんぐりした体型のバギーが懸命に逃げていくがスピードは早くはない。威嚇射撃するまでもなく追いつける、と俺は強く地面を蹴った。
と、唐突に奴が行き止まりで観念したのか立ち止まる。
「もう逃げられないぞ」
じりじりとバギーに近寄ると、バギーはこっちに銃口を向けトリガーを引いた。
「派手に死ね!」
俺は真横にあった路地に飛び込んだが、カチッ、と軽い音がしただけだ。弾切れか。
「くそっ」
逆上したバギーがその体には不釣合いな大型の銃を投げつけてくるのを避けて飛び掛る。鳩尾に拳を叩き込むと、奴はあっさりと気絶した。

 

マンションに戻って来たのは結局夜になってからだ。
自分ちに入る前にサンジの部屋の窓に目をやったが電気は消えてる。まだ寝るにゃ早いし、仕事か遊びか…結局朝は休みの日とか聞けなかった。クソ、エースのせいだと恨みたくなるが事件だったんだから仕方ない。エースと言えば腕が撃たれたのかと思ったが掠る程度で済んでいた。刑事ってのは運も良くなきゃ何年も勤められねェもんだ。
サンジに休みがあっても俺がしばらく無理かもしれねえなと考えつつ、自分の部屋に帰る。
風呂も面倒で、Tシャツのままごろりとソファベッドに横になった。
電気を点けた状態でうとうとして──どれくらい経ったのか、ドアが開閉する音に目を開ける。しまった、鍵。
「刑事の癖に無用心だなあ、てめェは〜」
上着を肩に引っ掛けたサンジが入ってきたと思うとドサリと身を投げ出すようにして俺の横に座った。
「酔ってんな」
色が白いから目の縁が赤いとすぐ分かる。
「酔ってますよ?今日は残念ながら休日で暇だったもんで、爆弾男が朝に投下してったブツを一日抱えるハメになったしな」
…爆弾男って俺かよ。
「そんな困らせる事言ったか。嫌なら別に」
「てめェは」
サンジはキッと俺を見詰める。「何回同じ台詞言わせんだ。嫌だったら話は簡単なんだよ、アホマリモが」
だったら困ることはないだろうと思うのに。やっぱりよく分からねェ野郎だ。
サンジの奴は自棄気味に俺の襟首を掴んだ。
「どうせてめェにゃ俺の繊細さは理解できねェんだ。するよ、すりゃいいんだろ。デートしてやる!ありがたく思えよな」
「──照れてんのか」
精一杯こいつの性格を考慮して聞いたつもりなんだが、奴は俺の胸倉を取ったまま器用に蹴りを入れてきやがった。
それを受け止めはしたが体勢が崩れて二人して倒れ込む。
「とことんおめでたい奴だな。大体だ、てめェは恥知らず過ぎんだよ」
サンジは呆れ口調だったが、あまりにその顔が間近くて。酒と煙草の匂いが入り混じって鼻先にかかると、ややこしい事は考えられねェような気がする。
吸い込まれるみたいにくちづけると押し返された。サンジが上目遣いに睨んでくる。
「…人の話聞いてんのか…っん」
だってそんな顔するお前にも責任はあるだろ。
触れるよりはもう少し深く唇を合わせるとくぐもった声がした。
「ゾロ」
生温い息を零して奴がくっと笑う。「お前って、馬鹿の癖にキスは上手ェよなあ…」
馬鹿の癖には余計だ。酔っ払ってるせいか珍しく身を摺り寄せてくるので、もう一度顎を捉えようとすると奴が項垂れた。
「おい?」
──寝てやがる。
俺の二の腕に頭を預けて、サンジはすやすやと寝息を立てだす。そういやこいつって酒が過ぎるとすぐ寝るんだった。
畜生。
生殺しじゃねえか…。
そうは思うが、何度目かに見るその寝顔は穏やかで妙に幼くて。

壊すのが勿体無い気がする。

やっと、こいつが俺の方を向いたんだと実感できるから。
俺は空いてる方の掌で、サンジの丸い頭を飽きもせずにずっと撫でていた。



-fin-

 

20030508
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