ZAP  #file 14 -side S-  

 




最悪だ、こいつ。
奴の顔はいつにも増して強面で、こんな場面でこんな冗談を言う奴じゃないのは知ってる。が。
思いつめた顔で腕を掴まれて、何となく嫌な予感はしたんだよな。
厄介な台詞を言い出すんじゃないかと。
実際その通りで、驚いたのは告白よりも一足飛びに結論に達したことだ。
お前、ちゃんと考えたか。
ロロノアって男はそういう奴だ。キスした時だって、そんなに深く考えがあってのこととは思えなかったし。突発的にキスするだけでも正気の沙汰じゃねェのに、「お前が好きだ」だときやがった。勘弁してくれ。今時そんなストレートな打ち明け方、中学生だってしねェだろ…。しかも弾打ち出したらそのまんま。結果によって、どうするかなんてとこまでは絶対に考えてねェんだ、この野郎は。眩暈がする。これが現実だとはとても信じられねェ。ってか信じたくなくて、でも奴にきつく握られた手首の痛みはリアルだった。
「…何言ってんだ、てめェは」
本当の所は失せろと怒鳴って蹴り倒してやりたいが、俺は優しいからな。馬鹿にも理解させてやる。「なあ。ちったァ落ち着いてモノを言えよ。お前は男で、俺も男なんだ」
「んな事ァ、知ってる」
「そりゃ良かった。で、てめェ今まで男を好きになった事なんかねェんだろ?だから何かの勘違いとかな、そういう可能性が高い。まあ…キスくらい宴会のノリでもするしよ、事故だと考えれば…」
「違う!」
険しい表情のロロノアが一気に詰め寄ってきて、ギクリとした俺は思わず奴の手を払う。また有無を言わさずキスされたり、下手したら抱きしめられたりするかもしれないと危惧したせいだ。当然だろ。何しろ前科がある。
ロロノアが撥ね退けられた両手の拳をギュッと握ったのが、視界の隅に映った。
「そういうんじゃねェって、さっきから言ってんだろ。俺は真面目だ」
怒気を孕んだ言い方は、まるで俺を咎めているみたいだった。
ああ、そうかよ。だったらこっちもキッチリ返してやらァ、お望みならな。吠え面かくなよ。
「真面目?真面目に好きだってか。ハッ、それが一番ふざけてるっつうんだ。てめェは真剣な気持ちを持ってる相手の意思も確かめずに、キスとかすんのか」
「…それは…さっきちゃんと──」
間抜け。チャラにしてやるってのは衝動的なあの行為だけなんだよ。それだって俺にしたら百歩は譲ってんだ。全部納得したなんて思ってもらっちゃ困る。てめェは説明さえしなかったんだからな。俺が何に一番ムカついてるか分かってねェんだろうが、この単細胞。
「謝られて許せることと許せねェことがあるっての。てめェは簡単に好きだなんて言うけどな、単に勢いでキスしたの認めんのが嫌なだけなんじゃねェの」
ガン、とスチールの扉をロロノアの奴が強く殴ったので、俺は言葉を止める。
ドア…凹んだぞ……。
「簡単に、なんて、そんな訳ねェだろうが」
喉の奥から押し出す低い声。
俺が下唇を舐めると同時に、ロロノアの携帯が鳴った。
どこかホッとした気分で俺は小さく息をつく。奴は二言三言ボソボソ喋ってから(敬語だったので多分エースか上司からだろう)電話を切って俺を睨む。
「確かに俺は悪かったと思ってる。けど、本気だって事については謝ったりしねえ」
開き直りやがったかと思ったら、背中を向けて歩き出す。
──言い逃げかよ。ミサイル投下してよ。
ああ、もう。
最悪だ、まったく。お話になりゃしねえ。 

それから暫くは平穏な日常だった。生活のサイクルが違う為、意図的に会おうとでもしなきゃロロノアの奴とは顔を合わせない。
俺が仕事から戻ると奴の部屋に電気が点いていたりもするから、部屋には帰って来てるんだろう。
俺は部屋を出る時に、ドアの前で気配を窺ってからノブを開ける癖がついちまった。やっぱ進んでは会いたくもねェもんな。何だかあいつにビクついてるみたいなのも、引っ越そうかと思う自分も嫌になるが。俺には後ろ暗い所なんかねェのに…。
そんなふうに数日過ぎたある日、ナミさんがやってきた。
「仕事よ。そうね…一種ボディガード、かな。忙しくない時期だから引き受けちゃったけど、いいわよね?」
「そりゃナミさんの請負ってきたものなら。例え火の中水の中」
「ハイハイ。今日の午後四時にこの店に行って」
ナミさんはいつもの調子で軽く流した。
渡されたメモ用紙にある店の地図と名前を頭に入れる。データ処理なのかパソコンと睨めっこしているナミさんが、ふと顔を上げ指示をした。
「あ、黒スーツ着て行ってね。向こうから接触してくる筈」
「依頼人の目印はなし?」
「手に薔薇を持ってるらしいわ。私も電話でしか話してないの」
「…そりゃまた」
ロマンチックっつーかドラマチックっつーか。粋な美人じゃないかと期待しちまうな。「んじゃ、行って来ま〜す」
滅多に行かない場所だから急ごうとドアを開けたが──ロロノアが廊下を歩いてくるのに鉢合わせちまった。
しまった、ナミさんもいたし外の様子見るのをうっかり忘れてた。
奴もこの偶然に驚いたのか眉を上げる。
「出かけるのか」
「…仕事だ」
無視するのも大人気ないから、短く答えて俺は奴の前を通り過ぎた。話したくもなかったし、現実問題として四時に目的地へ着こうとすれば、あまり時間がない。幸い、ロロノアは引き止めたりはしなかった。
駐車場に苦労しそうな駅前なので、電車を使って目的の店に着く。
明るい雰囲気のショットバーで、客はそこそこ。
全体を見回したが、薔薇を手にしている人間はいない。俺は隅の椅子に腰掛け、ジンジャーエールを頼んだ。爽快な味が喉を通り抜けていく。待つ程でもなく後ろから声をかけられた。
「お待たせ」
最初に視界に入ったのは赤い花弁。
「…って、おい。まさかアンタが…」
一本の薔薇を持っているのは、エースだった。
「来てくれてホッとしたぜ?」
エースは俺が口をポカンと開けているのを可笑しそうに眺め、薔薇をテーブルの上にあった花瓶に滑り込ませた。
「金までかけて、笑えないネタかましてくれるな」
非難しても、エースはさっぱり応えない。
「だって仕事でもないと、俺と個人的に会ってはくれねェだろ?」
「公私混同はしたくねェ。悪いがキャンセルさせてくれ。だいたいアンタが俺に守られるようなタマかよ」
俺が席を立つと、エースは茶目っ気たっぷりに白い歯を見せた。
「前払いしちまってるから。多めに払ったら、どうぞこき使ってやってくれってさ。あのコ…名前何てったっけ?」
「……クソ」
現金先払いか。
ナミさんはおそらく返さないだろう…そんなトコもイカスんだが。エースは両手を合わせてウィンクする。
「ゴメンな。正直、これでも焦ってるんだ。お前が嫌がる事は絶対しないって約束するから── 今日は付き合ってくれねェか?心配なら、お前は酒じゃなくていい」
情けなくも見える面で、形振り構わないって感じだな。
「そうまでして、俺と居たいのかよ…」
俺は冷ややかな態度は崩さないながらも、再び腰を下ろす。
「好きになっちまったもんは仕方ねェからさ」
何かな。ロロノアと同じく俺を好きだなんて言っても、実にタイプが違う。ここまで堂々と言われると清々しさすら…いや、そんな呑気な場合じゃねェんだけどよ。
ホモどうこうを除けば、エースは気が置けない魅力的な男だ。警戒心を解いた訳じゃないが、話題が豊富だし話も弾む。
だから、こうして飲んだりするのは結構楽しい。
「──だからよう、アンタいったい俺のどこに惚れたっての?」
別に酔ってるんじゃなく、あれこれ喋ってるうちにすっかり口調が砕けちまった。好かれたくもねェから体裁取り繕う気もねえ。
「一目惚れ」
エースが淡々と言う。ハッハーと俺は嘲笑ってエースの背中を力任せにバシバシ叩いてやる。野郎に口説かれて笑わずにいられるか。
「あのさ。これっぽっちも望みねェよ?俺女の子大好きだし。お気の毒だね〜」
「気の毒じゃねェよ。今こうして隣にお前がいれば、とりあえず幸せだ」
「随分ささやかだな」
「恋なんて、そんなもんさ」
ぶはっ。いかん、マジで吹き出した。
「アンタ…つくづく恥ずかしい奴だな。俺だってレディ口説く時にそこまでは言わねェぞ」
咳き込んじまったじゃねェかよ。
「そう言われても、事実だからなァ」
エースは俺が吹いてしまったコーラをお絞りで拭いている。どこまで真剣なんだか、こいつは。
「でもよ、好きな相手だったら普通は色々とやりたいもんじゃねえ?」
「無理にはしねェよ。嫌われたら辛いからな」
まあ、そうだよな。てこたァ、やっぱりロロノアの奴は行動がヘンなんだよ。俺は苛々と近くにあったグラスを一気に空けた。
「あ、おい。それ俺のだ」
エースが少し慌てて言うが、もう遅い。
胃がカッと熱くなった。…なんつーキツいの飲んでやがんだ。こりゃウオッカベースだな。匂いもしなかったから油断しちまった。エースが全然酔ってないし、度数低いヤツかと思ったら…。
「大丈夫か?」
「平気だ。しばらく待てば…」
俺は酒には弱い方じゃない。だが、食事らしいもんは口に入れてなかったせいか、全身を酒が駆け回って暴れてる気がする。
ヤバ。吐くかも。
口を押えて立ち上がった途端天地がひっくり返った。ああ倒れるなと妙にゆっくり感じたが、グッと体を後ろから支えられる。そして抱えられるようにしてトイレに連れて来られた。しかし飲んでばっかりだったし、吐く物も殆どない。
洗面台で顔を洗ってうがいをすると少しましには、なった。
「…出よう。人が多いと気分もよくないだろ」
エースに半分体を預けちまったまま、ずるずると足を半ば引きずりつつ店を出る。近くにあった公園で、座れと促された。
夜の空気もベンチもひんやりして、その感触は悪くない。
「どっかで休むか?車で送ってやってもいいが、今の状態だと乗るのは辛いよな」
「アホか…その手は食うかよ…。俺をどっかに連れ込もうったって──」
エースは俺の肩をすんなりと抱き。
「好きな相手に無理強いはしねェって。信じろよ、サンジ」
野郎に触られてるんだが、あまり不快じゃなかった。大きな手は、何となく安心できて瞼を閉じる。俺には兄弟はいねェが、もし兄貴とかがいればこんな感じなのかもしれない。
「まああんたは、イイ奴だとは思う…。それに引き換えロロノアの野郎はよ…」
隣のエースが軽く笑ったのが、伝わる振動で分かった。
ん?俺いつの間にエースに凭れてたんだ?
身を起こそうとするが背中とか髪を行き来する掌が気持ち良くて、離れるのはちょっと勿体無い気がする。
何もかもが、どうでも良くなってくる程。相変わらずゆっくり優しく撫でて時々顎をくすぐってくる、暖かい手と指。
猫にでもするような仕草が心地良い。
現実と夢の狭間にフワフワ漂ってる感じで。それでも。

…唇が温かくなったのは、夢じゃなかった。

溶けそうな柔らかいキスも。




 

-fin-

 

03.1.24
[TOP]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送