ZAP  #file 13 -side Z-  

 

 

ベラミーとその仲間を連行して、調書や報告書を作成して…と色々やってたら、明け方になってしまっていた。
ベラミー達は本当の犯人ではないものの守衛を撃ったりしたから、その罪からは逃れられない。誰かに頼まれたのかと聞いても、どうも曖昧で地道に取り調べるしかなさそうだ。たいてい、事件なんてそんなもんだがな。
エースが伸びをしながら、俺の背中を軽く叩いた。
「今日はもう送ってやるから、少し寝て昼から出勤しろよ」
「はい」
電車ももう少し待てば始発が動き出すだろうが、妙に疲れて眠かったし俺はエースの言葉に甘えることにする。
エースの車は俺のと違ってクッションが良くてシートに凭れていると揺れでついウトウトしちまったが、そう遠い距離じゃないので寝ていたのはほんの十数分じゃないだろうか。明るくなった窓の外を見るとマンションの前だった。
礼を言って車から出た時、エースがハンドルを持ったまま言う。
「お前、サンジに手ェ出しただろ」
それは質問ではなく、確認だった。
俺が否定しても多分通用しない、強い口調。
「本気なんだろうな?」
重ねて聞く。語尾は上がっててもこれまた疑問形じゃない。
ハンパに誤魔化そうなんて思うなよ、と言外に匂わせている。
それでも、俺は。すんなり認める訳にはいかなかった。
「──何がですか」
「身に覚えはない、と言いたいか?あれだけサンジに避けられてて」
エースあくまでも普段通りの様子なんだが、適当に言い逃れられる雰囲気じゃなかった。けど。
「…嫌われるのは当然だし、仕方ないすよ」
「お前ね」
呆れた表情でチラと視線をこっちに寄越す。
「そりゃあんまりだぜ…。サンジが怒るのは無理ねェな〜」
いや、あいつが怒ってるのは知ってる。何でそんなしみじみと言われるのかが、俺は分からなかった。
「まあ、いい。お前がそのつもりなら、俺だって容赦しねェよ」
実に物騒な脅し文句を頂戴した。「勝負はフェアに行きたいからな。忠告しといてやる」
俺がどう答えていいものやら戸惑っているうちに、エースは車を出してしまった。
徹夜のせいもあって、頭が働かないが考えなければならない事は山ほどあった。あれこれ思考するのは苦手なんだが。
今夜と言うか昨夜の事件もはっきりしない点が多いし、エースは意味ありげに挑戦状を叩きつけてくる。そしてサンジは…。
俺は鍵を開けて自分の部屋に入る。エースが投げた爆弾のせいで目は覚めちまった。
狭い台所にサンジが立っていたのは、随分前だったような気がする。
何か飲もうと冷蔵庫を空けたら、食器が押し込まれている。昨日サンジが作った料理。一人暮らしだから小さな冷蔵庫なんだが、ギュウギュウに皿や鉢が犇めき合っていた。
この器もサンジの部屋から持ってきたやつだ。俺の部屋には丼と皿一枚しかなかったから。
俺はそれを出して机に置いていく。
腹は減ってる筈だし食えばそれなりに眠気も訪れるだろうと、俺は箸をつけた。電子レンジなんてもんはないから、冷たいまま食うしかない。
料理名なんてさっぱりな俺だが(実際天ぷらのようなもの、サラダみたいなもの、ぐらいしか判別がつかねえ)、それでもきっちり手間をかけてあるのは分かる。単に材料切って焼いたり煮たりしただけじゃないだろうってことぐらいは。
材料も余ってたとかでふんだんに腕を揮ったのか、並べて見るとまったく一人にしちゃ豪勢過ぎる食卓だ。
勿論、料理が好きで趣味のあいつはエースだって誰だって同じようにするだろう。そう、俺じゃなくても良かった。
だいたい、メシ作ってくれたり入院の世話してくれたのも、ただ他にやる奴がいなくて意外にお人好しのあいつが引き受けてくれただけだ。
退院もしたんだから友人でもない俺を構う必要はあいつには、全くなくなった。
…止めとばかりに、キスなんてしちまったもんな。

最後の晩餐。

ふとサンジの言葉が頭を過ぎる。
こんなに豪華で美味いのに、こんなに寂しいメシは初めてだと、思った。



耳障りな、甲高い携帯の呼び出し音。
俺はこういうのを弄くる方じゃねェから着メロとかも設定してねェし、無愛想な音のままだ。それが単調に繰り返されて、起き上がる。うっかり服のまま寝ちまってた。サンジが置いていった食事は流石に一度で食いきれる量じゃなく、でも捨てる気にはとてもなれなくて。残ったものは冷蔵庫に入れる。
電話は、そろそろ出て来いとエースからの催促だった。時計を見れば午後二時を過ぎている。 まだ寝かせておいてくれた方だろう。
顔を水で洗い、上着を引っ掛けて廊下に出た。このマンションは独身者が多いせいか、この時間だと静かなもんだ。数歩進み、俺は足を止めた。サンジの部屋の前で。
…中にいるんだろうか?あいつは不規則な仕事だから、いつ家にいるのかが掴めない。いるなら会って話したいと思い、ドアの横のチャイムを鳴らしかけて…。
俺はいったい何を奴に言えるだろう。
弁解?謝罪?
あいつはきっと、俺と会うのすら疎ましく思うに違いない。
昨夜、奴は俺と絶対に目を合わせなかった。俯き加減の頭、前髪が被さっている横顔。それから背中ぐらいしか見ていない。
触るなと言われた。嫌悪と敵意を剥き出しにして。
──それは、はっきり言って結構なショックだった。
他人に好かれようが嫌われようが、特に気にした経験なんてなかったが。あいつにもこれまでだって好かれてるとはお世辞にも思っていなかったし、奴は口も悪いから今更かもしれない。でも…あんな突き放すみたいな態度は取られたことがねえ。
今サンジがいたとしても、昨夜と同じように冷たくされる。
そう考えると止まっていた足は階段に向かって動く。けど再び止まって引き返す。方向転換して少し進む。と。
「鬱陶しいんだよ、てめェは」
いつのまにか静かにドアが開いて、黒いシャツにジーンズのサンジが腕組みをして立っていた。火の点いてない煙草を咥えながら。寝起きでもないのか、普段着でも髪や服はきちんとしていた。身なりには気を使う男だ。
「用があんなら言えよ。人ン家の前ウロウロしやがって」
「俺とは…もう話したくねェだろうと思ったからよ」
呟くと、サンジはへえ、と顎を反らした。
「よくお分かりで。けどまあ、言い分があるなら聞いてやらなくもねェがな」
「……すまん」
「どれに関して謝ってんだか」
金髪をかきあげ、皮肉に笑う。「ホモだってのを隠してた事か?それとも、キスした事か」
「っ…隠すも何も俺は最初っからホモなんかのつもりはねェ」
「あっ、そう。ホモでもないのにシラフで男にキスすんの、アンタ。ひょっとしてキス魔だったりして」
「そんなんじゃねえつってんだろ」
「じゃあ何だ。その場の勢いかよ」
「いきなり──したのは…悪かった」
「ふーん。それ以外については悪くないってか。泥棒にも三分の道理、盗人猛々しい。この場合、どっちだろうなあ?」
何にせよ、俺に非があるのか。けど否定はできない。確かにそうかもしれねェから。
「ま、けど」
サンジはポケットから銀色のライターを取り出して、慣れた仕草でキンと蓋を鳴らして開ける。「いきなりのセクハラ行為については、謝っていただいたし?チャラにしてやるさ」
「チャラ…」
「ああ。てめェもこれでスッキリすんだろ。もともと、ダチでも何でもねえ…。これからは会っても無視して構わねェよ。俺もそうするし」
フーと煙を吐くと軽く手を振った。「んじゃ、そういう事で」
踵を返す。サンジの台詞は尤もで、俺自身それに近い事は考えていた。だが。
実際こうしてこいつが部屋の中に入ろうとするのを見て、俺は反射的にサンジの腕を取る。奴は鬱陶しそうに俺を見た。
「何だよ。まだ何かあんのか」
例え隣に住んでいても、互いに生活時間は不規則だから偶然会う機会は滅多にない。ちょくちょく会ってる気がするのは、やっぱりそれなりに理由があったからだ。
この先ずっと話すどころか顔を見るのも難しくなると思うと、なかなか認められなかった気持ちが一気に湧き上がってきて止まらなくなった。

気まぐれとか勢いでキスしたと本当に思ってんのか。
もしそうなら堪ったもんじゃねェぞ。
俺はそんな…いい加減な気持ちなんかじゃ…。

それを分からせるまで、こいつの腕は絶対に離す訳にはいかない。
もう、俺の逃げ場はどこにもなかった。

「お前が、好きだ」


──いつからかは分からないけど。




-fin-

 

03.1.13
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