ZAP  #file 16 -side Z-  

 

 

止めろ、と本当は思っていた。
こんなことが言いたいわけじゃねェんだ。
こんな詰り方をしたって、サンジを怒らせるだけだって。
我ながら酷い言掛かりだと十分に分かってた──けど。止まらなかった。
エースとサンジが会っている。
それを知ってからどうにもジリジリして居た堪れなくて、俺は夜になっても眠れなかった。外の空気でも吸った方がいいと最初はそう自分に言い聞かせて、サンジの帰りを待ち伏せるつもりなんかじゃなく…いや、でも、そうだったのかな。一旦出てみたら、もうすぐ帰ってくるかも、今部屋に戻った途端に帰ってくるかも、と考えると俺の足は動かなくなっちまったから。
心配なんてのは言い訳で、単に俺が気になって仕方なかった。
朝方やっとエースの車が駐車場に入ってきた。奴らに見つかる前に部屋に戻ろうとはしたが、エースとサンジが唇を重ねてるのを目にして、また体が動かなくなった。
正直、一語一句は覚えてねェ。
頭に血が上っているのに胸の奥から冷えてくるみたいな気分で一杯になって、非難がましい台詞をやたらに並べたことぐらいしか。
サンジはサンジで言われっ放しで済ませる男じゃねェから、最後にゃ完全にキレたみたいでさっさと行っちまった。
引っ越すとか何とか、捨て台詞を吐いて。
俺が悪いんだよな、おそらくは。
だがよ。
あんな状況見せられて俺はどうすりゃいいんだよ。
二人で一晩過ごした。キスをしてた。
それだけが許せない現実として俺の中をぐるぐる回っていた。
そりゃ、確かに俺が勝手に好きだとか言ってるだけなんだから、サンジの奴が何しようが特に断りもいらねェだろうさ。
けど嫌だ。嫌なもんは嫌だ。
エースは勿論他の男だろうと女だろうと一緒だ。相手が誰でもあいつとキスをしたりするのは、絶対許せねえんだよ。
俺は髪をグシャグシャと掻き毟る。
…まるで、ガキの我侭だ。畜生。
部屋へ帰る気にもなれず、公園を抜けてそのまま署に出勤することにした。
「──遅ェぞ、ロロノア!ポートガスの奴は昼から来るから一緒に張り込みに行け」
相変わらず葉巻を数本咥えて、課長は書類から目を離しもしない。
言葉通り、エースがやってきたのはもう午後をだいぶ過ぎてからだった。
「すまんすまん。交代の奴らが待ちくたびれてんな、こりゃ。ちょっと急ぐか」
エースは普段と様子は変わらない。程々に力を抜いて、程々に緊張感を漂わせている。
それにつられて、俺も仕事に集中することにした。
「まだ初日だ…大した収穫はないだろうな」
車を止めて、エースがハンドルに顎を乗せて少し離れた所にある殺風景な造りのアパートを見る。
張り込みも夏や冬は辛いが、時期的にはまだ楽な季節だ。寝てないせいか、何も刺激がないとぼうっとしてくるが。
「眠そうだな。お前、完徹?」
ノホホンと訊ねるエースをきつめに睨んじまうのは、当然だと思う。
「…おかげさんで」
愛想良くしろってのも無理だろう。
「んー、何だご機嫌悪ィな」
エースは俺の横顔をしげしげ観察して、そうかそうかと一人頷いた。「さては、サンジに振られたか。可哀相に」
……クッソ、言ってくれるじゃねェかよ。
エースはもうサンジを落としたも同然なんだろう。余裕たっぷりで結構なこった。向かっ腹が立つ。
「張り込み中ですよ、今。それに、俺はもともと嫌われてるって…」
「おやおや、こいつは失礼。俺ァ勤勉な後輩君を持って幸せだね。しかも先輩思いで、恋する相手からも身を引いてくれるってか。いやあ、まったく幸せだ」
──気のせいかな。挑発にしか感じねェのは。
「あんまり勝手に話進めないで欲しいんですけど」
「え、だってサンジの事はすっぱり諦めたって言っただろ?」
「誰がそんな…!」
俺がキッと睨むと、エースは含み笑いをしている。駄目だ、こういう人間だって知ってんのについハメられちまう。
「いや、からかい甲斐があるぜ。面白いなあ、お前」
俺はちっとも面白くない。
「先輩、あいつの事…本気なんですか」
「さてね。本気だったらどうする?諦めんのか?」
聞いてんのは俺だってのに。いつもの調子でのらりくらりと、かわされる。
「……いえ」
「じゃあ俺の答はどうでもいいだろ。一番肝心なのは、サンジの気持ちなんだからよ」
あいつの気持ち?
そんなもん、とっくに結論出てるだろ。好かれちゃいないのは承知してる。
でもエースの言葉には一理あるかもな。
エースが真剣でもそうじゃなくても、俺の感情がそれで収まる訳じゃねェし。
「…先輩って嫌な人だな」
「お前ね。しみじみと言うか?まあ恋敵に好かれようとは思っちゃいねェがな。ほら、そろそろ仕事に頭切り替えろよ。ちゃんと見張れ」
バシッと威勢良く背中を叩かれた。

 


それから丸一日半は粘ったものの、結局動きらしい動きはなかった。
とりあえず眠ろうとマンションにフラフラと帰ってきて、廊下にいる人間を見て思わず立ち止まる。
サンジと奴のパートナーのナミって女、それからここの管理人のくれはとかいう婆さんだ。…と、ペットのトナカイ。
「じゃあ、宜しく。俺はこれから仕事だから」
婆さんと女に会釈すると、奴は俺を完全無視しやがった。駐車場の方へ足早に歩いていく。
「あ、ゾロ。久しぶり」
俺に反応してくれたのは、チョッパーとかいう名前の人語を解するトナカイだ。初めて見た時にゃ驚いたが、もう慣れた。
「行くよ、チョッパー」
「うん、ドクトリーヌ」
チョコチョコと歩き出すピンクの帽子を捕まえる。
「チョッパー、あいつと何話してたんだ」
「サンジか?うん、実は新しい部屋を──」
「チョッパー!さっさとおいで!」
相変わらず派手な格好の婆さんがキンキンと喚く。チョッパーは慌ててその後を追った。
「新しい部屋ってどういう意味だ」
俺は残った女を問い詰める。
「…いきなり何なの、アンタ。前から思ってたけど、女性に対してもうちょっと礼儀ってもんを弁えなさいよ」
オレンジ色の髪を掻き揚げると、偉そうに人差し指を立てた。
「うるせェな。それより引っ越すのか、本当に?」
「申し訳ございませんが、不躾で野蛮な男と話す口は持ち合わせておりませんの」
自称フェミニストだとか言ってるあいつにチヤホヤされるのに慣れてる為か、実に小憎らしい態度だ。くるりと背中を向けて、サンジの部屋の鍵を開けている。そういや、事務所も兼ねてるとか言ってたな。
「おい、答えろ!」
「それでは御機嫌よう」
女が冷ややかにドアを閉めようとするのを手で押さえる。「──何すんのよ、乱暴者!」
俺は構わず部屋の中に押し入った。
「不法侵入で警察に通報するわよ。って、アンタもそうだったわね」
女は仁王立ちで携帯電話を黄門様の印籠よろしく振り翳した。「現職警官が家宅侵入、婦女暴行で逮捕・懲戒免職っていう経験をさせてあげましょうか。……ちょっと聞いてんの?」
悪いが、聞いちゃいなかった。
荷造りされたダンボールがいくつも積んである。綺麗に掃除されて片付いた部屋は、変に明るい空間になっていた。
「あいつ、今日はここに戻ってくるのか」
俺の一方的な質問に女は諦めたみたいに溜息をつく。
「サンジくんなら、しばらくは泊り込みの仕事よ」
どれもこれも。
ここから離れたいという、はっきりした奴の意思表示に思える。


何だよ。

出て行くとか言ってたが、本当にこんなにすぐ行動しちまうなんて。
そんなに…そんなに、俺の近くにいるのが嫌なんだな。

このまま、一言も口も利かずにお別れだってのか。
せめて、ちゃんと謝らせろよ。馬鹿野郎。

いや…違う。

──馬鹿は多分、俺だ。


足に力が入らなくなって、磨きあげられた木の床にゆっくりと膝と掌をついた。

 

 

-fin-

 

2003.3.17
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