ZAP  #file 11 -side Z-  

 


ジュウッという音とほんのり焦げたような匂い。コトコトと鍋が蓋を揺らす。
入院したり何だりでサンジに料理作ってもらった回数は結構多いが、こうして二人きりで、料理してる姿を後ろから見ているのは初めてかもしれない。
形は俺の快気祝いだったから、本来ならエースもいる筈なんだが夕方の事件のせいで署に行ってるしな。
背中を向けたサンジは、鼻歌混じりに咥え煙草で調理に勤しんでいる。材料が腐るのは勿体無い、という奴にしたら多分尤も至極かつシンプルな理由でメシを作ってるんだが。
状況的にはこいつと俺しかこの部屋にはいなくて、それを意識する方がおかしいのかもしれねえが。

ああ。
やべェな、マジで。

白いうなじとか袖捲りをした骨っぽい手首とか引き締まった腰とかに、どうしたって目をやってしまう。
俺はいつからホモになっちまったんだ…。
こいつにキスしたのが単なる気の迷いだったら良かったのに。
けどエースがサンジに抱きついてるのを見た時にゃ、我を忘れてエースを殴りたくなるのを必死で抑えてる自分がいた。
俺は──こいつに惚れちまったのか?
認めたくない。断じて認めたくないが。
気になって、やたらコイツの事が頭に浮かんで。他の奴とくっついてたりしたら許せねえ、なんて。
最悪だ。男に嫉妬だと…俺は今までそんな経験は全くねェんだぞ。
サンジの奴も悪い。
女好きのただのガラ悪いチンピラかと思ったら、意外に優しかったり。意外に可愛かったりして。可愛いっても、女っぽいとかそう言うのとは無縁の…ああくそ、何つったら良いのか分かんねェけどよ。
とにかく不意打ちばっかりされてる気がする。そんなのは、卑怯だろ。
八つ当たり。責任転嫁。何とでも言ってくれ。
「おい、ボケッと座ってんなら、この辺の奴運べよ」
サンジが首だけをこっちに向けて言ったので、俺はのそのそ立ち上がる。
「流石に量が多いよなあ」
サンジはフライパンから皿に料理を移して呟く。俺は指示された通りサラダの入ったボウルを持って運びつつ、
「まあ…最初は三人の予定だったしな」
「エースに、仕事終わったら食いに来させるか?」
「いや。俺が食う」
即答した。エースとサンジが会うのは、極力避けたい。アオリはこっちに来るんだからな。意地でも全部食ってやる。
「そうか?しかし普通じゃとても…」
サンジがキョトンとしたものの、奴の携帯が鳴ったので言葉を止めた。「え?ああ、ナミさん」
仕事の話か。
俺は台所を出ようとしたが、サンジが喋っている横で揚げ物の鍋がパチパチ言ってるのがふと気になり中の物を取り上げようとして。
「熱っ!」
油が反乱を起こした。
「うわ。アホかてめェは!──ああ、ごめん、ナミさん。話は分かったから後で行くよ」
サンジは電話を切ってポケットに放り込むとガスの火を消した。「水につけてた箸を油突っ込んだら、そりゃ弾くっての。しかも掻き回しやがって。もしかしてワザとか、あァ?」
「知るかよ、そんなの。料理なんかできねェんだって前にも言ったろ」
「威張るなボケ!」
俺の額を小突いてから、指を観察する。「あーあー、火傷しちまって。馬鹿だね、ったく」
「うるせェな。いいから離せ」
手を振り払い水道の水を出して冷やそうとすると、サンジがケツを蹴ってきやがった。
「何しやがる!」
「アホ、流水なんかにさらしたら余計に酷くなんだろが。こっち来い」
だって火傷って冷やすもんじゃねェのかよ。
奴は有無を言わせず俺の腕を引っ張り、座れと命じた。そして自分の部屋に取って返すと持って来た救急箱から出したガーゼで指を拭き、小さなプラスチック容器の蓋を開ける。
「…何だそれ」
「馬油」
「火傷の薬か?」
「ま、専用でもねェが万能薬みたいなもんだ。あれだ、知ってっか?ガマの油売りに使われてたのも、これらしいぜ。さてお立会い。ここに取り出しましたるは…」
「口上はいい。やるんならさっさと──」
「ちっ、折角披露してやろうと思ったのにな」
サンジがブツクサ言いながらも、中身を赤くなった部分に塗りたくる。新しいガーゼを巻くのを、俺はじっと眺めていた。いや、正しくは視線が外せなかった。
長い睫毛と妙に真剣に手当てする眼差しが、あまりにも間近で。
…近過ぎて。
体に相応な、細長い指が器用に包帯を巻いている。白魚のような、という古臭い美辞表現が思い浮かぶが、そぐわない。筋張ってかさついた感じの少し荒れた手だ。俺と比べて色の違いは歴然としているが。
「もう痛くねェだろ?」
見上げた目がばっちり合った。心臓が撥ねる。指の痛みなんかより、目の前の男に神経が行っちまう。
じっと眺めていたのを気づいただろうその瞳が見開かれるが、逸らせない。
サンジが俺の瞳で何かを察したのか、すぐに離れようとした。咄嗟に奴の肩を掴んだ。
こいつを捉えておきたいと感じるこれはもう、偽れない本当の気持ちだ。
そうだ、いつまでも──誤魔化せるもんじゃない。
逃がしたくない。
その思いが俺をつき動かした。丸い頭を持ち、奴の唇を奪う。
「んっ…!」
サンジが呻き身を捩るが、構わずキスをし続けた。角度を少し変えながら舌を捻じ込み、上顎からなぞって舌を絡めて吸い上げる。貪るみたいなキスを。
いつからか、俺はずっとこうしたかったんだ。
細い腰を抱き、金髪に手を差し入れる。体も頭もカーッと熱くなって、腕の中にあるこいつの事しか考えられない。勢いでソファに奴をぐっと押し倒そうとしたが。
「つ!」
舌を噛まれた。鉄臭い味に反射的に離れるとサンジの唇の端に赤いものが見えたが、多分俺の血だろう。
「どういうつもりだ、てめェ…」
非難がましい低い声で、サンジが睨みつけてくる。
「俺──は」
その後を何と継ぐのか、言いかけた言葉に自分でも愕然として思わず飲み込んだ。
同時に、今度は机に置いてた俺の携帯から着信音が大きく鳴る。タイミングを図ったかのような電話に、救われたのか邪魔されたのかよく分からないまま通話ボタンを押した。
「ロロノアか?新しい事件だ。今すぐに来い」
エースだ。事件となれば、駆けつけなきゃならない。現場の場所を聞き、俺は電話を切った。
「…仕事に行かなきゃならねェ」
俺の押し出すような台詞に、サンジは顔を背けた。
「ふん、そりゃお互い様だな。俺もだぜ」
そう言えば、さっきそんな会話をしてた気がする。
ジャージになっちまってた俺がシャツとズボンを出して着替えている間に、サンジの奴は手早く鍋やら何やらを洗っていた。
「作ったメシは冷蔵庫に入れとくから、責任持って全部食え」
冷たく言い放つ。「最後の晩餐だ」
──何だと?
上着を羽織る手を止めて振り返ると、既にサンジの姿はなかった。

 

あれは、つまりもう俺に料理作ったりはしないって意味か。
いや、メシはどうでもいい。重要なのは、奴が俺を完全に拒否したって事だ。
俺は電車の中でサンジの最後の言葉を思い出していた。
癇癪はしょっしゅう起こす男だが、静かな、それでいて吐き捨てるみたいな言い方は真剣な怒りを感じさせた。
あの短気で女好きな男が、野郎にキスされて怒るのは当然と言えば当然だ。しかも冗談でも何でもないと来る。そりゃ、嫌だよな。
突っ走って馬鹿な行動だったとは我ながら思うが、やっちまったのは事実で。嫌われたのも事実で。
…どうしようも、ねえ。
──駅を出て、教えられた現場へと向かう。かなり長い間歩いてやっと辿り着いた建物は、えらく豪邸だった。
「お、来たか。遅ェぞ。そんなに遠くない筈なんだがな」
エースが手袋を嵌めた手を軽く振る。
「殺しですか?」
「いや、死んじゃいない。とりあえずは犯人を待つしかないな」
「どういう事です」
「ふざけた話さ。今夜十二時にここに来るんだと」
被害者はこの家で雇っていたガードマンらしい。この家の主人が持つ金の像を狙った犯人がいて、予告状を残していったと言う。
「…子供騙しのドラマじゃあるまいし」
「ああ、まったくさ。だがマジだからなあ。撃たれたガードマンは意識不明で状況も不明な点が多すぎる」
すっきりしねえ、とごちるエースと共に俺は天井の高い広々とした部屋に足を踏み入れる。
「クリケットさん。犯人の心当たりは?」
「さてなあ。時々脅迫電話もあったし…前から狙われてたのかもしれねえ。悪戯や冗談とも取れなくなっちまった」
クリケットは厳めしい表情をしている。もともとあまり人相の良くない中年男だが。
「旦那様、例の事務所から派遣されたという人間が来ておりますが」
「ああ、通してくれ」
「客人で?」
エースが聞くと、クリケットは腕組みをして頷く。
「いや、守衛が襲われるまでは警察沙汰になると思わなかったからな。像を守ってもらおうと探偵を頼んだんだ」
いつもの黒スーツでサロンに入ってきたサンジを認めて俺は溜息をついた。
……探偵って、よりによってこいつかよ。
運命ってやつは時に皮肉な偶然を生むもんだな。
らしくないが、俺はしみじみそんな風に感じていた。

 

 



-fin-

 

02.11.2
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