ZAP  #file 12 -side S-  

 

『今夜0時 金の鳥をいただく』

白い素っ気ない紙にパソコンから打ち出された文字。
予告状つきの泥棒なんて、まったく冗談みたいな話だ。
現実は時として映画や小説よりも奇妙な事は起こるが、それにしてもな。
まあ仕事であるからには真面目に取り組むさ俺だって。
けど、仕事とは言え事件よりもふざけた男たちと一緒ってのはいただけない。非常にイタダケナイ。
気が散るから帰れと言いたいが、あっちも仕事で来てるからにはそうも行かねェだろう。だいたい口を利くのもゴメンだ。ホモめ。
「読んだんなら、寄越せ。保管するから」
ホモその1であるロロノアの指が触れる寸前に、予告状を机の上に放り投げる。
「12時までにはまだ間があるな。クリケットさん、本当に犯人の心当たりはないのか?あと、この像を狙われる理由とか」
時計を見て俺はこの家の主人、モンブラン・クリケットに聞く。
「ないと言ってるだろう。まあこの像は手に入れるのには大分苦労したから、貴重には違いない。それにさっきも言ったように脅迫電話もあったし、この数週間ほどはガラの悪そうなガキどもがうろついてて、窓を割られたり車に悪戯されたりはしたな…」
「その辺は他の警官に当たらせるか──おい、サンジ?どうした」
扉に手をかけると、ホモその2のエースが声をかけてきた。
「うっせえな。ちょっとこの家の中見るだけだ」
俺は言い捨て、広間を出る。
まったくあんな奴らが揃って刑事だってのは、世の中どうなってんだかと嘆きたくなるね。エースだけでも信じられねェのに、ロロノアまでが俺に……あんな──畜生。
そうだ、特にロロノアの奴だ、始末が悪いのは。
馬鹿が。
ホモだってのはいいにしても(いや、良くはないんだが)いきなりキスしてくるってのはどういう了見だ。
こうなると、今までのあいつの妙な行動が裏打ちされる気がしてきた。
要するにエースが俺にちょっかい出すのが嫌で、壁から落ちたり病院抜け出したりした訳か。
ふん。
俺の身を心配してるように見えて、結局自分がそういうのしたかっただけなんじゃねェかよ。アホらしい。
ダチとか言える関係じゃなかったが言いたい事言えるし、最近じゃ世話したせいもあるのかちょっと懐いてきて悪い男じゃねえと思ってたのに。
俺が野郎に構うなんて、自分で言うのも何だが珍しいんだぞ。その貴重な俺の誠意を踏み躙りやがった。
ざけやがって。舐めてんじゃねえ。
「あ、ごめんなさい」
廊下を進むと、メイドの服を来た女の子数人がワゴンを押してくるのに当たりそうになる。俺は軽く会釈をして、
「や…こちらこそ失礼。手伝いましょうか、お嬢さん」
「いいえ、仕事ですから」
はにかんだように一人のメイドさんが微笑む。
へへ、可愛いなあ。やっぱり女の子はいいや。
つか普通なら、そうだろ。
何を好き好んで、わざわざ男の俺を──。
どうしたって思考がそんな方向に飛んじまう。全部あいつのせいだ。俺はイライラと煙草を噛んだ。
とにかく、今は仕事仕事。
屋敷内をぐるりと一周して、広間に戻る。相変わらず番犬よろしく像の周りをロロノアたちが囲んでいた。
そう大きな像じゃない。せいぜい高さ三十センチくらいだろう。鈍い黄金にダイヤや翡翠が全体に埋め込まれている。翼があるから鳥を象っているのは分かるが…不細工な形だ。
俺は少し離れたところで煙草に火を点けて時計を見た。
最近ではあまり見ない、大きな壁掛け時計が静かな部屋で時を刻んでいる。
ちっ、ちっ、と秒針の音まで古臭い。
そろそろ十二を指すなと俺は自分の時計に目をやった。…どうも大時計の方は多少遅れているらしい。ちょうど0時だった。さてどうやって盗む気かと部屋全体を見回す。
その瞬間、部屋が真っ暗になる。
「──おい!」
エースが怒鳴った。次に落ち着いたクリケットの声。
「非常用の電源が入るはずだ」
おそらく一分か二分くらいのものだったろうが、暗闇ってのは時間の感覚が狂う。再び灯りがついた時、案の定テーブルにあった金の像はなくなっていた。
「古臭い手に引っかかったな…しかしそれにしても誉めたくはないが手際がいい」
エースが舌打ちして、警官たちに周囲を包囲するように指示する。ロロノアもそれに従って部屋を出て行った。
俺はエースに命令される立場じゃねェから、単独で動く。
警官の数は多いが、それだけに紛れて逃げるのは難しくないかもしれない。
廊下を抜け、玄関まで出ると門の辺りが騒がしかった。
「捉えたぞ。エース警部補に知らせろ」
…エースって警部補だったのかよ。いや、そんな事ァどうでもいい。
捉えたって犯人をか。手際の良かったわりに、逃げるのはもたついてたんだな…。
ロロノアが一人の若い男を押さえ込んでいた。
「大人しくしろ」
「うるせえ。ヒラ刑事がこのベラミー様に偉そうな口利くな。畜生、こんなところで捕まる筈じゃ──」
「言い訳は署で聞いてやる」
「そいつが盗んだのか?像は…ああ、これか」
俺がベラミーとかいう奴の腹の辺りを足で持ち上げると後生大事に抱えてる金色の塊が見える。俺はふと眉を寄せ、そのまま門を通り過ぎた。
「おい!どこに行くんだ?」
ロロノアが怪訝そうな様子だが、答える気はない。別に子供じみた無視をしたのではなく(ちったあ、あるかな)説明してる暇がねェ。
あいつもベラミーを押えているのでそれ以上縋る気もないらしかった。
俺は半分走りながら、薄暗い道を進む。本来閑静な住宅街だから、クリケット宅から少し離れると人通りはもう殆どない。
街灯に仄かに浮かぶ、すらっとした後姿を見つけて俺はホッと息をつく。
「レディ。それを返してもらえませんか」
その女性は全く逃げている素振りもなく落ち着いていた。ゆっくりと振り返る。
「何の話かしら?」
「その鞄に入ってる金の像の事だよ」俺は彼女からやや距離を置いて足を止めた。「…ロビンちゃん」
「あら…。覚えていてくれたのね」
ロビンちゃんは相変わらず神秘的な雰囲気だ。
「俺ァ女性の顔は忘れないタチなんだ。特に美人はね」
一応犯罪者なのに緊張感のない対峙だとは我ながら感じるが…。「メイドの格好もよく似合ってたな。写真撮りたいくらい」
「…もう撮ったんじゃない?」
「どうだろうね」
「私を警察に突き出すのかしら」
「できればそんな事はしたくねェけど。…あのベラミーとかいう奴を犯人に仕立てて像をすり替えて──お見事、惚れ惚れだよ。でもちょっと派手すぎるかな」
「そうね…。私も意外に鋭かった探偵さんには感心するわ。今回はこれを返してあげる」
手袋をしたまま持っていた鞄ごと俺の方に投げてきたので、ずしりと重い手応えを受け取る。
「…俺が君を黙って見逃すと?」
「私を捕まえるよりも自分の心を捕まえなさい、探偵さん。迷いが顔に出てるわよ」
鮮やかに微笑み身を翻して──カツカツと靴を鳴らして歩いて行っちまう。
俺は彼女を追いかけるつもりもなかった。
鞄を開け、中の像を確かめる。
刑事だったら彼女を放っとく訳にもいかないだろうが、俺の今日の仕事はこの像を守ることだ。
それにしても、ああいう女性にはどうにも敵わねェな…素敵だ…。
ポーッとしつつ屋敷の方に戻るとロロノアが玄関に突っ立っているのが視界に入り、俺は一気に気分が沈む。
「お前…どこに行って…」
細い眼を見開いて無意識なんだろうが奴が手を伸ばしてくる。
「触んな」
俺が小さく、だがぴしゃりと言うとロロノアは叱られた犬みたいなツラになった。
てめェなんかに傷ついたような表情する資格はねえぞ。
先に裏切ったのはそっちだろ。
それとも、そんな自覚はねえか?深く考えて行動する性格じゃねェからそうかもな。おめでてェ奴だぜ、ったく。
「間抜け刑事さんたちが引っ掛けられてる間に、本物の像を取り戻してきてやったんだよ」
「本物?じゃ、あのベラミーってのは」
「まあ、最近うろついてた奴らってのはあいつとその仲間だろうがな」
それもロビンちゃんの画策だったんだろうか。だが彼女の事だから、ベラミーとの関係は調べても出てこないように手を回してそうだ。
ロロノアは未だ呆気に取られているらしかったが、いつの間にか傍に来ていたエースが頷く。
「それで?真犯人は逃したか」
「俺は別にケーサツの人間じゃねェからな。後はお前ら勝手にやれ」
像を取り返してやっただけでもありがたく思えっての。
クリケットにその旨をとにかく告げ、俺は屋敷を後にする。
ロロノアが俺の背中をじっと見送っているのを感じるが、絶対に振り向かないと決めていた。

 

 

-fin-



03.1.5
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