ZAP  #file 15 -side S-  

 

揺れではなく、その揺れが止まったせいで目が覚めた。
薄目を開けてみる。
外が明るいってことはもう朝だろう。
今いるのは車の中で、その車はバックしている。
俺が座っている助手席のヘッドレストに左腕をかけ、ハンドルを操っているのは…エースだ。
…え?寝てたのか俺?
つうか、いつの間にエースの車に乗ったんだ。
駄目だ、整理しろ。
確か昨夜は半分嵌められたみたいな感じだったが、仕事でエースと会って。うっかりきつい酒飲んで気分が悪くなったから、店を出て。
──キスされて。
ガバッと身を起こす。
「ああ、起きたのか」
エースが車を止め、サイドブレーキを引く。「よく寝てたよな」
「何…俺、ここ…いつ──まさか…」
「はあ?頼むから、文章組み立ててくれ」
エースがシガレットケースから一服するか?と煙草を差し出した。
俺は首を振って自分の煙草を出そうと上着を探る。
…おかしい。煙草の箱がねえ。いつもはここに入れてるのに。
落ち着け、落ち着け。まずは状況確認だ。
外は見覚えのある風景で、俺の住居兼事務所があるマンションのすぐ傍だと判断できた。それから車内を見回す。エースは捌けてるようだが意外に几帳面な男で小奇麗にしてあって、ロロノアや俺のと違いなかなかいい車だ。内装もシンプルだが質が良かった。
俺は服のあらゆるポケットを探しながら、エースに探りを入れる。
「キス…したよな」
「はい。美味でした、ゴチソウサマ」
しゃらっとのたまって下さる。いや、丁寧に頭なんて下げなくていいからよ。
「で──その後、なんだけどよ…」
「覚えてねェのか。殆ど寝てたもんなお前」
エースの穏やかな口調からは何も察しようがない。
「気分も大分良くなったみたいだったから、乗せて送って来たんだが」
それにしちゃすっかり朝なのが気になる。店出たのは夜中だったのに…時間かかり過ぎだ。
「お前途中で完全に寝ちまうし。こりゃもうチャンスだと思ってさ」
「なっ…」
「人気のない所に車止めてな。キスしても何しても抵抗しねェから、ちと狭かったがそのままカーセックスになだれ込んで──」
俺は思い切りドアを蹴り開けた。「おいおい、乱暴にしないでくれよ。まだローン残ってんだから」
「うるせえ。てめェ、今すぐ降りやがれ。車ごとオシャカにされたくなかったらな」
「車壊されちゃかなわねェや」
エースがゲラゲラ笑い出す。「ウソだって。幾ら何でも、意識半分飛んでるような奴相手にヤッたりしねェよ」
「嘘だあ?!」
「悪い悪い。お前が慌てるのが可愛くてさ、つい」
「チッ…。シャレにならねえ冗談言うんじゃねェよ」
「いやでも、自制したんだから褒めてほしいね。すぐ起こすのも勿体なかったし、ドライブがてら走った後も車止めて寝顔見てたのは事実だが。それは役得ってことで」
エースは、まだ喉の奥で笑いを堪えている。
「…それ以上は本当にしてねェだろうな」
「誓ってもいい。ま、あれだけ豪快に寝られると…信用されてる気がして裏切れなかったしな」
こめかみを掻き、そしていけしゃあしゃあと付け加えた。「どうせなら、堂々と戴きたいね」
つまり、諦めた訳でもないってことかよ。やれやれだ。
「とりあえず──送ってくれたのは礼を言っとく」
じゃあな、と最後に振り向いた瞬間、顎を掴まれ唇を掠められた。
「てめェ!」
慌てて離れると、エースの手を叩き落す。
「お礼のキスくらいは貰ってもいいだろ?昨日もしたんだし」
「ざけんな!昨日のだって、俺が酔った隙を突いたんじゃねェかよ」
俺が怒鳴っても意に介さず、エースはビシッと人差し指を立てる。
「その通り。隙見せるなよ、サンジ。油断大敵って肝に銘じときな」
このセクハラホモ大王が偉そうにどの口で抜かすのか。
呆れるやら驚くやら。どう非難してやろうかと考える俺に構わず、エースは立てた人差し指をゆっくり違う方向へと反らした。
俺も自然そっちに視線を移す…が。
──何ですか、アレ。
ロロノアが正に鬼の形相でマンションの入り口に立っていた。
どうしてあいつがこの時間に、あんな所にいるんだ。偶然ってのは…まず、ないだろうな…。
「じゃ、健闘を祈る。俺がいても火に油だろうし」
それはそうかもしれねェが、置いていかれる俺の立場はどうなんだ。車から降りたくないと一瞬感じたが、誤解が更に大きくなるのは困るし。
エースの車が軽い音をたて走り去るのは目もくれず、奴はこっちをじっとり睨んでやがる。
漸く見つかった煙草に火を点けてから、俺はロロノアのいる方へと歩いて行った。
普通でも人相の良くない男が苦虫千ダース噛み砕いてますみたいな顔してるのには、あんまり近寄りたくはない。けど、あいつの横を通らないと部屋には行き着けねェ。
足に鉛でもくっついた気がした。
距離が一メートル程になると、ロロノアが口を開く。
「……ちょっと、いいか。話がある」
ドス利かせてるつもりかよ。地の底から這うような言い方しやがって。
俺は紫煙と共に長い溜息を吐いた。

 

マンションに程近い所に小さな公園がある。
互いの部屋に入るのは俺は避けたかったし、かといって廊下は出勤する人間が通ったりで落ち着けない、という事でここまで足を伸ばしたんだが。
時間帯のせいか人気はなかった。噴水も止まってて、静かなもんだ。
「…ずっと、あそこにいたのかよ」
話があると持ちかけたのはロロノアなのに、ウンともスンとも言わず黙り込んでるもんだから、渋々俺が切り出す。
「ああ」
「…何で」
「昨日、廊下で会っただろ。あの後すぐ、部屋から女が出てきたんだ」
「ナミさんか?」
「そんな名前だったか。俺の顔見て、あ、思い出したとか抜かしやがるから…聞いてみたらお前がエースと会うらしいって分かった」
どっかで聞いた声だと思ったとか納得した様子でナミさんはそのまま帰ったという。
ああ、ナミさんに連絡入れときゃ良かったぜ…。
そうすりゃ、こんな居心地の悪い場面だけは避けられたのに。
「言っとくが詐欺みたいなもんだぜ。俺は約束の相手がエースって知らなかったんだから」
「だろうな」
ロロノアは唇の端を歪めて頬を引きつらせた。「エースは容赦しねェって言ってた。それくらいはするだろ。お前だって、何も知らないガキじゃねえ。十分、自分のしてる行動だって」
「おい、ちょっと待て。俺が合意でエースと会ってたとか思ってんじゃねェだろうな?あいつが前払いしちまってたから、仕事上俺は仕方なく」
「仕方なく朝まで一緒にいたのか」
「それは──」
「俺には勢いだどうだ言うわりに、エースと気軽に一晩過ごして。さぞ、ご立派な理屈があんだろうな」
くそう。
喋りだしたら随分口が回るじゃねェかよ。ロロノアの癖に。
こいつ、俺が帰って来てないのを知って待ち構えてる時間にきっとああ言われたらこう返そうとか、色々と考えて準備してやがったに違いねえ。
「待てコラ。そのヤラシイ言い方は何だ。かなり誤解してんだろ、てめェ」
「さっきもキスしてたじゃねえかよ」
「されたんだ!」
「へェ」
冷笑。こいつが…こんな嫌な笑い方するなんて知らなかった。「じゃあ、俺にキスされた時と同じか。被害者面しやがって、結局流されてんのはお前の方だろ。仕事なんて言うが、金払ったら俺とでも一晩過ごしてくれんのか?売春婦みてェに」
顔から。
血の気が引く。
…信じられねェ台詞だった。
これは、何だ。まるで修羅場じゃねェか。
いったい俺がどんな大罪犯したってんだ。
ロロノアにここまで言われる筋合いはあんのかよ。
俺とこいつは友人どころか恋人なんかじゃ全くない赤の他人なんだぞ。なのにどうして、こんな嫉妬丸出しの旦那に浮気現場見つけられた妻みたいな状況に陥ってる。
エースの奴も悪い。いつから気づいてたんだ?まさか宣戦布告で、わざわざロロノアに見せつける意図があったんじゃねェだろうな。
いや、俺がはねつけるのを見せる為だったとしたら…。
どっちにしても、こいつには通用しない。この猪突猛進野郎には。
俺が何言っても信じる気はねェんだろ。思い込んだら、他は全然頭に入らなくて。
許さねえ。
絶対に許さねェぞ、こいつ。俺に暴言吐いた事死ぬほど後悔させてやるからな。
「上等だ…」
語尾がやや震えるのは、怒りの為だ。我ながら短気なのは自覚しているが、ここまで怒髪天衝くような状態は初めてだった。
「俺は確かに仕事は選ばねェが、人は選ぶんだよ。てめェなんかの依頼を受ける気はねえ。いいや、それどころか」
いい加減うんざりだった。こんな男の相手してられるか。「隣の部屋にてめェが生息してるってだけでも気分が悪いね」
「…俺も似たようなもんだ」
ロロノアはこれ以上ないくらい苦々しい表情だった。多分俺といい勝負だと思うが。
「ハ。気が合うじゃねェか。俺の部屋はそろそろ、事務所としても手狭になってきたしな。ちょうど引っ越そうと考えてたとこだ」

そうして。一生、てめェの前から消えてやるよ。
さぞかし、せいせいするだろうさ。

 

 

-fin-

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